こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。
スタッフが一人辞める。そのとき、多くの経営者がまず思うのは、「また求人にお金がかかる」ということでしょう。けれども、損は求人費だけではありません。これまで育ててきた時間も、欠員のあいだに逃した売上も、残った人にかかる負担も、すべて損として積み上がります。退職は、目につきにくいところで、確実に利益を減らします。
損の大きさを具体的な金額にしてみると、はっきりすることがあります。新しく採るより、いま居てくれる人に長く働いてもらうほうが、ずっと割に合う。そのことが、数字にすると腑に落ちると思います。この記事では、一人の離職が実際にいくらの損になるのかを四つの層に分けて見たうえで、自館の数字で試算する方法までお伝えします。
- 損失の全体像を知る。損は求人費だけでは終わりません。→ 四つの層へ
- 金額にしてみる。仲居が一人辞めた場合で試算します。→ 試算してみるへ
- 職種で損が違う。育てるのに時間のかかる職種ほど、損は大きい。→ 職種で違う損へ
- だから定着に投資する。定着は、最も利回りのよい投資です。→ 定着という投資へ
この記事は、上から順に読まなくても、必要なところだけで役立つように作っています。

辞めて失うのは、求人費だけではない
一人辞めたときの損を求人費だけで見ていると、本当の大きさを見誤ります。実際には、目につくものから見えにくいものまで、損は四つの層に分かれて積み重なっています。
一つ目は、補充にかかる採用コスト。求人媒体の費用や人材紹介の手数料、面接に割く時間です。二つ目は、これまでその人に注いできた教育と戦力化のコスト。先輩が手取り足取り教えた時間も、本人が一人前になるまでの月日も、辞められれば全部むだになってしまいます。三つ目は、欠員のあいだに逃す売上です。人手が足りずに客室を絞ったり、サービスが行き届かなくなったりした分が、ここに当たります。四つ目は、残された人への影響。負担が増え、やる気が下がり、ひどいときには次の離職を招きます。下に整理しました。
図表1:離職で失われるもの ― 四つの層
| コストの層 | 何が失われるか | 宿での具体例 |
|---|---|---|
| ① 採用コスト | 補充にかかる費用と手間 | 媒体掲載費、人材紹介の手数料、面接の時間 |
| ② 教育・ 戦力化コスト | これまで注いだ投資 | 先輩が現場で教えるのに割いた時間、研修費、一人前になるまでの期間 |
| ③ 欠員期間の 機会損失 | 売上とサービス | 人手不足で客室を絞る、サービス低下、口コミ悪化、残業代の増加 |
| ④ 周囲への 波及 | 職場そのものの力 | 残ったスタッフの負担増、士気の低下、連鎖離職 |
※下にいくほど金額にしにくく、見落とされがちです。けれども、宿の経営に効いてくるのは、むしろ後ろの二つです。
試算してみる ― 仲居が一人辞めた場合
言葉だけでは実感がわきにくいので、金額にしてみます。月給二十三万円、年収にしておよそ三百万円の仲居(あるいはフロント)が一人辞めた、という想定です。あくまで一例ですが、考え方の型として見てください。
図表2:仲居・フロント(月給23万円・年収約300万円)が一人辞めた場合の試算(目安)
| 項目 | 金額の目安 | 計算の考え方 |
|---|---|---|
| 採用コスト | 約40万円 | 求人費と面接などの手間。中小の中途採用単価の目安 |
| 教育・戦力化コスト | 約80万円 | 指導役の先輩が割いた時間+一人前になるまで(半年〜1年)の生産性のギャップ |
| 欠員期間の機会損失 | 約50万円 | 補充までの2〜3か月。客室を絞る・サービス低下・残業代増。繁忙期ならさらに膨らむ |
| 周囲への波及 | 金額化しにくい | 残業増・士気低下・連鎖離職。見えにくいが、いちばん怖い |
| 合計(目安) | 約170万円〜 | 繁忙期や連鎖が重なれば、年収(約300万円)を超えることも |
※数字は一例です。職種・賃金・繁忙期かどうかで大きく変わります。自館の数字に置き換えて試算してみてください。人事の世界では、一人の離職コストは年収の半分から、場合によっては年収を超えるとも言われます。
自館では、一人の離職がいくらの損になっているでしょうか。
離職コストの試算について相談する育てるのに時間のかかる職種ほど、損は大きい
同じ一人でも、辞められたときの痛手は職種によって違います。分かれ目は、一人前になるまでにどれだけ時間がかかるか、です。調理場の板前、お客様の機微を読む熟練の仲居、現場を束ねる支配人。育てるのに何年もかかる人ほど、辞められたときに失うものは大きく、代わりもすぐには見つかりません。つまり、採るのが難しい職種は、辞められたときの損も大きい、ということです。
宿ならではの事情も、損を大きくします。一つは季節です。繁忙期のさなかに欠員が出れば、逃す売上はぐっと膨らみます。書き入れ時に人手が足りず、予約を断らざるをえない。これは、本当に痛い。もう一つは連鎖です。一人抜けた穴を、残った人が埋める。その負担がまた次の離職を招き、さらに穴が空く。そうこうするうちに、現場全体が疲れきってしまう。一人の離職が次を呼ぶ、この悪循環こそ、人手不足のいちばん怖いところです。だから、最初の一人を辞めさせないことが、いちばん効いてきます。
だから、定着は最も利回りのよい投資になる
ここまで数字にしてみると、ずいぶん見方が変わります。一人辞めれば、百万円を超える損が出る。だとすれば、その人に長く働いてもらうために数十万円を使うのは、ただの出費ではありません。利回りのいい投資です。待遇を少し上げる、休みを取りやすくする、先々の道筋を見せる。こうした手当ては、離職という大きな損を防げると考えれば、十分に元が取れます。
新しく採るより、いま居る人に残ってもらうほうが、ずっと安上がりで確実です。これは、多くの宿を見てきて、私が確信していることです。具体的に何から手をつければよいかは、定着の実務をまとめた別稿「採用と定着の完全ガイド」で、満足度の測り方から休みの取らせ方まで、順を追って解説しています。人手不足を経営全体の視点でとらえ直したい方は、入口となる「人手不足対策」もあわせてお読みください。
よくある質問
Q. 結局、一人辞めるといくらの損になるのですか。
A. 職種や賃金、辞めた時期によって幅がありますが、年収の半分から、場合によっては年収を超える規模になります。年収300万円のスタッフなら、150万円から300万円超ということです。求人費だけを見ていると数十万円に感じますが、教育の投資や欠員中の機会損失まで足すと、損ははるかに大きくなります。
Q. どの職種が辞めると、いちばん痛いですか。
A. 一人前になるまで時間のかかる職種です。調理の板前、熟練の仲居、現場を束ねる支配人など。育てるのに何年もかかるぶん、失う投資が大きく、代わりもすぐには見つかりません。採りにくい職種は、辞められたときの損も大きい、と覚えておいてください。
Q. 繁忙期に辞められると、なぜ特に損が大きいのですか。
A. 欠員のあいだに逃す売上が跳ね上がるからです。書き入れ時に人手が足りず、予約を断ったり、サービスを落としたりすれば、その損失はそのまま利益から消えます。閑散期の欠員とは、痛みの大きさがまるで違います。
Q. 損失を減らすには、まず何をすればよいですか。
A. いま居る人を辞めさせないことが先決です。新しく採る費用より、定着にかける費用のほうが、ずっと安く確実に効きます。待遇の見直し、休みの取りやすさ、成長の道筋づくりが効果的です。具体策は別稿「採用と定着の完全ガイド」にまとめています。
さいごに
いかがだったでしょうか。一人の離職は、補充の求人費だけでは終わりません。育てるのに費やした時間も、欠員のあいだに逃した売上も、残った人にかかる負担も、すべて損です。足していくと、ときにその人の年収を上回ります。宿の場合は、繁忙期の欠員や、一人の離職が次を呼ぶ連鎖が、損をさらに大きくします。新しく採ることばかりに目を向ける前に、いま居てくれる人に長く働いてもらう。それが、利益を守るいちばん確実な道だと、私は思います。
弊社アルファコンサルティングでは、ホテル・旅館の経営に特化し、特定の業者と利害関係を持たない独立した第三者の立場から、人にまつわる経営数値を分かりやすく整理するお手伝いをしてきました。自館の離職コストの試算、定着にかける費用の費用対効果のシミュレーション、どの職種から手を打つべきかの優先順位づけなど、それぞれの宿の実情に応じた支援が可能です。
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