こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。
旅館・ホテル業界は、コロナ禍を経て、全体としては確実に回復しています。稼働は戻り、単価は上がり、外国人のお客様も増えました。数字だけを見れば、明るい局面です。
ところが、その回復のただ中で、業界はくっきりと二つに分かれ始めています。好調をさらに伸ばす宿と、回復局面でもなお赤字から抜け出せない宿。この二極化は、これからの数年でいっそう鮮明になるでしょう。
今回は、その二極化が何によって生まれているのかを、業界全体のデータをもとに解き明かします。そして、分かれ道の先で勝ち残るために、何を設計し直せばよいのか。その全体像、いわば宿のグランドデザインをお示しします。
- 1業界は回復したのに、なぜ30%が赤字のままなのか
- 2中規模旅館だけが黒字比率を急落させた二重の罠
- 3黒字と赤字を分けるのは料理原価ではないという事実
- 4情報がタダになった時代に差を生む「翻訳力」
- 5設計図を描く道具としてのAI ― 3つの実践への道筋
業界全体は回復している。それでも30%が赤字のままだ
まず、業界全体の数字を確認しましょう。日本旅館協会の最新の調査によると、黒字の旅館の割合は70.9パーセントに達しました。コロナ前の令和元年度は51.5パーセントでしたから、19.4ポイントもの改善です。
宿泊客1人あたりの総単価は23,926円で、令和元年度より4,860円、率にして25パーセント上がっています。外国人客の比率も24.1パーセントと、令和元年度の9.7パーセントから大きく伸びました。単価は上がり、外国人客は増え、業界は黒字局面に入ったのです。
それでも、30パーセントの旅館は赤字のままです。これだけ追い風が吹いているにもかかわらず、3軒に1軒は黒字化できていない。ここに、二極化の入り口があります。回復が全体を底上げしているからこそ、それでも浮上できない宿の課題が、かえって構造的なものとして浮かび上がってくるのです。
中規模旅館だけが黒字比率を急落させた ― 二重の罠
- 大規模+14.3P・小規模+12.4Pなのに、中規模だけ-14.4Pと急落
- 背景はOTA依存(経由率53.3%)と財務の脆弱性(借入償還10.2年)
- 稼いでも手数料と返済に食われる構造。規模を問わず赤字宿に共通する
二極化をもっとも象徴しているのが、規模による違いです。黒字比率の前年度比を見ると、奇妙なことが起きています。
大規模旅館は前年度から14.3ポイント上昇し、黒字比率85.7パーセント。小規模旅館も12.4ポイント上昇し72.7パーセント。両者とも回復の波に乗っています。ところが中規模旅館(おおむね31室から99室)だけは、前年度から14.4ポイントも黒字比率を落とし、63.2パーセントへ急落しました。全規模の中で、唯一のマイナスです。
なぜ中規模だけが落ちたのか。背景には、二つの罠が重なっています。
罠の一つ目 ― OTA依存
中規模旅館のOTA経由の予約比率は53.3パーセントで、全規模の中で最も高くなっています。半分以上の予約をOTAに頼っているということです。OTA経由の予約には手数料がかかりますから、売上が伸びるほど、手数料の絶対額も膨らんでいきます。集客をOTAに依存するほど、稼いだ売上が手数料に食われる構造です。
罠の二つ目 ― 財務の脆弱性
もう一つは財務面です。中規模旅館は営業費率が13.6パーセントと全規模中で最も高く、借入金の償還年数は10.2年で、唯一の10年超となっています。つまり、借入の返済負担が重く、その返済に追われている。
この二つを重ねると、中規模旅館の苦境が見えてきます。稼いでも、その売上がOTA手数料と借入返済に食われてしまう。忙しく営業しても、手元に利益が残りにくい。この構造を変えない限り、たとえ一時的に黒字化しても、それは定着しないのです。
これは中規模だけの話ではありません。OTAへの依存と財務の重さは、規模を問わず、赤字に沈む宿に共通する構造です。中規模旅館は、その構造がもっとも先鋭的に現れた例だと捉えるべきでしょう。
黒字と赤字を分けるのは、料理原価ではない

では、黒字の宿と赤字の宿は、どこで決定的に分かれるのでしょうか。多くの方が「料理にお金をかけすぎているのではないか」と考えます。しかし、データはまったく別の事実を示しています。
黒字旅館と赤字旅館の費用構成を比べると、料理材料費の比率は、黒字15.8パーセント、赤字16.8パーセントで、その差はわずか1.0ポイントしかありません。一方、人件費率は黒字28.7パーセント、赤字34.5パーセントで、差は5.8ポイントにもなります。
つまり、黒字と赤字を分けているのは料理の原価ではなく、人件費率なのです。料理の質を落として原価を削っても、収益はほとんど改善しません。むしろ料理の魅力を損ない、客離れを招きかねません。
そして人件費率を決めているのは、給料の高さではなく、総労働時間の設計です。同じ仕事を何時間で回すか。人をどう配置し、どの業務を引き算するか。この設計こそが、黒字と赤字を分ける分岐点なのです。料理を削るのではなく、働き方の設計を見直すこと。これが第一の処方箋です。
情報がタダになった時代、差を生むのは「翻訳力」
ここで、より根本的な問いに移ります。これだけ構造が分かっているのに、なぜ差がつくのか。
理由は、情報の価値が変わったからです。かつては、成功している宿のやり方や、業界の最新データは、簡単には手に入りませんでした。情報を持っていること自体が、競争力でした。ところが今は違います。成功事例も、改善手法も、業界データも、スマートフォン一つで誰でも手に入ります。情報を得るためのコストは、ほぼゼロになりました。
情報が平等になった時代に、差を生むのは情報量ではありません。私はそれを「翻訳力」と呼んでいます。
翻訳力とは何か
翻訳力とは、よその宿の成功事例を、自館の客層・動線・人員・コンセプトに置き換えて、設計し直す力のことです。情報をそのまま真似るのではなく、自館の文脈に翻訳して活用する力、と言い換えてもよいでしょう。
たとえば、ある高級旅館が体験型のコンテンツで成功したという記事を読んだとします。それをそのまま自館に持ち込んでも、客層も人員体制も違えば、まず機能しません。自館の客層は何に価値を感じるのか、今いる人員で無理なく回せるのか、自館のコンセプトと矛盾しないか。こうして自館の文脈に翻訳して初めて、成功事例は使える設計図になります。
同じ情報を得た二つの宿でも、翻訳力の差が結果を分けます。翻訳できる経営者だけが、自館に最適な設計図を描き、改善を続けることができる。これからの二極化を分けるのは、まさにこの力です。
設計図を描く道具としてのAI ― 3つの実践
では、その翻訳力をどう発揮すればよいのか。ここで強力な道具になるのが、生成AIです。AIは、自館のデータを読み込ませれば、それを自館の文脈で分析し、設計図を描く手助けをしてくれます。
私はこの活用を、3つの領域に分けてご紹介しています。それぞれ別の記事で、コピーして使えるプロンプトつきで詳しく解説していますので、関心のある領域からお読みください。
1. 口コミ分析 ― 点数の裏を読む
口コミの点数だけを見ていては、本当の課題は見えません。写真と実体験のギャップ、口コミの質、予約導線、値付け。AIに5つの視点で口コミを分析させると、感覚で語っていた競合との差が、具体的な打ち手に変わります。詳しくは口コミ分析の記事をご覧ください。
2. 決算書分析 ― 数字の裏を暴く
稼働も単価も上がっているのに利益が残らない。その裏で人件費率やOTA手数料率が利益を蝕んでいることがあります。決算書が苦手でも、AIに3段階の問いを投げれば、数字の裏に隠れた真因と打つべき手が見えてきます。詳しくは決算書分析の記事をご覧ください。
3. 人材分析 ― 採用と定着の根を断つ
人が採れないことと辞めることは、同じ根から来ています。会議の発言や求人票をAIに分析させると、採用と定着を阻む構造が見えてきます。一人ひとりの性格・気質に合った配置こそが、人件費率の改善にもつながります。詳しくは人材分析の記事をご覧ください。
施策が半年で消えるのは、意志ではなく設計の問題
設計図を描いたら、次はそれを定着させなければなりません。ところが多くの宿で、せっかく始めた新しい取り組みが、半年もすると静かに消えていきます。
最初の1か月は気力で乗り切れます。2か月目には日常業務との両立に疲れが出始め、3か月目に繁忙期が重なると、新しい取り組みは後回しになります。やがて「最近やっていないね」となり、半年後には元の状態に戻っている。これは、担当者の意志が弱いからではありません。設計の問題です。
原因は、新しいことを「足し算」するだけで、現場の総仕事量が増え続けることにあります。余裕があるように見えても、新しい施策を加えれば現場の負担は静かに増え、いずれ破綻します。そして「また余裕があるはず」とさらに足し算する。この悪循環が、施策を半年で消してしまうのです。
ですから、原則はこうです。何かを加えるなら、必ず何かを外す。現場の総仕事量を変えないことです。新しい施策を始める前に、「これをやるために、何をやめるか」を決めておく。この引き算をセットにして初めて、施策は定着します。
進め方も大切です。いきなり全館で始めるのではなく、まず閑散期の平日限定で小さく試す。原価率やスタッフの負荷、口コミの反応を1か月ほど検証する。問題点を修正し、何を引き算するかを決めてから、全館へ展開する。小さく試す、引き算する、設計し直す。この3つの段階を踏むことで、失敗を防げます。
経営者はすでに、統括設計者の目を持っている

ここまで、二極化の構造から、翻訳力、AIの活用、施策の定着までをお話ししてきました。最後にお伝えしたいのは、こうした全体を設計する力は、経営者の方がすでに持っている、ということです。
一つの場所を変えると、それが動線にどう響き、人員配置にどう波及し、口コミにどう現れるか。宿の全体を俯瞰し、その連鎖を読み切る人を、私は「統括設計者」と呼んでいます。日々、宿の隅々まで目を配ってこられた経営者の方は、この俯瞰する目を、すでに持っておられます。
あとは、その目で見たものを、設計図として描くだけです。そして、その設計図を描く具体的な道具が、AIなのです。二極化が進むこれからの時代、頭の中にある全体像を、データに基づいた設計図へと落とし込めるかどうか。そこが、勝ち残る宿とそうでない宿を分けていきます。
おわりに
いかがだったでしょうか。業界が回復する中での二極化は、料理の原価ではなく、人件費率の設計、OTA依存と財務の構造、そして情報を自館の文脈に翻訳する力によって生まれています。この全体像を一枚の設計図として描き直すことが、二極化を勝ち抜く出発点になります。
弊社アルファコンサルティングでは、特定のOTAや予約システム、運営会社、金融機関と利害関係を持たない独立した立場から、依頼者の利益を最優先に、宿のグランドデザインの設計をご支援しています。観光経済新聞でのコラム連載は17年になり、現場で積み上げてきた知見をもとに、自館に合った設計図づくりをお手伝いします。
「自館がどの分かれ道に立っているのか知りたい」「何から設計し直せばよいか相談したい」といったご相談に対応しています。初回相談は無料です。お気軽にお問い合わせください。
働きが、報われる経営へ。
毎日きちんと回しているのに、利益が手元に残らない。その理由は、努力の量ではなく、収益の構造にあります。弊社アルファコンサルティングが、利益の残るかたちへと整えるお手伝いをします。初回のご相談は無料です。
無料相談はこちら