単価1,000円の差が、20年で1億7,500万円を生む ―― 値上げできないホテル・旅館の、見えない真因

こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。

「売上は戻っているのに、なぜか楽にならない」。最近、多くのホテル・旅館の経営者から、同じ言葉をうかがいます。稼働率は高い水準を保ち、客室単価も過去最高の水準にある。それでも月次試算表を見ると、手元に思うほど残っていない。

その原因を、人件費や水道光熱費の高騰だけに求めてはいないでしょうか。値上げの本当の鍵は、予約状況に応じて日々価格を動かす操作ではなく、ふだん誰も見直していない「料金の基本設計」にあります。そしてそれは、現場ではなく、経営者にしか決められない問題です。

今回は、宿泊料金の話をいたします。料金と聞くと、予約担当や支配人が日々調整する現場の業務だと感じる方が多いかもしれません。しかし、二十年以上にわたり全国のホテル・旅館の経営改善に関わってきて私が痛感しているのは、料金こそ、経営者が自ら手綱を握るべき経営マターであるということです。日々の価格をどう動かすかという運用以前に、その土台となる設計が歪んでいるために値上げできずにいる施設が、驚くほど多いのです。

本稿では、なぜ料金が経営の問題なのかを数字で示したうえで、値上げできないホテルや旅館に共通する設計上の盲点を順に解き明かしていきます。料金は現場の細部だという思い込みが、読み終えるころには逆転しているはずです。

この記事を読むとわかること

  • 1「運用」と「設計」の違い ― あなたが見ていない料金の領域
  • 2単価1,000円の差が、20年で建て替え原資ほどの差を生むという事実
  • 3値上げできない宿に何が起きているか(Aホテルのケース)
  • 4値上げを妨げる、5つの設計上の盲点
  • 5高単価の宿が実践する、ターゲットの絞り込み(「捨てる」設計)
  • 6稼働率を追うことの落とし穴
  • 7「想定以上に儲かった」を手放しで喜んではいけない理由
  • 8料金設計を、日々の運用へ移していく順序

こんなお悩みはありませんか

以下の項目に2つ以上当てはまる方は、本記事を最後までお読みになることをお勧めします。

□ 値上げをしたいが、客離れが怖くて踏み切れない

□ 料金は毎日見ているが、その土台にある「設計」を見直したことがない

□ 稼働率は高いのに、利益が思うように残らない

□ 周辺の宿が値上げしても、自館だけ価格を据え置いている

□ 将来の建て替えや大規模改修の原資に、不安がある

▶ 本記事で、値上げできない宿の「見えない真因」と、その正し方を整理しましょう。

本稿の背景 ― 共同セミナーと動画のご案内

本稿で解説する料金設計の考え方は、レベニューマネジメントと宿泊予約・インターネット販売を専門とする平川哲也氏(株式会社ベースアップ代表取締役)と、観光経済新聞社のセミナーで共同で取り上げた内容にもとづいています。平川氏は、大手ホテルチェーンでのマーケティングや宿泊予約の実務を経て、宿泊販売支援の現場で東日本のおよそ1,000施設のインターネット販売の支援を統括し、2022年に株式会社ベースアップを創業した、料金設計と販売運用の専門家です。

観光経済新聞チャンネル 第17回「旅館・ホテルの価格アップのための実践的手法」(青木康弘・平川哲也)▶ 動画を見る(YouTube)観光経済新聞チャンネル 第17回「旅館・ホテルの価格アップのための実践的手法」(青木康弘・平川哲也)
第1章
あなたが見ている料金は「運用」、見ていない料金は「設計」
要点

ところが多くの施設では、「運転の技術」ばかりに関心が向き、肝心の「車体性能」を何年も見直していません。

料金には、性質の異なる二つの層があります。一つは、予約の入り具合を見ながら価格を上げ下げする「運用」の層。もう一つは、料金のランクをいくつ持ち、どれだけの幅で刻み、部屋タイプや人数でどう差をつけるかという「設計」の層です。多くの経営者が思い浮かべる料金とは前者、すなわち日々の運用のことですが、値上げの成否を握っているのは、むしろ後者の設計のほうです。

両者の違いは、自動車にたとえると分かりやすいでしょう。日々の価格コントロールは、ハンドルさばき、すなわち運転の技術に当たります。人がやることですから、担当者の力量や経験によって結果が左右されますし、属人的になりやすい。一方、料金の基本設計は、エンジンやシャシーといった車体そのものの性能に当たります。性能が高ければ、運転する人が替わっても、一定の走りができます。

ところが多くの施設では、「運転の技術」ばかりに関心が向き、肝心の「車体性能」を何年も見直していません。離職率の高いこの業界では、運用を担う人材が入れ替わるたびに成果が振れます。だからこそ、誰が担当しても安定した結果が出るよう、設計の側を整えておくことが先決なのです。

そしてこの設計の見直しは、本来、現場の判断ではありません。料金の骨格をどう組むかは、その施設がどの客層を相手に、どの価格帯で生きていくかという方針そのものであり、経営の意思決定だからです。運用は現場に委ねられても、設計は経営者が決めるべき領域だと、まず申し上げておきます。

料金設計を点検する際の勘所は、料金ランクの数、ランクごとの差、部屋タイプごとの差額、人数帯ごとの差額、利用人数の設定という五つに整理できます。本稿の後半で、それぞれがなぜ経営に響くのかを見ていきますが、その前に、料金が経営の問題だと申し上げる理由を、数字で確かめておきましょう。

もう一つ、設計の見直しを妨げる思い込みにも触れておきます。「サービスの質をもっと高めてから値上げしたい」という声をよく聞きます。質の向上に向けた努力はもちろん必要です。けれども、質を条件にして躊躇していると、いつまで経っても値上げに踏み切れません。設計の見直しと質の向上は、順番に行うものではなく、並行して進めるものなのです。

売上と現金の管理

→ 次章では「単価1,000円の差が、20年で建て替え原資を分ける」を取り上げます。

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ここまで読了:約2分 / 残り約16分

第2章
単価1,000円の差が、20年で建て替え原資を分ける
要点

わずか1,000円の単価の差が、20年で1億7,500万円ものキャッシュフローの差を生みます。

料金を経営の問題だと申し上げる理由を、数字でお示しします。売上を改善する手立てには、大きく四つあります。客室単価(ADR=平均客室単価)を上げる、客室稼働率を上げる、変動費を削る、固定費を削る。この四つを、それぞれ10%ずつ改善した場合の効果を比べてみましょう。

図表1:4つの改善施策の比較(償却前営業利益・GOP率)/40室・客室稼働率60%・ADR40,000円・変動費1万5,000円/室・固定費1.9億円を前提

改善前単価を10%改善+3,504万円稼働率を10%改善+2,190万円変動費を10%削減+1,314万円固定費を10%削減+1,900万円
改善施策償却前営業利益GOP率改善効果額
改善前2,900万円8.3%
単価を10%改善6,404万円16.6%+3,504万円
稼働率を10%改善5,090万円13.2%+2,190万円
変動費を10%削減4,214万円12.0%+1,314万円
固定費を10%削減4,800万円13.7%+1,900万円

ここでGOPとは、償却前営業利益に近い概念です。表をご覧いただくと、同じ10%でも、単価アップの効果が突出して大きいことが分かります。稼働率アップは売上こそ同じだけ増えますが、宿泊客が増えるぶん変動費もかさむため、手元に残る利益は単価アップに及びません。変動費や固定費の削減も効果はありますが、削減には限界があり、行き過ぎればサービスの質や人材の定着を損ないます。つまり、最もキャッシュフローを改善するのは、稼働を追うことでも経費を削ることでもなく、単価を上げることなのです。

では、その単価アップを長い目で見ると、どれほどの差になるのか。客室単価をいくら引き上げたかによって、20年間で積み上がるキャッシュフローの差を示したのが次の表です。

図表2:客室単価の引き上げ幅別・20年間の累積キャッシュフロー増加額/40室・365日営業・客室稼働率60%を前提

現状のまま0円1,000円アップ約1億7,520万円3,000円アップ約5億2,560万円5,000円アップ約8億7,600万円10,000円アップ約17億5,200万円
単価の引き上げ幅20年間の累積キャッシュフロー増加額
現状のまま0円
1,000円アップ約1億7,520万円
3,000円アップ約5億2,560万円
5,000円アップ約8億7,600万円
10,000円アップ約17億5,200万円

わずか1,000円の単価の差が、20年で1億7,500万円ものキャッシュフローの差を生みます。現場の感覚では1,000円は小さな数字に見えるかもしれません。けれども経営の時間軸で見れば、それは将来の建て替えに必要な原資が手元に残るか否かを分ける、決定的な差なのです。

この重みは、宿泊業の収益構造を踏まえるといっそう際立ちます。宿泊業は巨額の設備を抱える装置産業であり、わずかな環境の変化が、たちまち損益に響きます。とりわけ旅館では、業界平均の営業利益率が1%台、借入金は償却前営業利益のおよそ19倍にも達するという薄利の構造が顕著です。ホテルも、立地や業態によって程度の差こそあれ、固定費の重さゆえに環境変化に弱い点は変わりません。

どれほど薄氷の上にあるか、簡単なシミュレーションで確かめてみましょう。ある宿泊施設で、売上が2割増えたとします。一見すれば好調です。ところが同じ期間に、人件費が3割を超えて上がり、業務費も2割膨らむなど、経費の上昇が売上の伸びを上回ったらどうなるか。主な科目を抜き出したのが下の表です。売上が2割伸びても、営業利益はむしろマイナスに転じてしまうのです。

図表3:業績シミュレーション(単位・千円)/売上2割増でも、諸経費の上昇により営業利益は赤字化する

科目現状コスト上昇後
売上高800,000960,000
人件費285,000384,750
業務費112,000134,400
営業利益10,000▲17,050
債務償還年数19年27年

売上を2割伸ばしても利益が残らない。これが、コスト高騰下の宿泊経営の現実です。だからこそ、20%程度の値上げでは足りません。余裕を持った経営のためには、最低でも30%、理想を言えば50%以上の売上増が望ましいのです。とりわけ100室以上の大型館や31〜99室の中型館は、パブリックスペースが大きく固定費の負担が重いため、物価高騰の影響を受けやすく、大幅な単価アップと稼働率の改善が欠かせません。

コストの上昇は待ってくれません。最低賃金(全国加重平均)は、2013年度の764円から2025年度には1,121円へと上昇しました。十年余りでおよそ1.5倍です。会社が負担する法定福利費を含めれば、実質的な人件費はおよそ1,280円に達します。宿泊施設の建設コストも、建築費指数で見れば2015年からの十年でおよそ1.4倍に上がり、とりわけ近年は宿泊施設の工事費の伸びが著しい状況です。建て替えや大規模改修の費用は、年を追うごとに重くなっているのです。

だからこそ、料金は現場の話ではなく経営の話なのです。単価をどう設計するかは、将来の設備投資の余力、借入金の返済能力、ひいては事業を次の世代へ渡せるかどうかに直結します。これを現場任せにしてきたこと、それ自体が、値上げできない最大の真因だと私は考えています。

ホテルのフロントで接客する様子

→ 次章では「あるホテルの風景 ―― Aホテルのケース」を取り上げます。

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ここまで読了:約4分 / 残り約14分

第3章
あるホテルの風景 ―― Aホテルのケース
要点

稼働率も客室単価も高い水準なのに、手元の資金は楽にならない――Aホテルの姿は、日々の価格操作という「運転」に追われ、その土台である料金の「設計」に長く手をつけていない、多くの宿の縮図です。

ここで、一つのホテルを思い描いてみてください。地方都市の中心部に建つ、客室70室ほどの中規模ホテル。仮にAホテルと呼びます。先代から事業を受け継いだ二代目の経営者が、舵を取っています。これは旅館に置き換えても、構図はまったく同じです。

Aホテルの稼働率は、高い水準を保っています。客室単価も過去最高の水準にあります。それなのに、月次試算表を見るたびに、経営者はため息をつきます。数字は良いはずなのに、手元の資金はちっとも楽にならないのです。

このホテルの料金まわりを見渡すと、いくつかの特徴が浮かび上がります。ホームページには、几帳面に作り込まれた料金表が掲載されています。料金のランクは数えるほどしかなく、ランク間の差もばらついています。人数が増えるほど一気に高くなる料金体系のため、グループ客の多い繁忙日に取りこぼしが生じています。旅行会社からの値引き要請には、断りきれずに応じてしまうこともあります。

そして経営者は、「値上げをすれば客が減る」と恐れ、予約状況を見ながら日々価格を微調整することにばかり、神経を使っています。日々の操作という運転に追われ、車体性能である設計には、長く手をつけていません。

このAホテルの姿は、特別なものではありません。むしろ、全国の中規模のホテルや旅館に広く見られる典型です。以降の章で、Aホテルのどこに設計上の盲点があり、それをどう整えれば数字が動き出すのかを、順に見ていきましょう。

ホテル旅館コンサルタント 青木康弘

青木康弘(ホテル旅館コンサルタント)

私がご相談を受けてきた中での所感ですが、業績が伸び悩む宿ほど、日々の運用には熱心でも、その土台にある料金の設計には手がついていません。設計が粗いまま運用だけを磨いても、取りこぼしは埋まらない。まず設計から見直すこと。これが遠回りのようでいて、いちばんの近道です。

「自館の料金設計に、見えない盲点がないか」――客観的に棚卸ししたい方へ。

料金設計について相談する

→ 次章では「値上げできないホテル・旅館に共通する、5つの設計上の盲点」を取り上げます。

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第4章
値上げできないホテル・旅館に共通する、5つの設計上の盲点
要点

1ランクあたりの差率は10%以内が必須、5%前後が推奨です。

料金の基本設計には、確認すべき勘所が五つあります。Aホテルがつまずいているのも、まさにこの五点です。ここでは経営者の視点から、それぞれがなぜ利益に直結するのかを示します。具体的な設計手順は、それぞれ別稿で詳しく解説します。

料金ランクの数 ―― 刻みが粗いと、値上げが止まる

料金ランクとは、販売価格の段階のことです。年間で月ごとの変動が小さい施設でも20〜30段階、変動の大きい施設では40〜50段階を用意しておくのが基本です。ランクが少ないと、一段上げるだけで価格が大きく跳ね上がり、予約の動きが乱れます。きめ細かく値上げするためには、まず段階の数が要るのです。Aホテルのように段階が数えるほどしかなければ、目標とする単価へなめらかに近づけることができません。

料金ランク毎の差 ―― 差は「率」で見る

一段ごとの価格差は、金額ではなく率で確認します。1ランクあたりの差率は10%以内が必須、5%前後が推奨です。靴屋にたとえれば、26センチの次が27センチしかなく、26.5センチが存在しないような状態は、刻みが粗すぎます。同じ1,000円差でも、元の価格が2万円か3万円かによって率は変わります。設定後は金額だけでなく、必ず率も点検してください。差率が大きく跳ねる箇所があると、その段で予約の動きが急変し、価格コントロールの難易度が上がります。

部屋タイプ毎の差額 ―― 一律◯円ではなく率で設計する

スタンダード、デラックス、プレミアムといった部屋タイプの差額も、どのランクでも一律3,000円差、といった金額固定では設計しません。元の料金に対する率(たとえばデラックスはスタンダードの15%増、プレミアムは30%増)で設計します。一律の金額差にしてしまうと、料金が高い日ほど上位タイプの割高感が薄れ、安い日ほど割高感が強まるという、ちぐはぐな見え方になるからです。安く売る日は差を小さく、高く売れる日は差を大きく取ることで、売れる日にしっかり高く売れるようになります。

人数帯毎の差額 ―― 繁忙日に取りこぼす設計を避ける

利用人数による料金差も、見落とされがちな盲点です。ゴールデンウィークやお盆のような繁忙日は、人数の多い予約が入りやすい日です。ところが人数帯の差額が大きすぎると、その差を惜しんで人数の多い予約が敬遠され、最も売れる日に最も取りこぼすことになります。

どれほどの損失になるか、Aホテルで試算してみましょう。中間ランクの客室が10室あり、土曜日にすべて2名で販売してしまったとします。本来なら多人数で売れたはずの差額を取り逃すと、1日あたり次のような機会損失が生じます。

図表4:人数帯設計による機会損失の試算/中間ランクの客室10室を土曜に2名販売した場合

項目金額・日数機会損失
1室あたりの取りこぼし(2名→6名差)72,000円
10室分・1日あたり72,000円×10室72万円
中間ランク使用日数を年間40日とすると72万円×40日約2,880万円

人数帯の設計を誤るだけで、年間でおよそ2,880万円もの売上機会を取りこぼしている可能性があるのです。繁忙日に使うランクほど、人数帯の差は小さくしておくのが定石です。逆に閑散日は、人数の多い予約が入りづらいため、料金を安めにして宿泊人数を増やし、食事など客室以外の付帯売上で全体を底上げするのが得策です。

利用人数の設定 ―― どの部屋も1名から泊まれるようにする

意外に思われるかもしれませんが、利用人数の下限設定も収益に響きます。販売サイト上で1名利用の設定をゼロにしてしまうと、その瞬間に検索結果から外れ、販売機会そのものが消えてしまうのです。1名利用は単価こそ低いものの、複数人での販売では埋まりにくい平日の底上げにはなりやすい。稼働が極端に低いと、働くスタッフの士気や育成にも影を落とします。どの部屋も1名から泊まれるようにしておき、人数を絞りたいときはプラン停止やサイトコントローラー側の機能で調整するのが賢明です。

競合のベンチマーク ―― 比較される相手を「格上」に張り替える

宿泊料金は、個々の施設の魅力や努力だけで決まるわけではありません。観光市場の需給、観光地の立地、地域の相場という外部要因に大きく左右されます。そして地域の相場は、その地域を代表する大型施設の価格設定によって形づくられます。代表的な施設が値上げに保守的だと、地域全体の相場が低く抑えられてしまうのです。

値上げを進めるには、お客さまが比較対象とする競合施設のグレードを引き上げる必要があります。たとえば同じ地域に価格帯の異なる施設が4軒あり、自館が2番手だとします。値上げを進めるには、最上位の高級施設と似ていると認識してもらうことが要点です。逆に、価格を下げて下位施設から客を奪う戦略は、短期的には集客できても、やがて同ランクと見なされ、二度と値上げできなくなります。スタッフも安売りでの集客に慣れてしまいます。地域の相場まで下げてしまい、結局は自らの首を絞めることになりかねません。

これら五つ(および利用人数の設定)は、いずれも経営の方針とつながっています。次章では、その前提として、高単価を実現している施設に共通する、もう一つの本質に踏み込みます。

→ 次章では「高単価の宿は「捨てる」のがうまい ―― ターゲットを定める」を取り上げます。

進捗:第4章/全8章 ■■■■■□□□□□ 50%

ここまで読了:約9分 / 残り約9分

第5章
高単価の宿は「捨てる」のがうまい ―― ターゲットを定める
要点

高単価を実現する宿は、ターゲットとする顧客像を明確に定め、望むことに惜しみなく力を注ぎ、望まないことは思い切って手を抜きます。この「捨てる」判断こそが、高単価と高収益を両立させる鍵です。

高単価を実現している施設には、共通点があります。ターゲットとする顧客像が明確で、その顧客が何を望んでいるかを徹底的に研究していることです。そして、顧客が望むことには惜しみなく力を注ぎ、望まないことは思い切って手を抜く。この「捨てる」判断こそが、高単価のホテルや旅館の強さの源です。

たとえば、都市部に住む高所得で意識の高い家族をターゲットにするなら、求められるのはエコフレンドリーな姿勢、オーガニックやローカルフード、健康やウェルネス、清潔で新しい客室です。一方で、高価な調度品や時間のかかるコース料理、過剰な対面でのおもてなしは、必ずしも求められません。下の表は、ターゲットによって求められるものがいかに異なるかを示したものです。

図表5:ターゲット別・求められること/求められないことの違い

ターゲット顧客像求められること求められないことが多いこと
都市部の高所得・意識の高い家族エコ・ローカルフード・ウェルネス・清潔な客室高価な調度品・長いコース料理・手厚い対面接客
旅慣れていない若いカップル身近な味・写真映えする空間・貸切風呂本格和食コース・高額な特別室・凝った酒
経済的に豊かな欧州からの旅行者伝統的な日本建築・文化体験・露天風呂・外国語対応洋風化した内装・過剰な技術・子供向け設備

ターゲットを絞ることは、客を狭めることではありません。望む顧客の満足度を徹底的に高め、その高評価の口コミが波及して、結果的に単価と稼働の双方を押し上げます。同時に、求められないことに資源を割かずに済むため、無駄な設備投資や経費を抑えられ、利益率も高まります。メリハリこそが、高単価と高収益を両立させる鍵なのです。

施設の規模によって、重点の置きどころは変わります。100室以上の大型館は、維持改修費が膨らみやすいため、省力化・省人化を徹底し、削減した人件費を待遇改善に振り向けて優秀な人材の定着を図ることが要点です。30室以下の小型館は、人員体制が脆弱になりがちなため、ターゲットを絞り込み、特定の高付加価値客から強い支持を集める方向が向いています。中型館は、地域の観光需要が伸びるなら大型館型の省力化を、需要が細るなら規模を縮小して小型館型の絞り込みを選ぶとよいでしょう。Aホテルのような中規模施設にとっては、この見極めそのものが経営判断になります。

→ 次章では「稼働率という幻想」を取り上げます。

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第6章
稼働率という幻想
要点

つまり、年間稼働率が90%を超えるような状態は、むしろ値上げのサインなのです。

「稼働率は高ければ高いほど良い」。これは、根強い思い込みの一つです。しかし、稼働率は高すぎても弊害が生じます。

第一に、宿泊にかかる変動費はおおむね販売客室数と連動しますから、稼働が高いほど変動費が増えます。第二に、客室の使用頻度が上がり、傷みが早まります。第三に、満室に近づくと、急なルームチェンジへの対応が難しくなり、運営に支障が出ます。

つまり、年間稼働率が90%を超えるような状態は、むしろ値上げのサインなのです。

ある関西のホテルの例を挙げましょう。客室約500室、年間稼働率が90%前後で推移していた施設が、平均で約15%、金額にして2,000円の値上げに踏み切りました。稼働率は85%前後へと落ち着きましたが、想定売上はむしろ増加しました。経費まで考慮すれば、稼働を数%落としたぶん変動費も減るため、利益の増加はさらに大きくなります。高すぎる稼働を無理に維持するより、価格を引き上げて稼働を落ち着かせるほうが、収益性は高まるのです。

ここで一点、補っておきます。団体旅行が主流だった時代には、定員に対する「定員稼働率」が重視されました。しかし個人化が進んだ今は、客室を基準とする「客室稼働率」のほうが重要です。どの指標を見ているかによって、打つべき手は変わります。

値崩れを防ぐ設計の工夫として、航空業界の発想も参考になります。航空券には、早く予約すれば安いが変更やキャンセルに厳しい制約がつく運賃があります。安いプランにあえて制約を設けることで、本来は高い価格を払える層が安いプランに流れるのを防ぐ仕組みです。宿泊でも、事前決済、滞在時間、食事の有無、キャンセル規定などで条件に差を設ければ、安易な値崩れを抑えられます。また、集客のための「早割」を、割引ではなく景観の良い部屋の確約や特典付きの「早得」に置き換えれば、単価を落とさずに早期予約を促せます。

そして、繰り返しになりますが、稼働を追って下位施設から客を奪う値下げは、地域全体の相場を押し下げます。地域を代表する施設ほど、過度な稼働率の追求を控え、相場の維持と向上にリーダーシップを発揮することが望まれます。これは competitor との消耗戦から降りる、という経営判断でもあります。

→ 次章では「「想定以上に儲かった」を、手放しで喜んではいけない」を取り上げます。

進捗:第6章/全8章 ■■■■■■■■□□ 75%

ここまで読了:約14分 / 残り約4分

第7章
「想定以上に儲かった」を、手放しで喜んではいけない
要点

想定以上に儲かるということは、想定以上に損をすることと表裏一体だからです。

もう一つ、経営者に問い直していただきたい思い込みがあります。それは「予算を達成する」という言葉の意味です。

日本の企業では、予算達成とは「予算を超えること」だと受け止められがちです。しかし、収益を管理するという観点に立てば、予算とは「一定の幅の中にコントロールする」対象です。ある日の売上目標が100万円だとして、130万円売り上げたとしても、それは管理できていない状態だと見ることもできます。

想定以上に儲かるということは、想定以上に損をすることと表裏一体だからです。ある年は大きく超過し、ある年は大きく未達というプレーヤーよりも、毎年コンスタントに目標を達成できる体制のほうが、経営にとってはるかに信頼に足ります。

この視点を欠いたまま、売上だけを目標に掲げると、現場は極端な価格づけに走ります。繁忙日は1万8,000円、閑散日は5,980円といったように、価格が乱高下するのです。これは売上を唯一の指標にしている限り、ごく自然に起きてしまう現象です。コントロールできているとは到底言えません。

基本設計を整えたうえで、次の段階として取り組むのが、需要に応じて日々価格を最適化するレベニューマネジメント(RM=収益管理の手法)です。ただし、順序を間違えてはいけません。土台となる料金設計が歪んだまま日々の操作だけを高度化しても、機会損失は埋まりません。運転技術を磨く前に、まず車体そのものの性能を見直す。これが正しい順序です。

紅葉に包まれた温泉宿

→ 次章では「設計を、実行に移す」を取り上げます。

進捗:第7章/全8章 ■■■■■■■■■□ 88%

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第8章
設計を、実行に移す
要点

整えた料金設計を回し続けるには、監督役・実行役・サポート役の計3名以上の体制が要ります。特別な投資をせずとも、料金の基本設計と運用ルールを見直すだけで、売上は着実に上向きます。

最後に、整えた設計を回し続けるための実務に触れておきます。料金の運用には、監督役・実行役・サポート役の計3名以上が必要です。監督役は決裁者である経営者(旅館であれば社長や女将)、実行役とサポート役は専任の担当者が担う形が基本です。

避けたほうがよいのは、予約サイトごとに担当を分ける、コントロールの実施者を日替わりで頻繁に変える、特定のスタッフ1名だけに任せる、といった体制です。販売の統制が取れなくなったり、その1名の退職や異動で運用が止まったりするためです。離職率の高い業界の現状を踏まえ、実行役を2名以上置き、サポート役を加えてリスクを分散させることが望ましいでしょう。

運用のルールとしては、次のような取り組みが効果的です。

  • 1料金表の掲載を廃止するか、◯◯円〜と幅を持たせた表記にする。料金表は、繁閑に応じた柔軟な設定をしにくくし、改定をためらわせる足かせになりやすい。
  • 2料金の見直しを、年1〜2回ではなく3ヶ月に1度のルールにする。月次試算表から1室・1人あたりの変動費と固定費を把握し、物価上昇を見込んで適正価格を算出する。
  • 3常連客が多く値上げに踏み切れない場合は、まず食事料金から見直す。多くの飲食店が値上げを進めており、宿泊料金全体より理解を得やすい。
  • 4過度な値引きを求める旅行会社の企画には参画しない。他チャネルとの整合が崩れ、値上げを困難にするためである。
  • 5連泊予約を取り込む設計にする。連泊が増えれば客室清掃の負担が下がり、フロントの混雑も和らぎ、口コミ評価の向上にもつながる。
  • 6地域の業界団体や観光協会で値上げの勉強会を開き、地域ぐるみで相場を引き上げる機運を高める。

これらは、いずれも特別な投資を必要としません。予約状況に応じた販売コントロールを行わなくても、料金の基本設計と運用ルールを見直すだけで、売上アップを図ることができるのです。Aホテルも、この順序で設計を整えれば、日々の価格操作に頼る前に、単価は着実に上向いていくはずです。

ここまでお読みいただいて、料金に対する見方が、はじめとは逆転していれば幸いです。料金は現場の細部ではなく、経営者が自ら設計すべき、経営の根幹なのです。

→ ここまでの要点を、よくあるご質問で補足します。

進捗:第8章/全8章 ■■■■■■■■■■ 100%

ここまで読了:約18分 / 残り約1分

よくあるご質問

Q値上げをすると、お客さまが減ってしまうのではないでしょうか。

Aやみくもな値上げであれば、そのご懸念はもっともです。けれども、料金ランクを細かく刻み、競合のベンチマークを格上に張り替えるといった基本設計を整えれば、取りこぼしを防ぎながら段階的に単価を引き上げられます。価格を下げて下位施設から客を奪う戦略のほうが、長期的にはかえって値上げを困難にするとお考えください。

Q料金表をホームページに載せないと、不親切に思われませんか。

A料金表は、繁閑に応じたきめ細かな料金設定をしにくくし、改定をためらわせる足かせになりがちです。掲載を取りやめるか、◯◯円〜と幅を持たせた表記にすることをお勧めします。最低価格のみを示す形でも、お客さまの判断材料としては十分です。

Qうちは小規模で、複雑な料金設計に手が回りません。

A規模によって重点は異なります。小規模館では、まずターゲット層を絞り込み、人数帯と部屋タイプの差額を率で整えるところから始めれば十分に効果が出ます。すべてを一度に行う必要はありません。

Qサービスの質をもっと高めてから値上げすべきではないでしょうか。

A質の向上は大切ですが、それを条件にすると、いつまでも値上げに踏み切れません。設計の見直しと質の向上は、順番ではなく並行して進めるものです。値上げで得た利益を設備や人材に再投資し、さらなる収益につなげる好循環を目指しましょう。

Qレベニューマネジメントを導入すれば、単価は上がりますか。

A基本設計が整っていることが前提です。土台が歪んだまま日々の価格操作だけを高度化しても、効果は限定的です。まず設計を見直し、そのうえで需要連動の運用に進む。この順序が肝心です。

Q値上げの効果は、どのくらいの期間で表れますか。

A料金の基本設計の見直しは、予約状況に応じた販売コントロールを行わなくても、設計を直すだけで売上アップを図れる施策です。3ヶ月に1度の見直しサイクルに乗せれば、比較的早い段階で単価の変化を確認できるでしょう。

用語の整理

この記事で出てきた主な用語

料金設計と料金運用

料金設計は、段階数・差率・部屋タイプ・人数帯ごとの差額といった価格の「土台」を決めること。料金運用は、その土台をもとに日々どの価格を当てるかを判断すること。設計が粗いまま運用だけを高度化しても、取りこぼしは埋まらない。

レベニューマネジメント

需要を読みながら価格や在庫を最適化し、収益を最大化する運用手法。料金設計という土台が整ってはじめて効果を発揮する。

ADR(平均客室単価)

販売した客室1室あたりの平均単価(Average Daily Rate)。料金設計の巧拙が、この数値に直接表れる。

さいごに

いかがだったでしょうか。料金は現場が日々調整する運用の話だと思われがちですが、その土台にある基本設計こそ、将来の投資余力と事業の存続を左右する経営マターです。値上げできない真因は、現場の努力不足ではなく、設計を経営者が見直してこなかったことにあるのです。

弊社アルファコンサルティングでは、特定の業者と利害関係を持たない独立した立場から、料金の基本設計の見直しをはじめ、事業計画の策定や経営改善のご支援を行っています。依頼者の利益を最優先に、客観的な数値分析にもとづいてお手伝いいたします。

料金設計の見直しについて、初回相談は無料です。自館の料金体系に着眼すべき点がないか、まずは気軽にご相談いただければと思います。

読了後の3ステップ ― 今日からできること

1. 「運用」と「設計」を切り分ける

自館がいま見ているのは運用か、それとも設計まで踏み込めているかを確かめましょう。

2. 5つの盲点を自館に当てはめる

段階数・差率・部屋タイプ・人数帯・競合の5点を、一つずつ点検しましょう。

3. 設計から運用へ、順序立てて整える

土台となる設計を整えてから、日々の運用を高度化しましょう。

どこから手をつけるべきか、現状診断からご一緒できます。

青木康弘

弊社アルファコンサルティングでは、特定の業者と利害関係を持たない独立した立場から、料金設計の見直しや収益改善のご支援を行っています。客観的な数値分析にもとづき、依頼者の利益を最優先にお手伝いします。

株式会社アルファコンサルティング 代表 青木康弘

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