こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。

まず、意外な数字からお話しします。宿は人手不足だと言われます。ところが、新しく人が入ってくる割合(入職率)を見ると、宿泊・飲食業は全産業でいちばん高いのです。憧れて飛び込んでくる人は、むしろ多い。それなのに、辞めていく割合(離職率)もまた、全産業で飛び抜けて高い。平均の倍近くもあります。

つまり、宿の人手不足は、入口が狭いのではありません。せっかく入った人が、戦力になる前にこぼれ落ちていく。底に穴の空いたバケツに、いくら水を注いでも溜まらないのと同じです。採用に追われる前に、まずこの穴をふさぐ。それが、人を育てるということです。

もう一つ、意外な事実があります。観光庁の調査によると、宿泊業を辞めて他の業界へ移った人の理由で最も多かったのは、「体力的にきつい」でも「給料が安い」でもなく、「自分のしたい仕事ができなかった」でした。人は、つらいから辞めるのではない。伸びている実感が持てないから辞めるのです。この記事は、ありふれた「育成は大事」という話では終わりません。採用難の時代に本当に効く、宿の人の育て方を、いくつかの発見とともにお伝えします。

人を育てたい宿の方へ この記事の発見
  1. 人を「減らす」ほど育たない。最小人員の罠と、その抜け方。→ 発見①へ
  2. 「誰が教えるか」が定着を決める。指導役の人選という盲点。→ 発見②へ
  3. 接客研修ばかりでは強くならない。差がつくのは別の研修。→ 発見③へ
  4. 優秀な人ほど、早く辞める。その理由と、引きとめ方。→ 発見④へ

この記事は、上から順に読まなくても、気になる発見だけでも役立つように作っています。

新人スタッフに研修・指導をする様子
入口は広い。育成とは、出口の穴をふさぐ仕事である

「育成は大事」では、何も変わらない

育成が大切なことは、誰でも知っています。けれども、知っていてもやらないのは、それが「やったほうがよい、良いこと」くらいにしか思われていないからでしょう。先ほどの数字は、その認識を変えます。入ってくる人はいちばん多いのに、辞める人もいちばん多い。これは、採用をいくらがんばっても、穴をふさがないかぎり徒労に終わる、ということです。育成は、情けでも美談でもありません。人手不足にいちばん効く、現実的な一手です。

図表1 入ってくる人も、出ていく人も多い ― 宿泊・飲食業と全産業平均
入職率(入ってくる人の割合)
宿泊・飲食業約34%
全産業の平均16.4%
離職率(出ていく人の割合)
宿泊・飲食業約27%
全産業の平均15.4%

入職率と離職率は別の指標です。入ってくる人は全産業平均の倍以上。一方で出ていく人も平均を大きく上回る。入口は広いのに出口から漏れていく。これが「穴の空いたバケツ」の正体です。(厚生労働省・令和5年雇用動向調査。全産業は産業計、宿泊・飲食業の値は概数)

では、その穴は何でできているのか。辞める理由を、もう一度ご覧ください。

図表2 辞める一番の理由は「きつい」ではない
最も多い理由
「自分のしたい仕事ができなかった」
= 成長や、やりがいを感じられない
そのほか、比較的多く挙がった理由
体力的にきつい精神的にきつい業務量が多い

労働のつらさより、「伸びている実感」のなさが、人を業界の外へ押し出しています。(観光庁「宿泊業の人材確保・育成の状況に関する実態調査」。順位を示したもので割合の数値ではありません)

人は、成長を感じられないと去ります。だからこそ、お金で待遇を競うより前に、育てて伸びている実感を持ってもらうことが効く。ちなみに私は、建物や設備にかけるお金の三〜五%ほどは、人を育てることに回してよいと考えています。何億円もかけて館を改装するなら、その数%、数百万円を人に投じる。ハードの新しさで集客できる期間は限られますが、人の力で生む魅力は、長く効き続けます。ここから先は、その投資を無駄にしないための、四つの発見をお話しします。

発見① 人を「減らす」ほど育たず、「増やす」ほど育つ

人件費を抑えたい一心で、ぎりぎりの人数で現場を回している宿は少なくありません。ところが、これが育成を殺します。最小限の人数だと、ベテランは目の前の作業に追われ、新人に教える余裕がない。放っておかれた新人は伸びず、やがて辞める。欠員が出てまた忙しくなり、いっそう教える暇がなくなる。この回転に一度はまると、抜け出せなくなります。

逆のことが起きるのが、人員にほんの少し、一、二名ぶんの余裕を持たせたときです。すると、ベテランが若手に教える時間が生まれます。新人は早く戦力になり、ベテランは予算管理や後輩指導を覚えて、次のリーダーに育っていく。定着が良くなれば、数十万円単位の採用費もかからなくなります。目先は人件費の増加に見えて、長い目で見ればそのほうが安くつく。これは、多くの宿を見てきて、はっきりそう言えることです。「忙しくて育てる時間がない」のではなく、「育てる余白がないから、いつまでも忙しい」のです。

図表3 人を減らすと「負の回転」、少し増やすと「正の回転」
負の回転(最小人員)
最小人員でぎりぎり
教える余裕がない
新人が育たず辞める
さらに人手不足
↻ はじめに戻る(悪循環)
正の回転(一・二名の余白)
人員に少し余白をもつ
教える時間ができる
早く戦力に・定着
現場が楽になる
↻ はじめに戻る(好循環)

同じ現場でも、人員の「ほんの少しの差」が、回り方を正反対にします。

発見② 「誰が教えるか」が、「何を教えるか」より定着を決める

新人に先輩を一人つけて、初日から仕事を教える。これは離職を防ぐ、よく知られたやり方です。ただ、ここに見落とされがちな落とし穴があります。指導役に、つい「いちばん仕事ができる人」を選んでしまうことです。

大事なのは、腕前ではありません。面倒見がよく、前向きな人かどうかです。新人は、仕事のやり方だけでなく、職場の人間関係や社会人としての過ごし方まで、その先輩から吸収します。だから、腕は確かでも社内の不平不満を口にしがちなベテランをつけると、新人はその愚痴やあきらめまで一緒に受け継いでしまう。そして、早くに辞めていく。何を教えるかより先に、誰に教えさせるかを考える。これが、案外いちばん効きます。

もう一つ。教える側にも、落とし穴があります。番頭の時代に背中を見て育った世代は、「教わった」経験はあっても、「教え方」を習ったことがありません。だから、いざ教える立場になると我流で空回りしがちです。指導役には、教える手順そのものを渡してあげる。それだけで、育ちの早さが変わります。

指導役を選ぶときのひとこと:「いちばん仕事ができる人」ではなく、「いちばん機嫌よく働いている人」を選んでください。新人は、その人の仕事ぶりと同じくらい、その人の表情や口ぶりを真似ます。職場を前向きに見ている人につけば、新人も前向きに育ちます。

自館の新人は、いちばん機嫌のいい先輩に教わっていますか。

育成の仕組みづくりを相談する

発見③ 接客研修ばかりやる宿は、いつまでも強くならない

研修というと、まず接客やマナーを思い浮かべるでしょう。もちろん、おもてなしは宿の土台ですから欠かせません。けれども、ここに二つの落とし穴があります。一つは、どの宿も接客研修はやっているので、それだけでは他館と差がつかないこと。もう一つは、接客研修をいくら重ねても、現場を任せられる幹部は育たないことです。

差がつくのは、むしろ接客以外の研修です。とりわけ効くのは、問題を解決する力を養う研修です。現場で起きる課題を、前例と勘ではなく、原因から考えて手を打つ。この力は、日々の業務をこなすだけでは身につかず、訓練して覚えるものです。経営者がどれだけ熱心に方針を語っても、現場にこの力がなければ、どう動けばよいか分からないまま終わります。そして、ここがおもしろいところなのですが、接客以外の研修まで整えているサービス業の会社は、いまだにほとんどありません。競合がやっていないからこそ、取り組めば一気に際立つ。幹部も育ち、求職者の目にも魅力的に映る。一石二鳥の手なのです。

図表4 研修の体系 ― 段階に応じて積み上げる
研修テーマ\段階新入
社員
一般・
中堅
リー
ダー
管理職・
ベテラン
接遇・マナー
(おもてなし)=土台
問題解決・
考える力
マネジメント・
まとめる力
語学・専門・
多能工
◎ 重点的に / ○ 継続して / ― この段階では必須でない

接遇・マナーは土台として全段階で。その上に、中堅から「考える力(問題解決)」を、リーダー以降に「まとめる力(マネジメント)」を積み上げます。接客研修だけでは、この上の二段が育ちません。

発見④ いちばん優秀な人から、いちばん早く辞める

これも、現場で本当によく見かけることです。優秀な人ほど、現場の仕事を一年もすれば一通り覚えてしまう。覚えてしまうと、同じ作業の繰り返しが物足りなくなる。そして、いちばん辞めてほしくない人から、辞めていく。手のかかる人より、よくできる人を先に失う。皮肉なことですが、育てるのが上手な宿ほど、この落とし穴にはまりやすいのです。

とりわけ、ビジネスホテルのような宿泊特化型では、フロントの仕事は一年もあれば一通り覚えてしまいます。二年目からは、毎年が同じ、その日その日も同じ。新しいことを覚える手応えがないまま、一年、二年で飽きて辞めていく。これは、一館だけで経営している宿や、部署間の異動がない宿で、とくに起きやすいと感じます。毎日同じ仕事が性に合う、安定こそありがたいという人もいますが、そうでない人も一定数いる。その人たちが、辞めていくのです。だからこそ、フロントのその先――別のポジションや、昇進、ほかの部署――という道筋を見せることが効きます。新しい仕事を覚えるという発見が、そのまま、引きとめる力になります。

防ぐには、覚えたその先に、次の山を見せることです。一つは、キャリアの道筋を具体的に示すこと。いまの仕事の先にどんな役割が待ち、何年くらいでそこへ進めるのか。下に目安を整理しました。もう一つは、本人が手を挙げて別の部署に移れる仕組み(社内公募や異動希望)を用意しておくこと。料飲で力を発揮していた人が、企画の仕事で花開くこともあります。そしてもう一つが、いくつもの持ち場をこなせるように育てる多能工化です。新しい持ち場は新しい刺激になり、宿にとっては繁閑やシフトに強くなるという利点もあります。仲居からいずれ女将を支える役へ、フロントから支配人へ、調理から料理長へ。宿には、こうした分かりやすい道筋を描ける職種がそろっています。

図表5:キャリアの道しるべ(在職期間の目安)

段階在職期間の目安この時期に育てたいこと宿での例
一般職〜3年基本の接客と実務を、一人でこなせる仲居・フロント・調理として独り立ち
主任職〜5年後輩を教え、現場を回す接客リーダー、料飲主任
管理職〜3年部門の数字と人をまとめる支配人、料理長、フロント責任者
上級管理職〜2年館全体の経営を担う総支配人、女将を支える後継候補

※在職期間はあくまで目安で、用意できる役職の数は宿の規模によって変わります。大事なのは、「次に何を目指せるか」を本人に示すことです。

番頭がいなくなったいま、現場を束ねる人をどう育てるかは、宿の大きな課題です。支配人や料理長といった役には、四つの顔が要ります。数字に責任を持つ経営者の顔、自分で判断し決める責任者の顔、経営と現場の橋渡しをする調整役の顔、そして人から信頼される一人の人間としての顔。これらは一日では身につきません。だからこそ、発見①でお話しした人員の余白をつくり、リーダー候補が予算や部下指導を学ぶ時間を、意図して用意することが要ります。

お金をかけずに、今日から始める

「立派な研修制度などうちには無理だ」と思われるかもしれません。けれども、四つの発見は、どれも大きな予算がなくても始められます。指導役を、機嫌よく働いている先輩に替える。人員に一名ぶんの余白をつくる。これだけなら、明日からできます。研修も、自前で講師を立てられないなら、外部の集合研修にスタッフを送り込むだけでよいのです。それでも求人票に「研修制度あり」と書けますし、戻ったスタッフが仲間に伝える勉強会を開けば、費用はさらに抑えられます。問題解決の研修も、市販の入門書を一冊買って社内で読み合わせるところから始められます。

最近は、生成AIに育成計画や研修の骨子のたたき台を作らせる手もあります。職種ごとのキャリアパスや新人研修の中身を下書きさせれば、ゼロから考える手間が省けます。その使い方は、別稿「生成AIを人事に使う」で紹介しています。完璧な制度を一度に作ろうとせず、できる発見から一つ。それだけで、バケツの穴は少しずつふさがっていきます。

よくある質問

Q. 採用にお金をかけているのに、人が定着しません。

A. 入ってくる人は、実は足りているのかもしれません。宿泊・飲食業の入職率は全産業で最も高いからです。問題は採用ではなく、入った人が辞めること。穴の空いたバケツに水を足すより、まず穴をふさぐ、つまり育成と定着に力を移すほうが、結局は早く効きます。

Q. 忙しくて、人を育てる時間がありません。

A. 順番が逆かもしれません。育てる余白がないから、いつまでも忙しいのです。一、二名ぶん人員に余裕を持たせると、ベテランが教える時間が生まれ、若手が早く戦力になり、結果として現場が楽になります。目先の人件費増が、定着と育成という形で返ってきます。

Q. 新人に、誰をつければよいですか。

A. 仕事ができる人ではなく、いちばん機嫌よく働いている人を。新人は、仕事のやり方と同じくらい、その先輩のものの見方を真似ます。不満を抱えたベテランにつけると、新人もその色に染まって辞めていきます。

Q. 接客研修はやっています。ほかに何を教えるべきですか。

A. 問題を解決する力です。接客研修はどの宿もやっているので差がつきません。原因から考えて手を打つ力を養う研修は、取り組むサービス業がまだ少なく、やるだけで採用でも幹部育成でも際立ちます。市販の入門書を使った社内勉強会からで十分です。

Q. 優秀な人ほど、すぐ辞めてしまいます。

A. 一年で仕事を覚え、マンネリになっているのかもしれません。キャリアの道筋(図表5)を見せ、社内公募や多能工化で次の挑戦を用意すると、向上心のある人ほど残ります。辞めてほしくない人から辞ける、という落とし穴に気づくことが第一歩です。

さいごに

いかがだったでしょうか。宿には、人がいちばん多く入ってきて、いちばん多く出ていきます。入口を広げる努力より、出口の穴をふさぐほうが、ずっと効く。その穴をふさぐのが、育成です。人を減らさず余白をつくる。機嫌のいい先輩に教えさせる。接客以外の力を養う。覚えた先に次の山を見せる。どれも、大きな予算がなくても、明日から手をつけられることばかりです。育てることは、いちばん確実な人手不足対策だと、私は考えています。

弊社アルファコンサルティングでは、ホテル・旅館の経営に特化し、特定の業者と利害関係を持たない独立した第三者の立場から、人材育成の仕組みづくりをお手伝いしてきました。新人の受け入れから、接客に偏らない研修の設計、職種ごとのキャリアの道筋づくり、現場リーダーや幹部の育成まで、それぞれの宿の実情に応じた支援が可能です。

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採った人を、長く活きる人材に。出口の穴を、ともにふさぐ。

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