こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの川越貴文です。
「改革しようと言い続けているのに、現場の空気が変わらない」「スタッフが言われたことしかやらない」「せっかく育てた人が辞めていく」。旅館・ホテルの経営者から、こうしたご相談を本当によく頂戴します。
多くの場合、この問題は制度の話として受け止められます。評価制度を見直す、研修を増やす、給与を上げる。ところが、それだけでは現場は動きません。制度をいじる前に、もっと手前で変えるべきものがあるからです。管理職自身の、日々の振る舞いです。この記事では、なぜ「言うだけの管理職」が現場に効かなくなったのかを整理し、部下に信頼される上司が押さえている点と、明日から手をつけられる具体策を、実務の目線でお伝えします。
この記事でわかること
数字で見る、宿泊業の定着の難しさ
(全産業)
(大卒・3年以内)
離職率の開き
出典:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)」。宿泊業・飲食サービス業の離職率は、他業種より頭ひとつ抜けて高いのが実情です。もっとも、これを「うちの業界は特殊だから仕方ない」で済ませてしまうと、打つ手を見誤ります。休みが不規則で気疲れの多い仕事ではありますが、その分、上司の接し方ひとつで人の残り方が大きく変わる仕事でもあるからです。
第1章 なぜ今、「口だけの管理」は機能しなくなったのか
かつての旅館・ホテルでは、「背中を見て覚えろ」というやり方が、それなりに通用していました。経験の長い先輩のもとで、新人が黙って手を動かす。その繰り返しのなかで、宿のやり方や技術が次の世代へ受け継がれていったのです。
ところが今は、勝手が違います。口コミサイトや転職サイトが当たり前になり、スタッフは自分の職場や上司のやり方を、いつでも他社と見比べられます。上司の言うこととやることの食い違いは、昔よりずっと早く気づかれてしまう。しかも、食い違いに気づいたスタッフの多くは、その場で反発したりはしません。表向きは従いながら、気持ちのうえでは職場から降りてしまうのです。言われたことだけこなし、改善の提案はしない。忙しそうな人がいても手を貸さない。「どうせ言っても変わらない」という諦めが、じわじわと職場に広がります。
図表1:同じ「残業を減らそう」でも、これだけ伝わり方が変わる
辞表こそ出さないものの、気持ちはとうに職場を離れている。この状態が厄介なのは、日々の営業が一見ふつうに回っているように見えることです。だから経営者も、異変に気づくのが遅れます。とりわけ困るのは、仕事ができる人ほど、早めに見切りをつける点です。よそでも通用する自信のある人は、「ここにいても伸びない」と感じた時点で、表立って騒がず次を探し始めます。あとに残るのは、変化を好まない人や、事情があってすぐには動けない人が中心になる。こうして現場から、ほどよい緊張感と、もっと良くしようという気持ちが抜けていきます。
口コミの点数が下がる、苦情が増える、指示待ちの人が目立つ。こうした変化が数字に出てくる頃には、職場の内側はもうかなり傷んでいます。上司への信頼が崩れ始めるのは、決まって、数字に表れるよりずっと前なのです。
一人の離職が、求人費だけでなく育成コストや欠員中に逃した売上まで含めて、いくらの損失になるのか。旅館・ホテルの離職コスト|一人辞めると、いくら損をするのかで試算しています。とりわけ現場を仕切る一番優秀な人から辞めていく構造は、カスハラで最初に辞めるのは、一番優秀な人であるで詳しく扱っています。
第2章 「機能しない管理職」が生まれる構造
では、なぜ言葉だけの管理職が生まれてしまうのか。本人の資質というより、昇進のさせ方そのものに原因が潜んでいることが少なくありません。
旅館・ホテルでは、現場で結果を出した人を、そのまま管理職に引き上げがちです。接客がうまい、苦情の処理が速い、現場をよく回す。もちろん、どれも大事な力です。ただ、自分で現場を回す力と、人を育てて動かし、仕組みをつくる力は、まったくの別物です。現場の一番の働き手だった人が管理職になったとたん、部下の育成、仕事の任せ方、評価、会議の仕切りといった、これまでと勝手の違う仕事を求められます。その備えがないと、つい「自分でやったほうが早い」となり、人に任せて育てるより、自分で片づける癖がついてしまう。厄介なのは、いったん役職に就けると、後から役割を見直しにくいことです。「向いていなかったので管理職から外す」とは言い出しにくく、本人も周りも、居心地の悪いまま固まってしまいます。
以下に、現場でよく見かける3つのタイプを挙げます。誰かを裁くためのものではありません。自館の管理職に思い当たる人がいないか、あるいは自分自身がそうなっていないか、点検しながら読んでほしいところです。
図表2:セルフチェック——このどれかに、心当たりはないか
| タイプ | ふるまい | 現場に起きること |
|---|---|---|
| 評論家型 | 提案を採点するだけで、自分は一緒に汗をかかない。「その案は甘い」「前にもやった」で終わらせる | 現場から提案が出なくなる |
| 保身 優先型 | 失敗を恐れて判断を先送りし、責任の所在を曖昧にする。部下には厳しいが、自分はリスクを取らない | 「どうせ上げても決まらない」と、挑戦より萎縮が広がる |
| 言行 不一致型 | 方針と日々の行動が食い違う。「任せる」と言いながら細部に口を出す(最も深刻) | 上司の言葉そのものが信用されなくなる |
※3つに共通するのは、上司自身が痛みを引き受けていない点です。自分は安全なところにいながら、部下にだけ変化を求める。その姿勢が見えた瞬間、現場の信頼は根っこから崩れます。もし一つでも思い当たるなら、それは責める材料ではなく、変えられる余地があるという合図です。
3つのどれかに思い当たった——あるいは、自分がそうかもしれない。そう感じた時が、見直しの始めどきです。外部の目で、自館の組織を一度見立ててみませんか。
組織・人材の見立てを相談する(初回無料)管理職が育つだけの余裕を、人員配置でどうつくるか。適正人員の見える化とあわせて数字で読む旅館・ホテルの人件費 ―「40%の壁」で解説しています。
第3章 信頼されるリーダーに共通する3つの原則
「なぜ言葉より行動なのか」を、気合いや根性の話で片づけるつもりはありません。人の信頼がどう生まれるかは、これまで多くの研究で調べられてきました。よく知られた整理では、信頼は「能力」「善意」「誠実さ」の3つからできているとされます。このうち現場でいちばん傷つきやすく、いったん失うと取り戻すのに時間がかかるのが「誠実さ」です。どれだけ能力が高くても、約束を守らず、都合が悪くなると逃げる上司は、長い目で見れば信頼されません。
図表3:信頼を構成する3つの要素
旅館・ホテルでは、この誠実さがとりわけ効きます。フロント、客室、料飲、予約、清掃、調理、送迎。どの持ち場も、自分ひとりでは仕事が終わりません。日々の段取りは、部署どうしの連携と、その場のひと踏ん張りで成り立っています。「この人が言うなら、まずやってみよう」と思える関係がなければ、連携はどうしても鈍くなります。ここを土台に、押さえておきたい3つの心がけがあります。

原則1 言うより先に、自分がやってみせる
部下は、上司の言葉ではなく、上司の動きを見ています。上司が時間を守れば、時間を守る職場になります。上司が苦情の矢面から逃げなければ、部下も逃げにくくなります。逆に、上司が自分だけ例外をつくる職場では、どんな決まりも長続きしません。
原則2 小さな約束ほど、きちんと守る
立派なことを口にするのではなく、言ったことを、たとえ小さくてもきちんと守る、ということです。方針を変えるなら、その理由をきちんと話す。守れない約束は最初からしない。自分が守れない決まりを、部下にだけ押しつけない。この積み重ねが、少しずつ信頼を厚くしていきます。上司の言葉と行動がそろっている職場ほど、部下の信頼が高く、業績にも良い影響が出る。これはサービス業を対象にした調査でも確かめられています。言うこととやることの食い違いは、気分の問題ではなく、人の残り方や利益にまで響く経営の問題なのです。
原則3 期待は、言葉より任せ方で伝える
「君ならできる」と声をかけるだけでは、人は育ちません。実際に任せてみる、しくじっても支える、結果だけでなくやり方まで見て言葉を返す。そこまでやって、ようやくスタッフは「本当に任されている」と感じます。若手に苦情の一次対応を任せる、フロントの小さな改善を中堅に仕切らせる。大きな仕事である必要はありません。肝心なのは、責任だけ丸投げするのではなく、任せたうえで手を離さずに支えることです。
第4章 旅館・ホテルの現場で、明日から変えられる10の行動
ここからは、明日から手をつけられる具体策を10挙げます。どれも大がかりな改革ではありません。ただ、こうした小さな行いを、ぶれずに続けること。それが、現場の空気を変えます。

上司の姿勢が変わっても、仕事量が多すぎる状態が続けば、人は残りません。仕事量そのものを減らす手立ては旅館・ホテルのDX・省人化ガイド|人を増やさず現場を回す進め方を、シフトや宴会の組み替えで人件費を抑えた実例はホテルの人手不足対策|シフトと宴会の見直し事例を、あわせてご覧ください。上司の振る舞いを変えることと、仕事の中身を組み替えることは、本来セットで考えるものです。
第5章 制度改革より先に、やるべきこと
ここまで読んで、「とはいえ制度も要るのでは」と思われた方も多いでしょう。おっしゃる通りです。評価の仕組み、研修、役割の決め方、権限の線引き。どれも宿が伸びるには欠かせません。ただ、手をつける順番があります。
信頼が崩れた現場に制度だけを足すと、「管理ばかり増えた」と受け取られ、かえって現場を疲れさせることがあります。先にやるべきは、管理職の振る舞いを通じて、「この職場は、言ったこととやることがそろっている」と現場が思える状態に戻すことです。そのうえで、良い振る舞いが続くように制度で後押しすると、うまく回り始めます。面談の回数や項目をそろえる。評価の項目に「部下の育成」や「現場の改善」を入れる。新しく管理職になる人に何を求めるかを、文書ではっきりさせる。こうすれば、「たまたま良い上司がいたから回っていた」状態から、「誰が担当しても一定の水準で回る」状態へ近づきます。
採用や定着を、管理職の経験と勘だけで回すのは、これからますます難しくなります。だからこそ、採用のミスマッチや、辞めそうな兆しを早めにつかみ、会社として手を打つ構えが要ります。離職を防ぐ決め手は、耳ざわりの良いことを言うことではありません。管理職の振る舞いを変え、現場の負担を減らし、それを続く形に仕上げることです。人の取り合いが激しい今だからこそ、今いるスタッフが安心して働ける宿にすること。それが、めぐりめぐって一番の採用力になります。
辞める原因をデータで突き止める手立ては旅館の採用と定着をAIで分析する方法を、評価や等級をどう組むかは旅館・ホテルの賃金・評価・等級制度を、あわせてご覧ください。
よくあるご質問
よく聞く「静かな退職」とは何ですか。旅館・ホテルでも起きるのでしょうか。
辞表は出さないまま、必要最低限の仕事しかしなくなる状態を指します。数年前から使われるようになった言葉です。旅館・ホテルは、部署どうしの連携と、その場の気配りで成り立つ職場ですから、一人が最低限しか動かなくなると、全体の空気とサービスに響きやすい。原因の多くは、給与や休みそのものより、上司への信頼が薄れることにあります。だからこそ、制度を足すより先に、管理職の振る舞いを見直すことが効きます。
評価制度や研修を整えたのに、現場が変わりません。なぜですか。
多くは、手をつける順番の問題です。信頼が崩れた現場に制度だけ足すと、「管理が増えた」と受け取られ、かえって現場が疲れます。先に管理職の振る舞いを通じて「言ったこととやることがそろっている」と思える状態に戻し、そのうえで、良い振る舞いが続くよう制度で後押しすると、うまく働きます。
「機能していない管理職」を、どう見分ければよいですか。
本人の言動より、周りの変化に表れます。その人の下で提案が出なくなっていないか(評論家型)、判断待ちで物事が止まっていないか(保身優先型)、言葉と行動が食い違っていないか(言行不一致型)。この3つの表れが、資質をはかるより確かな手がかりになります。
優秀な人ほど辞めてしまいます。引き止める方法はありますか。
引き止めにかかるより、辞める前の兆しを早くつかむほうが確実です。仕事ができる人は「ここでは伸びない」と感じた時点で、騒がず動き始めます。面談では評価より先に困りごとを聞く、小さくても任せて手ごたえを持ってもらう。問題が数字に出る頃には、気持ちはとうに離れています。
管理職本人に、行動を変えてもらうにはどうすれば。
気合いで迫るより、具体的な行いを一つだけ約束してもらうのが効きます。「朝礼で決めたことを自分が最初に守る」「週に一度は現場に入る」など、第4章の10項目から一つ選び、続けてもらう。ぼんやりした意識改革ではなく、目に見える行いに落とし込むことが、変わるきっかけになります。
何から着手すればよいですか。
費用のかからないことから始められます。管理職が朝礼の決まりを自ら守る、深夜・休日の連絡のルールを整える、面談で困りごとを先に聞く。この3つは、今日からでも動かせます。制度をつくり直すのは、現場に信頼が戻り始めてからのほうが、確実にうまくいきます。
さいごに
旅館・ホテルの組織が変わるかどうかは、制度をそろえることよりも先に、上司の振る舞いが変わるかどうかで決まる場合が少なくありません。スタッフは、理念やきれいな標語より、管理職の日々の動きを見ています。言うこととやることがそろう場面を積み重ねていけば、現場に信頼が戻り、提案が増え、人が育ち、定着も変わってきます。
ただし、上司の振る舞いを変えるだけでは限界もあります。現場の負担が重すぎる宿、誰が何をやるか曖昧な宿では、良い管理職ほど先に潰れます。管理職の振る舞いの改善、離職を防ぐ仕組み、採用と定着の設計、省力化に向けたDX。これらは本来、切り離さず、ひとまとまりで考えるべきものです。
弊社アルファコンサルティングは、特定の人材会社や研修会社と利害関係を持たない独立した立場から、依頼者の利益を最優先に、旅館・ホテルの組織と人材の課題整理をご支援しています。現場で積み重ねてきた経験をもとに、その宿に合った改善の進め方づくりをお手伝いします。「管理職が機能していない気がする」「離職が止まらない」「改革が定着しない」。そうしたご相談に対応しています。初回相談は無料です。
あわせて読みたい関連記事
まず全体像から旅館・ホテルの人手不足対策|採用・定着・省人化で解く完全ガイド採用・定着・省人化を同時に動かす総合ガイド。本稿の出発点です。 カスハラで最初に辞めるのは、一番優秀な人である現場を仕切る優秀な人ほど矢面に立つ。その人材を守る組織のつくり方。 旅館・ホテルの離職コスト|一人辞めると、いくら損をするのか求人費・育成・逃した売上まで、離職の損失を四つの層で試算する。 旅館・ホテルの採用と定着|応募が集まり、辞めない職場のつくり方求人原稿から新卒採用、定着策まで。採用と定着の実務を網羅。 旅館・ホテルの賃金・評価・等級制度|宿の制約に合った給与設計第5章で触れた評価・処遇の設計を、宿の実情に合わせて具体化する。 旅館の採用と定着をAIで分析する方法なぜ人が辞めるのか。本当の原因をデータで突き止める。