ホテル・旅館の宿泊拒否、どこまで断れるのか|改正旅館業法と記録の実務

こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。

2023年12月の旅館業法の改正で、迷惑な要求を繰り返すお客様の宿泊を、宿が断れるようになりました。長らく受け身を強いられてきたホテル・旅館にとって、これは心強い後ろ盾です。フロントで理不尽な要求に耐え続けるしかなかった時代から、一歩進んだといえます。

ただ、この後ろ盾は、扱いを誤れば諸刃の剣にもなります。断ってはいけないお客様を断ってしまえば、宿は差別をした側として、かえって厳しい立場に立たされます。宿泊拒否は、宿が宿泊約款で勝手に理由を増やせるものではなく、法律が定めた事由に限られます。さらに、断ったときには、その理由を書面に残す手続きも求められます。「迷惑な客は断れるようになった」という大づかみな理解のままでは、かえって危険です。

この記事では、改正旅館業法のもとで何が断れて何が断れないのか、その線引きを整理し、ホテル・旅館の現場で宿泊拒否を実務として使うための手順を解説しましょう。あわせて、断ったあとに待ち受ける報復的な口コミへの備えにも触れます。

客室へ案内する女性従業員
客室へ案内する女性従業員

旧法から新法へ――宿泊拒否はどう変わったか

そもそも旅館業法は、昭和23年の制定以来、宿が安易にお客様を断ることを強く制限してきました。宿泊施設には公共的な役割があるという考え方から、宿泊を求める人は原則として受け入れるべきだ、とされてきたのです。

旧法のもとで宿泊を断れたのは、感染性の疾病にかかっていると認められる場合、賭博など違法な行為や風紀を乱すおそれがある場合、そして満室の場合など、限られた事由に限られていました。理不尽な要求を繰り返すお客様がいても、これだけでは断る根拠になりにくく、宿は耐えるしかありませんでした。

この状況を変えたのが、2023年12月13日に施行された改正旅館業法です。宿泊を断ることができる事由に、新たに「特定要求行為」が加えられました。これは、いわゆるカスタマーハラスメント(顧客等による著しい迷惑行為。以下、カスハラ)にあたる行為を繰り返すお客様について、宿泊を断ることを認めるものです。受け身を強いられてきた宿が、初めて「断る」という選択肢を法的に持てるようになったのです。

「特定要求行為」とは何か

では、断る根拠となる特定要求行為とは、具体的にどのような行為を指すのでしょうか。法令は、大きく二つの型に整理しています。

過大な要求を繰り返す型

一つは、実現が容易でない事項を繰り返し求める行為です。具体的には、宿泊料金の不当な割引、根拠のない慰謝料、不当な部屋のアップグレード、規定より遅いチェックアウトや早いチェックインの不当な要求、契約にない送迎などを求めるものです。上下左右の部屋に他のお客様を入れないよう繰り返し求める、といった行為もここに含まれます。

社会的相当性を欠く行為を繰り返す型

もう一つは、施設のなかで社会的な相当性を欠く行為を繰り返すものです。粗野な言動、土下座の要求、その他、刑法などに触れるおそれのある行為がこれにあたります。

ここで見落としてはならない要件が二つあります。一つは「繰り返し」であること。一度きりの理不尽な要求では、原則として特定要求行為にはあたりません。もう一つは、その要求が宿にとって過重な負担となり、他のお客様へのサービス提供を著しく阻害するおそれがあることです。つまり、単に不快な言動があっただけでは足りず、繰り返しと、業務への著しい支障という二つの条件を満たして初めて、宿泊を断る根拠になるのです。

「繰り返し」が要件であるということは、最初の一度をどう記録し、どう警告するかが実務上きわめて重要になる、ということでもあります。一度目の段階で記録を残し、改善を求めておかなければ、二度目以降に「繰り返し」を立証できません。記録こそが、断るための土台になります。

暴力や脅迫は、別のルートでも断れる

特定要求行為と混同されやすいのが、暴力や暴行、脅迫といった行為です。これらは、実は特定要求行為とは別の根拠で対応できます。

旧法から引き継がれている「賭博その他の違法行為又は風紀を乱す行為をするおそれ」という事由のもとで、暴力的な要求行為や、従業員や他のお客様につかみかかる、つばを吐きかけるといった行為には対応が可能です。こうした行為は、暴行罪などの犯罪にあたりうるものであり、特定要求行為のように「繰り返し」を待つまでもありません。

つまり、宿が断る根拠には二つの道があります。繰り返される過大要求や社会的相当性を欠く行為に対する特定要求行為という道と、暴力や脅迫といった違法行為に対する従来からの道です。目の前の言動がどちらにあたるのかを意識すると、対応の判断がしやすくなります。

「断れる客」と「断ってはいけない客」

宿泊拒否でもっとも注意すべきは、断ってはいけないお客様を断ってしまわないことです。とりわけ、障害のある方への合理的な配慮の求めを、迷惑な要求と取り違えてはなりません。

法令は、特定要求行為から「社会的障壁の除去を求める場合」をはっきりと除いています。たとえば、聴覚に障害のある方が筆談での対応を求めること、視覚に障害のある方が客室までの誘導を求めること、車いすを利用する方がベッドやテーブルの移動を求めること、補助犬を同伴することなどは、特定要求行為にはあたりません。これらは正当な配慮の求めであり、断る理由にはならないのです。

「外国人だから」「身なりが気になるから」といった理由で宿泊を断ることも、許されません。断る根拠は、あくまで本人の行為が特定要求行為や違法行為にあたるかどうかであって、その人の属性ではありません。次の表で、断れる場合と断れない場合を整理してみましょう。

お客様の言動(ホテル・旅館での例)根拠宿泊を断れるか
不当な割引や無料アップグレードを繰り返し求め、業務に著しい支障特定要求行為(過大要求型)断れる(繰り返しと支障が要件)
土下座の要求や粗野な言動を繰り返す特定要求行為(相当性を欠く型)断れる(繰り返しが要件)
つばを吐く、つかみかかる、暴言を浴びせる違法行為・風紀(暴行等)断れる(繰り返しを待たず対応可)
聴覚障害のある方が筆談を求める社会的障壁の除去(対象外)断れない(正当な配慮)
車いす利用の方がベッド移動の介助を求める社会的障壁の除去(対象外)断れない(正当な配慮)
一度きりの理不尽な要求(暴力・脅迫を除く)「繰り返し」の要件を欠く原則断れない(記録し経過を見る)

※青=断れる、橙=現時点では断れず記録が必要、赤=断ってはいけない(正当な配慮)

表からわかるのは、断る根拠が、お客様の属性ではなく行為にある、ということです。そして、暴力や脅迫を除けば、ほとんどの場合「繰り返し」が要件になります。一度きりの理不尽な要求は、その時点では断る根拠になりにくく、まずは記録を残して経過を見ることになります。

宿泊拒否を、実務としてどう使うか

断れる場合と断れない場合の線引きが見えたところで、実際に宿泊拒否を運用する手順を考えましょう。鍵になるのは、判断の基準、記録、そして手続きの三つです。

判断の基準をあらかじめ定めておく

どのような行為が特定要求行為にあたるのか、誰が宿泊拒否を判断するのか、その基準を平時に決めておくことが出発点です。緊張した現場で一から判断するのは難しいため、支配人や経営者に判断を上げる流れと、判断のよりどころを共有しておきます。何がカスハラにあたるかという線引き自体については、別の記事で詳しく整理していますので、あわせてご確認ください。

記録を残す

特定要求行為による宿泊拒否では「繰り返し」が要件になるため、一度目の言動から記録を残すことが欠かせません。日時、状況、お客様の言動、対応した内容を書きとめておきます。電話のやりとりは録音し、防犯カメラの映像も保全しておくと、後の判断の裏づけになります。記録は、宿を守るための証拠であり、感情ではなく事実にもとづいて判断するための支えになります。次のような記録票をあらかじめ用意しておくと、現場が迷わず書き残せます。

図表1:迷惑行為・特定要求行為 対応記録票(記入イメージ) ※施設名・氏名等は架空のものです

迷惑行為・特定要求行為 対応記録票
RECORD OF CUSTOMER HARASSMENT
記録番号No. 2026-018
記録日2026年◯月◯日
記録者フロント △△
発生日時・場所
2026年◯月◯日 21:30 〜 22:40(約1時間10分)/フロント
お客様(判明している範囲)・予約番号
男性・60代と推定/予約番号 R-◯◯◯◯
言動・要求の内容
部屋割りに不満を述べ、無料での上位客室への変更を繰り返し要求。応じられない旨を伝えると、大声で「誠意を見せろ」と繰り返し、フロントを離れず。他のお客様の対応ができない状態が続いた。
該当しうる類型
☑ 過大な要求(特定要求行為)☑ 社会的相当性を欠く言動☐ 暴力・脅迫(違法行為)
繰り返しの状況
今回で3回目(前回 ◯月◯日 No.2026-009/前々回 ◯月◯日 No.2026-002)
宿の対応
フロント担当から支配人に対応を交代。お詫びのうえ、無料変更は致しかねる旨を改めて説明。深夜に及んだため、対応を一旦打ち切る旨をお伝えした。
保全した記録
☑ 防犯カメラ映像☑ フロント電話の録音☐ メール・書面☐ その他
上長への報告
支配人 ◯◯ へ 当日 22:50 に報告/翌朝、経営者へ共有

※「繰り返し」が宿泊拒否の要件となるため、一度目から本票を時系列で保管する。

断る際の手続きを踏む

宿泊を断ると決めた場合には、その理由を記載した書面を作成し、保存しておく必要があります。これは法令上求められている手続きです。口頭で断って終わりにせず、なぜ断ったのかを記録として残すことで、後にその判断の正当性を説明できるようにしておきます。なお、宿泊約款に、法律の定める事由にない独自の宿泊拒否理由を書き加えても、それは無効です。断る根拠は、あくまで法律が定めた事由に限られることを押さえておきましょう。次に、お断りを通知する書面の一例を示します。

図表2:宿泊利用のお断り通知書(テンプレート・記入イメージ) ※宛名・施設名等は架空のものです

2026年◯月◯日

●● ●● 様

◯◯◯◯ホテル
運営 株式会社◯◯◯◯
代表取締役 ◯◯ ◯◯

宿泊利用のお断りについて

拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

さて、2026年◯月◯日のご滞在の際のご対応につきまして、当ホテルの宿泊約款および旅館業法第5条に照らし、社内にて事実関係を確認いたしました。その結果、下記の行為が確認されましたため、誠に遺憾ながら、●●様の今後のご利用をお断りさせていただくことといたしました。本決定は本書面の到達をもって効力を生じます。

お断りの事由正当な理由のない客室の無料変更を、複数回にわたり繰り返し求められ、その都度、長時間にわたりフロント業務を妨げる結果となりました。これにより、他のお客様へのサービス提供に著しい支障が生じております。当該行為は、旅館業法第5条第1項第3号に定める特定要求行為に該当するものと判断いたしました。

当ホテルといたしましては、お客様に快適にお過ごしいただける環境と、従業員が安心して働ける環境の双方を守る責務がございます。何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

敬具

断ったあとを見据える――報復的な口コミへの備え

宿泊を断る判断には、もう一つ、見落とせない側面があります。断られたお客様が、報復として、事実と異なる低評価や誹謗中傷を口コミサイトに書き込むことがある、という点です。

宿泊業は、予約サイトやインターネット上の評価に売上を大きく左右されます。だからこそ、断るという正しい判断が、風評という形で跳ね返ってくることを、あらかじめ想定しておく必要があります。記録をしっかり残しておくことは、こうした報復的な書き込みに対して、事実にもとづいて対応するための備えにもなります。報復的な口コミへの具体的な対処については、別の記事で掘り下げます。

宿泊拒否は、従業員を守るための強力な手段です。しかし、断ることそのものが目的ではありません。断ることで生じる評判への影響や、現場の負担まで含めて見通したうえで、それでも従業員を守るために必要だと判断したときに、根拠と手続きを踏んで使う。この冷静さが、宿泊拒否を本当の意味で武器に変えます。

さいごに

いかがだったでしょうか。改正旅館業法による宿泊拒否は、ホテル・旅館にとって心強い後ろ盾です。けれども、断れる客と断ってはいけない客の線引きを誤れば、宿が差別の側に立たされてしまいます。断る根拠はお客様の属性ではなく行為にあること、多くの場合「繰り返し」が要件になること、そして判断の基準・記録・手続きを整えておくこと。この三点を押さえれば、宿泊拒否は、従業員を守るための確かな手段になります。

弊社アルファコンサルティングでは、ホテル・旅館の経営に特化し、特定の業者と利害関係を持たない独立した第三者の立場から、宿の課題に専門的な視点を添えてきました。宿泊拒否の判断基準づくりの支援、現場で機能する記録の仕組みの整備、断った後の評判への備えまで、それぞれの宿の実情に応じたお手伝いが可能です。なお、個別の事案で実際に宿泊を断れるかどうかの最終的な判断は、施設の状況や弁護士など専門家の助言を踏まえて行うことをお勧めします。

後悔のない決断を、一緒に見極めませんか。

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