旅館・ホテルの企業価値はどう決まるか|自館の売却価格を自分で見立てる方法
こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。
あるオーナーから、こんな話を聞いたことがあります。後継者がなく、宿を手放すことを決めたその方は、仲介会社の「これが相場です」という言葉を信じ、提示された金額で売却しました。ところが数年後、その宿が、買い手によって当初の売却額をはるかに上回る価格で転売されていたことを知ります。「自分の宿に、本当はもっと価値があったのではないか」。そう思っても、もう取り返しはつきません。
これは、決して珍しい話ではありません。旅館・ホテルの売却で、最も多い後悔。それは「もっと高く売れたはずなのに、安く手放してしまった」というものです。そして、その差額は、数千万円どころか、時に億の単位にのぼります。
なぜ、こうしたことが起きるのか。理由は、はっきりしています。売り手であるオーナーが、自館の本当の価値を知らないからです。価値を知らなければ、提示された金額が高いのか安いのか、判断のしようがありません。「相場ですから」「これ以上は出せません」という言葉を、ただ受け入れるしかなくなります。
逆に言えば、自館の価値を自分で見立てる目を持っていれば、不当に安く買い叩かれることを防げます。本来受け取るべき価値を、正しく受け取ることができます。この記事は、そのための記事です。旅館・ホテルの企業価値がどう決まるのかを、特定の業者と利害関係を持たない独立した立場から、できるだけ具体的に、そして「損をしないため」という一点に絞って、お伝えしていきます。
この記事を読むとわかること
- 1なぜ旅館・ホテルに「信じられる相場」が存在しないのか
- 2その金額は誰の都合で決まっているか(四者の思惑と損のしくみ)
- 3価値を測る三つのものさし(純資産・収益還元・年買法)
- 4GOPと利回りの読み方 ― 買い手が必ず見ているポイント
- 5売っても借金が残る最悪の結末を避け、本来の価値を引き出す方法
こんなお悩みはありませんか
以下の項目に2つ以上当てはまる方は、本記事を最後までお読みになることをお勧めします。
□ 提示された金額が妥当かどうか、判断できない
□ 自館の価値を、これまで真剣に考えたことがない
□ 価値の目安は土地・建物の簿価しか思いつかない
□ 借入が多く、売っても完済できるか不安がある
□ 複数の業者で、提示価格がばらばらで戸惑っている
□ 収益から価値を出す方法を、知らない
▶ 本記事で、安く買い叩かれないための「自分の物差し」を手に入れましょう。

旅館・ホテルに信じられる「相場」は存在しません。価値を知らない売り手ほど「相場ですから」の一言に弱い。自館の価値を知れば、高く売れる機会を逃さず、安く買い叩かれることも防げます。
売却の場面で、あなたはきっと、こんな言葉を耳にします。「これが相場です」「この業界の標準的な価格です」。けれど、最初にはっきりとお伝えしておきます。旅館・ホテルの売買に、信じられるような「相場」は、存在しません。
土地の取引であれば、近隣の事例や路線価という、誰が見ても分かる目安があります。ところが、旅館・ホテルという「事業」の売買では、そうはいきません。立地、建物の状態、客室数、収益力、借入、土地の含み損益、将来の見通し。価格を左右する要素があまりに多く、複雑に絡み合っているため、ひとつの「相場」など決めようがないのです。
それなのに「相場」という言葉が使われるとき、その裏には、たいてい意図があります。「相場だから、これ以上は望めませんよ」と思わせ、提示額を受け入れさせるための言葉です。価値を知らない売り手ほど、この一言に弱いのです。
あなたの宿は、思うより高いかもしれない
ここで、知っておいていただきたいことがあります。自館の価値を正しく見立てると、二つのことが起こりえます。
一つは、あなたの宿が、あなたが思っているより高く評価される可能性です。とりわけ近年は、インバウンドを背景に、収益力のある宿に高い値がつくようになりました。簿価や、過去の投資額だけで考えていると、「こんなものか」と安く見積もってしまい、本来引き出せたはずの価値を、みすみす手放すことになりかねません。
もう一つは、その逆です。価値をきちんと把握しないまま売りに出すと、相手に足元を見られ、不当に安く買い叩かれる恐れがあります。とくに、資金繰りが苦しくなって売却を急ぐと、相手はそれを見抜いて、強気の条件を突きつけてきます。
高く売れる可能性も、安く買い叩かれる危険も、どちらも「自館の価値を知っているかどうか」にかかっています。だからこそ、誰かが示した金額を鵜呑みにするのではなく、まず自分の物差しを持つこと。それが、損をしないための、すべての出発点になります。
→ では、提示される金額は何を根拠に決まっているのか。次章で四者の思惑を見抜きます。
進捗:第1章/全7章 ■□□□□□□□□□ 14%
ここまで読了:約2分 / 残り約11分

価格を口にする四者には、それぞれ別の思惑があります。売主=簿価、銀行=借入完済、仲介=まとまる価格、買主=独自検証。買い手だけが価値を検証している――この情報の非対称が買い叩きの温床です。
「相場」が当てにならないなら、提示される金額は、いったい何を根拠に決まっているのか。実は、価格を口にする人それぞれに、異なる思惑があります。代表的な四者の立場を知れば、提示額の「裏側」が見えてきます。そして、どこで損をさせられやすいかも、見えてきます。
価格をめぐる四者の思惑
| 立場 | 価格の目安 | 売り手が注意する点 |
|---|---|---|
| 売り手 | 土地・建物の簿価 | 過去の投資額。収益力ある宿を安く見積もる恐れ |
| 銀行 | 借入残高+諸経費以上 | 関心は完済の可否。手元にいくら残るかは見ていない |
| 仲介会社 | まとまりやすい価格 | 双方代理では妥当性より成立を優先しがち |
| 買い手 | 独自に検証した上限 | 抜かりなく価値を検証。売り手だけが無防備になりやすい |
売り手 ― 「簿価」への思い入れが判断を曇らせる
まず、売り手であるオーナー自身です。多くの方は、土地・建物の帳簿上の価値、つまり簿価を目安にします。開業時の簿価が十億円、減価償却の累計が四億円なら、差し引き六億円以上では売りたい、と考えるわけです。
気持ちは分かります。しかし、簿価は「自分が過去にいくら投じたか」を示すだけで、買い手が見ている「これからいくら稼げるか」とは別物です。簿価への思い入れが強すぎると、収益力のある宿なら本来もっと高く売れる場面で、自ら低い基準を設けてしまうことすらあります。逆に、収益力が乏しいのに簿価にこだわり、いつまでも売れない、ということも起こります。
銀行 ― 関心は「貸したお金が返るか」だけ
次に、取引銀行です。銀行が見ているのは、ほぼ一点です。譲渡代金で、貸したお金を返してもらえるかどうか。だから銀行の目安は、借入残高に諸経費を足した額以上、ということになります。
ここで注意すべきは、銀行の関心は、あなたが「いくら手元に残せるか」ではない、ということです。極端に言えば、借入さえ完済されれば、あなたの取り分がいくらであっても、銀行は困りません。だからこそ、「銀行がこの金額で良いと言っているから」という理由だけで売却額を決めるのは、危ういのです。銀行員の言うことを、そのまま鵜呑みにしてはいけません。
仲介会社 ― 「まとめること」が報酬につながる
三つめは、仲介会社です。一つの会社が売り手と買い手の双方の代理を兼ねる「双方代理」では、価格の妥当性よりも、とにかく取引をまとめることが優先されがちです。報酬は、成約して初めて入るからです。
相場より高くても売れると見れば、買い手に不利な条件でもまとめにかかります。逆に「値下げするなら今すぐ買う」と買い手が言えば、今度は売り手であるあなたを説得して、安く手放させようとします。「早く決めないと、この買い手は逃げますよ」という言葉が出てきたら、要注意です。それは、あなたのためではなく、取引をまとめるための言葉かもしれません。
買い手 ― 抜かりなく「自分で検証」している
そして買い手です。賢明な買い手は、誰の提示額も鵜呑みにせず、自分で価値を検証しています。建物・設備の状態、将来のキャッシュフロー、必要な更新投資、期待利回り、投資回収の年数。これらから「いくら以下でなければ買う意味がない」という上限を、冷静にはじき出しています。

青木康弘(ホテル旅館コンサルタント)
ここに、決定的な非対称があります。買い手は抜かりなく価値を検証しているのに、売り手は価値を知らないまま交渉のテーブルにつく。この情報の差こそが、買い叩きが生まれる温床です。対等に向き合うには、あなたも自分の物差しを持つしかありません。
→ では、その「自分の物差し」をどう手に入れるか。次章で三つの考え方を押さえます。
進捗:第2章/全7章 ■■■□□□□□□□ 28%
ここまで読了:約4分 / 残り約9分

価値の見方は純資産方式・収益還元方式・年買法の三つ。どれか一つが正解ではなく、三つで試算して「幅」で捉えることが、提示額に振り回されない土台になります。
では、自分の物差しを、どう手に入れるか。企業価値の評価には、大きく三つの考え方があります。難しい数式は抜きにして、それぞれの「ものの見方」を押さえておきましょう。これを知っているだけで、提示額に振り回されなくなります。
価値を測る三つのものさし
純資産方式(今ある財産から見る)
資産-負債の正味の財産。簿価でなく時価で。土地の含み損益に注意。
収益還元方式(これから稼ぐ力から見る)
将来生み出す利益から逆算。旅館・ホテルの実態に最も近い。
年買法(財産+のれんを足す)
時価純資産+営業利益の1〜3年分。評判やノウハウを価格に乗せる。
純資産方式 ― 今ある財産から見る
一つめは、純資産方式です。会社の資産から負債を差し引いた、正味の財産で価値を見ます。
ここで損をしないための急所は、簿価ではなく時価で捉えることです。とくに旅館・ホテルは土地・建物の比重が大きく、長く保有した土地に大きな含み益が眠っていることがあります。これを簿価のまま見過ごすと、本来の価値を大幅に低く見積もってしまいます。逆に、過大な設備投資が含み損になっていることもあります。帳簿の数字を実態に引き直してはじめて、本当の財産が見えてきます。
収益還元方式 ― これから稼ぐ力から見る
二つめは、収益還元方式です。その宿がこれから生み出す利益をもとに、価値を逆算します。
私は、旅館・ホテルの価値を捉えるうえで、この見方が最も実態に近いと考えています。買い手が本当に欲しいのは、土地や建物という「箱」ではなく、その箱が生み出す「収益」だからです。どれだけ立派な建物でも、利益を生まなければ価値は限られ、規模は小さくとも安定して稼ぐ宿には高い価値がつきます。この見方を持っておくと、収益力のある自館を、簿価だけで安売りせずに済みます。具体的な計算は、次の章で扱います。
年買法 ― 財産と「のれん」を足す
三つめは、年買法(ねんばいほう)です。中小企業のM&Aで最もよく使われる方法の一つです。
これは、時価で見た純資産に、営業利益の数年分を上乗せして価値を出します。上乗せは一般に一年から三年分が目安で、この部分を「のれん」あるいは「営業権」と呼びます。長年培ってきた顧客との関係、宿の評判、従業員のノウハウ。帳簿には載らないけれど確かに価値のあるもの。それを価格に織り込むのが、のれんです。
ここも、損をしないための要点があります。あなたの宿が積み重ねてきた信用や評判は、れっきとした価値です。「うちは古い宿だから」と卑下する必要はありません。その価値を、のれんとして堂々と価格に乗せてよいのです。
三つの方法は、どれか一つが正解というものではありません。それぞれで試算し、出てきた金額の幅で自館の価値を捉える。一つの数字に決め打ちしないことが、冷静な交渉を支えます。
→ 三つのうち、旅館・ホテルの実態に最も近い収益還元の見方を、次章で掘り下げます。
進捗:第3章/全7章 ■■■■□□□□□□ 43%
ここまで読了:約6分 / 残り約7分

価値の源泉はGOP(償却前営業利益に近い概念)。業態別の水準と、利回り(純収益÷投資総額)の出し方を知れば、提示価格がどんな前提に立っているかを逆算でき、相手の腹の内が見えます。
三つのうち、旅館・ホテルの実態に最も近い収益還元の見方を、具体的に掘り下げます。ここが、自館の価値を見立てる、いちばんの肝です。そして、ここを押さえているかどうかで、引き出せる金額が大きく変わります。
価値の源泉は「GOP」
収益から価値を見るとき、鍵になるのがGOP(ジー・オー・ピー)です。償却前営業利益に近い概念で、宿が本業で生み出す利益のことだと考えてください。減価償却費という、実際には現金が出ていかない費用を差し引く前の利益で、その宿が実際にどれだけ稼ぐ力を持つかを表します。
売上に対するGOPの水準には、業態ごとの目安があります。シティホテルでおよそ二十五から三十五パーセント、ビジネスホテルで三十から五十五パーセント、温泉旅館で二十から三十パーセントです。自館のGOP率がこの水準と比べてどうかを見れば、収益力の現在地が分かります。買い手は必ずここを見ています。あなたが見ていなければ、それだけで不利です。
利回りで投資の妥当性を測る
次に、その収益が、投じた金額に対してどれだけの利回りを生んでいるかを見ます。計算は、決して難しくありません。
利回りの出し方(投資総額10億円の例)
① 純収益を出す
営業利益5,000万+減価償却費3,000万-FFE準備金1,000万=純収益7,000万円
② 投資総額で割る
7,000万円 ÷ 投資総額10億円 = 利回り7%
③ 目安と照らす
4%以下は回収困難、12%超は楽観的すぎと見られやすい
この水準が、価値を測る目安になります。業態にもよりますが、四パーセント以下なら、投じた額に利益が見合わず、回収しにくい案件。十二パーセントを超えると、事業計画が楽観的すぎないかと金融機関から厳しく見られやすくなります。自館がどのあたりにあるかを掴んでおけば、提示された価格が、どれくらいの利回りを前提にしているのかを逆算でき、相手の腹の内が見えてきます。
GOPは健全性の分かれ目でもある
このGOPは、売却価値だけでなく、財務の健全性を測る物差しにもなります。一つの目安は、不動産の時価の十パーセントを上回るGOPを生み出せているかどうか。これを超えていれば、借入の圧縮について銀行の協力を引き出せる可能性が高まり、買い手から見ても魅力的な水準です。
自館がいくらで売れるのかを知りたければ、まずこのGOPと利回りを把握すること。それが、収益から価値を見立て、安売りを避ける、確かな出発点になります。
→ 価値を測れたら、避けて通れない借入との関係を見ます。次章は最も避けたい結末の話です。
進捗:第4章/全7章 ■■■■■■□□□□ 57%
ここまで読了:約8分 / 残り約5分

売却額が借入残高を下回ると、売っても負債と個人保証が残ります。これが売り手にとって最悪の結末。早く価値と借入のバランスを把握するほど、打てる手は多くなります。
損をしないという観点で、絶対に直視しておかなければならないことがあります。それは、「売ったのに、借金が残る」という結末です。これは、売り手にとって最悪の結果の一つです。
旅館・ホテルが返せる借入には上限がある
まず、知っておいていただきたい鉄則があります。旅館・ホテルは、客室数によって売上と利益の上限がおのずと決まる商売です。満室を超えては売れません。だから、現状の規模でどれだけの借入を返せるかは、わりあい簡単に見当がついてしまいます。
新築の施設などを別にすれば、現実的に返済できる借入は、売上のおおよそ一・二倍から一・五倍が限界です。二倍を超える借入の返済は、極めて困難になります。借入が売上の三倍以上あると、営業利益率十パーセントを誇る高収益の宿であっても、経常赤字に陥ってしまいます。この感覚は、自館の価値と借入のバランスを測る、簡便で確かなものさしになります。
「売っても借金と保証が残る」という落とし穴
ここが、最も注意していただきたい点です。自館の価値、つまり売却で得られる金額が、借入残高を下回ることがあります。
帳簿の上では資産が負債を上回っていても、土地・建物を実態の時価に引き直すと、負債のほうが大きい。いわゆる実態債務超過です。旅館・ホテルでこれが起きやすいのは、土地・建物を実態より高い簿価で見てしまっているからです。
「辞めたくても辞められない」を避けるために
実態債務超過の状態で売れば、譲渡代金で借入を返しきれず、売ったあとにも負債が残ります。しかも経営者の個人保証まで外れないままになりかねません。「後継者がいないから辞めたい。でも借金があるから辞めるに辞められない」という声を、私は全国で何度も聞いてきました。とりわけ海外資本を相手にすると価値は二極化し、条件を満たさない宿は簿価を大きく下回ることがあります。早く把握するほど、打てる手は多くなります。
→ 守りの話の最後に、本来の価値を引き出す「攻め」の備えをお伝えします。
進捗:第5章/全7章 ■■■■■■■□□□ 71%
ここまで読了:約10分 / 残り約3分

価値は測るだけでなく高められます。GOPを厚くする、物語を発信する、そして売り急がない財務体力が最大の交渉力。最も急ぐ人ほど買い叩かれやすいのです。
ここまでは、損を防ぐための「守り」の話でした。最後に、もう一歩進んで、本来の価値を引き出すための「攻め」をお伝えします。価値は、ただ測るものではなく、高められるものだからです。
同じ宿でも、GOPが上がれば価値は上がる
第4章で見たように、旅館・ホテルの価値の源泉はGOP、すなわち稼ぐ力です。ということは、建物が同じでも、稼ぐ力を高めれば、宿の価値そのものが上がるということです。
無駄な経費を見直して利益率を改善する。客室単価を適正に引き上げる。稼働率を高める。こうした取り組みでGOPが厚くなれば、収益還元で見た価値は確実に上がります。私の経験では、売り急がずに一年、二年かけて収益力を磨いてから売るだけで、引き出せる金額が大きく変わることは、珍しくありません。「今すぐ売らなければ」と思い込む前に、「あと一年、価値を育ててから」という選択肢があることを、知っておいてください。
「箱物」ではなく「物語」で評価させる
数字に表れにくい価値もあります。その宿が歩んできた歴史、その土地ならではの文化、ここでしか味わえない体験、長年培ってきた接客の質。こうした「物語」は帳簿には載りませんが、買い手にとっては確かな魅力です。
不動産の評価額や利回りだけで値踏みされるのを待つのではなく、自館の物語を自分の言葉で整理し、発信しておく。サイトやSNSで経営理念や地域への貢献を伝えておく。そうすれば、価格交渉に入る前から買い手の信頼を得られ、より良い条件を引き出せます。
売り急がない財務体力が、最大の交渉力になる
そして、損をしないための最大の武器は、売り急がなくて済む財務体力です。一定の体力があれば、じっくり相手を選び、納得のいく価格を待てます。逆に、返済や支払いを滞納し始めると、交渉の余裕は失われ、相手に足元を見られます。
皮肉なことに、最も売却を急ぎたい人ほど、最も買い叩かれやすいのです。だからこそ、追い詰められる前の、早い段階で動くことが大切です。
→ それでは最後に、自館の価値を見立てる具体的な手順を整理します。
進捗:第6章/全7章 ■■■■■■■■■□ 86%
ここまで読了:約11分 / 残り約2分

①決算書を組み替える ②三方式で試算しレンジで捉える ③提示額と照らす ④中立の専門家に検証を依頼。自分で見立てたうえで専門家の力を借りる、この順番が損をしない鉄則です。
最後に、ここまでの内容を、具体的な手順に落とし込みます。
第一に、決算書を、利回り計算ができるかたちに組み替えます。会計事務所が作った決算書や試算表から、営業利益に減価償却費を足し戻し、FFE準備金を差し引いて、純収益を出します。これが、収益から価値を見る出発点です。
第二に、三つの考え方で試算し、価値を幅で捉えます。時価の純資産、収益還元、年買法。それぞれを出してみると、「だいたいこのあたりからこのあたり」という価値のレンジが見えてきます。一つの金額に決め打ちしないことが、冷静な交渉を支えます。
第三に、立場の異なる提示額を、自分の試算と照らし合わせます。それぞれが自分のレンジのどこに位置するかを見れば、その金額が高いのか安いのか、なぜそうなるのかが見えてきます。
第四に、中立的な立場の専門家に、検証を依頼することです。企業価値の正式な評価や税務の判断は、専門的な領域です。利益相反のない立場の専門家に、自館の価値の試算や、提示された金額の妥当性についてセカンドオピニオンを求めることが、買い叩きから自館を守る、最も確かな方法になります。
自館の価値は、誰かに決めてもらうものではありません。自分で見立てる目を持ち、そのうえで専門家の力を借りる。この順番が、損をしないための鉄則です。
自館の価値が見えてくると、次の判断に進めます。その価値で海外資本を含む第三者に売るのか、廃業と比べてどちらが損をしないのか。価値の見立ては、こうした判断すべての出発点になります。
よくあるご質問
Q土地・建物の簿価で考えておけばよいのでしょうか。
A簿価は売り手側の一つの目安にすぎません。買い手が見るのは、これからどれだけ稼げるかという収益力です。簿価だけで考えると、収益力のある宿を安く見積もって損をしたり、逆に簿価にこだわって売れなくなったりします。簿価と収益、両面から価値を把握してください。
Q赤字でも、価値はつくのでしょうか。
Aつくことがあります。営業利益が赤字でも、減価償却費を足し戻したGOPがしっかりあれば、稼ぐ力があると評価されます。逆に、表面は黒字でも、必要な設備更新を先送りしているだけのこともあります。表面の損益で安く見積もられないよう、GOPで実態を示すことが大切です。
Q「のれん」とは何ですか。
A帳簿に表れない、目に見えない価値のことです。顧客との関係、宿の評判、従業員のノウハウなどがこれにあたります。年買法では、これを営業利益の一年から三年分として価格に上乗せします。あなたの宿が積み重ねてきた信用は、堂々と価格に乗せてよい価値です。
Q借入が多いと、もう売れないのでしょうか。
A売れないわけではありませんが、注意が必要です。売却額が借入残高を下回ると、売ったあとも負債や個人保証が残ることがあります。これは最も避けたい結末です。まずは自館の価値と借入のバランスを早めに把握し、どういう条件なら成り立つのかを見極めることが先決です。
Q業者によって提示価格がばらばらなのは、なぜですか。
Aそれぞれが異なる立場と思惑で価格を出しているからです。価格がばらつくのは、むしろ自然なことです。問題は、どれを信じるかではなく、自分で価値を見立て、それぞれの金額がどの考え方から出たものかを見抜くことです。ばらつきこそ、鵜呑みが危険だという何よりの証拠です。
用語の整理
この記事で出てきた主な用語
純資産方式
会社の資産から負債を差し引いた正味の財産で価値を見る方法。簿価ではなく時価で捉えることが大切です。
収益還元方式
その宿がこれから生み出す利益をもとに価値を逆算する方法。旅館・ホテルの実態に最も近い考え方です。
年買法
時価純資産に、営業利益の数年分(一般に1〜3年分)を上乗せして価値を出す方法。中小M&Aで多く使われます。
のれん(営業権)
顧客との関係や評判、ノウハウなど、帳簿に表れない価値。年買法での上乗せ分にあたります。
GOP
償却前営業利益に近い概念。減価償却費を差し引く前の、宿が本業で稼ぐ力を表します。価値の源泉です。
FFE準備金
家具・什器・備品など(Furniture, Fixtures and Equipment)の将来の更新に備える積立。利回り計算では純収益から差し引きます。
利回り
純収益(営業利益+減価償却費-FFE準備金)を投資総額で割った値。投資の妥当性を測る目安になります。
さいごに
旅館・ホテルの企業価値がどう決まるのかについて、なぜ相場が当てにならないのかという話から、四者の思惑、三つのものさし、GOPと利回りの読み方、借入との関係、そして価値を高める備えまで、整理してきました。いかがだったでしょうか。
冒頭でお話しした、宿を安く手放してしまったオーナーのことを、思い出してください。あの方に足りなかったのは、経営の才覚ではありません。ただ一つ、自館の価値を見立てる「ものさし」を、持っていなかっただけなのです。もし、あのとき自分の物差しを持っていたら、「相場ですから」の一言を、鵜呑みにせずに済んだはずです。
宿を手放すという決断は、人生でそう何度もあることではありません。だからこそ、後悔のないようにしていただきたいのです。あなたの宿には、あなたが思うより高い価値があるかもしれません。その価値を正しく受け取るために、次の三つから始めてみてください。
読了後の3ステップ ― 今日からできること
1. 決算書を組み替える
営業利益に減価償却費を足し戻し、FFE準備金を引いて、自館の純収益を出してみましょう。
2. 三つの考え方で試算する
純資産・収益還元・年買法で、自館の価値をおおよその幅で捉えましょう。
3. 中立的な専門家に検証を依頼する
自分の試算をもとに利益相反のない立場の意見を一つ挟むことで、見立ての精度が高まり、安心して判断できます。
「自館の本当の価値を知ってから判断したい」――その一歩から、ご一緒できます。

弊社アルファコンサルティングでは、特定の金融機関・オペレーター・仲介会社と利害関係を持たない独立した立場から、旅館・ホテルの企業価値の見立てをご支援しています。自館の価値の試算支援、提示された金額に対するセカンドオピニオン、相談先の選定、税理士など専門家のご紹介まで、依頼者であるオーナーの利益だけを見て、お手伝いします。
株式会社アルファコンサルティング 代表 青木康弘あわせて読みたい関連記事
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「提示額が妥当か分からない」「安く買い叩かれないか不安」「売っても借金が残らないか心配」――そうした段階からのご相談を歓迎します。中立的な立場から、御館の価値を一緒に見立てます。
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