実印を渡したその日から、宿はあなたのものではなくなる|旅館・ホテルの運営委託・M&Aに潜む罠
こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。
「実績のある会社だから、安心して任せられる」。そう信じて宿の再生を託したはずなのに、数年後、ふと気づくと、自分の会社の実印も通帳も、相手の手の中にあった――。これは、私のもとに寄せられるご相談に、繰り返し見られる光景です。
運営委託や賃貸借(リース方式)、あるいはM&A(合併・買収)は、後継者不足や老朽化に悩む旅館・ホテルにとって、宿を未来へつなぐ有力な手段です。けれども相手選びと契約を誤ると、宿の主導権を静かに奪われ、気づいたときには引き返せない、ということが起こります。やっかいなのは、業界である程度名の知れた会社であっても、こうした不誠実な対応が起こりうるということです。
この記事は、特定のどなたかを責めるためのものではありません。これからお話しするのは、実際のご相談に共通して見られるパターンを、特定の方や宿とわからないよう再構成した、ひとつの物語です。運営委託やM&Aを考えている旅館・ホテルの経営者の方、施設の不動産を保有しておられる方、そして宿や不動産を親から引き継いだ方が、同じ落とし穴にはまらないために。読み物としてお付き合いいただきながら、身を守るための着眼点を一緒に整理していきましょう。
この記事を読むとわかること
- 1「順調に見える再出発」の裏に落とし穴が潜む理由
- 2一見フェアな賃貸借契約に隠れた四つの仕掛け
- 3連帯保証を「人質」にされて関係が壊れる瞬間
- 4なぜ「名の知れた会社」でも起こりうるのか
- 5契約前にできること・すでに陥っていたときの戻し方
こんなお悩みはありませんか
以下の項目に2つ以上当てはまる方は、本記事を最後までお読みになることをお勧めします。
□ 運営会社や買い手から提示された契約書を、自分の目で精査できていない
□ 「実績がある会社だから」という理由で、相手を信頼しきっている
□ 通帳・実印・印鑑カードなどを、相手に預けるよう求められている
□ 契約に、自分(オーナー)側から解約できる定めがあるか確認していない
□ 連帯保証や追加の条件を、後出しで求められて困っている
□ 親から継いだ宿で、先代の口約束や契約が拡大解釈されている気がする
▶ 本記事で、宿を守るための着眼点を整理しましょう。

運営会社と組んだ再生は、初年度から黒字になることも珍しくありません。だからこそ、「順調そのもの」に見える時期にこそ、契約の中身を確かめておく必要があります。問題は、表に出ている数字ではなく、契約の文言の側に潜んでいるからです。
主人公を、仮にAさんとしましょう。ある山あいの温泉地で、家業の旅館を継いだ女性経営者です。建物は古く、借入も残り、このままでは立ち行かない。そんなとき、メインバンクである地方銀行の紹介で、全国に再生の実績を持つ、業界では名の知られた運営会社と出会いました。
仕組みはこうでした。まず投資ファンドが旧会社の債務をいったん引き受ける。次に運営会社が十年の定期借家契約で旅館を借り受け、ほぼ直営に近いかたちで運営する。数年後、頃合いを見て、ファンドの債権をメインバンクの融資へと借り換える(リファイナンスする)。屋号は残り、Aさんは現場に入って経営を学び、いずれは宿を任せられる経営者になる――そんな約束も交わされました。賃料は一見すると相場並みの金額。初年度から利益が出て、債務も順調に返済が進みました。傍から見れば、理想的な再出発でした。

青木康弘(ホテル旅館コンサルタント)
私がご相談を受けるとき、最初に伺う数字はたいてい健全です。「順調なのに、なぜ相談に?」と。けれども話を聞くうちに、契約と現場の実態が食い違っていることが見えてきます。数字は嘘をつきませんが、数字だけでは見えないものがあるのです。順調なときほど、契約書を引き出しから出して読み返していただきたいと、いつもお伝えしています。
Aさんの宿も、しばらくは何の問題もありませんでした。日々の運営に追われ、契約書を細かく読み返す余裕などありません。「実績のある会社が、現にうまく回してくれている」。その安心が、かえって目を曇らせていきます。歯車が狂い始めたのは、当初から予定されていた、あのリファイナンスの段になってからでした。
→ 次の章では、その「順調」の裏で、契約書に何が書かれていたのかを開いてみます。
進捗:第1章/全7章 ■□□□□□□□□□ 14%
ここまで読了:約1分 / 残り約13分


表向きは普通の賃貸借に見えても、「賃料の見かけ」「出口の非対称」「支配権を渡す覚書」「印章を預ける条項」という四つの仕掛けが組み合わさると、会社の主導権はほとんど相手に移ってしまいます。
リファイナンスを前に、Aさんは改めて契約書一式を読み返しました。賃貸借契約書、そしてそれに付随する一通の覚書。落ち着いて条文を追ううちに、当時は気づかなかった仕掛けが、いくつも浮かび上がってきたのです。
契約に隠れていた四つの仕掛け
| 仕掛け | 一見の見え方 | なぜ危険か |
|---|---|---|
| 賃料 | 相場並みで妥当に見える | 修繕・設備の交換はほぼオーナー負担。差し引きの実収入は見かけより薄い |
| 解約条項 | 普通の借り上げに見える | オーナー側から中途解約できず十年抜けられない(相手側からの解約には保証つき) |
| 覚書の承認権 | 契約とは別の付随合意 | 株主総会・役員人事・業務執行に相手の事前承認が要り、経営権そのものを握られる |
| 印章の預け | 「直営に準じる扱い」と説明される | 通帳・実印・印鑑カードまで相手が保管し、返還を求められない。白紙委任に近い |
「賃料は妥当」の落とし穴 ― 修繕費は誰が持つのか
賃料の額そのものは、相場から見ておかしくありませんでした。けれども、建物の修繕や設備の交換にかかる費用の多くは、オーナーであるAさんの会社が負担する取り決めになっていました。十年、二十年と経てば、空調や給排水、ボイラーなどの更新には、まとまった費用がかかります。賃料収入から、これらの負担を差し引けば、実質的な手取りは、見かけよりはるかに薄い。修繕・設備投資の責任区分は、後々もっとも紛争になりやすい論点のひとつです。経験の浅い運営会社の中には、見かけの収支をよく見せようと、将来の更新投資にあえて触れないケースもあります。責任区分は契約書で明確にし、予算化しておくことが欠かせません。
「出口」が片方にしかない契約
私がオペレーター選びでいつもお伝えするのは、中途解約の定めを必ず確かめてほしい、ということです。長期の家賃保証や借り上げ保証は、一見オーナーに有利に思えます。けれども旅館・ホテルは、運営会社の実力次第で収益が大きく変わる事業です。長い契約を結んでしまうと、相手が怠慢な運営をしていても、簡単には解約できません。一方の申し出だけでは中途解約できないようにしている契約も、現実には存在します。Aさんの契約も、運営会社からの解約には保証がつくのに、オーナーから抜ける道は用意されていませんでした。出口が片方にしかない契約は、それだけで力関係が傾いている証拠です。
覚書という「もう一つの契約」
そして、最も重い仕掛けが、賃貸借契約に付随する覚書にありました。そこには、株主総会の招集や開催、取締役の選任・解任、代表取締役の変更、さらには代表者の社内外の業務執行に至るまで、運営会社の事前承認を要する、と書かれていたのです。賃貸借契約だけを見れば、よくある建物の借り上げに見えます。ところが覚書を重ねると、会社の意思決定そのものが、相手の同意なしには動かせない構造になっていました。
極めつけが、四つ目の仕掛けです。会社の通帳とキャッシュカード、実印、契約印、銀行印、社判、印鑑カード、そしてネットバンキングのパスワードまで、運営会社が保管し、オーナーは返還を求められない――。実印は、本来、会社の代表者が自ら管理するものです。それを相手に預けるという取り決めを、私はほとんど聞いたことがありません。実印と印鑑カードが相手の手にあれば、不動産の売却や営業権の処分すら、相手の判断で進めうる状態になります。白紙委任状を渡しているにも等しく、いざ関係がこじれたときに、計り知れないリスクとなります。
なぜ実印を預けてはいけないのか
実印と印鑑カードは、会社の「意思」を外部に示すための、最後の砦です。これを手放すと、契約・登記・処分のあらゆる場面で、自分の知らないところで会社が動かされる余地が生まれます。たとえ「直営に準じる扱いだから」と説明されても、応じてはいけません。預けてしまった後で取り戻すのは、預ける前に断るよりも、はるかに大変です。
→ これらの仕掛けは、平時には牙をむきません。問題は、ある「きっかけ」で一気に表面化します。
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リファイナンスに必要な連帯保証を「人質」に、本業とは無関係の私的な事業をたたませるといった、筋の通らない要求が後出しで突きつけられることがあります。これは、力関係の不均衡が一気に表面化する典型的な瞬間です。
当初の計画どおり、ファンドの債権をメインバンクの融資へ借り換える時期が来ました。ところが銀行は、運営会社の連帯保証がなければ融資はできない、と言います。そして運営会社は、その連帯保証を引き受ける条件として、思いがけない要求を突きつけてきました。Aさんが個人で営んでいた、数名のスタッフを抱える小さな地域の事業――旅館の本業とはまったく関係のないその事業を、ただちに解散せよ、というのです。
譲渡して残すことも許さない。猶予も認めない。理由を尋ねても、「旅館に専念できていないからだ」という、突き詰めれば精神論に近い説明が返ってくるばかり。けれどもその事業は、Aさんが休みの時間にわずかに関わるだけで、本業に支障をきたすようなものではありませんでした。Aさんにしか担えない設備や温泉の管理の仕事もあり、得手不得手はお互いさまのはずです。本業と無関係の私的な事業の解散を、保証の条件として迫る。これは、たとえるなら「休日のスポーツが本業に響くかもしれないから、やめなさい。やめないなら保証はしない」と言うようなものでした。
この一件は、Aさんにとって、それまで積み重なっていた小さな違和感の、象徴であり、とどめでした。実印を預けさせられたこと。日々の判断に、いちいち相手の顔色をうかがわされること。「経営者として育てる」という当初の約束が、いつのまにか「言うことを聞かせる」へと拡大解釈されていったこと。Aさんは、ここで初めて、自分が与えられた線路の上を、ハンドルを他人に預けたまま走らされていたのだと気づきました。



青木康弘(ホテル旅館コンサルタント)
「最初に聞いていた話と違う」。私のもとに寄せられるご相談で、いちばん多い言葉かもしれません。相手に依存しすぎると、足元を見られます。まず、自分がどうしたいのか、どうありたいのかを定めること。そのうえで、利害関係のない専門家の力を借りること。これが、こじれた関係を立て直す出発点になります。
後出しの理不尽な要求は、それ自体が問題であると同時に、より深い構造を映し出す鏡でもあります。保証という、相手にとって都合のよい「人質」を握った瞬間に、関係の不均衡が一気に表面化したのです。では、なぜこのようなことが、名の知れた会社との間でも起こってしまうのでしょうか。
→ 次章では、「実績も知名度もある会社」で、こうしたことが起こりうる理由を構造から考えます。
進捗:第3章/全7章 ■■■■□□□□□□ 43%
ここまで読了:約6分 / 残り約8分


金融機関からの評価と、オーナーから見た誠実さは、別の軸です。実績や知名度は、契約の公正さを保証しません。相手が誰であっても、契約は「こじれたとき」を想定して結ぶ。これが鉄則です。
オペレーターの選択肢は、この十数年で大きく増えました。けれども、その内実は玉石混交です。上辺だけの強気な提案書やセールストークを鵜呑みにせず、冷静に比較検討することが望まれます。ここで、ひとつ大切な区別をしておきたいと思います。「銀行から評価されている会社」と、「オーナーに誠実な会社」は、必ずしも同じではない、ということです。
経営者に対して厳しいことを言い、再生の実績を重ねてきた会社は、金融機関からの受けが良いものです。数字を立て直す力があり、銀行が紹介しやすい。だからこそ「実績のある会社」として名前が知られていきます。けれども、その厳しさが、オーナーへの過度な従属の要求へとすり替わっていくことがあります。実績と知名度は、その会社が現場でオーナーをどう扱うかとは、別の問題なのです。
もうひとつの理由は、運営会社の多くがオーナー色の強い企業であることです。会社の方針や現場での振る舞いは、トップの人柄や考え方に大きく左右されます。評判というものは多面的で、「銀行筋では良く言われるが、組んだオーナーからは恨まれている」という会社も、現実には存在します。表に出る評判の一面だけを見て安心するのは、危ういのです。
なお、この構図は、運営委託に限った話ではありません。M&Aの場面でもまったく同じことが起こります。契約までは耳ざわりのよい言葉を並べ、契約後に約束を反故にする。リニューアル計画を実行せず、延期を繰り返す。事前の説明もなく地元業者との取引を一方的に打ち切る。「魅力的な提案ほど、慎重に運ぶ」。買う側にも売る側にも、共通する鉄則です。M&Aで宿を託すときの相手の見極め方は、海外資本の買収提案への向き合い方でも詳しく整理しています。
大切なのは、相手を疑ってかかることではありません。相手が誰であっても、契約は「こじれたとき」を想定して結ぶ、ということです。良い関係が続くあいだは、契約書の細部など問題になりません。問題が起きるのは、関係が壊れたときです。そのときに自分を守ってくれるのは、相手への信頼ではなく、契約の文言なのです。
→ では、具体的に何を確かめれば、こうした落とし穴を避けられるのか。次章で整理します。
進捗:第4章/全7章 ■■■■■■□□□□ 57%
ここまで読了:約8分 / 残り約6分


その場で署名を迫られても断る。出口条項・印章の独立性・保証の妥当性を確かめ、相手の顧問弁護士の説明だけに頼らない。そして、利害関係のない第三者のセカンドオピニオンを得る。これだけで、多くの落とし穴は避けられます。
Aさんがあとから悔やんだのは、契約の説明を受けたその場で、署名を求められるまま押印してしまったことでした。相手の心証を悪くしたくない、という引け目から、断れなかったのです。「一度、知り合いの専門家に相談したい」――その一言を言う勇気が、最後の分かれ目になります。契約書は、相手からの口頭説明や、相手側の顧問弁護士のチェックだけでは、ビジネス上のリスクを十分に判断できません。安易に押印しないこと。これが、すべての出発点です。
契約前に確かめたい五つの着眼点
その場で署名しない
「今すぐ」と求められても必ず持ち帰ります。相手の説明や相手側の弁護士のチェックだけでは、自分にとってのリスクは判断できません。
出口条項を確かめる
中途解約権・違約金・原状回復・契約期間。オーナー側からも抜けられるかを確認します。長期契約ほど慎重に。
印章・通帳・会社の独立性
実印・通帳・印鑑カードを預ける条項には応じません。株主総会・取締役会の独立性が保たれているかも確認します。
修繕・設備投資の責任区分
誰が、何を、いくら負担するのか。将来の更新投資まで含めて契約書で明確にし、予算化しておきます。
保証の要否・金額の妥当性
連帯保証を求められたら、本当に必要か、金額は妥当かの説明を求めます。経営者保証ガイドラインに照らして点検します。
連帯保証は「人質」にさせない
Aさんのケースで効いてきたのが、連帯保証の扱いです。保証を引き受けてもらう代わりに、無関係の要求をのまされる。この力学に巻き込まれないために、知っておきたいのが「経営者保証に関するガイドライン」です。これは中小企業庁と金融庁の関与のもと、日本商工会議所と全国銀行協会が共同で設けた研究会が策定した指針で、保証なしで融資を受けるための条件や、保証金額を適切に設定する考え方が示されています。保証を求められたら、それが本当に必要なのか、金額は妥当なのか、説明を求める姿勢を持つことが大切です。
中立的な第三者の目を入れる
最も確実な防御は、利害関係のない第三者のセカンドオピニオンを得ることです。検索すると、運営委託やM&Aに関する記事は数多く見つかりますが、その多くは取引を成立させる側――運営会社や仲介会社が書いたものです。立場上どうしても「まとめる」方向に力が働きます。だからこそ、その構造を知ったうえで、別の目で確かめておくと安心なのです。
では、どんな相手に相談すればよいのでしょうか。ここで気をつけたいのは、肩書や登録の有無だけで信頼してはいけない、ということです。公的な登録の仕組みなども存在しますが、その多くは届け出をすれば名を連ねられるもので、登録されているからといって質が高いとは限りません。本記事のテーマと同じく、相談先もまた玉石混交なのです。見るべきは、相手が特定の金融機関・オペレーター・仲介会社と利害関係を持たない立場にあるか、そして御館の事情にどれだけ具体的に向き合ってくれるか。その点を、ご自身の目で確かめることが大切です。
→ 次章では、親から宿を引き継いだ方が、特に気をつけたい点を取り上げます。
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ここまで読了:約10分 / 残り約4分


親から宿を継いだ方は、先代が結んだ契約や口約束が、いつのまにか拡大解釈されるリスクを抱えます。承継のタイミングで、契約と覚書を棚卸ししておくことをお勧めします。
Aさんが宿を継いだとき、先代と関係者のあいだで、「これからは皆で支えて、Aさんを経営者として育てていく」という話が交わされていました。後継者への温かい言葉です。けれども、こうした口約束は、文書に残らないまま、相手の都合で意味を膨らませられることがあります。「育てる」が「言うことを聞かせる」に。「サポートする」が「主導権を握る」に。引き継いだ人ほど、先代への遠慮や、関係者へのしがらみから、おかしいと感じても断りにくい立場に置かれがちです。
だからこそ、承継のタイミングは、契約を見直す絶好の機会です。先代が結んだ運営委託契約や賃貸借契約、覚書、口約束を、いちど棚卸ししてみましょう。誰と、何を、どこまで約束しているのか。出口はあるのか。会社の意思決定は独立して行えるのか。身内では話しにくいことだからこそ、外部の専門的な視点を添えると、見通しが立てやすくなります。後継者の選択肢や、引き継ぎにまつわる論点の全体像は、誰が継ぐのがよいかでも整理しています。
もうひとつ、引き継いだ人にこそ知っておいてほしい視点があります。宿の土地や温泉の権利が、地域の共有地を管理する組合(財産区など)からの借り受けで、第三者への「また貸し」が認められていない場合があります。こうしたとき、運営会社が完全に主導権を握ることには、地域の制度が思わぬ歯止めになることがあります。自分の宿が、どんな権利の上に成り立っているのか。承継の機会に、改めて確かめておく価値があります。
→ 最後に、すでに歪んだ関係に陥ってしまった場合の、立て直し方を整理します。
進捗:第6章/全7章 ■■■■■■■■■□ 86%
ここまで読了:約12分 / 残り約2分


まず目指すのは、正常な商取引の状態に戻すことです。それが難しければ、専門家を通じた協議へ。感情的にならず、自分がどうしたいかを定め、中立的な第三者の力を借りることが、立て直しの第一歩になります。
もし、すでに歪んだ関係に陥っているとしたら。まず目指すべきは、正常な商取引の状態に戻すことです。具体的には、実印・印鑑カード・通帳の返還、株主総会や取締役会といった会社の独立性の回復。要は、本来あるべき、対等で透明な取引関係に戻す、ということです。
それが当事者間の話し合いで難しいときは、弁護士などの専門家を通じた協議や、裁判所の手続きを検討することになります。契約の中身と実情が食い違い、公正さを欠いていると判断されれば、争う余地が生まれます。ここで大切なのは、相手のペースに乗せられないことです。相手が交渉上提示してくる回答期限などは、こちらが必ずしも守らなければならないものではありません。スケジュールを相手に握られている時点で、すでにペースに乗せられている、ということもあるのです。
こうした局面で、弊社のようなコンサルティング会社がお手伝いできるのは、再生計画の策定支援、財務シミュレーション、必要な書類の作成支援、そして相談先選定の事前診断や、弁護士など専門家のご紹介です。法律事務として相手と直接交渉するのは弁護士の役割ですが、その前段で、何が起きていて、どの順序で、誰に相談すべきかを冷静に整理する。そこに、利害関係のない第三者の価値があります。
なお、関係を解消して第三者への売却(M&A)を検討する段階になったときには、別の注意も必要です。中小企業庁は、経営者保証を引き受けないまま売り手の現預金などの資産を移し、支払いに問題を生じさせて倒産に至らせる、といった不適切な買い手の存在を注意喚起しています。国がここまで動くほど、問題のある相手が存在するということです。売却を考えるときの価値の見立て方は企業価値評価の記事で、廃業と比べた損得は廃業と売却の比較で、M&Aと事業承継の全体像はM&Aと事業承継の総合ガイドで、それぞれ整理していますので、あわせてご覧ください。
よくあるご質問
Q実績のある有名な運営会社なら、契約は安心してよいですか。
A実績や知名度と、契約の公正さは別の問題です。金融機関から評価される会社が、オーナーに誠実とは限りません。相手が誰であっても、契約は「こじれたとき」を想定し、出口条項や印章の扱いを必ず確かめてください。
Q会社の実印や通帳を、運営会社に預けるよう求められています。
A応じないことをお勧めします。実印・印鑑カードは会社の意思を外部に示す最後の砦で、これを手放すと、知らないところで会社が動かされる余地が生まれます。「直営に準じる扱い」と説明されても、預けてから取り戻すのは、断るよりはるかに困難です。
Qその場で「今すぐ署名を」と迫られたら、どうすればよいですか。
A必ず持ち帰ってください。「知り合いの専門家に相談したい」と一言伝えれば十分です。相手の口頭説明や相手側の弁護士のチェックだけでは、自分にとってのリスクは判断できません。急がせること自体が、ひとつの警戒すべき兆候です。
Q保証の条件として、本業と無関係の要求をされて困っています。
A保証の要否や金額は、経営者保証ガイドラインに照らして説明を求める権利があります。本業と関係のない要求に、無条件で従う必要はありません。相手のペースに乗せられず、利害関係のない第三者に状況を整理してもらうことをお勧めします。
Qすでに不利な契約を結んでしまいました。もう手遅れですか。
A手遅れとは限りません。まず目指すのは、正常な商取引の状態に戻すことです。契約と実情が食い違い、公正さを欠いていれば、専門家を通じて是正を求める余地があります。現状を時系列で整理し、中立的な第三者に相談することから始めましょう。
用語の整理
この記事で出てきた主な用語
運営委託(MC契約)
オーナーが経営主体のまま、運営をオペレーターに委託する方式(マネジメントコントラクト)。委託料を支払う一方、業績が予算を下回ると契約解除のリスクを伴います。
賃貸借(リース)方式・定期借家
オーナーが建物を運営会社に賃貸し、賃料収入を得る方式。期間満了で更新しない「定期借家」かどうか、また中途解約の定めがあるかが、後々の自由度を大きく左右します。
連帯保証
主たる債務者と同等の責任を負う保証。融資の条件として求められることが多く、これを「人質」に無関係な要求を通そうとされる場面があるため、要否と範囲の確認が欠かせません。
経営者保証に関するガイドライン
経営者の個人保証について、保証なしで融資を受ける条件や、保証を解除・適正化する考え方を示した指針。中小企業庁・金融庁の関与のもと策定されました。
覚書(おぼえがき)
主たる契約に付随して結ばれる合意書。賃貸借契約は普通に見えても、覚書で株主総会や役員人事、印章の扱いまで相手の承認下に置かれると、会社の主導権が実質的に移ってしまうことがあります。本体の契約だけでなく、付随する覚書まで必ず確認しましょう。
さいごに
運営委託やM&Aで宿を託すときに潜む落とし穴を、ひとつの物語を通して整理してきました。いかがだったでしょうか。
大切なのは、相手を疑ってかかることではなく、相手が誰であっても、契約は「こじれたとき」を想定して結ぶことです。良い関係が続くあいだ、契約書の細部は問題になりません。けれども、いざというときにあなたを守るのは、相手への信頼ではなく、契約の文言と、自分で握ったハンドルなのです。
読了後の3ステップ ― 今日からできること
1. 契約の棚卸し
いま結んでいる運営委託・賃貸借契約や覚書を引き出しから出し、出口条項・印章の扱い・修繕の責任区分を読み返してみましょう。
2. その場で署名しない習慣
新たな契約や追加の条件を求められたら、必ず持ち帰る。「専門家に相談したい」の一言を、ためらわずに。
3. 中立的な第三者への相談
運営会社・仲介会社・金融機関と利害関係のない専門家の目を入れると、見落としていた論点が見えてきます。
どこから手をつければよいか分からないときは、契約の棚卸しからご一緒できます。


弊社アルファコンサルティングでは、特定の金融機関・オペレーター・仲介会社と利害関係を持たない独立した立場から、旅館・ホテルの運営委託やM&Aをご支援しています。契約内容の事前診断、再生計画の策定支援、財務シミュレーション、書類の作成支援、相談先の選定や弁護士など専門家のご紹介まで、依頼者の利益を最優先にお手伝いします。
株式会社アルファコンサルティング 代表 青木康弘あわせて読みたい関連記事
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「運営会社から契約書を渡されたが、不利な条件がないか不安」「すでに結んだ契約で、関係がこじれてきた」――そうした段階からのご相談を歓迎します。中立的な立場から、御館の状況に合わせて道筋を整理します。
- 契約内容の事前診断(出口条項・印章・保証の点検)
- 再生計画の策定支援・財務シミュレーション
- 相談先の選定・弁護士など専門家のご紹介
- すでに歪んだ関係を、正常な取引へ戻すための整理
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