ホテル・旅館の損益分岐点稼働率|赤字を脱出する最低稼働率の計算方法と業態別の目安を専門家が解説

稼働率を追いかける前に、いくらで何室売れば赤字を脱出できるかを知る。経営判断の起点となる損益分岐点稼働率の考え方を、計算式から実践まで体系的に解説します。

この記事を読むとわかること

  • 損益分岐点稼働率の意味と、なぜ稼働率より大切なのか
  • 固定費・変動費・限界利益の整理と、業界水準の目安
  • 50室温泉旅館の具体例で追う、損益分岐点稼働率の計算手順
  • 業態別の目安と、建設時期・土地代で大きく変わる理由
  • 損益分岐点を引き下げる5つの打ち手と、事業計画への活用

はじめに ― なぜ「損益分岐点稼働率」を知る必要があるのか

こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。本記事は、損益分岐点稼働率の考え方を基礎から実践まで整理した、経営者向けのガイドです。観光経済新聞のコラム連載17年で見てきた現場の事例をもとに、稼働率と利益の関係を明確にしていきます。

ここ数年、相談を受ける経営者の方から、決まって似た悩みを聞きます。

「稼働率は80%を超えているのに、なぜか利益が残らない」

「OTAで価格を下げて稼働率を上げているが、本当に儲かっているのか分からない」

「閑散期に営業すべきか休業すべきかの判断基準が分からない」

「事業計画で目標稼働率を設定するときの根拠が曖昧になっている」

そもそも、ホテルや旅館の現場では、支配人や予約担当、フロント、スタッフに課される目標が稼働率であることが多いように感じます。客室単価をいくらに設定するのが妥当かは、施設ごとの価値判断によるところが大きく、一概に適正価格を示すのが難しい指標です。これに対して稼働率はパーセンテージで表せるため、一律に評価でき、他のホテルや旅館との比較もしやすい。だからこそ、現場の目標が稼働率に偏りがちなのだと思います。

経営者の立場でも、稼働率が高ければ館が賑わい、お客様であふれかえる状況になりますから、高い売上を実感でき、安心材料になっているのではないでしょうか。しかし、財務の観点から見ると、必ずしも高い稼働率が良いとは言えません。実際に私が関わっている旅館・ホテルでも、稼働率50%で高い収益を達成している施設があります。一方で、稼働率80%を超えていながらなかなか資金が貯まらず、老朽化した施設を使い続けて自転車操業を続けているケースもあります。

このような差は、どこから生まれるのでしょうか。それぞれの施設が、自館にとって適正な稼働率と客室単価を把握できていないこと、そして損益分岐点稼働率を把握できていないことに、理由があると考えています。

ここがポイント

稼働率の高さは「安心材料」にはなっても、「利益の保証」にはならない。利益を左右するのは、稼働率がコスト構造に見合った水準を超えているかどうかです。

あらためて整理すると、損益分岐点稼働率とは、固定費を変動費で賄うために必要な最低稼働率を示す指標です。この水準を上回らないと、稼働率がいくら高くても赤字が続きます。逆に、この水準を上回れば、追加で売れる1室は大きな利益を生みます。先ほどの稼働率50%で高収益の施設と、80%でも資金が貯まらない施設の違いも、この損益分岐点稼働率の差として説明できます。

本記事では、損益分岐点稼働率を経営の物差しとして使えるようにする方法を、計算式・業態別の目安・実践的な活用例とあわせて整理していきます。

→ まずは、損益分岐点稼働率とは何かという基本から見ていきましょう。

1章. 損益分岐点稼働率とは何か

想定読者
経営者・支配人・財務担当
取り組む問題
稼働率と利益の関係が整理できていない
解決の方向
損益分岐点稼働率という物差しを理解する
得られる効果
稼働率の数字に振り回されなくなる
ひとことで
稼働率より、損益分岐点が大切です

損益分岐点稼働率の定義

損益分岐点稼働率とは、利益がプラスマイナスゼロになる最低の稼働率のことです。固定費を変動費で賄うために必要な最低稼働率と言い換えることもできます。

用語損益分岐点稼働率 利益がちょうどゼロになる稼働率のこと。これを上回れば黒字、下回れば赤字になる、経営の分かれ目となる稼働率です。

なぜこの指標が重要なのか

経営者の多くは、業界平均との比較で稼働率を判断しがちです。「同業他社が70%だから、うちも70%を目指す」というような目標設定です。しかし、これは大きな誤りです。なぜなら、同業他社と自館では、固定費の水準も変動費の比率もまったく異なるからです。

例えば、新築のリゾートホテルと築40年の温泉旅館では、減価償却費・修繕費・人件費の構造がすべて違います。それぞれの損益分岐点稼働率は同じになり得ないのです。だからこそ、業界平均ではなく自館の損益分岐点を物差しにする必要があります。

損益分岐点稼働率と利益の関係

  • 固定費構造が異なれば必要稼働率も違う ― 同じ業態でも、投資額や借入水準で損益分岐点は変わります。
  • 毎年の固定費・変動費変動で再計算が必要 ― 人件費や水光熱費の変動を反映し、定期的に見直します。
  • 単価が下がれば損益分岐点稼働率は上昇 ― 値引きは限界利益率を下げ、必要稼働率を押し上げます。

損益分岐点稼働率の典型的な誤解

損益分岐点稼働率を正しく使うために、自館の状態を点検してみてください。

✓ SELF-CHECK
損益分岐点を経営に活かせているか
直近の固定費と変動費を分けて把握している
値引き販売の前に、損益分岐点への影響を試算している
業界平均ではなく、自館の数値を物差しにしている

→ 損益分岐点稼働率の意味を整理したところで、次は構成要素である固定費と変動費の整理に進みます。

2章. 固定費と変動費の整理

想定読者
経営者・財務担当・経理担当
取り組む問題
費目の固定費・変動費分類が曖昧になっている
解決の方向
費目を準固定費・準変動費の考え方で分類する
得られる効果
損益分岐点計算の前提が整う
ひとことで
完璧な分類より、おおまかな分類を続けることが大切

固定費と変動費の定義

固定費とは、売上の増減に関わらず一定額が発生する費用です。代表例は、減価償却費・人件費(正社員)・支払利息・固定資産税・保険料・建物賃借料などです。

変動費とは、売上の増減に比例して発生する費用です。代表例は、食材費・消耗品費(客室)・送客手数料(OTA手数料)・水光熱費(変動分)・パート、アルバイト人件費などです。

ここがポイント

固定費は「売上ゼロでも出ていくお金」、変動費は「お客様が増えるほど出ていくお金」。この区別が、損益分岐点を計算する出発点になります。

ただし、ホテル・旅館の費目は、純粋な固定費と変動費に分けることが難しいケースが多くあります。例えば、人件費は正社員部分が固定、パート・アルバイト部分が変動という構造で、両方の性質を持ちます。実務上は、おおまかに分類して計算する「準固定費・準変動費」という考え方を採用するのが現実的です。

[図表C1-2] ホテル・旅館の費目別 固定費/変動費の分類

費目分類備考
食材費変動費宿泊者数に比例
消耗品費(客室)変動費稼働室数に比例
送客手数料(OTA)変動費予約金額に比例
正社員人件費固定費稼働に関わらず発生
減価償却費固定費投資額に応じて毎期一定
パート・アルバイト人件費変動費繁閑に応じて調整可能
水光熱費準固変基本料金は固定、使用量は変動

人件費の固変分類のコツ

人件費は、固定費と変動費の両方の性質を持つため、分類に迷いやすい費目です。正社員の基本給は固定費、パート・アルバイトの人件費や繁忙期の応援人件費は変動費として扱うのが基本です。残業代は、稼働率との相関が高ければ変動費寄りに分類します。

ただし、パート・アルバイトであっても、フルタイムに近い働き方で勤務が固定化している場合は、繁閑に関わらず人件費が発生するため、実態としては固定費に近い「準固定費」として扱うのが現実的です。自館の人員体制が、どこまで繁閑に応じて調整できるかを見極めることが大切です。

水光熱費の固変分類

水光熱費も、基本料金部分は固定費、使用量に応じた部分は変動費という二面性があります。過去2〜3年の月次データから、稼働率との相関を見て固定分・変動分の比率を算出すると、精度が高まります。

→ 固定費と変動費を整理したところで、次は限界利益という考え方に進みます。

3章. 限界利益と限界利益率の考え方

想定読者
経営者・支配人・予約担当
取り組む問題
1室売ったときの本当の儲けが分からない
解決の方向
限界利益という考え方を身につける
得られる効果
値引き・営業判断が数字でできる
ひとことで
1室売って残るお金が、限界利益です

限界利益とは

限界利益とは、売上高から変動費を差し引いた利益のことです。1室を追加で売ったときに、変動費を引いて手元に残る金額と考えると分かりやすいでしょう。この限界利益が固定費を上回ったときに、初めて黒字になります。

用語限界利益・限界利益率 限界利益は「売上高 − 変動費」。1室売って手元に残るお金です。限界利益率は、売上に対するその割合。この率が高いほど損益分岐点稼働率は低くなります。

限界利益率は、売上高に対する限界利益の割合です。限界利益率が高いほど、1室売ったときに残るお金が多く、損益分岐点稼働率は低くなります。

業態別の限界利益率の目安

[図表C1-3] 業態別の限界利益率の目安

業態限界利益率備考
都市部ビジネスホテル65〜80%食材・人件費等の変動費が少ない
シティホテル55〜70%料飲部門の変動費がやや大きい
温泉旅館(1泊2食)55〜65%食材費と料飲の人件費が中心
リゾートホテル50〜65%施設・料飲の変動費が大きい
小規模宿・高級旅館55〜70%高単価だが食材費も高め

限界利益が現場の意思決定に効く例

限界利益の考え方は、日々の現場判断で力を発揮します。代表的な3つの場面を見てみましょう。

例1 ― OTA値引き判断

OTAで値引きをするとき、値引き後の単価でも限界利益がプラスかを確認します。限界利益がプラスなら、固定費の一部を回収できるため、空室のまま放置するより販売した方が有利です。ただし、値引きは限界利益率そのものを下げるため、損益分岐点稼働率を押し上げる点に注意が必要です。

例2 ― 閑散期の営業判断

閑散期に営業を続けるか休館するかは、限界利益で判断します。限界利益がプラスなら、営業して固定費の一部を回収する方が損失は小さくなります。限界利益がゼロに近い、またはマイナスなら、休館した方が損失を抑えられます。

例3 ― 団体割引の判断

団体客の割引を受けるかどうかも、限界利益で判断できます。割引後の単価でも限界利益がプラスで、かつ通常客の販売機会を奪わないのであれば、受け入れる価値があります。閑散期の団体は、固定費回収の観点から特に有効です。

→ 限界利益の考え方を理解したところで、いよいよ損益分岐点稼働率の計算に進みます。

4章. 損益分岐点稼働率の計算式と算出例

想定読者
経営者・財務担当
取り組む問題
計算式が分からず実際の数値を出せていない
解決の方向
段階的に計算する手順を身につける
得られる効果
自館の損益分岐点稼働率が数値で把握できる
ひとことで
計算は意外と単純です

基本の計算式

損益分岐点稼働率の基本式

損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率

損益分岐点稼働率 = 損益分岐点売上高 ÷ 売上総額 × 平均稼働率

文字式だけだと分かりにくいので、具体的な数値例で計算してみましょう。これから3つのステップで、順を追って計算していきます。

ここがポイント

難しく見えても、やることは3つだけ。①1室売って残る利益を出す → ②1年分の固定費を集める → ③固定費を賄うのに必要な稼働率を逆算する。それだけです。

計算例 ― 50室規模の温泉旅館

総投資25億円(土地代含む)、客室数50室の温泉旅館を想定します。物価や建設費、宿泊単価が上昇した近年の水準を前提とした例です。

[図表C1-4] 計算例の前提条件

項目数値
客室数50室
営業日数365日
1泊2食料金20,000円
1室あたり宿泊者数3人
客室稼働率(現状)60%
年間客室売上6億5,700万円(20,000円×3人×50室×60%×365日)

ステップ1 ― 変動費と限界利益を計算

まず、1室を売ったときに発生する変動費を分解します。

[図表C1-5] 1室あたり変動費の計算

変動費項目金額計算根拠
食材費12,000円1泊2食20,000円×食材費率20%×3人
消耗品費2,100円アメニティ・リネン等 1人700円×3人
水光熱費(変動分)1,500円稼働に応じて発生する使用量分
送客手数料7,200円宿泊料金60,000円×手数料率12%
パート・アルバイト人件費約1,800円年間2,000万円を稼働室数で按分(後述)
変動費合計約24,600円1室1泊あたり

このうちパート・アルバイト人件費は、繁閑に応じて投入する配膳・清掃などの人員費です。ここではパート・アルバイト10人×時給2,000円×年間1人あたり1,000時間=年間2,000万円と見込みました。これを年間の稼働室数(50室×60%×365日=10,950室)で割ると、1室あたり約1,800円となります。

なお、パート・アルバイトであっても、フルタイムに近い働き方で勤務が固定化している場合は、繁閑に関わらず人件費が発生するため、実態としては固定費に近い性質を持ちます。こうした人員は「準固定費」として、固定費に含めて整理するのが実務的です。ここでは、繁忙期の応援や時間帯による増減があるパート・アルバイトを変動費として扱っています。

STEP 1 1室あたりの限界利益を求める

1室の売上 = 20,000円 × 3人 = 60,000円

変動費合計 = 約24,600円

限界利益 = 60,000円 − 24,600円 = 約35,400円

限界利益率 = 約35,400円 ÷ 60,000円 = 約59%

ステップ2 ― 固定費を計算

次に、年間の固定費を集計します。なお、この例は開業から数年が経過し、当初の借入が返済によって18億円程度まで減少した時点を想定しています。開業直後であれば借入残高はより大きく、支払利息の負担も重くなります。

また、ここで示す固定費は、あくまで一つのモデルです。とりわけ減価償却費・支払利息・固定資産税は、施設をいつ建てたか、土地をいくらで取得したか、借入をどれだけ返済したかによって大きく変わります。後述するように、この違いが損益分岐点稼働率を施設ごとに大きく左右します。

[図表C1-6] 年間固定費の計算例

固定費項目年間金額備考
正社員人件費1億2,000万円35人×平均年収350万円
減価償却費1億円総投資25億円÷平均耐用年数25年程度
支払利息4,860万円借入残高18億円×利率2.7%
固定資産税・都市計画税2,210万円固定資産税評価額13億円×1.7%(税率は自治体により異なる)
保険料400万円火災・地震保険、旅館総合賠償保険等
広告宣伝費400万円OTA向け広告費等
修繕費1,800万円建物・附属設備の1.5%程度
水光熱費(固定分)1,200万円基本料金・共用部・温泉設備
固定費合計3億2,870万円

ステップ3 ― 損益分岐点稼働率を計算

最後に、これまでの数値を計算式に当てはめます。

STEP 3 損益分岐点稼働率を逆算する

年間客室売上(60%稼働時) = 6億5,700万円

年間変動費 = 2億6,966万円

年間限界利益 = 3億8,734万円(限界利益率 約59%)

損益分岐点売上高 = 固定費3億2,870万円 ÷ 限界利益率59% = 約5億5,700万円

損益分岐点稼働率 = 約5億5,700万円 ÷ 6億5,700万円 × 60% = 約50.9%

つまり、この温泉旅館の損益分岐点稼働率は約50.9%となります。現在の稼働率60%なら、約9ポイント上回っており、黒字を確保できていることが分かります。

ここがポイント

単価を引き上げると損益分岐点稼働率は下がります。同じ固定費でも、1泊2食を15,000円に下げると損益分岐点は約72%まで跳ね上がる。単価こそが、損益分岐点を左右する最大の要素です。

ここで注目していただきたいのは、単価を引き上げると損益分岐点稼働率が下がるという関係です。仮に同じ固定費の施設で1泊2食を15,000円に下げた場合、限界利益率はやや下がり、年間売上も大きく減るため、損益分岐点稼働率は約72%まで上がります。単価を引き上げれば1室あたりの限界利益が増え、固定費を吸収して、より低い稼働率でも黒字化できるようになるのです。後ほど7章で詳しく述べますが、客室単価の引き上げが損益分岐点を下げる最も効果的な打ち手である理由が、この計算からも見て取れます。

感度分析の重要性

損益分岐点稼働率は、前提条件が変わると大きく動きます。単価・人件費・OTA手数料などが変動したときに、損益分岐点がどう変わるかを試算する「感度分析」を行うことで、リスクへの備えができます。例えば、単価を10%下げると損益分岐点稼働率は5〜7ポイント上昇します。複数のシナリオで試算しておくことをお勧めします。

自館の損益分岐点稼働率を、正確な数値で把握したいとお考えではありませんか。弊社では固定費・変動費の分解から損益分岐点の算出まで、ご支援しております。

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→ 計算の手順を押さえたところで、次は業態別の損益分岐点稼働率の目安を見ていきます。

5章. 業態別の損益分岐点稼働率の目安

想定読者
経営者・財務担当・支配人
取り組む問題
自館の損益分岐点稼働率が業界水準と比較できない
解決の方向
業態別の目安を踏まえて自館の位置を評価する
得られる効果
業態に応じた現実的な改善目標が設定できる
ひとことで
業態が違えば損益分岐点も違います

業態別の損益分岐点稼働率

業態別の損益分岐点稼働率の目安は、次の通りです。

[図表C1-8] 業態別の損益分岐点稼働率(目安)

業態損益分岐点稼働率実際の稼働率水準余裕
都市部ビジネスホテル40〜50%70〜85%
シティホテル45〜55%60〜70%
温泉旅館(1泊2食)45〜55%50〜65%
リゾートホテル55〜65%50〜65%小〜中
高級旅館45〜55%50〜65%
小規模宿(10〜20室)55〜65%50〜70%小〜中

都市部ビジネスホテルは、食材費や送客手数料といった変動費の割合が小さく、限界利益率が高いため、損益分岐点稼働率が低くなりやすい業態です。実際の稼働率も70%を超える施設が多く、損益分岐点に対する余裕(マージン)が大きいのが特徴です。

一方、リゾートホテルと小規模宿は、売上に対する固定費の比率が高いため、損益分岐点稼働率が高くなりやすい業態です。実際の稼働率との差も小さく、経営の余裕は小さくなります。リゾートホテルは施設規模が大きく減価償却費や人件費といった固定費が重いこと、小規模宿は1室あたりの固定費負担が大きいことが、その背景にあります。

[ 注意点 ]
業態別の目安は「自館の事情」で大きく変わる

ここで示した数値は、あくまで目安として捉えてください。同じ業態でも、損益分岐点稼働率は施設をいつ建てたか、土地をいくらで取得したかによって大きく異なります。これは、固定費の大きな部分を占める減価償却費・支払利息・固定資産税が、建設時期と土地取得価格に直結しているためです。

例えば都市部ビジネスホテルでも、地価や建設費が安かった時期に取得・建設した施設なら、固定費が軽く、損益分岐点稼働率は40%台にとどまることもあります。しかし、近年の地価高騰と建設費の上昇のもとで新たに開発された施設では、土地代も建物の建設費も大幅に膨らんでおり、固定費が重くなります。その結果、現在の都市部ビジネスホテルの新規開発案件では、損益分岐点稼働率が表に示した目安を大きく上回り、相当高い水準になることも珍しくありません。

この傾向は、ほかの業態でも同様です。温泉旅館でもリゾートホテルでも、近年の高い建設費・地価のもとで開業した施設は、過去に開業した同規模の施設に比べて固定費が重く、損益分岐点稼働率が高くなります。業態別の目安だけで自館を評価するのではなく、自館の建設時期・取得価格・借入の返済状況を踏まえて損益分岐点を算出することが欠かせません。

リゾートホテルの損益分岐点が高い理由

リゾートホテルの損益分岐点稼働率が高くなる理由は、3つあります。

  • 施設規模が大きく固定費(減価償却費・建物賃借料・正社員人件費)が大きい
  • 繁閑差が大きく閑散期の稼働低下が損益を圧迫する
  • オフシーズン対応のためにスタッフ・施設稼働を維持する必要がある

リゾートホテルでは、年間平均で55〜65%程度の稼働率を確保しないと利益が出にくい構造です。繁忙期で年間の利益を確保し、閑散期は損益分岐点を下回ってもやむを得ない、というモデルが現実的となります。

小規模宿の損益分岐点が高い理由

客室数10〜20室の小規模宿は、1室あたりの固定費負担が大きいため、損益分岐点稼働率が高くなりやすい業態です。客室数50室の旅館と10室の宿では、固定費は1.5〜2倍程度の差しかないことが多く、1室あたりに割り掛けると小規模宿の固定費負担が顕著に重くなります。

この構造を踏まえると、小規模宿の経営戦略は稼働率より客単価を優先するのが鉄則です。少ない客室を高単価で売り切ることで、損益分岐点を下げるアプローチが現実的です。

業態戦略と損益分岐点の関係

中規模(40〜80室)の旅館・ホテルが業態戦略を選択するときも、損益分岐点稼働率が重要な判断材料となります。とりわけ重要なのが、格安・高稼働路線を取るか、高単価路線を取るかの選択です。

値引きによって稼働率を高める格安・高稼働戦略は、一見すると売上を伸ばせそうに見えます。しかし、単価を下げると限界利益率が低下し、損益分岐点稼働率が大きく上昇するため、稼働率を上げても損益分岐点を上回れず、かえって赤字幅が拡大することが少なくありません。私がこれまで業態別の損益シミュレーションを数多く行ってきた経験からも、中規模施設が値引き競争に走ると、稼働率が上がっても収支はむしろ悪化するという結果が繰り返し確認されています。

格安路線でも生き残れるのは、中古物件をリノベーションして初期投資を抑えた格安チェーンか、スケールメリットを活かせる大型施設に限られるというのが現実です。固定費の大きい中規模施設が安易に格安路線を取ると、銀行返済がより遠のく結果になりがちです。

対して、商品力を高めて単価を引き上げる高単価戦略は、限界利益率を高め、損益分岐点稼働率を引き下げます。4章の計算例で見たとおり、単価が上がれば、より低い稼働率でも黒字を確保できるようになります。中規模施設が収益体質を改善するには、稼働率を追いかけるより、追加投資を行ってでも商品力を高め、単価を引き上げる方が賢明だと言える理由は、ここにあります。

→ 業態別の目安を整理したところで、次は稼働率と単価のどちらを優先すべきかの判断軸に進みます。

6章. 稼働率と単価のどちらを優先すべきか

想定読者
経営者・支配人・予約担当
取り組む問題
稼働率を上げるべきか単価を上げるべきか迷う
解決の方向
限界利益と損益分岐点で判断軸を持つ
得られる効果
値引き競争に巻き込まれなくなる
ひとことで
多くの場合、単価優先が正解です

稼働率と単価のトレードオフ

稼働率と単価は、しばしばトレードオフの関係になります。値引きをすれば稼働率は上がりますが、単価は下がります。逆に単価を上げれば、稼働率は下がる傾向があります。重要なのは、どちらが最終的な利益を最大化するかを、損益分岐点と限界利益で見極めることです。

現場でよく聞く声

「稼働率は95%なのに、利益は前年より減っている」

「値引きをやめたら予約が止まりそうで、怖くて踏み切れない」

値引きで稼働率を上げると何が起こるか

値引きで稼働率を上げると、一見すると売上は伸びます。しかし、値引きは限界利益率を下げるため、損益分岐点稼働率が上昇します。その結果、稼働率を上げても損益分岐点を上回れず、かえって赤字になるケースが少なくありません。値引き販売の前に、損益分岐点への影響を必ず試算することが大切です。

値引き判断の3つの軸

  • 値引き後の単価でも限界利益がプラスか
  • 値引きによる稼働率上昇が、限界利益率低下を補えるか
  • 値引きが定価客の販売機会を奪わないか

単価を上げる戦略の優先

多くの施設にとって、単価を上げる戦略のほうが利益改善効果が大きいのが実情です。単価の引き上げは限界利益率を高め、損益分岐点稼働率を引き下げます。商品力の向上や付加価値の提供によって単価を上げられれば、同じ稼働率でもより多くの利益を残せます。

稼働率を優先すべき場面

一方で、稼働率を優先すべき場面もあります。固定費の回収が最優先となる開業直後や、立地特性から高単価が難しい都市部ビジネスホテルなどです。自館の業態と状況に応じて、優先順位を見極めることが重要です。

→ 判断軸を整理したところで、次は損益分岐点を引き下げる具体的な打ち手を見ていきます。

7章. 損益分岐点稼働率を引き下げる5つの打ち手

想定読者
経営者・財務担当・支配人
取り組む問題
損益分岐点稼働率が高く経営の余裕がない
解決の方向
5つの打ち手から自館に合うものを実行する
得られる効果
損益分岐点を5〜10ポイント引き下げられる
ひとことで
単価引き上げと変動費最適化が最も効きます

損益分岐点稼働率を引き下げる打ち手は、大きく5つあります。

打ち手1 ― 客室単価の引き上げ

最も効果が大きいのが、客室単価の引き上げです。単価が上がれば限界利益率が高まり、損益分岐点稼働率が下がります。商品力の向上、付加価値の提供、ターゲット顧客の絞り込みなどによって、値引きに頼らない単価設定を目指します。

打ち手2 ― 変動費の最適化

変動費の最適化も、限界利益率を高める有効な打ち手です。食材費の歩留まり改善、OTA依存度の引き下げによる送客手数料の削減、消耗品の見直しなどが該当します。特にOTA手数料は、自社サイトや公式LINEによる直販比率を高めることで圧縮できます。

打ち手3 ― 固定費の見直し

固定費そのものを引き下げれば、損益分岐点売上高が下がります。借入の借り換えによる支払利息の圧縮、保険料の見直し、不要な固定的支出の削減などが該当します。ただし、減価償却費のように削減が難しい費目もあるため、見直せる費目を見極めることが大切です。

打ち手4 ― 省力化投資による人件費の変動費化

固定費である正社員人件費の一部を、変動費化することも有効です。セルフチェックイン機やPMSの導入、清掃の外注化などにより、稼働に応じた人員配置が可能になります。繁閑差が大きい施設ほど、人件費の変動費化の効果は大きくなります。

打ち手5 ― 付帯売上の強化

客室以外の付帯売上を強化することも、損益分岐点を引き下げます。売店・館内サービス・体験プログラムなどの付帯売上は、限界利益率が高いものが多く、固定費の回収に貢献します。客室稼働に依存しない収益源を育てることで、経営の安定性が高まります。

▼ ACTION GUIDE
損益分岐点を下げる打ち手 ― 優先順位
01
まず単価の引き上げを検討する
限界利益率を直接高め、最も効果が大きい。商品力・付加価値・ターゲット絞り込みで値引きに頼らない設定へ。
02
次に変動費を最適化する
食材の歩留まり改善、OTA直販比率の向上で送客手数料を圧縮。限界利益率を底上げする。
03
固定費の見直しに着手する
借入の借り換えによる利息圧縮、保険料の見直しなど、削減可能な費目を洗い出す。
04
省力化投資で人件費を変動費化する
PMS・セルフチェックイン・清掃外注で、稼働に応じた人員配置を可能にする。
05
付帯売上を育てる
客室稼働に依存しない収益源を作り、固定費回収力と経営の安定性を高める。

→ 打ち手を押さえたところで、最後に事業計画と閑散期判断での活用を見ていきます。

8章. 事業計画と閑散期判断での活用

想定読者
経営者・財務担当・銀行担当者
取り組む問題
事業計画の数値の根拠が曖昧
解決の方向
損益分岐点稼働率を計画策定の物差しにする
得られる効果
金融機関にも納得感のある計画書が作れる
ひとことで
計画の精度は、損益分岐点で決まります

事業計画策定での活用

事業計画を策定する際、目標稼働率の設定で経営者がつまずきがちです。「これくらいの売上が欲しい」「これくらいの売上がないと借入金返済や投資回収ができない」という願望ベースの計画では、後々苦労することになります。

損益分岐点稼働率を物差しにすると、現実的な目標稼働率の根拠が見えてきます。例えば、損益分岐点稼働率が55%なら、目標稼働率は65%(余裕10ポイント)程度に設定するのが現実的です。これなら、想定外の事態が起きても、10ポイントの余裕がリスク吸収バッファとして機能します。

事業計画書での記載例

事業計画書で損益分岐点稼働率を活用する場合の記載例を示します。

[図表C1-10] 事業計画書での損益分岐点記載例

項目数値根拠
1年目想定稼働率65%損益分岐点(55%)に対し10ポイント余裕
2年目想定稼働率68%営業ノウハウ蓄積で3ポイント上昇
3年目想定稼働率70%認知拡大とリピート率向上で2ポイント上昇
損益分岐点稼働率55%固定費と限界利益率から算出
リスクケース稼働率60%想定の1割減でも黒字維持

このような記載があると、金融機関の審査担当者にも納得感のある計画になります。計画における売上高・費用・利益の予測等の想定が十分に厳しいものとなっていると評価されやすくなり、融資審査も通りやすくなります。

閑散期の営業判断

閑散期に営業を続けるべきか休館すべきかは、損益分岐点と限界利益で判断します。

  • 限界利益がプラスなら営業継続 ― 固定費の一部を回収できる
  • 限界利益がゼロに近い、またはマイナスなら休館 ― 営業しない方が損失が小さい
  • 休館中も発生する固定費を考慮した総合判断 ― 減価償却費・固定資産税等は休館中も発生する

一部地域では過剰な値引き競争が進み、1泊3,000円台まで落ち込むケースもあります。宿泊者1人あたりの変動費・固定費を把握し、変動費を下回るような宿泊単価にならないよう気をつけたいところです。もし限界利益(売上高から変動費を引いたもの)がゼロに近いなら、休業した方が損失は少なくなります。

RevPARとの関係性

損益分岐点稼働率とRevPARは、補完関係にある経営指標です。

[図表C1-11] 損益分岐点稼働率とRevPARの使い分け

指標用途判断する場面
損益分岐点稼働率経営の物差し事業計画・閑散期判断・撤退判断
RevPAR日々の販売最適化OTA価格設定・販売チャネル・需要予測

両指標を組み合わせて使うことで、長期的な経営判断と日々の販売最適化の両方が可能になります。経営者は損益分岐点稼働率を、現場の販売担当者はRevPARを物差しにする、という役割分担も有効です。RevPARや日々の価格設定の実務については、レベニューマネジメントの記事で詳しく解説しています。

→ ここまで損益分岐点稼働率について体系的に見てきました。最後によくある質問にお答えします。

よくある質問(Q&A)

本記事の内容に関連して、経営者や支配人の方々からよくいただく質問をまとめました。実務の参考にしていただければ幸いです。

Q1損益分岐点稼働率は、何ヶ月ごとに再計算すべきですか?

A最低でも年1回、できれば半期に1回の再計算をお勧めします。固定費(人件費・水光熱費・修繕費等)が大きく変動した場合は、その都度再計算してください。事業計画策定時、大規模投資の検討時、業績低下時には必ず最新の数値で算出することが大切です。

Q2固定費と変動費の分類が難しい費目はどう扱えばよいですか?

A完璧な分類を求めすぎないことです。実務上は7〜8割の精度で十分です。判断に迷う費目(水光熱費・正社員人件費の残業代部分など)は、過去2〜3年の月次データから稼働率との相関を見て、固定費分・変動費分の比率を算出してください。毎年同じ基準で分類することが、年度比較の精度を保つ上で重要です。

Q3自館の損益分岐点稼働率が業界平均より高いのですが、改善できますか?

A改善可能です。本記事7章で紹介した5つの打ち手のうち、自館の状況に合うものから着手してください。最も効果が大きいのは「単価引き上げ」と「変動費最適化」です。半年〜1年の継続的な取り組みで、損益分岐点稼働率を5〜10ポイント引き下げることは現実的に可能です。

Q4閑散期の値引き販売が損益分岐点に与える影響は?

A値引き販売は単価を下げるため、損益分岐点稼働率を上昇させます。10%の値下げで損益分岐点稼働率は5〜7ポイント上昇するのが一般的です。閑散期の値引きで稼働率を作っても、結果として年間の損益分岐点を上回れず赤字になるケースがあります。値引きする前に、損益分岐点への影響を試算してから判断することをお勧めします。

Q5リゾートホテルで閑散期に大幅赤字が出ています。休館すべきですか?

A限界利益で判断してください。限界利益がプラス(売上が変動費を上回る)なら営業継続のほうが赤字幅は小さくなります。マイナスなら休館の方が損失が小さくなります。休館中も発生する固定費(減価償却費・固定資産税・正社員人件費の一部)を考慮した総合判断が必要です。

Q6中規模旅館で格安・高稼働路線を取るべきか、高単価路線を取るべきか迷っています。

A中規模(40〜80室)旅館の場合、格安・高稼働路線は構造的に厳しいです。単価を下げると限界利益率が低下し、損益分岐点稼働率が上昇するため、値引きで稼働率を上げても損益分岐点を上回れず、赤字幅が拡大しがちです。一方、商品力を高めて単価を引き上げれば、限界利益率が改善し、より低い稼働率でも黒字を確保できます。固定費の大きい中規模施設ほど、追加投資を行ってでも高単価路線を取ったほうが賢明です。

Q7事業計画書に損益分岐点稼働率を記載する効果は?

A金融機関の審査担当者に対する説得力が大きく向上します。目標稼働率の根拠が損益分岐点との関係で明示されているため、計画の精度が客観的に評価されます。リスクケース(損益分岐点に対する余裕5ポイント程度のケース)も併記すれば、保守的シナリオでも事業が成り立つことを示せ、融資審査が通りやすくなります。

Q8人件費を変動費化することの最大のメリットは何ですか?

A繁閑差への対応力が大幅に向上することです。固定費の人件費は閑散期に大きな負担となりますが、変動費化することで稼働率に応じた人員配置が可能になります。年間平均稼働率が同じでも、繁閑差が大きい施設ほど人件費の変動費化の効果が大きくなります。リゾートホテルや観光地の旅館で特に有効な打ち手です。

アルファコンサルティングの伴走支援

いかがだったでしょうか。弊社アルファコンサルティングでは、ホテル・旅館の損益分岐点稼働率の算出支援、固定費・変動費の分解診断、業態戦略のシミュレーション、事業計画書の策定支援、閑散期対応の経営判断まで、幅広くご支援しております。

青木は、観光経済新聞では2009年4月から17年にわたるコラム連載を継続しており、業界の構造的な変化と現場の実態の両方を踏まえた、実践的なご支援を強みとしております。多数の運営事業者と取引関係を持ちつつも、中立的な第三者性のある専門家として、オーナー様の利益最大化を最優先する立場でご支援いたします。

ご支援できる主なテーマ

  • 損益分岐点稼働率の算出 ― 固定費・変動費の分解と限界利益率の精緻化
  • 感度分析の実施 ― 単価・人件費・OTA手数料変動時のシミュレーション
  • 業態戦略のシミュレーション ― 格安・高稼働vs高単価戦略の比較
  • 事業計画書の策定支援 ― 損益分岐点を踏まえた目標稼働率の根拠提示
  • 閑散期の営業判断 ― 限界利益分析による営業継続・休館判断
  • 損益分岐点引き下げ施策 ― 5つの打ち手の優先順位と実行支援
  • 金融機関への融資依頼資料作成 ― リスクケース併記の計画書作成
  • 人件費の変動費化計画 ― 省力化投資との組み合わせ設計

ご支援の進め方

まずは現状の課題と目指す姿のヒアリングから始めます。施設の業態・規模・財務状況・現在の経営状況を踏まえて、ご支援の方向性をご提案いたします。初回相談は無料です。

ご支援の期間は、課題の規模により3ヶ月から1年程度が一般的です。診断中心の短期型から、長期伴走型の経営支援まで、施設のニーズに応じて設計いたします。お気軽にご相談ください。

自館の損益分岐点稼働率の把握、固定費・変動費の分解、事業計画書の策定など、損益分岐点に関するお悩みは、ぜひ一度ご相談ください。初回相談は無料です。

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