ホテル・旅館の経営改善完全ガイド ― 稼働率は好調なのに利益が残らない構造を解く

売上は戻ったのに楽にならない経営者の方へ、ホテル・旅館業への20年超の支援経験から感じた構造改革の全体像を説明します。

はじめに ― なぜ「楽にならない」のか

こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。ホテル・旅館の経営支援に携わって20年を超えました。観光経済新聞では2009年から17年にわたりコラムを連載しており、現場で見聞きしてきた経営課題を継続的に発信しています。本記事では、これまでの経験や現場で見聞きしたことに基づき、「稼働率は好調なのに利益が残らない」という最近の経営課題を起点に、構造的な視点から全体像を整理してお伝えします。

売上は戻っているのに、なぜか楽にならない」。最近、多くの旅館・ホテル経営者から同じ声を聞きます。稼働率はコロナ前を上回り、客室単価も過去最高水準で推移している一方で、食材費・人件費・水光熱費は高止まりし、過去の借入れに伴う返済負担も重い。その結果、設備投資は後回しになり、壊れた部分だけを最低限直す判断に傾きがちです。

このような状況の本当の原因は、施策の問題ではなく構造の問題にあると私は考えています。売上を構成する稼働率・客室単価、コスト構造を作る食材費・人件費・水光熱費、収益力を左右する設備投資、そして実行を支える組織と人材。この四つの軸が連動して動かないと、いくら個別の施策を打っても利益は残りません。本記事では、私が20年超の支援経験で見てきた構造的な解決の方向性を、全体像から各論への入り口まで体系的にお伝えします。

[図表1] 稼働率が好調なのに利益が残らない構造

要因現状経営への影響
稼働率・単価コロナ前を上回る水準売上は戻ったが…
食材費高騰の継続(価格転嫁率24.9%)原価率が圧迫
人件費賃上げ+慢性的人手不足人件費率が40%超のケースも
水光熱費高止まりが続く売上比10%超のケースも
設備投資後回しになりがち競争力の徐々の低下
過去の借入返済負担が重い新たな投資余力が無い

📖 この記事を読むとわかること

  • なぜ稼働率が好調でも利益が残らないのか、その構造的な原因
  • 経営改善の出発点となる「自館のボトルネックの特定方法」
  • 売上の改善 ― OCC(客室稼働率)×ADR(客室平均単価)×RevPAR(1室あたり収益)で考えるレベニューマネジメントの基本
  • コスト構造の改革 ― 食材費・人件費・水光熱費の三つの圧迫要因への対応
  • 設備投資の三本柱 ― 更新・省力化・付加価値の判断フレーム
  • 組織・人材改革 ― 経営改善を実行する主体としての強化
  • 失敗事例から学ぶ ― 経営者が陥りやすい5つの典型パターン
  • 経営改善計画の策定 ― 中小版GL(中小企業の事業再生等に関するガイドライン)・405事業(経営改善計画策定支援事業)の活用と注意点

1章. 経営改善の出発点 ― 自館のボトルネックを特定する

想定読者経営者・支配人
問題単発施策では利益が残る経営にならない
解決策4軸(売上・コスト・投資・組織)でボトルネックを特定
効果構造的改善で毎年利益が積み上がる
ひとことでまずボトルネックを正確に把握しましょう

経営改善が単発で終わる典型例

経営改善というと、まず思いつくのは経費削減です。しかし、私の支援経験では、経費削減だけで本質的な経営改善を実現できた施設は多くありません

理由は明確です。経費削減で短期的に利益は出ても、売上が伸びなければ持続的な改善にはなりません。逆に売上だけを追っても、コスト構造が変わらなければ、稼働率が上がっても利益は残らない。さらに、設備投資を先送りしていると、競争力が徐々に削られていきます。そして、これらの実行を支える組織と人材が育っていなければ、計画は絵に描いた餅で終わります。

経営改善とは、売上・コスト・投資・組織の四つの軸を連動させながら、施設全体の収益力を高めていく取り組みです。どこか一つの軸だけを動かしても、全体としての利益は残りません。

4軸フレームで経営を捉え直す

私が経営者の方々にお伝えしているのは、自館の経営を売上・コスト・投資・組織という四つの軸で整理して捉えることです。

①売上の軸 ― 稼働率と客室単価のバランス、つまりレベニューマネジメントの考え方が中心になります。

②コスト構造の軸 ― 食材費・人件費・水光熱費という三つの圧迫要因をどう抑えていくか、経費削減のテーマです。

③投資の軸 ― 老朽化への更新投資、人手不足への省力化投資、客単価向上への付加価値投資の三本柱をどう組み合わせるかが論点となります。

④組織と人材の軸 ― 経営改善の実行主体である組織がどれだけ強いかによって、計画の実現度が大きく変わります

これら四つの軸が連動して動くと、はじめて利益が残る経営に変わります。逆に、どれか一つでも欠けると、いくら個別の施策を打っても効果は限定的です。

[図表2] 経営改善の4軸フレーム

テーマ主要論点
①売上レベニューマネジメント稼働率×ADR×RevPARでの収益最大化
②コスト経費削減食材費・人件費・水光熱費の三圧迫要因
③投資設備投資・DX更新・省力化・付加価値の三本柱
④組織人材・体制評価制度・マルチタスク化・離職率管理

自館のボトルネックを特定する方法

経営改善を始める際、私が最初にお勧めするのは、自館のボトルネックを特定することです。具体的には、直近3年分(できればコロナ前の2019年度から直近年度まで)の決算書に、稼働率・客室単価・口コミ評価・従業員アンケートを重ね合わせて分析します。

その上で問いかけるのは、「本来ならもっと利益が伸びてもよいのに、その伸びを抑えている要因は何か」という問いです。人件費なのか、水光熱費なのか、売り止めの多さなのか、単価の頭打ちなのか。要因が一つに絞れなくても、優先順位がついてくれば、どこから手をつけるべきかが見えてきます。

率直に申し上げると、ボトルネックを特定せずに手当たり次第に施策を打つのが、経営改善が単発で終わる最大の理由です。まずは自館の現状を客観的に把握することが、すべての出発点となります。

→次章では、経営改善の四つの軸のうち、最も大きな効果が見込まれる「売上の改善」を、レベニューマネジメントの視点から整理します。

2章. 売上の改善 ― 稼働率×ADR×RevPARの三位一体

想定読者経営者・支配人・営業企画
問題稼働率も単価も上げているのに利益が残らない
解決策ADRとOCCをRevPARで統合して捉える
効果稼働率追いや高単価追いの罠を回避し、収益を最大化
ひとことで「埋めるか高く売るか」を超え、RevPARで判断しましょう

そもそもレベニューマネジメント(RM)とは何か

宿泊業に長くいる方であれば、レベニューマネジメント(RM)という言葉を一度は耳にしたことがあると思います。しかし、その本質を基礎から応用まで筋道立てて理解している方は、意外に少ないと感じています。

レベニューマネジメントとは、需要と供給のバランスに応じて価格と在庫(販売できる客室数の枠)を調整し、収益を最大化する管理手法です。もともとは航空業界で生まれ、その後ホテル業界に取り入れられ、いまでは旅館にも広く活用されています。

ここで強調しておきたいのは、レベニューマネジメントは「価格を上げる技術」でも「客室を埋める技術」でもないという点です。目的はあくまで収益の最大化であり、価格と稼働のバランスを取りながら、施設の収益力を高めていく経営の実務技術です。

なお、最近よく耳にするダイナミックプライシング(需要に応じて価格を変動させる手法)は、レベニューマネジメントの構成要素の一つ。RMという大きな枠のなかに需要予測・在庫管理・価格管理があり、ダイナミックプライシングはその価格管理の手法の一つにあたります。

3つの基本指標 ― ADR・OCC・RevPAR

レベニューマネジメントを語るには、三つの基本指標を押さえる必要があります。

ADR(Average Daily Rate、客室平均単価) ― 客室がいくらで売れたかの平均で、客室売上を販売した室数で割って算出します。

OCC(Occupancy、客室稼働率) ― どれだけ埋まったかを示し、販売室数を総室数で割って算出します。

RevPAR(Revenue Per Available Room、販売可能客室1室あたり収益) ― ADRとOCCを掛け合わせたもの、あるいは客室売上を総室数で割ったものです。最も重視される総合指標です。

例えば、温泉旅館で客室40室、ADRが2万5,000円、OCCが75%なら、RevPARは1万8,750円となります。レベニューマネジメントで最も重視されるのは、このRevPARです。

[図表3] 3つの基本指標の関係性

指標略称・意味計算式計算例(40室・OCC75%・ADR25,000円)
ADR客室平均単価客室売上÷販売室数25,000円
OCC客室稼働率販売室数÷総室数75%
RevPAR1室あたり収益ADR×OCC18,750円

「稼働率追い」と「高単価追い」の罠 ― RevPAR思考で経営を捉え直す

なぜRevPARが重要なのか。それは、ADRとOCCを単独で追うと、必ず罠にはまるからです。

「とにかく稼働率を上げる」という発想で値下げを重ねれば、OCCは上がってもADRが落ち、結果としてRevPARは伸びません。私の支援経験では、この罠に陥っている施設は意外に多いと感じています。

逆に、「高く売る」という発想で高単価プランだけに絞れば、ADRは上がってもOCCが落ち、「高単価な空室」だらけになってしまいます。これもRevPARが下がる典型パターンです。

稼働率を追うか、単価を追うか。この二択は、どちらも不正解です。レベニューマネジメントが問うのは、ADR×OCC、すなわちRevPARをどう最大化するかという視点です。片方の指標だけを見て価格を動かすのは、私の支援経験では危険な判断につながりやすいと感じています。

2025〜2026年のADRトレンド

2025年は宿泊業のADRが大きく動いた年です。上場ホテル運営13社・15ブランドの平均客室単価は、2025年3月期で16,679円(前年比+12.6%)と過去最高水準に達しました。インバウンドの回復と国内需要の戻りが重なり、価格を引き上げられる市場環境が整ったためです。

2026年に向けては、為替動向や訪日客数の伸び方によって地域差が広がると予想します。都市部や有名観光地ではADRの上昇が続く一方で、地方都市や知名度の低いエリアでは単価の頭打ちと稼働率の伸び悩みが同時に起こる可能性があります。

ここで重要なのは、自館の市場ポジションを正確に把握することです。地域水準のADRと比べて、自館が20%以上下回っている場合は、価格設定そのものに問題がある可能性が高いと判断します。

[図表4] 上場ホテル運営13社・15ブランドの平均客室単価の推移

年度ADR前年比
2023年3月期12,200円コロナ後回復期
2024年3月期14,816円+21.4%
2025年3月期16,679円+12.6% (過去最高)
2026年3月期地域差拡大の見通し都市部上昇、地方頭打ち懸念

売上改善の優先順位

売上を改善する際の優先順位は、①RevPARの現状把握、②ADRの引き上げ余地の検証、③客層・ターゲットの見直し、④レベニューマネジメントの仕組み化です。

まずRevPARの現状把握から始め、地域水準や類似施設との差を客観的に確認します。次に、ADRの引き上げ余地を検証します。地域水準を下回っているなら、まずプラン構成、料金階層、付帯サービスを見直す余地がないかを点検します。

次に、客層・ターゲットの見直しです。インバウンド、富裕層、ファミリー層、ビジネス層、シニア層、それぞれの構成比をどう変えていくかは、ADR向上の鍵となります。

そして、レベニューマネジメントの仕組み化です。サイトコントローラー(複数の予約サイトの在庫・料金を一元管理するシステム)、PMS(宿泊管理システム)、需要予測ツールを活用し、価格設定を担当者の勘任せから、データに基づく判断に変えていく取り組みが必要です。レベニューマネジメントの詳細については、関連記事「レベニューマネジメント完全ガイド」で解説していますので、あわせてお読みください。

→次章では、利益を圧迫する三つの要因に焦点を当て、コスト構造改革の考え方を整理します。

3章. コスト構造の改革 ― 三つの圧迫要因

想定読者経営者・支配人・経理担当
問題食材費・人件費・水光熱費が同時に高止まり
解決策三つの圧迫要因を個別に分析し、優先順位をつけて対応
効果コスト構造の改革により利益率を回復
ひとことで勘定科目別に圧迫要因を分解しましょう

利益を圧迫する三つの要因

宿泊業の収益構造を圧迫している要因は、食材費、人件費、水光熱費の三つに集約されます。これらは全て、ここ数年で大幅に上昇しており、価格転嫁が十分に進まなければ、利益率を直接的に削っていきます。

帝国データバンクの調査では、2025年7月時点での宿泊業の価格転嫁率は24.9%にとどまっています。コストの上昇に対して、宿泊料金への転嫁が約4分の1しか進んでいないということです。残りの75%は、施設側が利益を削って吸収している計算になります。

この状況を改善するには、コストの実態を正確に把握し、勘定科目別に優先順位をつけて対応することが必要です。漠然と「経費削減」と言うだけでは、施策が分散して効果が出ません。

[図表5] 利益を圧迫する3つの要因と背景

要因現状主な背景
食材費総売上比15〜25%(業態別)原材料価格高騰、円安、物流コスト上昇
人件費総売上比20〜35%(業態別)賃上げ、慢性的人手不足、外国人労働力依存
水光熱費総売上比6〜18%(業態別)電気・ガス料金高騰、温泉施設は特に影響大

業態別の料飲原価率の目安

食材費(料飲原価)は業態によって構造が大きく異なります。料飲一体型の温泉旅館では総売上の20〜25%が目安です。料飲の比率が高いため、原価率の管理が利益に直結します。

高級旅館(1泊3万円以上)では18〜25%と、温泉旅館よりやや低めです。客室売上の比率が大きく、料飲売上の構成比が抑えられるためです。

シティホテル(料飲あり)は20〜25%ビジネスホテル(朝食付)は5〜10%リゾートホテル(オールインクルーシブ)は20〜28%大型団体旅館(バイキング型)は22〜28%です。

[図表6] 業態別の料飲原価率(総売上ベース)の目安

業態料飲原価率備考
温泉旅館(料飲一体型)20〜25%料飲売上の比率が高い
高級旅館(1泊3万円以上)18〜25%客室売上の比率が大きいため抑えめ
シティホテル(料飲あり)20〜25%料飲売上の構成比次第
ビジネスホテル(朝食付)5〜10%料飲売上の比率が小さい
リゾートホテル(オールインクルーシブ)20〜28%プラン構成により変動
大型団体旅館(バイキング型)22〜28%提供量の管理が課題

業態別の主要経費構造

人件費・水光熱費も業態によって水準が異なります。温泉旅館では人件費率30〜35%、水光熱費率10〜15%と、いずれも高水準です。料飲サービスが充実しているため人手がかかり、温泉施設の維持に水光熱費が嵩むためです。

OTA(楽天トラベル・じゃらん・Booking.com等のオンライン旅行予約サイト)の手数料については、表面的には10〜15%ですが、特集ページや割引プログラム参加分を含めた実質負担は20〜35%に達することも珍しくありません。地方では30%を超える施設もあります。

[図表7] 業態別の主要経費構造(総売上ベース)

業態人件費率水光熱費率料飲原価率
ビジネスホテル15〜20%6〜10%5〜10%
シティホテル25〜30%8〜12%20〜25%
リゾートホテル28〜33%12〜18%20〜28%
温泉旅館30〜35%10〜15%20〜25%
高級旅館20〜25%8〜13%18〜25%

固定費と変動費の分解とコントロール余地

コストを削減する際の基本は、固定費と変動費の分解です。固定費は売上に関係なく発生する費用で、人件費(正社員)、水光熱費の基本料金、リース料、減価償却費などが該当します。変動費は売上に連動する費用で、料飲原価、人件費(パート・派遣)、水光熱費の従量部分、OTA手数料などが該当します。

固定費は短期的にはコントロールが難しいものの、長期的には設備投資や組織再編によって構造を変えられます。一方、変動費は短期で取り組める打ち手が多いため、まずは変動費から手をつけるのが定石です。

経費削減の各論については、本サイトの別記事「ホテル旅館の経費削減完全ガイド」で詳しく整理しています。食材費・人件費・OTA手数料・飲料原価・水光熱費・衛生費等の勘定科目別の打ち手については、そちらをご参照ください。

→次章では、コスト構造の改善と並んで重要な、設備投資とDXの判断フレームについてお伝えします。

4章. 設備投資とDX ― 三本柱の判断フレーム

想定読者経営者・支配人・財務責任者
問題設備投資の優先順位がつかず後手後手になっている
解決策更新・省力化・付加価値の三本柱で投資の方向性を整理
効果投資の質が高まり、競争力と利益率の両方が向上
ひとことで三本柱フレームで投資の方向性を整理しましょう

三本柱フレーム ― 投資の方向性を整理する

設備投資の判断で最も大切なのは、投資の目的を明確にすることです。私が経営者の方々にお勧めしているのは、設備投資を更新投資、省力化投資、付加価値投資の三本柱で整理する考え方です。

更新投資 ― 老朽化した設備を更新するための投資で、雨漏り、空調設備、給排水設備、エレベーター、客室のリフォームなどがこれに該当します。放置すれば施設の競争力が下がり、顧客満足度の低下や安全リスクにつながります。

省力化投資 ― 人手不足を前提とした投資で、オペレーションを少ない人員で回せるようにするための投資です。PMS(宿泊管理システム)、サイトコントローラー、セルフチェックイン機、配膳ロボット、清掃用ロボット、調理場の機械化などがこれに該当します。

付加価値投資 ― 競争力を高め、客単価を上げるための投資で、客室グレードアップ、露天風呂付客室への改装、レストランのリニューアル、体験コンテンツの開発などがこれに該当します。

これら三本柱を組み合わせて、自館の投資戦略を立てることが、設備投資の質を高める鍵となります。

[図表8] 設備投資の三本柱フレーム

投資の柱目的代表例効果指標
①更新投資老朽化対策雨漏り・空調・給排水・エレベーター・客室リフォーム競争力維持・安全性
②省力化投資人手不足PMS・サイトコントローラー・セルフチェックイン人件費率の低下
③付加価値投資競争力強化客室グレードアップ・露天風呂付・体験コンテンツADR・リピート率の向上

DX・PMSの位置付け

省力化投資の中核となるのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)とPMS(宿泊管理システム)の導入です。

予約サイト、自社HP、電話予約をサイトコントローラーで一元管理し、客室の在庫情報を全スタッフがリアルタイムに共有できる体制を作る。料金設定をデータに基づいて判断し、調理場や清掃係への情報伝達を紙ベースから電子化する。こうした取り組みは、人手不足の時代における基本的な備えとなります。

率直に申し上げると、サイトコントローラーで予約を一元管理しているのに、その情報を紙に印刷して現場に回し、客室の割り付けを手書きで修正している施設は、いまだに少なくありません。料金設定もデータ分析ではなく担当者の勘と経験に依存している。これは私が20年超の支援で見てきた、現場の実態です。

DX・PMSの実務的な導入方法については、関連記事「ホテル・旅館のDX推進とPMS導入の実務」で詳しく解説する予定ですので、あわせてお読みください。

投資の優先順位 ― 損益計算書のどの科目に効くか

設備投資を判断する際、私が経営者の方々にお勧めしているのは、「その投資は損益計算書のどの科目に効くか」という問いかけです。

例えば、省力化投資としてPMSとセルフチェックイン機を導入する場合、その投資は何年で回収できるか。フロント業務の人員を何名分削減でき、その結果として人件費率は何ポイント下がるか。サイトコントローラー連動でOTA手数料は削減できるか。こうした問いに答えられるかどうかが、投資の質を決めます。

付加価値投資の場合は、ADRが何円上がるか、リピート率が何ポイント向上するかを試算します。客室をグレードアップして、ADRが3,000円上がる見込みなら、年間で何百万円の売上増になるかを計算し、投資額に対してどのくらいの期間で回収できるかを確認します。

[図表9] 設備投資の判断軸 ― 「損益計算書のどの科目に効くか」

投資カテゴリー効く科目確認すべき指標
PMS+セルフチェックイン人件費・OTA手数料回収期間・人員削減効果
客室グレードアップ客室売上(ADR)単価上昇額・リピート率向上
露天風呂付客室客室売上(ADR)ADR増加額・予約優先順位
厨房機械化人件費・食材ロス調理時間短縮・ロス率低減
空調更新水光熱費・修繕費省エネ効果・故障対応コスト

中小企業省力化投資補助金などの活用

設備投資を判断する際、補助金や税制優遇の活用も視野に入れます。代表的なのが、中小企業省力化投資補助金、ものづくり補助金、事業承継・引継ぎ補助金、中小企業経営強化税制、固定資産税の特例措置などです。

特に省力化投資については、中小企業省力化投資補助金が活用しやすい制度です。配膳ロボット、清掃ロボット、自動チェックイン機などの省力化機器の導入に対して、補助率2分の1、上限1,000万円までの補助が出ます。投資判断の際は、こうした制度の活用も組み合わせて検討することをお勧めします。

なお、補助金の活用は計画策定の段階から認定経営革新等支援機関などの専門家を交えて進めると、申請の精度が高まります。私たちアルファコンサルティングでも、補助金活用を含めた設備投資の戦略立案を支援しています。

→次章では、経営改善を実行する主体としての「組織・人材」について整理します。

5章. 組織・人材改革 ― 経営改善の実行主体

想定読者経営者・人事責任者・支配人
問題計画は立てたが現場で実行されない
解決策評価制度・マルチタスク化・離職率管理の三つの方向性
効果実行力のある組織が経営改善を継続的に推進
ひとことで実行する組織の質が成果を決めます

経営改善の計画を立てても、現場で実行されなければ意味がありません。私が20年超の支援経験で見てきたところでは、計画の質よりも実行する組織の質の方が、最終的な成果を左右することが多いと感じています。

組織と人材の改革は、経営改善の中で最も時間がかかるテーマです。設備投資や料金見直しは数ヶ月で実行できますが、組織風土や評価制度の見直しは、1年から3年の中長期的な取り組みになります。

2025年問題と人材戦略

2025年は、団塊の世代がすべて75歳以上となる年で、宿泊業界でも熟練スタッフの大量退職が進行しています。料理長、仲居頭、フロント主任など、施設の中核を担ってきた人材が次々と引退する一方で、若手の採用は思うように進まない。これが「2025年問題」と呼ばれる人材危機です。

対応策として有効なのは、組織のマルチタスク化です。一人のスタッフが複数の業務をこなせるように教育し、属人化を解消する。例えば、フロント業務とレストラン業務、清掃業務をローテーションで担当できる体制を作ります。

同時に、外国人スタッフの戦略的活用も視野に入れます。特定技能制度や技能実習制度を活用し、長期的に働いてもらえる人材を確保する。日本語教育、生活支援、キャリアパスの整備が前提になりますが、人手不足の根本的な解決策の一つとなります。

組織改革の三つの方向性

組織改革を進める際の方向性は、①評価制度の見直し、②マルチタスク化、③離職率の管理の三つです。

評価制度の見直し ― 年功序列から成果評価への転換、明確な評価基準の設定、定期的なフィードバック面談の実施などです。経営者の方々から「評価制度を見直したいが、現場の反発が怖い」という相談をよく受けますが、透明性の高い評価基準と丁寧なコミュニケーションがあれば、現場の納得感は得られます。

マルチタスク化 ― 一人のスタッフが複数の業務をこなせるようにする取り組みです。属人化を解消し、休暇の取りやすさを向上させ、人員配置の柔軟性を高めます。ITツールの活用も含めた業務プロセスの見直しが不可欠です。

離職率の管理 ― 採用と教育にかかるコストを抑え、職場の魅力を高めるため、離職率を継続的に管理します。離職率20%超は危険信号とされ、職場環境、評価制度、給与水準、キャリアパスの全面的な見直しが必要となります。

[図表10] 組織改革の三つの方向性

方向性主な施策期待効果
①評価制度の見直し成果評価導入・評価基準明確化・面談制度従業員満足度向上・モチベーション向上
②マルチタスク化業務ローテーション・ITツール活用・教育プログラム属人化解消・人員配置の柔軟性
③離職率の管理職場環境改善・キャリアパス整備・給与体系見直し採用コスト低減・組織の安定

組織と人材の詳細なテーマについては、関連記事「ホテル・旅館の組織改革と人材育成」で詳しく解説する予定ですので、あわせてお読みください。

→次章では、経営者が陥りやすい典型的な判断ミスを、失敗事例から学ぶという視点で整理します。

6章. ホテル経営の失敗事例から学ぶ ― 5つの典型パターン

想定読者経営者・支配人
問題判断ミスのパターンを認識できていない
解決策5つの典型パターンを知り、自館への当てはまりを確認
効果判断ミスを未然に防ぎ、経営改善の精度を高める
ひとことで失敗パターンを知ることが、最大の予防策です

20年超の支援経験で見てきた典型的な失敗パターンを五つに整理しました。自館に当てはまるものがないか、確認してみてください。

[図表11] ホテル経営の5つの失敗パターン

パターン症状回避策
①稼働率追い値下げで単価が下がる悪循環、OTA安い順表示で抜け出せずRevPAR思考への転換
②高単価追い高単価プランだけに絞り、稼働率が落ちて空室だらけにADR×OCCのバランス重視
③設備投資の先送り目先のコスト削減を優先し、競争力が徐々に低下三本柱フレームでの計画的投資
④組織改革の後回し属人化解消や評価制度の見直しが進まず、人材流出中長期視点での組織改革
⑤計画なしの感覚経営決算書や指標を見ずに勘で判断、ボトルネックが分からない4軸フレームでの体系的経営分析

失敗パターン① ― 稼働率追いの罠

最も多い失敗パターンが、稼働率追いの罠です。「とにかく埋めよう」という発想で値下げを重ねた結果、ADRが下がりRevPARも下がる。これを経営者が認識できないまま、稼働率の数字だけを見て安心してしまうケースです。

短期的には稼働率は上がるため、現場には達成感があります。しかし、客室単価が下がると、繁忙期に取りこぼした上位顧客層が戻ってこなくなり、価格を戻すことも難しくなります。OTAの「安い順」表示に組み込まれることで、価格競争に巻き込まれ、抜け出せなくなるケースも見てきました。

回避策は、稼働率と単価の両方を見るRevPAR思考への転換です。レベニューマネジメントの基本に立ち戻る必要があります。

失敗パターン② ― 高単価追いの罠

逆の失敗パターンが、高単価追いの罠です。「うちは高品質だから高単価で売る」という発想で、高単価プランばかりに絞った結果、OCCが落ちて「高単価な空室」が増える。これも結果としてRevPARは下がります。

特に注意が必要なのは、地域水準を大きく上回るADR設定です。地域の競合施設のADRが2万円で、自館だけ3万円で売り出しても、よほどの差別化要因がなければ顧客は他施設に流れます。差別化要因が「サービス品質」だけでは、顧客の判断材料として不十分なことが多いのです。

回避策は、自館の市場ポジションを正確に把握し、ADRとOCCのバランスを取りながら、RevPARを最大化する視点で価格設定を行うことです。

失敗パターン③ ― 設備投資の先送り

設備投資の先送りも典型的な失敗パターンです。目先のコスト削減を優先するあまり、雨漏り、空調故障、客室の老朽化が放置され、口コミ評価が下がり、リピート率が低下する。これが繰り返されると、施設の競争力が徐々に削られていきます。

設備投資の先送りは、「資金繰りが厳しいから」という理由で行われることが多いのですが、その結果として競合に対するポジションが弱まり、ADRも稼働率も下がるという悪循環に陥ります。資金繰りの厳しさは、設備投資の先送りでは解決しません。

回避策は、4章で整理した三本柱フレームに基づいた計画的投資です。補助金や融資の活用も視野に入れ、優先順位をつけて投資を進めることが必要です。

失敗パターン④ ― 組織改革の後回し

組織改革の後回しは、見えにくい失敗パターンです。売上やコストは数字で見えるため、経営者の関心も集まりますが、評価制度の硬直化、属人化、離職率の上昇といった組織の問題は数字に表れるまで時間がかかるため、後回しになりやすいのです。

しかし、組織の問題が表面化したときには、熟練スタッフの大量退職、若手の早期離職、現場の機能不全といった形で、一気に経営にダメージを与えます。組織改革は中長期で取り組むべきテーマだからこそ、早めに着手することが必要です。

失敗パターン⑤ ― 計画なしの感覚経営

最後の失敗パターンが、計画なしの感覚経営です。決算書や経営指標を見ずに、勘と経験だけで判断する。自館のボトルネックがどこにあるのか分からないまま、思いつきで施策を打ち、効果が出ないとまた別の施策に飛び移る。

このパターンの最大の問題は、経営改善の効果が学習されないことです。何が効いて何が効かなかったのか、PDCAサイクルが回らないまま時間だけが過ぎていきます。

回避策は、本記事1章で整理した4軸フレームに基づいた体系的な経営分析です。直近3年分の決算書と稼働率・客室単価・口コミ評価・従業員アンケートを重ね合わせて分析し、ボトルネックを特定する作業から始めることが必要です。

失敗を回避する5つの早期警告サイン

これら5つの失敗パターンを未然に防ぐため、早期警告サインを5つご紹介します。

稼働率と単価の乖離 ― 稼働率は上がっているのに客室単価が下がっている、あるいはその逆の状況は、レベニューマネジメントの判断軸が崩れている兆候です。

口コミ評価の低下傾向 ― OTA、Google、その他のレビューサイトでの評価が3ヶ月連続で下がっている場合は、サービス品質の低下を疑う必要があります。

離職率の上昇 ― 直近1年の離職率が20%を超える場合は、職場環境、評価制度、給与水準の全面的な見直しが必要です。

修繕費の急増 ― 売上比3%を超える修繕費が発生している場合は、計画的な設備投資の遅れを示しています。突発的な修繕への対応に追われている状態です。

借入金返済比率の悪化 ― 借入金返済額が営業キャッシュフロー(本業で実際に手元に残る現金。利益とは別の概念で、減価償却費を加味した実際の資金繰り力を示す)の50%を超える状態が続く場合は、財務面での見直しが必要です。

[図表12] 経営判断ミスを示す5つの早期警告サイン

サイン閾値・症状示唆する問題
①稼働率と単価の乖離片方が上がり片方が下がるレベニューマネジメントの判断軸が崩壊
②口コミ評価の低下傾向3ヶ月連続で評価が下がるサービス品質の低下
③離職率の上昇直近1年20%超職場環境・評価制度・給与の問題
④修繕費の急増売上比3%超計画的設備投資の遅れ
⑤借入金返済比率の悪化営業キャッシュフローの50%超財務面での見直し必要

→次章では、経営改善計画の策定と伴走支援について、中小版GL・405事業の制度を含めて整理します。

7章. 経営改善計画の策定と伴走支援

想定読者経営者・財務責任者
問題経営改善計画の策定方法と支援制度がわからない
解決策中小版GL・405事業を活用し、中立的な専門家を選ぶ
効果公的支援を最大限活用し、金融機関との関係を改善
ひとことで計画策定と専門家選びが成功の鍵です

経営改善計画の策定は、自館の現状分析、改善施策の具体化、数値計画の策定、そして金融機関との対話まで、体系的な作業が必要です。これを社内のリソースだけで進めるのは難しく、中立的な専門家の伴走が成功の鍵となります。

本章では、経営改善計画の策定を支援する公的制度として、中小版GL(中小企業の事業再生等に関するガイドライン)と405事業(経営改善計画策定支援事業)の活用方法と、専門家を選ぶ際の注意点を整理します。

中小版GL(中小企業の事業再生等に関するガイドライン)について

経営改善計画の策定を支援する公的な制度として、中小企業の事業再生等に関するガイドライン(中小版GL)があります。これに基づく支援事業として、経営改善計画策定支援事業(通称405事業)と早期経営改善計画策定支援事業があります。

経営改善計画策定支援事業(通常枠)では、認定経営革新等支援機関(税理士、公認会計士、弁護士、商工会、金融機関など)による計画策定支援と伴走支援に対して、最大300万円を上限に、専門家報酬の3分の2が補助されます。中小版GL枠では、最大700万円まで補助されます。

早期経営改善計画策定支援事業は、より軽い経営課題に対応する制度で、専門家報酬の3分の2(最大20万円)が補助されます。

[図表13] 経営改善計画策定支援事業の制度比較

制度名対象補助上限活用シーン
早期経営改善計画策定支援比較的軽い経営課題最大20万円予防的な改善計画策定
経営改善計画策定支援(通常枠)金融支援が必要な状況最大300万円リスケジュール・条件変更が必要な段階
経営改善計画策定支援(中小版GL枠)事業再生等GLに基づく支援最大700万円本格的な事業再生段階

中小企業活性化協議会の活用と注意点

経営改善計画の策定支援を受ける際、中小企業活性化協議会の利用を検討する経営者の方は多いでしょう。各都道府県に設置された公的機関で一定の信頼性があり、活用できる制度です。

一方で、ご相談を受けてきた中での私の所感ですが、地方銀行のOB職員が多く配属されている実態があり、結果として金融機関寄りの誘導が行われるケースを経験することがあります。具体的には、経営者個人の資産売却を強く求められたり、施設の安値での売却を提案されたりするケースです。

こうした提案が必ずしも経営者にとって最適とは限りません。いきなり中小企業活性化協議会に申し込む前に、独立した第三者の専門家による事前診断を受けることをお勧めします。事前診断によって、自館の状況に最も合った制度活用の道筋を整理し、それから協議会に進むことで、経営者の利益を守りながら、公的支援を最大限活用できます。

認定経営革新等支援機関の選び方

中小版GLの制度を活用する場合、認定経営革新等支援機関を選んで計画策定支援を受けることになります。選び方のポイントは、以下の通りです。

ホテル・旅館業の支援経験があるか ― 業界特有の収益構造、勘定科目、繁閑差を理解している支援機関を選びます。

独立した立場か ― 金融機関、特定のオペレーター、不動産業者などとの利害関係がない、独立した立場の支援機関を選びます。

中立的な第三者性があるか ― 経営者の利益を最優先する立場で関与してくれる支援機関を選びます。

実績と評判 ― 過去の支援実績や、業界内での評判を確認します。

経営改善計画の策定実務については、関連記事「経営改善計画策定の実務 ― 中小版GL・405事業の活用」で詳しく解説する予定ですので、あわせてお読みください。

→次章では、本記事の総まとめとして、経営改善の全体像を改めて整理します。

さいごに ― 経営改善の全体像と、相談先の選び方

いかがだったでしょうか。本記事では、ホテル・旅館の経営改善について、稼働率が好調なのに利益が残らない構造を解くという視点から、売上・コスト構造・設備投資とDX・組織と人材という四つの軸で全体像を整理しました。

経営改善は、一つの軸だけを動かしても全体としての利益は残りません。四つの軸を連動させながら、自館の構造を変えていく取り組みが、持続的な経営改善につながります。そして、その出発点は、自館のボトルネックを正確に特定することです。

弊社アルファコンサルティングでは、ホテル・旅館の経営改善計画策定支援、レベニューマネジメントの設計・運用支援、コスト構造改革支援、設備投資判断のアドバイス、組織・人材改革支援、そして金融機関対応の支援まで、幅広くご支援してきました。代表の青木は20年超のコンサルティング経験を持ち、観光経済新聞では2009年4月から17年にわたるコラム連載を継続しています。業界の構造的な変化と現場の実態の両方を踏まえた、実践的なご支援を強みとしております。

初回相談は無料です。自館の現状診断、経営改善計画の策定支援、レベニューマネジメントの設計、設備投資の判断、組織改革のアドバイスなど、ぜひお気軽にお問い合わせください。

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