- 依頼者
- 雷門旅館(東京都台東区浅草・客室13室)
- 開業
- 2019年7月26日、全面建て替えによりビジネスホテルから日本旅館へリニューアルオープン(創業72年)
- 立場
- 異業種から家業へ転じた後継者を、開業から開業後の職場改善まで継続的に全面サポート
- 主な支援
- 事業計画・収支根拠づくり/資金調達の組み立て支援/開業プロジェクトの進行管理/人材採用支援/口コミ・OTA・SNS・自社予約の集客設計/SaaS・ICT活用による業務効率化
- 成果
- 平均客室単価が転換前の約3倍に。予約サイトの総合評価も高水準(じゃらん5.0/楽天トラベル4.8)
- メディア
- 取り組みが「東京ホテル旅館ニュース」第690号(2020年2月15日)に掲載。(公財)東京しごと財団の支援事業の一環として実施
- 立ち位置
- 特定の金融機関・建設会社・運営会社と利害を持たない第三者として、依頼者の利益を最優先に支援
(転換前比)
運営する規模
総合評価(開業初期)
次に見据える節目
「立地が良い」の先にあった、本当の問い
浅草は、人が絶えない街です。雷門の前にはいつも人だかりができ、仲見世には観光客の声が響きます。立地という一点だけを見れば、この宿は恵まれていました。けれども永くビジネスホテルとして営んでこられたなかで、経営者が感じていたのは、街を歩く人の層が大きく変わってきたという実感でした。出張のビジネス客に代わって、家族連れや海外からの旅行者が、街の主役になりつつあったのです。
建て替えという大きな節目を前に、選択肢は二つありました。一つは、都内に数えきれないほどある洋式ホテルの一つとして、これまでの延長で建て直す道。もう一つは、創業時の「旅館」に立ち返り、日本らしさで勝負する道です。前者は前例が多く、金融機関にも説明しやすい。後者は前例が乏しく、収益の見通しを一から描かなければなりません。
ここで問いを置き換える必要がありました。「立地が良いか」ではなく、「この街に来る人は、どんな宿に、いくらまでなら喜んで払うのか」。立地を語る言葉だけでは、宿泊単価も客層も説明しきれません。問いをこう立て直したとき、答えはおのずと「日本旅館」を指していました。
恵まれた立地は、出発点にすぎませんでした。問うべきは、その立地で「誰に、どんな価値を、いくらで届けるか」でした。
飽和した市場で、あえて少数派を選ぶ
東京の都心には、洋式ホテルが無数にあります。同じ土俵で価格と数の勝負を挑めば、客室13室の小さな宿に勝ち目は多くありません。そこで描いたのは、数で競わずに価値で抜け出す絵でした。日本旅館という業態そのものを差別化の軸に据え、和モダンの設えで親しみやすさを保ちつつ、雷門と仲見世を見下ろす上層階にはゆとりあるスイートを設ける。畳に布団という型にこだわらず、ベッドを備えた洋室も増やし、車椅子の方やご年配の方が安心して過ごせるバリアフリーの客室として提供する。
これは「和風だから良い」という情緒の話ではありません。私が長く見てきた範囲でも、伝統的な和の佇まいにファンがいることは確かですが、それだけで収支が成り立つわけではありません。コンセプトが明確であることは、集客のためだけでなく、金融機関や公的機関の理解を得るためにも欠かせない要素です。「同じ街の他館と比べて、この宿は何で優れているのか」を一枚に整理できなければ、計画は通りません。下町・高単価・日本旅館・バリアフリーという組み合わせは、周辺に競合の少ない、未充足のニーズに正面から応えるものでした。
私たちアルファコンサルティングがこの段階で担ったのは、「どこで価値を集中させるか」という設計です。立地・客層・競合の状況を整理し、勝てる一点を見極めて、それを金融機関にも説明できるコンセプトへと言語化していきました。
小さな宿が選んだのは、多数派の安全な道ではなく、競合の手薄な一点に価値を集中させる道でした。
「旅館は水商売」── 融資という最初の壁
業態転換でもっとも難航したのが、資金調達でした。経営者が金融機関にビジョンと収益見通しを説明しても、「旅館業は水商売だ」という固定観念は根強く、稼働率が計画どおりに達成できるのかを厳しく問われ続けました。なかには「テナントとして全棟を貸し出すならば融資する」と言われる場面もあったといいます。宿泊主体型のビジネスホテルであれば前例も横比較も容易で、稟議は通りやすい。けれども下町の高単価旅館という前例の乏しい業態は、それだけ厚い説明を求められたのです(FIG.01)。
ここで大切なのは、金融機関は歴史的な経緯や情緒ではなく、借入金と利益のバランスで審査するという原則です。和の佇まいやインバウンドの追い風だけでは、融資の決め手にはなりません。必要だったのは、稼働率の前提とその根拠、スイートを設ける理由、収支がどう成り立つかを、金融機関が納得できる水準で一枚に束ねた事業計画でした。
私たちが担ったのは、その計画と収支根拠を組み立てる支援です。融資の場で説明したのは経営者ご自身であり、私たちは「金融機関が何を求め、どこを不安に思うか」を踏まえて、説明に耐える資料を整える役回りに徹しました。前提を十分に厳しく置き、稼働や単価の見通しに算定根拠を付す。こうした地道な積み上げの末に、ようやく地元の金融機関が融資を引き受けてくれることになりました。
資金とスケジュールは、早めに、厚めに
ホテル開発は、計画が進むほど工事費が膨らみ、財源確保に苦しむオーナーが少なくありません。この宿では、融資の申し込みを当初から余裕を持って多めに行い、設計士の工夫と建設会社の協力によって、当初提示した予算の枠内に収めることができました。スケジュールも同様に前倒しで、社長(女将)と後継者が早い段階から構想を温め、情報を重ねて準備してきたことが、結果として絶好の時期での開業につながりました。
「水商売」という壁を越えたのは、情緒ではなく、金融機関が納得できる収支の言葉でした。
小さな宿だからこそ、準備の精度が効く
資金の見通しが立っても、開業準備には固有の難しさがありました。13室という小さな宿では、一つひとつの判断のずれが、運営の効率に大きく響きます。
価値観の合う設計士を、足で探す
もっとも時間をかけたのは、設計士の選定でした。つくりたい旅館の像を理解してくれる設計事務所を探し、実際の作品を目で確かめ、その設計士が手がけた旅館に泊まりにまで行く。価値観とイメージが一致する相手を、文字どおり足で探し当てたのです。最終的に設計を託したのは、「べにや無可有(山代温泉)」など旅館建築の実績で知られる建築家・竹山聖氏(アモルフ)でした。当初の仕様は予算を超えていましたが、信頼できる設計士の工夫によって、品質を落とさずに予算内へ収めることができました。
サイズ一つで、運営効率が変わる
備品や調度の調達も、慎重を重ねました。小さな旅館では、配置するものの寸法が少し違うだけで、運営が一気に非効率になります。レストラン会場の家具は、何度も現地に足を運び、実際に採寸して、これなら大丈夫だと確信を持ってから発注しました。
人材は、開業日から逆算して
人材採用も、難所の一つでした。採用通知を出した方の辞退が相次ぎ、求人広告への応募も途中で途絶え、開業に間に合うのかという不安が続いたといいます。私たちが開業支援の一環として募集要件や求人票の見直し、媒体や訴求の設計に関わってからは、閲覧数も応募数も伸び、開業日までに必要なスタッフを揃えることができました。
規模が小さいほど、設計・調達・採用の一つひとつが運営の質を左右します。準備の精度こそが、小さな宿の競争力でした。
単価を下げて埋めるのではなく、価値を伝えて上げる
2019年7月26日のリニューアルオープン後、成果は業態転換の判断が正しかったことを、はっきりと証明しました。平均客室単価は、ビジネスホテル時代の約3倍に跳ね上がりました。それに伴い客層も入れ替わり、かつて多かった出張のビジネス客に代わって、ファミリー層と訪日外国人客が中心になりました。予約サイトを介さず直接訪れる「ウォークイン」も、想定以上に増えたといいます(FIG.03)。
稼働が思うように伸びないとき、多くの宿は宿泊料金を思い切り下げて集客しようとします。けれども、それで利益が残るとは限りません。私が長く見てきたなかでも、来館前の評価が低く、来館後に「思ったより良かった」と言われる宿ほど、設備やサービスに見合った代金を、来館前に伝えきれていないものでした。問題は単価そのものではなく、価値を事前に届けられているかどうかにあります。
口コミは、対策で動く
この宿で特に効果が大きかったのが、口コミ対策でした。私たちは、投稿を促す仕組みと、寄せられた声への向き合い方を設計しました。その結果、予約サイトの総合評価は開業初期の段階で、じゃらん5.0、楽天トラベル4.8という高水準に達しました。高い評価は、来館前のお客さまに「この値段でも泊まる価値がある」と伝える、もっとも説得力のある材料になります。


あわせて私たちは、宿泊データの分析から客層と方向性を定義し、マーケットデータに基づく料金の考え方(レベニューマネジメント)を助言しました。費用をかけずに集客するためのOTA広告の選び方、自社予約サイトの整備、SaaSによる時間帯をまたいだ引き継ぎの効率化まで、運営の足腰を一つずつ整えています。発信の面でも、海外の著名な動画クリエイターによる宿泊体験動画が公開され、客室やロケーションの魅力が国境を越えて伝わるきっかけになりました。
客層は、価格ではなく価値で選び直されました。単価を下げる戦いから、価値を伝える戦いへ。舞台が変わったのです。
私たちが担ったこと ── 雷門旅館での支援内容
ここまでの過程で、私たちアルファコンサルティングが具体的に何を担ったのかを整理します。開業という一点を支えただけではありません。事業の構想から資金、集客、そして開業後の運営づくりまでを横断して支援したことが、この案件の特徴です。担当が変わらないチーム制で、一連の流れを一貫して支えました。
- 事業計画・収支根拠づくり:稼働・単価の前提に根拠を付し、金融機関が納得できる水準へ
- 資金調達の組み立て支援:余裕を持った資金計画と、説明に耐える提出資料の整備
- プロジェクトの進行管理:設計・調達・許認可・工程を束ね、開業日から逆算して進行
- 宿泊データの分析:客層・年齢・エリアを定量で捉え、狙う方向性を定義
- レベニューマネジメントの助言:マーケットデータに基づく料金の考え方
- OTA・口コミ対策:広告の選び方、投稿を促す仕組み、評価への向き合い方
- SNS・自社予約サイト:発信設計と、直販比率を高める導線づくり
- 人材採用の支援:募集要件・求人票・媒体・訴求を見直し、開業に必要な人員を確保
- SaaS・ICTの活用:時間帯をまたいだ引き継ぎの効率化と少人数運営の仕組み化
- 職場改善(働き方改革):開業後も継続し、少人数で最大の効果を生む体制へ
支援が動かした変化
| 項目 | 転換前(ビジネスホテル) | 開業後(日本旅館) |
|---|---|---|
| 業態 | 宿泊主体の洋式ホテル | 和の高付加価値旅館(スイート・バリアフリー) |
| 平均客室単価 | 基準(1.0) | 約3倍 |
| 主な客層 | 出張のビジネス客 | ファミリー・訪日客中心、ウォークインも増加 |
| 口コミ評価 | ― | じゃらん5.0/楽天トラベル4.8(開業初期) |
| 人材採用 | 応募が伸び悩み | 閲覧・応募が増え、開業に必要な人員を確保 |
| 運営体制 | ― | ICT・SaaSで少人数運営、職場改善まで継続 |
これらの変化のすべてを、私たちの支援に帰すものではありません。土台は経営者と現場の努力です。私たちが担ったのは、その努力が確かに結果へ結びつくよう、構造と段取りを整えることでした。
数で勝てない宿が、価値で勝った
この事例が示したのは、ひとつの単純な事実です。客室13室の小さな宿は、規模では大手に勝てません。けれども、業態と価値の設計を磨けば、単価で勝つことはできる。飽和した市場であえて少数派を選び、金融機関が納得する収支で資金を引き出し、準備の精度を高め、価値を伝える集客を整える。その積み重ねが、単価3倍という結果に結実しました。
これは、雷門旅館だけの話でしょうか。
業態を変えるべきか、いまのまま続けるべきか。建て替えや大規模改修に踏み切る前に、収支は本当に成り立つのか。融資の場で、自館のどこをどう説明すれば理解を得られるのか。こうした問いは、リニューアルに限らず、宿を預かるすべての経営者が、いつかは向き合うものです。
そして多くの場合、これらは身内や従業員には相談しにくい性質を持ちます。先代やご家族、現場のスタッフは、それぞれの立場と思いがあるからこそ、純粋に数字と構造だけで判断を語りにくい。だからこそ、特定の立場に偏らない外部の視点を一つ添えることに、意味があります。
その後 ── 開業から、働き方の改善まで
業態転換は、ゴールではなく始まりでした。13室という規模で高い単価とサービスを両立させるには、少ない人数で最大の効果を生む運営の仕組みが欠かせません。開業後も関係は途切れず、(公財)東京しごと財団の支援事業の一環として、職場改善(働き方改革)の取り組みを継続して支えました。ICTやIoTを積極的に取り入れ、SaaSで時間帯をまたいだ引き継ぎを正確にし、適切な人員配置を検討する。こうして、小規模ならではの身軽さを、少人数で最大の効果を生む強みへと変えていきました。
この一連の取り組みは、「東京ホテル旅館ニュース」第690号(2020年2月15日)でも紹介されました。開業という一区切りだけでなく、その先の運営づくりまで支援できたことは、私たちにとっても得がたい経験になっています。


異業種から家業に転じた後継者が、女将である社長とともに、街と宿の魅力を伝えるプランづくりに取り組んでいます。創業72年を数えたこの宿が、次に見据えるのは創業100年。多くの人に愛され続ける旅館へと、歩みを進めています。私たちが関わったのは、その長い道のりのなかの、開業とその後の一区切りにすぎません。けれども、最初のかたちを一緒に描けたことを、誇りに思っています。
雷門旅館の取り組みが「東京ホテル旅館ニュース」第690号で紹介されました。(公財)東京しごと財団の支援事業の一環として実施した、業態転換と職場改善の事例です。
予約サイトの総合評価は、開業初期の段階でじゃらん5.0、楽天トラベル4.8という高水準。来館前の期待ではなく、実際に泊まったお客さまの声に支えられた数字です。
設計は、「べにや無可有(山代温泉)」など旅館建築の実績で知られる建築家・竹山聖氏(アモルフ)。品質と予算を両立させた設えが、高単価を支える土台になりました。
海外の著名な動画クリエイターによる宿泊体験動画が公開され、客室やロケーションの魅力が国境を越えて伝わるきっかけになりました。
1階には著名なコーヒーチェーンがテナントとして入居。宿泊単体に依存しない、街に開かれた施設構成も収益の安定に寄与しています。
同じ問いを抱える方へ ── こんなご相談を頂戴してきました
「いまの業態のまま続けて、この先も戦えるのか。思い切って変えるべきか、判断がつかない。」
市場の変化と自館の強みを照らし合わせ、転換した場合・しない場合の収支を並べて、判断の材料を整理します。
「投資額が大きいだけに、本当に回収できるのか不安。資金計画をどう組めばよいのか。」
工事費が膨らむ前提で予算を厚めに置き、稼働・単価の根拠を付した収支計画と、無理のない資金調達の組み立てを支援します。
「宿の経営は初めて。何から手をつけ、何を優先すればよいのかが見えない。」
開業や改革に必要な工程を洗い出し、優先順位とスケジュールを一緒に描きます。現場の立ち上げまで支援します。
「金融機関に旅館業を理解してもらえない。どう説明すれば、計画を信じてもらえるのか。」
金融機関が何を不安に思うかを踏まえ、前提・根拠・コンセプトを一枚に束ねた、説明に耐える計画づくりを支援します。
「客室数が少ないぶん、単価とサービスで勝負したい。少ない人数でどう回すか。」
価値を伝える集客と、ICT・SaaSを活かした少人数運営の仕組みを設計し、規模の小ささを強みに変えます。
ご依頼いただける業務

「立地が良い」という言葉は、ときに判断を曇らせます。雷門旅館で起きたのは、立地の良さを単価に変えるために、業態と価値を一から設計し直すという仕事でした。
小さな宿が大手と同じ土俵で数を競っても、消耗するだけです。むしろ規模が小さいほど、業態の選び方、価値の伝え方、少人数で回す仕組みの精度がそのまま競争力になります。こうした開業・業態転換の支援を、私たちは各地で重ねてきました。特定の立場に偏らない第三者として、構想から資金、集客、そして開業後の運営づくりまで、設計をご一緒します。
業態を変えるべきか、いまのまま続けるべきか。建て替えや改修の収支は成り立つのか。融資の場で何をどう説明すればよいのか。こうした重い判断を、確かな見通しを持って進めるために、外部の視点を一つ添えてみませんか。
- 業態転換・新規開業の判断材料となる収支計画の策定支援
- 融資に耐える事業計画・収支根拠づくりと相談先の選定
- 開業プロジェクトの工程整理と進行管理
- 集客・口コミ・少人数運営・職場改善の仕組みづくり