旅館・ホテルの採用と定着|応募が集まり、辞めない職場のつくり方
こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。
「求人を出しても、応募が来ない」「ようやく採用しても、すぐに辞めてしまう」。全国の旅館・ホテルを回るなかで、最も多く頂戴するご相談の一つです。求人費だけがかさみ、現場のスタッフが疲弊し、本来とれていたはずの売上やお客様の評価まで取りこぼしてしまう。人の問題は、放っておくほど、経営全体に重くのしかかってきます。
この記事では、その悪循環をどこから断てばよいのかを、応募が集まる求人のつくり方から、高校・専門学校からの新卒採用、そして採れた人を辞めさせない職場づくりまで、今日から手をつけられる順に並べました。特別な予算がなくても、できることは数多くあります。まずは、なぜ求人を増やすだけでは解決しないのか、というところから話を始めましょう。
お悩みの入口から、お読みいただけます
- 人手不足の全体像を先に知りたい方は → ホテル・旅館の人手不足対策(採用・定着・省人化)
- 応募そのものが来ない方は → 第一部 応募が集まる求人のつくり方
- 若い人・新卒を採りたい方は → 第二部 高校・専門学校からの新卒採用
- 採れても辞めてしまう方は → 第三部 採れた人を、辞めさせない
- とにかく何からという方は → 第四部 今日から始めるチェックリスト

なぜ「もっと求人を」では、解決しないのか
人手が足りないとき、多くの宿がまず考えるのは「求人の量を増やすこと」です。求人媒体を増やし、掲載費を上げ、それでも来なければさらに媒体を足す。けれども、これだけでは費用が膨らむばかりで、根本は変わりません。応募が来ない原因の多くは、量ではなく、求人の中身と、職場そのものの魅力にあるからです。
採用がうまくいかない宿には、よく似た悪循環が見られます。中身の薄い求人を出す。だから応募が来ない。焦って誰でも採る。ミスマッチで早期に辞める。現場が疲れて雰囲気が悪くなる。その雰囲気がまた次の応募者を遠ざける。この輪のどこか一点を変えるだけでは、すぐ元に戻ってしまいます。輪全体を、良い方向へ回し直す必要があります。
幸い、その回し直しは、お金をかけずとも始められます。求人の言葉を変える。職場を見てもらう順番を変える。休みの取り方を変える。一つひとつは小さな工夫ですが、積み重なると、人が集まり、辞めなくなる職場へと変わっていきます。下の図が、その全体像です。
図表1:採用の「負の輪」を「正の輪」へ 三つの変えどころ
本稿は、人手不足対策のうち「採用」と「定着」を深く掘り下げた実務編です。採用・定着に加えて省人化や外国人材まで含めた全体像は、入口となる総合記事「ホテル・旅館の人手不足対策」にまとめています。さらに、人手不足を経営構造の側から、生産性向上や業務の組み替えまで含めて捉え直したい方は、別稿「人手不足の正体は『募集の量』ではない」もあわせてお読みください。
第一部 応募が集まる求人のつくり方
ホテルの新規開業が各地で続き、求人広告は街にあふれています。平凡な求人を出しても、求職者の目に留まることはなく、掲載費だけが無駄になってしまいます。求人会社に原稿を丸投げするのではなく、思わず応募したくなる求人を、宿の側で組み立てることが欠かせません。難しいことではありません。順を追って見ていきましょう。
採用したい人物像を、一人だけ決める
魅力的な求人をつくる出発点は、「どんな人に来てほしいか」を、一人の実在する人物のように具体的に思い描くことです。マーケティングでいうペルソナ(具体的な人物像の設定)の手法を、採用に応用します。年齢や住まい、家族構成といった基本情報だけでなく、一日の過ごし方、仕事や人生に対する価値観、趣味、生活上の悩み、ふだん何で情報を得ているか。そこまで踏み込んで像を結ぶのです。
ここまで決めると、求人にありがちな「接客の好きな方」「明るく前向きな方」といった、誰にも刺さらない言葉から抜け出せます。たとえば「子育てが一段落し、無理のない時間で社会とつながりたい女性」を思い描けば、強調すべきは出世や管理職への道ではなく、勤務時間の融通や、人間関係のおだやかさだと分かります。逆に、決まった時間に黙々と働きたい安定志向の人なら、固定シフトと、生活が成り立つ給与水準を前に出します。宿が必要とする人材は、決して「バリバリ働きたい人」ばかりではありません。誰に向けて書くかを一人に絞るほど、その言葉は、かえって多くの人に届きます。
待遇を、前面に出す
若い世代を採りたいなら、仕事内容よりも先に、休みや手当といった待遇を前面に出すと、反応が大きく変わります。実際に、ある館で「月八日休み、各種手当充実、賞与年二回、リフレッシュ休暇あり」という見出しで求人を出したところ、それまでとは桁違いの応募がありました。かつては「仕事も覚えないうちから休みの話をするものではない」という空気がありましたが、いまは休みと待遇こそ、求職者が最も気にする項目です。
人繰りや人件費の都合で、すぐに休日を増やせない場合もあるでしょう。その場合は、リフレッシュ休暇(有給休暇を優先的に取得できる制度)の導入を先に打ち出す手があります。月ごとの繁閑の差が大きい館ほど、取り入れやすいはずです。週休二日(年間休日百八日)はまず最低限として確保し、できれば年間休日百十八日以上を目指して、業務の効率化を進めていくと良いでしょう。
多様な働き方に、間口を広げる
フルタイムの正社員ばかりが人気を集める時代ではなくなりました。週四日勤務や時短勤務の正社員、早朝だけのパートなど、柔軟な働き方を受け入れられるよう、就業規則を見直してみましょう。間口を広げるほど、これまで届かなかった層に手が伸びます。ある館では「高時給、期間三か月、週払い、高校生可」という求人で、多くの応募を集めました。料飲サービスや清掃部門の人手にお困りなら、総務人事の手間は増えますが、週払い制度の導入も一つの選択肢です。
図表2:同じ募集でも、これだけ変わる 求人原稿の書き分け
※右の例は、勤務時間・休み・教育体制という「求職者が本当に知りたいこと」を、数字を添えて先に出している点が要です。
求人票は、十三項目を「正直に」書く
求人票は、仕事内容・給与・待遇・賞与・昇給・転勤・社会保険・勤務時間・休日休暇・福利厚生・残業時間・有給取得実績・教育研修制度の十三項目で組み立てるのが基本です。この型に沿って書き直したことで新卒採用に成功した、という声を、これまで何度も頂戴してきました。なかでも、宿が書くのをためらいがちな三項目こそ、いまの求職者がよく見ています。
図表3:求職者が必ず見る 書きにくい三項目の埋め方
| 項目 | なぜ重要か | 書き方の例 |
|---|---|---|
| 残業時間 | 「旅館・ホテルは大変そう」という求職者やご家族の不安を、数字で打ち消せる。公開を決めること自体が残業抑制にもつながる | 月平均5時間(前年実績) |
| 有給 取得実績 | シフト制で構造的に取りにくい業界。だからこそ正直な開示が信頼を生む。低ければ、改善の好機と捉える | 年10日(前年実績) |
| 教育 研修制度 | 若手が就職先を決めるとき、待遇や休日と並んで重視する。早期戦力化にも直結する | 接遇研修・語学研修・新任管理職研修・入社前研修 ほか |
※予算の限られる中小館は、外部の集合研修にスタッフを派遣する形で十分です。研修制度が「ある」と書けることに意味があります。
未経験者に「伝わる」言葉で書く
旅館・ホテルの仕事は、とかく「難しそう」という印象を持たれがちです。とくにフロントや料飲サービスは、経験がないと仕事の中身が想像できません。料飲の接客は、実のところ飲食店のホール業務に近いのですが、求職者にとって飲食店は気軽でも、旅館・ホテルは敷居が高く感じられ、二の足を踏まれてしまいます。
経験者だけを狙うなら専門用語のままでも構いませんが、それでは必要な人数に到底届きません。「フロントスタッフ募集、未経験者大歓迎」と出しても、肝心の仕事内容が思い描けなければ、応募にはつながらないのです。仕事内容の欄は、かしこまらず、素人にも分かる平易な言葉で、興味を引くように書きましょう。良い練習法があります。大手求人媒体のプロが書いた原稿を、お手本として読むことです。専門のライターが工夫を凝らしていますから、表現の引き出しが増えます。そのまま写しても自館の魅力は伝わりませんが、書き方の型として、大いに参考になります。
自社サイトに、求人ページを持つ
予約サイトや自館ホームページに相応の費用をかけているなら、求人ページも同じように充実させたいところです。募集要項を並べるだけでなく、社長や女将からのメッセージ、スタッフの一日、先輩社員の紹介、選考の流れまで載せると、仕事への関心とイメージがぐっと高まります。
ここで一つ、よくある「もったいない」をお伝えします。退職者が出るたびに写真を差し替えるのが煩わしいからと、人物写真をいっさい使わない館があります。これは本末転倒です。実際に働くスタッフの顔と声を見せることでこそ、応募は増え、入社後のミスマッチによる離職も防げます。手間を惜しまず、人を前に出してください。職場の空気は、文字より写真のほうが、はるかに雄弁に伝わります。
どの採用手段を、どう使い分けるか
求人の中身を整えたら、次は「どこに出すか」です。ハローワークと求人媒体だけ、という宿は少なくありませんが、いまは募集する人材によって、最適な手段が分かれます。接客・給仕の有効求人倍率は、足元でも二・五倍前後と、全産業平均(一・二倍前後)のおよそ二倍の高さです。人手不足が最も激しかった時期には、地域によって四倍から六倍に達した職種でもあります。同じ求人を漫然と一か所に出し続けても、応募は集まりにくくなっています。手段ごとの向き不向きを、下に整理しました。
図表6:募集する人材で使い分ける 採用チャネル早見表
| 採用手段 | 向いている募集 | 費用の目安と勘所 |
|---|---|---|
| ハローワーク | 地元のパート・季節雇用、高校新卒 | 無料。ただし在職中の人は見ないため、母数は限られる |
| 求人媒体・ 地域専門誌 | 幅広い一般募集 | 掲載課金。飲食やシティホテルの求人が多い媒体を選ぶと業態が近く響きやすい |
| 成功報酬型 求人サイト | 特定部署で1〜数名 | 採用1人あたり1〜5万円。採用まで費用ゼロの媒体もあり、じっくり探せる |
| 人材紹介 | 専門人材・幹部候補 | 手数料は高めだが、要件を伝えれば適性者を絞って紹介してくれる |
| ヘッドハンティング | 支配人・営業・財務の幹部 | 年収の40〜60%と高額。他業種のハイクラス人材に手が届く |
| 従業員紹介 (リファラル) | パート全般 | 最も確実。素性が分かりミスマッチが少ない。紹介手当を用意すると動きやすい |
| スポットワーク | 宴会・朝食会場の一時的な増員 | 即日払いが求職者に好まれる。多用は質のばらつきに注意(第三部参照) |
※宴会サービスなど多数を採るなら成功報酬型は割高になります。「一名だけ専門人材を」というときにこそ成功報酬型・人材紹介が効きます。
とくに見落とされがちなのが、ウェブ集客や財務に明るい専門人材です。外部業者に頼ることは有用ですが、社内に一定の知識を持つ担当者がいないと、効果は出にくく費用も割高になります。こうした人材を一般の媒体で探しても集まりにくいため、一名だけなら成功報酬型や人材紹介を使うほうが、結局は近道です。支配人や財務の責任者など、売上計画や金融機関との関係を左右する要の人材は、ヘッドハンティングも選択肢に入ります。
採用で「負けない」賃金の見方
求人をいくら工夫しても、賃金が地域の相場から外れていては、土俵に上がれません。ここで大切なのは、人件費を「削る」という経営管理の視点とは別に、採用で他業種に負けないための相場感を、つねに持っておくことです。他業種の給与は、旅館・ホテルを上回る速さで上がり続けています。少なくとも半年に一度は、同業だけでなく他業種も含めて市場の相場を確かめましょう。
求人サイト各社の調査では、ホテル・旅館の募集賃金は、時給でおよそ千百円から千五百円、正社員の初任給で二十万円台前半が一つの目安です(業態や地域で幅があります)。ここで注意したいのが、最低賃金の急上昇です。二〇二五年度の全国加重平均は千百二十一円となり、初めてすべての都道府県で千円を超えました。かつて時給千二百円といえば最低賃金を大きく上回る水準でしたが、いまでは地域によっては最低賃金すれすれです。差をつけたいなら、最低賃金を明確に上回る時給――たとえば千四百円前後――を提示する求人が効きます。時給ベースの設計は、時短や週四日といった多様な働き方にもそのまま対応できます。
高校新卒については、別の見方ができます。令和七年の調査によれば、高卒初任給の全国平均は約二十万七千円(大卒は約二十六万二千円)でした。旅館・ホテルの募集水準と比べて、高卒の相場が極端に高いわけではありません。つまり新卒に対しては、他業種に見劣りしない条件を十分に組める余地があるということです。賃金の絶対額を上げるのが難しくても、「どの層に、どの数字で訴えるか」を見極めれば、勝ち筋は見えてきます。
自館の求人・採用ページ・賃金水準を、一度、第三者の目で見直してみませんか。
採用の見直しについて相談する第二部 高校・専門学校からの新卒採用
高校生・専門学校生の新卒は、宿の色に染まりやすく、体力もあり、長く戦力として期待できる存在です。ところが、毎年きちんと対策している旅館・ホテルは、意外なほど少ないのが実情です。「昔はやっていたけれど、最近はすっかり」「言われてみれば、やる価値はありそうだ」。そんな反応をよく耳にします。採用担当者が辞めたり、学校からの推薦が途絶えたりをきっかけに、いつの間にか取り組みが止まってしまった、という館が多いようです。人材難のいまこそ、要点を押さえて、もう一度挑戦してみましょう。
図表4:高校新卒採用の年間の流れ 準備は前年から
スケジュールと他社の条件を、先に調べる
高校新卒の採用は、六月下旬にハローワークへ求人を申し込むところから動き出します。注意したいのは、大手の工場が立地する地域です。条件の良い求人が多くなりやすいので、自館の月給や待遇が他業種に見劣りしていないか、申し込み前に必ず確かめましょう。もし、求人票で示す条件が明らかに劣っているなら、就業規則や賃金規程、諸条件を、いまのうちに見直しておくことをお勧めします。採用の土俵に上がる前の、地ならしです。
先生と保護者に向けた、求人パンフを作る
職場の魅力を伝える会社案内(求人パンフレット)の準備も、早めに始めましょう。これは、宿の業務内容や求める人物像を、進路指導の先生に理解してもらうために欠かせないものです。仕事の魅力と具体的な業務内容を写真付きで、研修制度、先輩社員の声、採用実績(中途を含む)など、先生が知りたい情報をまとめると良いでしょう。
お客様向けの三つ折りパンフレットで代用しようとする館がありますが、それでは仕事内容を正確には伝えられません。面倒でも、採用用に新しく作ってください。具体的な情報を載せるほど、「入社前とイメージが違った」という理由での退職を、未然に防ぐことにもつながります。先生や保護者が旅館・ホテルの労働環境に良い印象を持っていなければ、学生を積極的に推薦してはもらえません。学校訪問の際には、職場が魅力的に変わったこと、そして人材定着への取り組みを、きちんと伝えられるよう備えておきましょう。
第三部 採れた人を、辞めさせない
どれほど採用がうまくいっても、すぐに辞められてしまっては、採用にかけた手間も費用も、むだになってしまいます。むしろ、いま働いてくれている人に長く居てもらうことのほうが、新しく採るよりもずっと費用対効果が高い。これは、多くの宿を見てきて確信していることです。定着は、宿の評判を通じて、次の採用まで楽にしてくれます。
入社前後の「イメージのズレ」をなくす
早期離職の大きな原因は、「入ってみたら、思っていた職場と違った」というギャップです。採用はもはや、宿が求職者を選抜する場ではありません。数ある就職先のなかから、求職者が宿を選ぶ場へと変わりました。予約サイトでお客様に選ばれるのと同じ現象が、求人の世界でも起きているのです。ライバルは同業だけでなく、異業種にも広がっています。
そこで効くのは、職場を「見てもらう順番」の工夫です。求職者が館に来たとき、いきなり事務所へ通していませんか。照明を落とした中抜けの時間帯に面接していませんか。自館の良さを伝えたいなら、あえて賑やかで忙しいチェックイン前後から夕食の時間帯に来てもらい、ロビーや客室、レストラン会場を案内すると良いでしょう。活気ある現場を肌で感じてもらうことは、優秀な人材の入社意欲を高めると同時に、入社後のギャップによる退職を防ぐことにもなります。ぜひ採りたい未経験者には、料理やサービスを実際に体験してもらうのも一手です。食事をしながら面談すれば、その人の本当の人となりも見えてきます。
従業員満足度を、きちんと測る
お客様の満足度を口コミで測るように、従業員満足度のアンケートは、自館の労務管理の強みと弱みを正確につかみ、手を打つための有効な道具です。項目は、会社満足度・仕事満足度・職場満足度・待遇満足度の四つの領域を、もれなく測れるよう設計すると良いでしょう。質問は三十〜四十項目が目安です。
選択肢は五段階(大いにそう思う/ある程度そう思う/分からない/あまりそう思わない/全くそう思わない)にすると、項目ごとの評価が見えやすくなります。自由回答の欄を大きくとり、率直な意見や要望を書いてもらうと、採用と定着の対策のヒントが、現場の言葉で集まってきます。四つの領域で何を聞くか、下に整理しました。
図表5:従業員満足度アンケート 四つの満足度で測る
有給休暇を、取りやすくする
旅館・ホテルで働く人の満足度を下げる要因として、最も多いのが「休みの取りにくさ」です。他のスタッフやお客様に迷惑をかけまいと、能力と責任感のある人ほど、休みを取れずにいます。人手不足で公休の買い上げ対応をしている館では、有給を取らせるどころではない、というのが本音でしょう。日々のシフトのやり繰りだけで精一杯のはずです。けれども、待遇を改善して採用と定着を進めなければ、やがて人手不足で営業そのものが立ち行かなくなります。
数ある待遇改善のなかでも、経営側が思う以上に満足度を押し上げるのが、有給休暇の取得促進です。とくに拘束時間の長いこの業界では、心から歓迎されます。離職率の高さに悩んでいるなら、先ほどの従業員アンケートを取ってみてください。休暇を求める声が、必ず多く挙がるはずです。
有給取得で人件費が膨らむのを心配されるなら、(a)スタッフの月給・時給を採用相場まで上げる、(b)増員して労働時間を減らし休ませる、(c)休館日を設けて一斉に休ませる――といった複数の前提で、売上と利益の見通しを試算してみてください。閑散期をうまく使えば、「休ませる」という選択肢が、実は最も費用対効果が高いと分かるはずです。
有給を取りやすくするために、他業界で実践されている工夫も挙げておきます。「うちの業界では難しい」と決めつけず、できるものから試してみてください。管理職が率先して有給を取り、職場全体に取りやすい空気をつくる。公休とは別に部署ごとの取得目標を掲げ、達成度を公表する。年初に有給カレンダーを作り、一年を通じて取得希望日を書き込んでもらって、お互いの時期調整をしやすくする。休日に他館を視察したスタッフに補助を出す。こうして休みを取らせると、特定の人にしかできない「聖域化した仕事」の囲い込みもなくなり、無駄な仕事の発見や見直しにもつながっていきます。
スポット採用の便利さと、落とし穴
近年は、短時間・単発の仕事を手軽に見つけられるマッチングアプリ(スポットワーク)が広がりました。都市部の宿では、宴会や朝食会場で一度に多くの人手が要るとき、たいへん重宝されています。繁忙期のピークを変動費で埋める手立てとして有効で、その具体的な使い方は別稿「宿泊DX・省人化ガイド」で詳しく扱っています。
ここでは、定着の観点から落とし穴に触れておきます。短期のアルバイトを多用すると、人材の質にばらつきが出て、宿泊業に向かない人が入ってしまうことがあります。すると、その日限りの不慣れな人への指示を任された正社員が疲弊する。短期の人手不足を補う策が、かえって正社員の離職を招く――そんな皮肉な結果も増えています。これを避けるには、単に人を増やすのではなく、誰がやっても回るように、業務を単純化し、マニュアルを整えることが先決です。アルバイトでもすぐ理解できる手順を用意してはじめて、スポット採用は、正社員を疲れさせずに戦力となります。
同族経営の「ガラスの天井」を、どう外すか
最後に、旅館・ホテルならではの、定着の難所に触れておきます。先祖代々の宿を守り抜くという思いから、多くの宿はオーナー一族の経営です。これ自体は宿の強みですが、オーナー色が強すぎると、優秀な人材が定着しにくいという問題が起きやすくなります。
従業員の側から見ると、こう映ることがあります。「一族との間には見えない『ガラスの天井』があり、管理職の肩書きがあっても実質は従業員の一人。待遇はオーナーの一存で決まる。気が合えば働き続けられるが、合わなければ辞めるしかない」。せっかく採用し、育てた優秀な人ほど、この天井を感じ取って、いつのまにか去っていきます。求人や待遇をどれだけ整えても、ここが残っていると、定着は頭打ちになります。
天井を外すのに、経営権を手放す必要はありません。評価と処遇の基準を、人ではなく仕組みに移すこと。誰がどう評価され、どうすれば昇給するのかを、オーナーの胸三寸ではなく、目に見えるルールとして示すこと。重要な判断に現場の声を通す回路を設けること。こうした一つひとつが、「ここでなら長く力を発揮できる」という安心につながります。同族経営の温かさを保ちながら、公平さを足していく。その設計こそ、女将や社長にしかできない仕事だと、私は考えています。
第四部 今日から始めるチェックリスト
ここまでの内容を、今日から手をつけられる順に並べました。すべてを一度にやる必要はありません。一つ動かせば、輪は少しずつ良い方向へ回り始めます。
- 来てほしい人物像を、一人だけ具体的に紙に書き出す
- 求人の見出しに、休み・手当・賞与を先に出してみる
- 残業・有給・研修の実績を数字で開示できるよう集計を始める
- 仕事内容を未経験者に伝わる言葉に書き直す
- 自社サイトの求人ページにスタッフの写真と声を載せる
- 自館の初任給・待遇が地域の他業種に劣っていないか点検する
- 先生・保護者向けの求人パンフを新しく用意する
- 6月下旬のハローワーク求人申込を予定に入れる
- 面接・職場見学を賑やかな時間帯に切り替える
- 従業員満足度アンケート(四領域・30〜40項目)を実施する
- 有給を取りやすくする工夫を、管理職から始める
- スポット採用に頼る前に、業務の単純化とマニュアル整備に着手する
よくあるご質問
求人にお金をかける余裕がありません。無料でできることはありますか。
数多くあります。まず、来てほしい人物像を一人に絞り、求人の見出しに休み・手当・賞与を先に出す。これだけで応募の反応は変わります。自社サイトの求人ページにスタッフの写真と声を載せる、面接や職場見学を賑やかな時間帯に切り替える、いまいるスタッフからの紹介(リファラル)を活用する。いずれも費用はほとんどかかりません。
募集しても、応募がまったく来ません。最初に何を変えるべきですか。
求人の中身です。「接客の好きな方」のような誰にも刺さらない言葉をやめ、来てほしい一人に向けて、勤務時間・休み・教育体制を数字で具体的に書き直してください。それでも来ない場合は、出している場所(チャネル)が募集する人材に合っていない可能性があります。図表6を手がかりに、手段の見直しをお勧めします。
採用してもすぐ辞めてしまいます。続く人を見抜く方法はありますか。
見抜くより、ミスマッチを「起こさない」ほうが確実です。賑やかで忙しい時間帯に職場を見てもらい、実際の雰囲気を体感してもらう。ぜひ採りたい人には、料理やサービスを体験してもらいながら面談する。入社前後のイメージのズレを消すことが、早期離職を防ぐ最大の手立てです。あわせて従業員満足度アンケートで、辞める予兆を早めにつかんでおくと良いでしょう。
賃金を上げる余力がありません。それでも採用できますか。
できます。いまの求職者は、給与の絶対額以上に「働きやすさ」を重視します。公休を月平均9日以上にする、中抜け勤務を連続8時間勤務に組み替えるといった労働環境の改善が効きます。また、時給を最低賃金より明確に高く設定する、高校新卒に絞って訴える(高卒初任給は全国平均で約20万7千円。旅館・ホテルの水準と大きく変わらないため、新卒には他業種に見劣りしない条件を組める)など、数字の見せ方でも勝ち筋はつくれます。
高校新卒の採用は、いつから動けば間に合いますか。
求人申し込みはハローワークへ6月下旬ですが、準備は前年のうちから始めるのが理想です。自館の初任給・待遇が地域の他業種に見劣りしないか点検し、必要なら就業規則・賃金規程を先に見直す。先生・保護者向けの求人パンフを用意し、学校訪問で職場の魅力と定着策を伝える。この順で動けば、推薦につながりやすくなります。
さいごに
いかがだったでしょうか。人手不足は、求人の量を増やすことだけでは解けません。来てほしい人を一人思い描き、待遇と本当の働き方を正直に伝える。賑やかな現場を見てもらい、入社後のギャップをなくす。満足度を測り、休みを取りやすくして、残った人が次の人を呼ぶ職場をつくる。一つひとつは小さな工夫ですが、輪としてつながったとき、採用も定着も、確かに変わっていきます。特別な予算がなくても、今日から始められることばかりです。
弊社アルファコンサルティングでは、ホテル・旅館の経営に特化し、特定の業者と利害関係を持たない独立した立場から、依頼者の利益を最優先に支援してまいりました。求人や採用ページの見直し、新卒採用の仕組みづくり、定着策の設計など、それぞれの宿の実情に応じたお手伝いが可能です。
「求人を出しても来ない」「採っても辞めてしまう」。そのループから抜け出す最初の一歩を、ご一緒に見極めませんか。初回相談は無料です。
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ともに、かたちに。
こうしたい、こう変えたい——経営者が描いた構想を、ともにかたちにしていくのが弊社の役割です。数多くの経営に寄り添ってきた立場から、依頼者の望むかたちを、いちばんに考えます。
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