コロナの話は、もうやめましょう。
あの混乱から5年が過ぎ、業界はとっくに「コロナを語る段階」を卒業しています。問うべきはこうです。この5年の間に、市場と宿泊者の頭の中で、何が静かに、しかし決定的に書き換わったのか。
結論を先に申し上げます。コロナは原因ではなく、引き金でした。人口減少、所得格差の拡大、グループサイズの縮小、ニューリッチ層の出現、ミレニアル世代の価値観の浸透──これらはすべてコロナ前から進行していた構造変化です。コロナはそれを5年ほど早送りしただけ。本当に怖いのは、その早送りが終わってもなお、巻き戻しは起こらないということです。
※写真はイメージです。
- 読了時間
- 約12〜15分(本文約1万8千字)
- 対象読者
- 旅館・ホテルの経営者/事業承継・再生の局面にある方/不動産デベロッパー・ファンド/地域金融機関/自治体・観光協会の意思決定者
- 扱う論点
- コロナ後5年の市場構造変化/宿泊者の関心・思考の質的シフト/業界の三極化の正体/今すぐ着手すべきこと/3〜10年スパンで仕込むべきこと
- 本記事の独自視点
- ①コロナは原因ではなく引き金/②業界は二極化ではなく三極化した/③需要は消えたのではなく移動した
- 記事の前提
- 当社が2009年4月から現在まで観光経済新聞コラム連載で発信してきた約700本の論考、および全国の旅館・ホテルでの実務経験を踏まえた独自分析
※ 数値・図表は調査機関の公表データ、当社の業務経験に基づく概念整理を組み合わせています。施設や地域が特定される情報は含めていません。
年商倍率(全国平均)
減少幅(2018→2025)
最低賃金上昇率
三極化への移行
01.コロナは「原因」ではなく「引き金」だった ── 本当の地殻変動は別にある
世間ではいまも「コロナで観光業は大きく変わった」と語られます。間違いではありませんが、正確でもありません。当社が現場で繰り返し見てきたのは、コロナ前から進行していた構造変化が、コロナという外圧によって5年ほど早送りされた、という現象です。原因はもっと深いところにありました。
具体的には、次の4つの地殻変動です。いずれもコロナ以前から始まっており、終わる気配はありません。
人口動態の津波(沈下)
団塊の世代が後期高齢者に達し、65〜74歳の前期高齢者層は2018年から2025年の7年間で15%減少すると予測されています。シニアの団体・宴会需要に依存してきた施設は、同じ努力を続けても売上が毎年自然減します。
所得格差の固定化(分極)
長期金融緩和と株高により、ニューリッチ層が出現する一方、中間層の実質所得は減り続けています。中間層向けの「ほどほどの旅館」は、上下どちらの方向にも顧客を失います。
グループサイズの縮小(個別化)
大宴会・社員旅行・老人会は、コロナを経て構造的にリセットされました。Web会議で代替可能と気づいてしまった懇親会は、二度と元の規模には戻りません。
世代交代(嗜好変化)
ミレニアル世代(1981〜1996年生まれ)が、いまや29歳から44歳。モノより体験、贅沢より本物、装飾より余白を好む彼らが、ファミリー旅行・カップル旅行の意思決定の中心になりました。
この4つは、いずれも10年単位で進行している現象です。コロナがなくても、向こう10年で同じ方向に進んだはずでした。ただ、コロナという外圧によって、その変化が5年ほど前倒しで顕在化したのです。政府の割引キャンペーン(GoToトラベル、全国旅行支援)の恩恵で売上が一時的に戻った施設の経営者は、ここを見誤りやすい。コロナが収束したから元に戻るのではなく、コロナが終わってもなお、人口動態と所得構造の地殻変動は静かに続いている、という認識が出発点です。
02.業界は「二極化」したのではない。「三極化」した。
業界紙やコンサルティング会社の多くが「宿泊業は二極化した」と語ります。勝ち組と負け組、と。けれども、当社が現場で見てきたのはもう少し複雑な構造です。実際には3つの層に分かれており、いちばん厚いのは真ん中の「宙吊り層」です。
FIG.01
「二極化」ではなく「三極化」── もう一つの層がいる
業界の通説は「勝ち組と負け組の二極化」ですが、実態はもう一層あります。最大ボリュームを占める「宙吊り層」── 値上げすれば上位層には届かず、値下げすれば沈下層と同じ場所に落ちる、最も身動きの取れない位置です。構成比は当社の現場感覚に基づく概念図で、地域・業態により幅があります。
最上位の層では、円安と訪日客の急増を背景に、インバウンド富裕層と国内ニューリッチ層を取り合う高単価競争が起きています。アップスケール3〜5万円台、ラグジュアリーは10万円超。客室はむしろ足りていません。
最下位の層では、シニア団体・薄利多売モデルが急速に蒸発しつつあります。同じ努力をしても、客数も単価も毎年下がっていく。借入金/年商倍率は全国平均で1.9倍まで急増しており、ゼロゼロ融資の返済が本格化する局面で、この層の中型館・大型館の多くが資金繰りに行き詰まっています。
そして、最も問題なのが真ん中の「宙吊り層」です。客室単価1.5万〜2.5万円台、中間層の家族・カップル・小グループを主要顧客としてきた中型館の多くがここに位置しています。値上げをしようとすれば、上位層のアップスケール施設には商品力で太刀打ちできない。値下げをすれば、薄利多売の沈下層に巻き込まれる。動こうにも動けない、ボリュームゾーンの中型館こそが、いま最も危険な場所にいるのです。
※写真はイメージです。
03.この5年、宿泊者の頭の中で、何が静かに書き換わったのか
ここからが、本記事の核心です。コロナ後5年、宿泊者の関心と意思決定の基準が、具体的にどう変わったのか。当社が現場ヒアリング、OTA検索データ、施設側の予約データを継続的に観察してきた中から、6つの軸に整理しました。
FIG.02
需要は消えたのではなく、移動した
過去5年間の現場で繰り返し見てきた価値観シフトを、6軸で対比したものです。スコアは消費者調査・OTAの検索データ・現場ヒアリングを総合した当社の概念整理(0〜10)です。「需要が消えた」のではなく、6軸のうち5軸で関心が上方シフトし、1軸(団体・大宴会)が急減した。それが現実の姿です。各軸の意味は本文を参照してください。
図表をご覧ください。コロナ前と現在で、関心が「上がったもの」と「下がったもの」が、見事に分かれています。上がったのは5軸、下がったのは1軸。需要総量は決して減っていません。むしろ移動しています。
上方シフトの5軸
第一に、プライベート性です。これはコロナ初期の感染対策が出発点でしたが、いまや「他客と廊下ですれ違わない静けさ」「貸切露天風呂が当たり前」「離れ・ヴィラの希少性」という付加価値として定着しました。当社が継続的に観察している限り、コロナ前から高単価客室の供給は需要に対して構造的に不足していました。コロナはそれを誰の目にも見えるようにしただけです。
第二に、連泊と滞在価値です。在宅勤務・テレワークが当たり前になり、ワーケーション・ブレジャー・長期滞在のニーズが定着しました。OTAの検索ランキングでは「自炊」「炊飯」「ミニキッチン」といったキーワードが上位に並んでいます。日本の旅館は伝統的に1泊2食モデルで、連泊に向かない間取りとオペレーションを持ってきました。この「1泊2食モデル」そのものが、いま静かに賞味期限を迎えています。
第三に、体験消費です。ミレニアル世代の特徴ですが、彼らの嗜好は「豪華な料理」「立派な調度品」ではなく、「その土地でしか得られない体験」に向かいます。ガストロノミー、サイクリング、サウナ、地域の伝統文化との接点。料理は「量」から「物語」へ、客室は「広さ」から「眺望」へ、施設は「立派さ」から「らしさ」へ──評価の軸が、根本から変わったのです。
第四に、ウェルネスです。海外のリサーチによれば、世界のウェルネス市場は2019年時点で4.9兆ドル、アジア太平洋地域だけで1.6兆ドル(市場シェア33%)に達します。日本はこの地域で中国に次ぐ第2位のマーケットでありながら、旅館・ホテル業の取り組みは驚くほど薄い。サイレントリトリート、ホリスティックヘルス、高級フィットネス、温浴とトリートメントの統合──ここには、まだほとんど誰も手をつけていない金鉱があります。
第五に、パーソナライズです。決まった食事時間、決まったコース、決まったプラン。この硬直性が、いま最大の障壁になっています。オーダーメイドの料理、専属スタッフが終日同行するアクティビティ、客の趣味嗜好に合わせて即興で組む滞在プログラム。規模の小さい施設ほど、この方向で大手チェーンと真逆の競争優位を築ける。これは、見過ごされている戦略上の好機です。
下方シフトの1軸
下がったのは、団体・大宴会の1軸だけです。けれども、この1軸の重みは大きい。多くの中型館・大型館は、売上の3割から5割をこの層に依存してきました。老人会・社員旅行・懇親会・婚礼。これらはいずれも、人口動態・働き方・価値観のすべての面で、もう戻ってきません。
04.気づきにくく、ボディブローのように効いてくる3つの伏兵
マーケットの構造変化と並行して、施設側の体力を静かに削っている3つの「伏兵」があります。これらは個別に語られることが多いのですが、実は連動しており、組み合わさることで施設経営の選択肢を急速に狭めます。
伏兵その1 ── 人件費の不可逆な上昇
全国の最低賃金平均は2013年の764円から2023年には1002円、過去10年で約1.5倍になりました。さらに2024年10月から社会保険の適用拡大が中規模旅館にも及び、会社負担の法定福利費を含めた実質的な最低賃金は1142円に達します。直近の接客・給仕職の有効求人倍率は3.57倍。採用すれば人件費が増え、採用しなければサービスが回らない。この板挟みは、薄利多売モデルに致命的に効きます。
伏兵その2 ── 金融機関の指導が、業績悪化を「加速」させる
業界の中では声を大にして語られにくい話を、あえて書きます。金融機関から示される経営改善の指導は、ほぼ例外なく「引き算」です。経費削減・人員削減・不採算部門撤退・資産売却。一見正しく見えますが、宿泊業の場合、これだけで黒字化するのは難しく、むしろ業績悪化を加速させるリスクがあります。
理由は単純です。旅館にとって経費・人材・設備投資は、お客様に提供する商品サービスそのものだからです。料理にかける食材費を削れば、お客様の期待値を下回り、買ってくださる宿泊料金が下がる。人を減らせば、接客の質が落ち、口コミ評価が下がる。改修を先送りすれば、競合との比較で見劣りする。「金融機関の指導に従って経費を削減したら、さらに売上が落ちてしまった」── これは、当社が個別案件で繰り返し目にしてきた光景です。
宿泊業の借入金/年商倍率は全国平均で1.9倍。築深で利益率の低い旅館・ホテルが完済するのは大変厳しい水準です。ゼロゼロ融資の返済本格化と相まって、金融機関の関与は今後さらに強まります。けれども、彼らの意見は尊重しつつ、「自社で取り組むべきこと」と「指導に従うべきこと」を明確に切り分ける覚悟を、いま経営者は持たなければなりません。アフターコロナで本当に取り組むべきは、引き算ではなく、ターゲット顧客と商品サービスの戦略的再設計です。これは設備投資を伴うため、5〜10年スパンで考える話になります。
伏兵その3 ── 観光地の「刃こぼれ」と二次交通の脆弱化
コロナ禍で、観光商店街、土産店、飲食店、観光施設、鉄道・バス・タクシー会社のうち、相当数が廃業や事業縮小に追い込まれました。自社の旅館だけが立派でも、目の前の商店街がシャッター通りでは、観光地として選ばれません。二次交通(駅・空港から施設までの足)の脆弱化も深刻で、いくら万全の運営体制を整えても、お客様が辿り着けなければ稼働は上がりません。
この「刃こぼれ」は、自社だけの努力では解決できません。地域の旅館組合・観光協会・DMO・自治体・交通事業者・飲食組合を巻き込んだ、面的再生の取り組みが必要になります。次世代の若い経営者が中心となって地域連携をリードしていく構図が、これから10年の観光地の勝敗を分けます。
※写真はイメージです。
05.今すぐの3手 ── 値上げ・販路・人材
ここから処方箋に入ります。先に整理した構造変化と3つの伏兵を踏まえると、打ち手は時間軸と投資規模で4つに整理されます。順番が極めて重要です。「今すぐの3手」で現金と人を作ってから、「仕込みの4手」に投資する。この順番を逆にすると、立て直しの体力が尽きます。
FIG.03
「いま着手すべきこと」と「将来仕込むこと」の見取り図
縦軸は必要な投資規模、横軸は時間軸です。左下の「今すぐの3手」(値上げ・OTA脱却・人材戦略)で現金と人を作り、右上の「仕込みの4手」(客室統合・連泊対応・ウェルネス・業態転換)に投資する。順番が逆になると立て直しの体力が尽きます。配置は概念図です。
図表の左下、「今すぐの3手」から着手すべき施策を、優先順位の高い順に整理します。いずれも投資は小さく、効果は早く、しかし多くの施設で先送りされてきたものです。
第一着手 ── 値上げは「20%では足りない」という現実を直視する
業界の主要テーマです。多くの施設で値上げが実施されていますが、当社の見立てでは、ほとんどの施設で値上げ幅は不十分です。考えてみてください。最低賃金は10年で1.5倍、社会保険の実質負担を含めれば1142円。建設コストも10年で1.4倍。これに食材原価、水道光熱費、OTA手数料、保険料、修繕費の上昇が重なります。2019年比で20%の値上げで満足していると、数年後に赤字に転落する──これは脅しではなく、原価計算の帰結です。
当社の見立てでは、人件費と諸経費の上昇率を冷静に計算すると、業界平均で30%、理想は50%の値上げが必要な水準にあります。「お客様が離れてしまう」「常連客に申し訳ない」──こうした躊躇は理解できます。けれども、値上げできずに薄利多売を続ければ、設備投資も人材投資もできず、結局はサービスの質が下がり、もっと深く顧客に申し訳ない結果になります。
具体的な手順としては、料金表は廃止するか「○○円〜」と幅を持たせる表記に変更。改定サイクルは年1〜2回ではなく3ヶ月に1度。常連客への配慮は、まず食事料金から値上げを始める。チェーン飲食店も大幅に値上げしている流れの中で、宿泊全体より理解されやすい入り口だからです。同時に、自施設のポジショニング(価格帯)を1ランク上の比較対象に置き換える努力をします。比較対象が変わらない限り、料金帯も変わりません。
第二着手 ── OTA偏重からの脱却と「断る勇気」
OTA経由の予約比率が高い施設は、手数料負担(10〜15%)が経営を圧迫しています。複数のOTAに薄く広く掲載するのをやめ、主要チャネルに集中させると同時に、自社サイトの直販比率を高めるための施策に投資します。SNS連携、CRM、リピーターの会員化、予約後のフォロー自動化──いずれも、いまや低コストで導入できる時代になりました。
同時に、客層の絞り込みに踏み込みます。あらゆるお客様を受け入れようとすると、利益の出ない受注が混ざります。「断る勇気」を持つことが、結果として収益体質を改善する──老舗温泉旅館の経営改善でも繰り返し見てきた構図です。価格を重視する客層を相手にしていると、小さな値上げでも予約ペースが鈍る。これまでのターゲット顧客より、予算に余裕がある客層に向けたコンセプトへ施設の重心を移すことが、長期的な収益の鍵になります。
第三着手 ── 「給与」ではなく「働く価値」で人を集める
採用環境はもう以前には戻りません。給与だけで人を集めようとしても、大手チェーンに勝てません。地方単館が取るべき戦略は、「働く価値の見える化」です。給与条件だけでなく、ここで何を学べるか、どう成長できるか、職場の雰囲気・経営理念・キャリア形成の仕組みを、求職者が見える形で発信する。長野県のある施設は、里山体験・農業・アート・地域づくり・社会福祉といった旅館業務の枠を超えた高い視座を採用活動に掲げ、優秀な人材の確保に成功しています。
同時に、マルチタスク化と業務効率の徹底的な洗い出しを進めます。部門別・時間帯別に作業レベルで業務内容を書き出すと、誰も読まない報告書や、複数部門で重複している業務が次々と見えてきます。多くの場合、1日のシフト人数を10〜15%減らしても、サービスの質は保てる──現場の習慣の中に、これだけの「無駄」が潜んでいます。
06.仕込みの4手 ── 客室統合・連泊対応・ウェルネス・業態転換
「今すぐの3手」で現金と人を確保したら、次は3〜10年スパンの仕込みです。図表の右上、「仕込みの4手」の領域に位置する打ち手を整理します。これらは大型投資を伴いますが、これからの宿泊業の成否を分ける本丸です。仕込みの順序を間違えると、5年後に「あの時やっておけば」と悔やむことになります。
仕込み1 ── 「量」から「質」への客室統合
客室を増やすのではなく、減らす方向に切り替えます。2室を1室に統合してスイートタイプにする。一部上層階だけを贅沢な改装にするのではなく、予算の範囲内で可能な限り改装する室数を増やす。一般客室の部屋余り問題は、上層階の豪華改装では解決しません。同時に、バー・宴会場・食事処などの団体向け付帯設備を、個人客向けの滞在スペース(ライブラリー、ラウンジ、シアタールーム)へと作り直します。古い客室棟で躯体に問題のあるものは、解体補助金を活用して固定費を圧縮することも視野に入ります。
仕込み2 ── 「1泊2食」の枠組みを、いま手放す
これは多くの旅館経営者にとって最も心理的な抵抗が大きい仕込みです。ミニキッチン、大型冷蔵庫、電子レンジ、調理器具。海外のコンドミニアムのような設備を一部客室に導入します。シアタールーム、ライブラリー、コワーキングスペースなど、日中の滞在時間を埋めるパブリック機能も整備します。サイクリング、SUP、レンタサイクル、レンタル軽自動車など、二次交通の弱い地方では自前の移動手段の整備が滞在価値を決定的に左右します。1泊2食の枠組みから、2泊3日・3泊4日が当たり前の枠組みへ──この間取り・オペレーション・サービス設計の組み替えこそ、これからの10年の本丸です。1泊2食モデルに固執する施設は、これからの長期滞在型ニーズの恩恵を一切受けられません。
仕込み3 ── ウェルネス ── まだ誰も手をつけていない4.9兆ドル市場
ここが、最も独自性を出せる領域だと当社は考えています。世界のウェルネス市場は2019年時点で4.9兆ドル、アジア太平洋地域だけで1.6兆ドル(市場シェア33%)。日本はこの地域で中国に次ぐ第2位のマーケットでありながら、旅館・ホテル業の取り組みはほぼ手付かずの状態です。サイレントリトリート、ホリスティックヘルス、高級フィットネス、瞑想・ヨガ・温浴・トリートメント・ガストロノミーを統合した滞在プログラム。ウェルネス志向の客は観光消費額が高い傾向があり、本業との相乗効果も期待できます。
温泉旅館の伝統的資源(温泉、和の静寂、季節感、食材)とウェルネスは、本来きわめて親和性が高い。けれども、いまの旅館の多くは温泉を「ただ浸かる場所」として提供しているにすぎません。これを「整えるための装置」として再設計し直す──そこに、向こう10年の大きな機会があります。先に動いた施設が、この市場を独占することになります。
仕込み4 ── 「所有・経営・運営」を分解して考える
そして最も大きな仕込みが、業態と保有形態そのものの見直しです。客室単価を上げるためのリノベーションだけでなく、業態自体を高単価帯へシフトする。あるいは、所有・経営・運営の3層を分解し、賃貸借契約やマネジメント契約、運営委託など、自社が抱えるリスクの構造を組み替える。「自社で全部抱える」という前提を一度疑ってみることから、新しい選択肢が見えてきます。
当社が複合観光施設の事業再構築FSで突き詰めたのは、まさにこの「保有形態の組み替え」という発想でした(本記事下部の関連記事を参照)。借入金/年商倍率1.9倍という重い財務に対して、引き算ではなく、構造そのものを変える発想です。事業承継・売却・スポンサー受け入れ・運営受託への切替えも、この延長線上にある選択肢です。
07.2030年代、業界はこう変わっている ── 当社の見立て
ここまでの分析を踏まえて、当社が現時点で見立てている向こう5〜10年の業界の風景を、率直に整理します。これは予測ではなく、現場で見ている兆候から逆算した蓋然性の高いシナリオです。心地よい話ではないかもしれませんが、目を背けるよりは直視する方が、はるかに役に立ちます。
| 領域 | 5〜10年で起こること |
|---|---|
| 業界構造 | 沈下層の30%は廃業・売却・閉鎖へ。宙吊り層は二分化(上昇か下降か)。M&Aと運営受託(MC契約)が活発化 |
| 客層構成 | シニア団体・社員旅行はほぼ消滅。インバウンド比率は地域差が極端化。富裕層と長期滞在客の比率が上昇 |
| 料金水準 | 上位層は3〜5万円台が「標準」、ラグジュアリーは10万円超が定着。中間層向けは1.5万円台に集約 |
| 運営形態 | 自社運営からマネジメント契約・定期借家への移行が加速。家族経営の単館は事業承継または売却を迫られる |
| 地域構造 | 「観光地として磨いた地域」と「観光地として刃こぼれした地域」の二極化。後者の単館は地域の地盤沈下に巻き込まれる |
| 人材・組織 | 人手不足はさらに深刻化。DX投資できる施設と、できない施設の生産性格差は5倍以上に拡大 |
| ウェルネス・体験 | 先行投資した施設が高単価市場を独占。後追いの参入では差別化困難に |
厳しい見立てに聞こえるかもしれませんが、現場で見えている兆候から素直に外挿すると、こうなります。悲観しても、楽観しても、どちらも危険です。冷静に、自社の位置を見極める──そこから動き出すのが、これからの経営者に求められる態度だと考えています。
※写真はイメージです。
─── 一般的な業界論として読まれているかもしれません。けれども
本記事の論点はいずれも、当社が個別の施設経営者・自治体・金融機関・投資家との実務の中で繰り返し直面し、議論を重ねてきたものです。「ウチの旅館はこの三極のどこにいるのか」「この4軸の中で、どの仕込みから始めればよいのか」「今すぐの3手をどう自社に合わせるか」──これらの問いに対する答えは、施設の規模・立地・財務状況・経営者の世代によって、まったく異なります。
次の章では、本記事のような論点とご縁のあった方々の代表的なご相談を、立場ごとに整理しておきます。
08.こんなご相談を、これまで頂戴してきました
本記事のテーマに関わるご相談は、立場の異なるさまざまな方からお預かりしています。代表的な五つの立場と、よく頂戴するご相談の輪郭を整理しておきます。
旅館・ホテルを継いだ経営者・女将の方
代々の宴会場が、いまや最大の重荷になっている。値上げをしようにも常連客の顔が浮かぶ。何から手をつければよいのか分からない。
三極のどこに位置しているかの診断から入り、「今すぐの3手」(値上げ・販路・人材)の優先順位を整理し、「仕込みの4手」(客室統合・連泊対応・ウェルネス・業態転換)の中長期計画まで伴走します。常連客との関係を傷つけずに値上げを進める順序設計も、当社が得意とする領域です。
中型館の経営者の方(宙吊り層に位置する施設)
客室単価1.5万〜2万円台で、家族・カップル中心。これまではそれで回っていたが、最近どこを向いても出口が見えない。
本記事で指摘した「宙吊り層」に該当する施設は、業界で最も判断が難しい位置にいます。上に行くか下に行くか、二分化のどちらの戦略を取るかから議論を始めます。半端な値上げは最悪の結果を招くため、慎重な戦略設計が必要です。
築年数の経った施設をお持ちの方
設備の老朽化が深刻。大規模リノベか、業態転換か、それとも事業承継・売却か、意思決定の前提が整理できていない。
リノベーション計画の策定、業態転換の事業性評価、選択肢別の収支シミュレーション、保有形態(売却・賃貸借・マネジメント契約)の比較検討まで、意思決定の前提を整える業務を一貫してお引き受けします。リノベーション計画実務マニュアルの編集経験を持つメンバーが対応します。
不動産デベロッパー・ファンド・地域金融機関の方
検討中の宿泊施設について、本記事で言う三極のどこに位置するのか、定量的に評価したい。投資判断・融資判断の基礎資料がほしい。
事業性評価、価格帯ポジショニング分析、運営スキーム別の収支比較、投資回収シミュレーションまで対応します。中立的な第三者として、特定の関係者の代弁者にならない立場でレポートを作成します。社内稟議・投資委員会・出融資判断会議で使用できる定量資料をご提供します。
自治体・観光協会・DMOの方
地域全体が「刃こぼれ」している。一部の旅館が立派でも、商店街がシャッター通りでは、観光地として戻ってこない。面的再生の道筋を探りたい。
地域観光ビジョンの策定、宿泊施設群と関連事業者(交通・物販・飲食)を巻き込んだ面的再生計画の立案、補助事業の活用設計まで対応します。当社はM&A支援機関登録制度の登録事業者であり、特定業者と利害関係を持たない独立コンサルとして関与します。
もし以上のいずれかが、ご自身や所属組織の現在の状況に近いと感じられましたら、次の章でご紹介する業務メニューも参考にしていただけるかもしれません。
09.当社の方法論 ── 構造変化に向き合う5段階のプロセス
本記事で扱った構造変化は、個々の施設にとってあまりに大きく、どこから手をつければよいか分からないと感じられるかもしれません。当社が個別案件で繰り返し用いている、構造変化に向き合うための5段階プロセスを整理しておきます。
客室単価、客層構成、利益構造、人件費率、借入金/年商倍率を業界指標と横並びにし、上位層・宙吊り層・沈下層のどこに位置しているかを冷静に見極めます。多くの経営者が、自社の位置を実態より2段階高く見積もっています。
プライベート性、連泊・滞在価値、体験、ウェルネス、パーソナライズ、団体・大宴会の6軸について、自社の現状とターゲット顧客の期待値のギャップを定量化します。ギャップが大きい軸ほど、改善の余地と投資効果が大きい領域です。
値上げ・販路再構築・人材戦略の3つを、施設の状況に応じた優先順位で実行に移します。3〜6ヶ月で目に見える改善を出すことで、次の段階に向けた経営の体力と社内の士気を確保します。
客室統合・連泊対応・ウェルネス機能・業態転換のうち、自社の立地と顧客層に最も合うものから、具体的な投資計画に落とし込みます。補助金活用、設備投資シミュレーション、必要に応じた保有形態の見直しを並行します。
外的変化を敏感に感じ取り、新たな企画を立案し、オペレーションを大胆に変革する組織能力を、社内に埋め込みます。オーナー一族の知見だけで対応してきた施設にとって、ここが最も難しく、しかし最も重要な段階です。
この5段階の本質は、奇抜な打ち手の発見ではありません。構造変化の方向に対して、自社のすべての判断軸を整列させること──そこに尽きると考えています。中立的な第三者として、特定の業者(金融機関・オペレーター・建設会社)と利害関係を持たない立場で関与することで、長期的に最も合理的な意思決定の伴走者となれると考えています。
10.ご相談いただける業務メニュー
当社が観光・宿泊産業向けに提供している業務のうち、本記事のテーマに関わるものを整理しました。「自分の状況なら、どこからご相談できるか」をイメージしていただくための見取り図です。
いずれも、施設の規模・状況・緊急度によって関与の形を柔軟に調整しています。「自分の施設はどのメニューに当てはまるか分からない」「複数にまたがっている気がする」というご相談も多く頂戴しており、その整理自体を初回相談でお手伝いしています。
RELATED CASE STUDY
本記事のテーマと連動する実績ページ
本記事の最終局面で言及した「保有形態の組み替え」を実際の案件で突き詰めた事例として、複合観光施設の事業再構築FS実績ページをご用意しています。本記事の論点が、現場でどう具体化されるかをご確認いただけます。
コロナを語る時代は終わりました。けれども、コロナが早送りした構造変化は、まだ始まったばかりです。当社は2009年4月から観光経済新聞でコラム連載を続けて17年、約700本の論考を世に出してきました。その間、業界の表面は何度も大きく揺れましたが、その底で進んでいた構造変化は、いまの三極化・価値観シフトに一直線で繋がっています。「いまから何をすべきか」と「将来何を仕込むか」──この2つを同時に考えられる経営者だけが、向こう10年を生き残ります。中立的な第三者として、特定の業者と利害関係を持たない独立コンサルとして、その判断にご一緒できれば幸いです。
株式会社アルファコンサルティング 代表 青木康弘構造変化の只中で、次の10年を設計する。
初回相談(60〜90分・無料・オンライン可)では、お手元の状況や課題を整理し、当社がどう関与できるかをその場でご一緒に考えます。本記事のテーマに沿うご相談であれば、次のような論点を扱うことができます。
- 自社が「三極」のどこに位置しているかの定量診断
- 価値観シフト6軸に対する自社のギャップ整理
- 「今すぐの3手」(値上げ・販路・人材)の優先順位設計
- 「仕込みの4手」(客室統合・連泊対応・ウェルネス・業態転換)の検討順序
- 事業承継・売却・スポンサー受け入れを含めた長期選択肢の棚卸し
ご相談の際に、決算書・試算表・既存の事業計画など、お手元の資料を共有いただけると、初回相談の密度が高まります。まだ何もない段階でのご相談も歓迎しております。
ご相談はこちら