ホテル・旅館のカスハラと正当なクレーム|現場で迷わない線引きの考え方

HOTEL & RYOKAN ─ カスハラと正当なクレーム

「カスハラには毅然と」。
その号令が、大切なお客様の声
切り捨てているとしたら。

厳しい口調のお申し出を、ひとくくりに「迷惑客」として遠ざけていませんか。宿を守るはずの構えが、改善の芽を摘み、お客様を静かに遠ざけてしまうことがあります。

フロントでお客様を迎えるスタッフ
フロントでお客様を迎えるスタッフ

こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。

2026年10月のカスタマーハラスメント(顧客等による著しい迷惑行為。以下、カスハラ)対策の義務化を前に、「理不尽なお客様には毅然と対応しよう」という声が広がっています。方針としては間違っていません。けれど、この号令だけが独り歩きすると、本来は真摯に受け止めるべき正当なご指摘まで、現場が「これはカスハラだ」と切り捨ててしまう恐れがあります。

ホテル・旅館にとって、正当なクレームは貴重な改善のきっかけです。それを「言いがかり」として遠ざければ、サービスは良くならず、口コミの評価は下がり、お客様は静かに離れていきます。つまり、カスハラ対策の第一歩は、断ることではなく、正当なクレームとカスハラを正しく見分けることなのです。

この記事で身につくこと

お客様の声を「要求の妥当性」と「手段の相当性」という二つの軸で見分ける物差しが手に入ります。声の大きさや口調に惑わされず、守るべき声と、向き合うべき言動を、現場で迷わず判断できるようになります。

こんな場面で役立ちます

  • 厳しい口調のお申し出に、どう構えるか迷うとき
  • 「これはクレームか、カスハラか」を現場で判断したいとき
  • スタッフによって対応がばらつくのを整えたいとき
  • 「悪い口コミを書く」と言われて、対応に困ったとき

カスハラを構成する三つの要素

声の大きさや口調ではなく、「社会通念上、度を越しているか」で決まる。

まず、法律がカスハラをどう定義しているかを確認します。改正労働施策総合推進法では、カスハラを三つの要素で定めています。

一つ目は、顧客や取引先、施設の利用者など、事業に関係する者が行う言動であること。二つ目は、その言動が社会通念上許容される範囲を超えていること。三つ目は、それによって労働者の就業環境が害されることです。この三つをすべて満たすものが、カスハラとされます。

ここで鍵になるのが、二つ目の「社会通念上許容される範囲を超えている」という部分です。お客様が不満を述べること、改善を求めること、それ自体はまったく正当な行為です。問題になるのは、その内容や伝え方が、世間一般の常識に照らして度を越しているかどうかです。声の大きさや口調の厳しさだけで判断するものではない、という点を押さえておきましょう。

正当なクレームと、カスハラは何が違うのか

正当なクレームは「改善の求め」。カスハラは要求の中身か手段が筋を欠く。

正当なクレームとカスハラは、根本的に性格が異なります。

正当なクレームは、宿のサービスに対する改善の求めです。そこには、宿に何らかの落ち度があり、お客様はそれを正してほしいと望んでいます。たとえ言い方が厳しくても、その要求には筋が通っています。こうした声は、宿が自分では気づきにくい弱点を教えてくれる、貴重な手がかりでもあります。

一方、カスハラは、要求の内容そのものが筋を欠いているか、あるいは要求を通すための手段が常識を超えているか、そのどちらか、または両方が当てはまるものです。宿に落ち度がないのに過大な見返りを求める、正当な不満であっても従業員を長時間拘束して責め続ける、土下座を求める。こうした言動は、改善を求める行為とは別のものです。

両者を分ける視点を持たないまま「毅然と対応」だけを掲げると、厳しい口調のお客様をひとくくりに遠ざけてしまいます。大切なのは、お客様の声を二つの軸で冷静に見分けることです。

二つの軸で見分ける――要求の「妥当性」と手段の「相当性」

「要求の中身は妥当か」と「伝え方は相当か」。掛け合わせると四つに整理できる。

カスハラかどうかを現場で判断するとき、二つの軸で考えると整理しやすくなります。一つは、要求の内容が妥当かどうか。もう一つは、要求を伝える手段や態度が相当かどうかです。

要求の妥当性とは、お客様が求めていることに筋が通っているか、という視点です。宿の落ち度に対する是正や、約束されたサービスの提供を求めるのは妥当です。一方、落ち度がないのに金銭や過剰な特別待遇を求めるのは、妥当性を欠きます。

手段の相当性とは、要求の伝え方が社会通念に照らして許される範囲か、という視点です。冷静に不満を述べるのは相当です。一方、大声で長時間責め続ける、暴言を浴びせる、土下座を強要する、何度も同じ要求を繰り返して従業員を拘束するのは、相当性を欠きます。

この二つの軸を掛け合わせると、お客様の言動を四つに整理できます。

図:要求の「妥当性」×手段の「相当性」で見る四象限

手段が相当(穏当な伝え方) ↑

妥当性 あり × 相当性 あり

正当なクレーム

筋の通った要求を穏当に。真摯に受け止め、改善につなげる。

妥当性 なし × 相当性 あり

注意域(過剰要求)

伝え方は穏やかでも要求に筋がない。反復し負担が過重ならカスハラに近づく。

妥当性 あり × 相当性 なし

注意域(過剰な手段)

不満は事実でも、長時間拘束や土下座要求など手段が逸脱。手段はカスハラの領域。

妥当性 なし × 相当性 なし

典型的なカスハラ

筋のない要求を、常識を超えた手段で押し通す。組織で毅然と対応する。

← 要求が妥当(筋が通っている) / 要求に筋がない →

妥当性も相当性もある場合

筋の通った要求を、穏当な方法で伝えている状態です。これは正当なクレームであり、宿が真摯に受け止め、改善につなげるべきものです。カスハラではありません。

妥当性はあるが、相当性を欠く場合

不満そのものには理由があるものの、その伝え方が度を越している状態です。たとえば、料理に不備があったのは事実でも、それを理由に従業員を一時間以上拘束し、土下座を求めるような場合です。不備への対応は誠実に行いつつ、手段が常識を超えた部分については、カスハラとして毅然と向き合うことになります。

妥当性を欠くが、相当性はある場合

伝え方は穏やかでも、要求の内容に筋がない状態です。落ち度がないのに値引きや無料のアップグレードを求める、といった例です。一度きりであれば丁重にお断りすれば済みますが、繰り返し求められ、対応に過重な負担が生じるようであれば、カスハラに近づいていきます。

妥当性も相当性も欠く場合

筋のない要求を、常識を超えた手段で押し通そうとする状態です。これは典型的なカスハラであり、宿として組織的に対応すべき場面です。

この四つの整理は、現場が一瞬で判断するための物差しです。完璧に分類することが目的ではありません。「これは要求の中身の問題か、それとも伝え方の問題か」と一度立ち止まって考えるだけで、対応の方向は大きく変わります。

宿泊の現場で見分けてみる

同じ「お申し出」でも、妥当性と相当性で、クレームにもカスハラにも分かれる。

ホテル・旅館で実際に起こりうる場面を、二つの軸で整理してみましょう。次の表は、現場でよくある言動を見分けた一例です。

図表:宿泊の現場でよくある言動の見分け方

お客様の言動(ホテル・旅館での例)要求の妥当性手段の相当性見分け方
予約と違う部屋に通された、と落ち着いてお申し出あり(宿の手配ミス)あり正当なクレーム。速やかにお詫びし是正する
夕食が冷めていた、と強い口調でご指摘あり(宿に落ち度)あり(口調が強くても範囲内)正当なクレーム。口調でなく中身で判断
チェックイン前に荷物を預かってほしいありあり正当なご要望。無理のない範囲で対応
料理の不備を理由に全額返金を求め、一時間以上拘束あり(不備は事実)なし(過大要求・長時間拘束)不備対応は必要だが、手段はカスハラの領域
落ち度がないのに無料アップグレードを繰り返し要求なしあり(口調は穏やか)反復し負担が過重ならカスハラに近づく
断ると「悪い口コミを書くぞ」と脅すなしなし(口コミを使った脅し)明確なカスハラ。毅然と組織で対応する

※青=正当なクレーム、橙=反復で過重化しうる注意域、赤=カスハラの領域

表で目を引くのは、四番目と五番目の、判断が分かれる場面です。料理の不備そのものは事実でも、それを理由に全額返金を求め、一時間以上フロントで責め続けるとなれば、不備への対応は必要であっても、手段の面はカスハラの領域に入ります。逆に、口調は穏やかでも、落ち度がないのに無料のアップグレードを繰り返し求められれば、対応の負担は次第に過重になっていきます。

六番目の「応じなければ悪い口コミを書くぞ」という言動は、要求にも手段にも筋がなく、明確なカスハラです。口コミサイトの評価に売上を左右される宿泊業だからこそ、この種の脅しには特に冷静な対応が求められます。脅しに屈して過剰な要求をのんでしまえば、同じ手口を呼び込むことにもなりかねません。

こうして並べてみると、判断の分かれ目は、声の大きさや口調そのものではなく、要求の中身と伝え方の二点にあることが見えてきます。穏やかでも筋のない要求はありますし、強い口調でも正当なご指摘はあるのです。

正当なクレームは、宿の財産に変えられる

線引きは切り捨てるためでなく、正当な声を大切に扱うためにある。

線引きの目的は、正当なクレームを切り捨てることではなく、むしろ大切に扱うためにあります。私はこれまで多くの宿を見てきましたが、クレーム対応のうまい宿は、例外なく、お客様の不満を改善の糧に変えています。

クレームへの対応には、押さえるべき流れがあります。まず素直にお詫びをして、お客様との間に信頼の糸口をつくる。そのうえで、お客様が本当に望んでいることを確認し、対処の方法を考え、納得していただける説明をしてから、迅速に動く。対応のあとには、お客様へのお声がけと、再発を防ぐための見直しを行う。この流れができている宿は、クレームをきっかけにかえって信頼を深めています。

逆に、事態を悪化させる対応もはっきりしています。「私は担当ではありません」と突き放す、感情的に言い返す、「すみません」と謝るだけで具体的な行動をとらない。こうした対応は、本来なら穏便に収まるはずのご指摘を、こじらせてしまいます。正当なクレームへの対応を誤ったために、お客様が態度を硬化させ、結果としてカスハラのような状況を招いてしまうことすらあります。

クレームの初期対応で何より避けたいのは、現場の担当者がご指摘を握りつぶしてしまうことです。叱責を恐れて報告が上がらないと、宿は問題に気づけず、同じ不満が繰り返されます。お客様から伺った内容は、漏れなくすぐに共有する。この当たり前を徹底することが、正当なクレームを財産に変える出発点になります。

現場が迷わないために、平時に備える

緊張した場面で物差しは使いにくい。だから落ち着いた平時に備えておく。

正当なクレームとカスハラの線引きは、いざその場に立たされると、思いのほか難しいものです。お客様を前にした緊張のなかで、冷静に二つの軸を当てはめるのは容易ではありません。だからこそ、平時の備えが効きます。

一つは、宿としての線引きの目安を、あらかじめ言葉にしておくことです。どこまでが真摯に対応すべきご要望で、どこからが宿として一線を引くべき言動なのか。その考え方を共有しておけば、現場の判断のばらつきが減ります。落ち着いているときに整理した基準は、緊張した場面でこそ役に立ちます。

もう一つは、現場の担当者に一人で判断させない仕組みをつくることです。これはカスハラかもしれない、と感じた時点で、上司や責任者に相談できる流れを整えておく。やりとりを記録に残しておけば、後の判断の裏づけにもなります。判断を個人に背負わせないことが、現場を守ります。

カスハラと判断したあとに宿としてどう対応するか、宿泊をお断りする場合の判断の考え方、そして従業員を守る相談体制の整え方については、それぞれ別の記事で詳しく解説します。本記事の線引きの考え方は、それらすべての土台になるものです。

さいごに

いかがだったでしょうか。カスハラ対策というと、つい「いかに断るか」「いかにはねつけるか」に目が向きがちです。けれども、その前にまず必要なのは、正当なクレームとカスハラを正しく見分ける目です。要求の妥当性と手段の相当性、この二つの軸で冷静に捉えれば、厳しい口調に動じることなく、守るべき声と向き合うべき言動を見分けられます。正当な声を大切にしながら、理不尽な言動からは従業員を守る。その両立が、これからの宿に求められています。

弊社アルファコンサルティングでは、ホテル・旅館の経営に特化し、特定の業者と利害関係を持たない独立した第三者の立場から、宿の課題に専門的な視点を添えてきました。カスハラと正当なクレームを見分けるための基準づくりの支援、現場で機能する対応ルールや記録の整備の支援など、それぞれの宿の実情に応じたお手伝いが可能です。判断に迷う線引きこそ、外部の視点が役に立つ場面です。

守るべき声と、向き合うべき言動を見分ける。

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