こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。

一度、お客様のふりをして、自分の館に電話をかけてみてください。「泊まろうか迷っているのですが、そちらの売りは何ですか」。そう尋ねたとき、返ってきた答えに、思わず受話器を握りしめた経営者の方を、私は何人も見てきました。「特に……ありません」。あるいは「お安くなっております。それ以外は特に」。
丹精込めて磨いてきた料理も、湯も、もてなしも、現場のその一言で「特になし」にされてしまう。これほどもどかしいことはありません。けれど、ここで現場を責める前に、立ち止まっていただきたいのです。なぜ、現場はそう答えてしまうのか。そして、そのもどかしさの矛先は、本当に現場に向けるべきものなのか。本記事は、経営者であるあなたとともに、この問いを解いていきます。
この記事を読むとわかること
- 1なぜ現場は「特にありません」と答えてしまうのか ― その本当の理由
- 2同じ宿・同じ料金でも、誰が出るかで予約が決まる差の正体
- 3現場の善意の「ネットの方が安いですよ」が生む“二重の損失”
- 4支配人や現場が売上に受け身になる、構造的な理由
- 5経営者がやるべき、自館の「売り」の言語化と共有の方法
目次 タップで開閉
→ まずは、現場で本当によくある一場面から。
自館に電話して、青ざめる
「特にありません」と言われた経営者の顔
私は覆面調査といって、お客様のふりをしてホテル・旅館に電話をかけ、応対を確認することがあります。経営者の方に「ご自分の館にもかけてみてください」とお願いすると、後日、決まって渋い顔で報告を受けます。「うちのフロントは、特にありません、と言いました」と。
お客様の立場で聞く「泊まるところを迷っているのですが、そちらの売りは何ですか」という質問は、普段あまり現場が受けないものです。だからこそ、出た人の素の状態が表れます。そして、いちばん多く返ってくるのが、次の三つです。
覆面調査で実際によく返ってくる答え
「特に……ありません」
「お値段がお安くなっております。それ以外は特に」
「インターネットの予約サイトで申し込まれた方がお安いですよ」
経営者にとって、これほど胸の痛む答えはありません。何千万円もかけて風呂を改修し、地元の食材を吟味し、スタッフの所作を磨いてきた。その積み重ねを、現場が電話一本で「特になし」と要約してしまう。もどかしさを通り越して、腹立たしくさえ感じるかもしれません。
でも、その矛先は現場でいいのか
ここで多くの経営者は、「うちの教育がなっていない」「あのスタッフはやる気がない」と、現場へ怒りを向けます。気持ちは分かります。しかし、少し冷静に考えていただきたいのです。そのスタッフは、自館の「売り」を、誰かから言葉で教わったことがあるでしょうか。
忙しい時間、後ろにお客様が並び、別の内線も鳴る。その中で「おすすめは?」と聞かれて、気の利いた一言がすぐ出てくる人は、そう多くありません。そして多くの館では、その「気の利いた一言」を、誰も現場に渡していません。私が数多くの応対を聞いてきて言えるのは、「特にありません」は現場の怠慢ではなく、経営が売りを言葉にして渡せていないことの表れだということです。もどかしさの正体を、これから順に解いていきます。
青木
覆面調査で十数軒に同じ質問をすると、答えられる館は二、三軒というのが実感です。
けれど、答えられなかった館の経営者が無能なわけではありません。むしろ熱心な方ほど「料理も湯も自信がある。なぜ現場はそれを言えないのか」と悔しがられます。その問いの答えこそ、この記事の主題です。
→ まず、同じ宿でも予約が取れる人と取れない人がいる。その差から見ていきます。
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ここまで読了:約2分 / 残り約13分
予約につながる人は、何が違うのか


違いは「情報量」ではない
予約につながる人の電話を観察すると、意外なことに気づきます。たくさん話しているわけでも、難しい言葉を使っているわけでもありません。むしろ、こちらが思っていたより聞いている時間が長いのです。
答えられない人は、質問されたことに答えようとします。「おすすめは?」と聞かれたら、施設の設備や料理を順番に説明する。間違ってはいません。けれど、それは誰に向けても同じ「説明」です。一方、予約につながる人は、答える前にまず一言、聞き返します。
「どなたと、どんな日に?」の一言
予約につながる人は、おすすめを並べる前に、こう尋ねます。「ありがとうございます。よろしければ、どなたとお越しのご予定ですか」。あるいは「何か特別な日の旅行でいらっしゃいますか」。
たったこれだけで、会話が変わります。お客様が「両親の還暦祝いで」と答えれば、すすめるものは決まってきます。「子ども連れで初めて」と言えば、別のものになります。同じ館でも、相手によって「売り」は変わる。予約につながる人は、それを知っているから、まず相手を知ろうとするのです。
そして、ここがいちばん大切なところです。相手の事情を聞いたうえで、その人は施設の情報を「説明」するのではなく、そのお客様が過ごす場面を思い描かせるように話します。「還暦のお祝いでしたら、夕食はお部屋でゆっくり召し上がれるプランがございます。仲居がそっと祝い膳をお持ちしますので、ご家族水入らずでお過ごしいただけますよ」。設備の説明ではなく、その人の一日の情景を手渡している。これが、決め手になります。
明日からの一言
まず「どなたと、どんな日に」を聞いてみる
「おすすめは?」と聞かれたら、答える前にこの一言を。
「ありがとうございます。よろしければ、どなたとお越しのご予定ですか」
相手が分かれば、すすめるものは自然と決まります。情報を全部言う必要はありません。
→ その言葉を、もっと具体的に分解してみましょう。
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ここまで読了:約4分 / 残り約11分
その言葉を分解する ― 同じ説明が予約に変わる瞬間


事実は同じ。変わるのは「翻訳」
予約につながる人と、そうでない人。二人が伝えている事実は、実はほとんど同じです。違うのは、その事実をお客様にとっての意味に翻訳しているかどうかだけです。具体的に並べてみましょう。
温泉について聞かれたとき
ありがちな返し
「はい、天然温泉の大浴場がございます」
(事実だけで終わり、お客様は「ふーん」で終わる)
予約につながる返し
「天然温泉で、夜は10時まで貸切でもご利用いただけます。お子様連れの方には、人目を気にせず入れると好評です」
(事実+その人にとっての過ごし方)
料理について聞かれたとき
ありがちな返し
「夕食は会席料理です」
(メニュー名の説明で終わる)
予約につながる返し
「夕食は、地元の漁港から毎朝届く魚を使った会席です。何が入るかはその日のお楽しみで、リピーターの方はそれを楽しみにいらっしゃいます」
(事実+物語+選ばれている証拠)
「ネットの方が安いのでは?」と聞かれたとき
ありがちな返し
「はい、サイトの方がお安いです」
(お客様を他チャネルへ送り、関係が切れる)
予約につながる返し
「お電話でしたら、サイトと同じ料金で承れます。しかも、お部屋の眺めやお食事の時間も、いまこの場でご相談いただけますよ」
(同額+電話ならではの価値)
お分かりでしょうか。特別な情報を持っているわけではありません。同じ事実に、「あなたにとってどういいか」を一言足しているだけです。この一言があるかないかで、お客様の頭の中には「自分がそこで過ごす場面」が浮かぶかどうかが変わります。場面が浮かべば、人は予約に進みます。
なぜ「翻訳」だけで結果が変わるのか
お客様は、設備や料理のスペックを知りたいのではありません。そこで自分や家族がどんな時間を過ごせるかを知りたいのです。スペックは、それを想像するための材料にすぎません。予約につながる人は、材料を渡すだけでなく、想像まで手伝っている。だから「ここに泊まりたい」という気持ちが生まれます。
そしてこれは、繰り返しますが才能ではありません。「事実+その人にとっての意味」という型を知り、自館の魅力でその型を埋めておけば、誰でも同じことができます。問題は、その「型を埋めた言葉」が、現場で共有されているかです。多くの館では、それが一部の人の頭の中だけにあり、言葉として共有されていません。だから、できる人とできない人に分かれてしまうのです。
明日からの一言
事実のあとに「という意味です」を足す
伝える事実を一つ決めたら、そのあとに「お客様にとってどういいか」を一言足す練習を。
× 「露天風呂があります」 ○ 「露天風呂があるので、夜は星を見ながら入れますよ」
まずは自館の魅力を三つ選び、それぞれに「意味の一言」を付けてみてください。
→ ここまで読んで、こう思った方もいるはずです。「それができれば苦労しない」。次章は、その本音の話です。
進捗:第3章/全7章 ■■■□□□□ 43%
ここまで読了:約7分 / 残り約9分
なぜ現場は、そう答えてしまうのか ― 経営者の知らない本音


前章までで、もどかしさの正体が「言葉の型」の有無にあると見てきました。では、なぜ現場はその型を持てないのか。経営者の方が知らないところで、現場には現場の事情があります。私がご相談の現場で聞いてきた声を、現場の心の内として綴ってみます。これは、経営者に向けて現場の本音を翻訳したものだと思って読んでください。
本音1 ― そもそも「売り」を教わっていない
あるフロント係の声
入社のとき教わったのは、チェックインの手順、システムの操作、クレームが来たときの謝り方。
でも「うちの宿の何が一番いいのか」を、誰かが言葉にして教えてくれたことは、一度もありません。
温泉も料理も悪くないと思っている。でも、それを「売り」として言い切る自信が、私にはないんです。
意味を足そうにも、足す中身を渡されていない。これは現場の力量ではなく、自館の売りが言葉として定義され、共有されていないという館側の問題です。応対のうまい人がいるのは、その人が自分なりに見つけたからにすぎません。仕組みではなく、個人の努力に頼っている状態です。
本音2 ― 余裕がない時間に、その電話は鳴る
ある予約係の声
電話が鳴るのは、たいてい一番忙しい時間帯です。列ができて、別の内線も鳴っていて。
そんなときに長い相談の電話が入ると、丁寧に聞きたくても、後ろが詰まっていて気が急く。
人を増やしてと言っても「電話なんてもう少ないだろう」と言われる。少ないからこそ、鳴ったとき手が回らないのに。
落ち着いて聞き返す余裕がなければ、「どなたと、どんな日に」の一言も出ません。これは人員配置とピーク設計の問題で、気合いで解決するものではありません。現場の「手が回らない」という声は、たいてい構造のひずみを最初に知らせる警報です。
本音3 ― 安い方をすすめた方が、角が立たない
あるフロント係の声
お客様に喜ばれるのは、結局いちばん安いプランを案内したときです。
高い方をすすめて「高い」と思われるより、安い方を案内した方が、その場は丸くおさまる。
「ネットの方が安いですよ」と教えると感謝される。クレームにもならない。でも、それが売上にどう響くかまでは、考えたことがなかった。
ここに、現場の善意が売上減につながる典型があります。親切にしようとするほど、安い方・手数料のかかる方へ案内してしまう。悪気はなく、むしろ良かれと思ってのことです。問題は、その一言が館の収益にどう跳ね返るかを知る機会も、考える枠組みも、現場に与えられていないことです。この点は6章で詳しく見ます。
本音4 ― 売上は、私の数字ではない(支配人の声)
ある支配人の声
正直に申し上げると、目の前の電話一本を予約に変えることに、私はそこまで必死にはなれません。
私の仕事は、シフトを回し、クレームを出さず、現場を荒立てないこと。売上は会社の数字であって、達成しても私の給料が上がるわけではない。それより、忙しい時間に長い相談電話が入る方が、正直こたえます。
安いプランを案内した方が、お客様にもスタッフにも角が立たない。波風を立てずに一日を終えること。それが、雇われている私の現実的な務めなんです。
経営者の方にとっては、聞きたくない本音かもしれません。しかし、これを「当事者意識が足りない」と責めても始まりません。雇われの管理職にとって、売上は自分の評価にも報酬にも直結しない、会社の数字です。守りを優先するのは、立場として自然な帰結なのです。支配人が受け身に見えるのは資質の問題ではなく、売上を上げても報われない仕組みと、上げる権限を渡されていない構造の問題です。現場に当事者意識を求めるなら、まず経営が、当事者になれる材料と理由を渡しているかを問うべきです。
四つの本音に共通するのは、いずれも現場個人ではなく、仕組みの問題だということです。だからこそ、叱って直るものではありません。経営者のもどかしさの矛先は、現場ではなく、この仕組みを作っている自分自身に向けるべきもの ― そう申し上げる理由が、お分かりいただけるかと思います。




厳しい言い方になりますが、現場を責めても売上は一円も増えません。
私がご支援する際、最初に経営者へお願いするのは「叱責を一度やめてみましょう」ということです。現場が黙って従っているうちは、本音も、改善の糸口も出てきません。もどかしさは、責める力ではなく、言葉を渡す力に変えていきましょう。
→ ここで、よくある反論に答えておきます。「そもそも電話予約なんて、もう少ないのでは?」
進捗:第4章/全7章 ■■■■□□□ 57%
ここまで読了:約9分 / 残り約6分
「電話はもう少ない」は本当か ― 一本の重み
ネットで決められる人は、もう電話してこない
「電話予約はもう少ないから、応対なんて重要じゃない」。経営の側からも、現場の側からも、よく聞く言葉です。件数だけ見れば、そのとおりです。けれど、ここで一度考えてみてください。そもそも、いまどき電話をかけてくるのは、どんな人でしょうか。
料金を比べて、写真を見て、その場で予約ボタンを押せば済む人は、もう電話などしません。それでもわざわざ電話してくるのは、サイトの情報だけでは決めきれない事情がある人です。
- 記念日・特別な利用 ― 還暦祝い、結婚記念日。失敗できないから、声で確かめたい
- 高齢の家族連れ・三世代 ― 段差や食事の配慮を、相談してから決めたい
- 団体・グループの幹事 ― 宴会や送迎など、サイトの定型では収まらない
- 特別な配慮が必要な方 ― アレルギー、介助、サプライズの相談
お気づきのとおり、どれも単価が高く、取りこぼすといちばん痛いお客様です。電話が減ったということは、件数が減っただけで、一本あたりの価値はむしろ上がっています。あなたが取った何気ない一本が、実は館にとって最も大切な一本かもしれないのです。
現場にとっての意味 ― 指名で戻ってくるお客様ができる
これは現場にとっても良い話です。電話で丁寧に応対し、いい時間を過ごしてもらえたお客様は、次もまた電話してきます。「この前の方、いますか」と。指名で戻ってくるお客様ができるのは、現場にとって何よりの手応えであり、評価にもつながります。サイト経由の一見客をさばくのとは、仕事の充実感がまるで違います。
注意点
一度、自分の館に電話してみる
お客様のふりをして、自分の館に「おすすめは?」と電話してみてください。返ってきた答えが、いまの自館の現場の本音です。
あわせて、電話予約のお客様とネット予約のお客様で、客単価や同行人数がどう違うかを一度見てみてください。電話客の単価が際立って高いことに、多くの方が驚きます。
→ 前章で先送りにした「ネットの方が安い」問題。実はここに、大きな損があります。
進捗:第5章/全7章 ■■■■■□□ 71%
ここまで読了:約11分 / 残り約4分
「ネットの方が安い」が、実は損をしている話


親切な一言が、なぜ損になるのか
「ネットの方が安いですよ」。これは、お客様を思っての親切な一言です。けれど、館の立場で見ると、損が二つ重なります。これは現場を責める話ではありません。仕組みを知らないだけなので、知れば変えられます。
一つ目の損は、手数料です。電話でそのまま予約を受ければ、予約サイトへの手数料はかかりません。ところが「ネットで」と案内した瞬間、その予約はサイト経由に変わり、館は宿泊料金の10〜15%の手数料を払うことになります。二名一泊4万円の予約なら、手数料率12%で約4,800円。売上の1割強です。「まあ、その程度か」と思われたかもしれません。
しかし、ここで一つ、見方を変えていただきたいのです。手数料は売上から引かれるのではなく、最後に残る利益から引かれます。4万円を売り上げても、食材費・人件費・水光熱費を払えば、手元に利益として残るのは一部です。手数料は、その「残った利益」を削るのです。同じ4,800円でも、売上で見るか利益で見るかで、重みはまるで違います。
【図表1】手数料は「売上の1割」だが「利益の半分」 ― 温泉旅館の例
| 見る角度 | 金額 | 手数料4,800円が占める割合 |
|---|---|---|
| 予約額(売上)で見ると | 40,000円 | 約12%(小さく見える) |
| 最後に残る利益で見ると | 約8,000〜12,000円 | 約40〜60%(半分前後) |
温泉旅館の利益水準(GOP20〜30%)をもとに置いた例ですが、構図は明らかです。売上で見れば1割の手数料が、利益で見れば半分近くを持っていく。売上比の感覚で「1割くらい」と考えていると、利益への打撃を大きく見誤ります。これは業態を問わず起こることで、利益率の低い館ほど、この食い込みは深くなります。
しかも前章で見たとおり、電話をかけてくるのは単価の高いお客様が中心でした。単価が高い予約ほど手数料の額も大きくなりますから、いちばん利益への食い込みが大きい予約を、わざわざ手数料のかかる方へ送り出していることになります。月に数件、年に数十件と積み上がれば、人ひとりの人件費に匹敵する額が、案内一つで消えている計算になります。
もっと大きいのは、二つ目の損
ただ、本当に痛いのは手数料ではありません。二つ目の損、すなわちそのお客様との直接のご縁を手放すことです。電話で迷っているお客様の背中を押せれば、その人は「次もあの宿に直接電話しよう」と思ってくれます。ところが「ネットで」と案内すれば、その縁はサイトのものになり、次回もまた手数料を払って“買い戻す”ことになります。
親切と売上を、両立させる一言
では、どうするか。現場の親切心を否定する必要はありません。親切と売上を両立させる一言を、覚えておけばよいだけです。3章でも触れた、あの言い回しです。
明日からの一言
「ネットの方が安い?」と聞かれたら
× 「はい、サイトの方がお安いです」(縁が切れ、手数料もかかる)
○ 「お電話でしたら、サイトと同じ料金で承れます。お部屋の眺めやお食事の時間も、いまご相談いただけますよ」
お客様はより親切に感じ、館は直接予約を確保できます。誰も損をしません。
→ 最後に、その言葉を、一部の人の特技で終わらせない方法を。
進捗:第6章/全7章 ■■■■■■□ 86%
ここまで読了:約13分 / 残り約2分
売れる言葉を、チーム全員のものにする


できる人の頭の中を、紙一枚に出す
ここまでで、予約につながる人の正体が見えてきました。才能ではなく、「事実+その人にとっての意味」という型を、自館の魅力で埋めて持っているだけ。だとすれば、やるべきことは一つです。できる人の頭の中にある言葉を、紙一枚に出して全員で共有する。
難しく考える必要はありません。次の三つを、現場のみんなで埋めてみてください。これは経営者・支配人が主導し、現場と一緒に作るのが何よりのコツです。経営者が一人で作って配っても、現場の言葉にはなりません。
【図表2】自館の「売れる言葉」を作るシート
| 埋める項目 | 書く内容 | ヒント |
|---|---|---|
| 誰に向けた宿か | 主なお客様像を具体的に | 記念日・家族・カップル・出張など |
| その人に約束できること | 滞在で得られる体験を一言で | 「〜できる宿」の形で |
| 事実+意味の一言 | 魅力3つに「意味」を付ける | 3章の「翻訳」を思い出す |
| よくある質問への返し | おすすめ・他館との違い・ネット価格 | 良い例を全員で決めておく |
声に出して、体に入れる
紙にしただけでは、いざお客様を前にすると出てきません。朝礼や手すきの時間に、声に出して練習します。「おすすめは?」「他とどう違うの?」「ネットの方が安い?」の三つだけでも、返しを全員で声に出してみる。これだけで、現場の応対は驚くほど変わります。電話応対は、取り次ぎ作業ではなく立派な営業活動なのだと、みんなで捉え直すことが出発点です。
それでも、変えられるのは現場一人ではない
ここまで現場の側に立って書いてきました。最後に、経営者・支配人の方へ申し上げます。冒頭の「特にありません」という一言は、現場の怠慢ではありません。誇りを持てる材料を渡されないまま、忙しさの中で出てしまった言葉でした。
応対のうまい人がいるのは、その人が個人の努力で型を見つけたからにすぎません。それを才能で片づけてしまえば、館はいつまでも「できる人」と「できない人」に分かれたままです。その言葉を引き出し、全員の共有財産に変えるのは、責任者一人の力では到底できません。自館の売りを定義し、言葉にし、現場と分かち合う。それができるのは、経営の側だけです。
立場別に、明日からやること




いきなり完璧な台本を作る必要はありません。まずは「おすすめは?」への返しを一つ、全員で声に出してみる。それだけで現場の空気が変わります。
小さく始めて、うまくいった言葉を足していく。この積み重ねが、半年後には館の「売れる言葉」の財産になります。
→ ここまでをふまえ、よくある質問にお答えします。
進捗:第7章/全7章 ■■■■■■■ 100%
完読おつかれさまでした。
よくある質問
現場のスタッフ、支配人、経営者の方々からよくいただく質問をまとめました。
Q応対のうまい人は、結局センスがある人なのでは?
Aセンスではなく、再現できる「言葉の型」の差です。予約につながる人は、施設の事実を伝えるだけでなく「お客様にとってどういいか」を一言足し、相手の事情を先に聞いています。これは型として学べるので、共有すれば誰でもできるようになります。本記事2章・3章で具体的に分解しています。
Q忙しくて、電話で長く話を聞く余裕がありません。
A長く話す必要はありません。むしろ「どなたと、どんな日に?」と一言聞くだけで、すすめるものが絞れて、結果的に会話は短くなります。問題はむしろ人員配置で、電話が増える時間に手が回らないなら、それは現場ではなく体制の課題です。本記事4章で触れています。
Q「ネットの方が安い」と案内するのは、親切では?
A親切心は大切ですが、館にとっては二重の損です。直接受ければかからない手数料(10〜15%)が発生し、高単価客との縁も手放します。「お電話なら同じ料金で、お部屋やお食事もご相談いただけます」と言えば、親切と売上を両立できます。本記事6章をご覧ください。
Q電話予約はもうほとんどないのに、力を入れる意味はありますか?
Aあります。ネットで決められる人はもう電話してきません。いま電話してくるのは、記念日や家族旅行など単価が高く失敗できないお客様です。件数は減っても一本の価値は上がっています。本記事5章で詳しく述べています。
Q小さな宿で、専任の予約係もいません。それでもできますか?
Aむしろ少人数のほうが、共有は早く進みます。経営者自身が自館の売りを三つ書き出し、全員で一度声に出すだけでも応対は変わります。シートも台本も、紙一枚で十分です。本記事7章をご覧ください。
Qこの話は、電話だけのことですか?
Aいいえ。「自館の売りを言葉にできない」という土台の問題は、予約サイトのメッセージ、チャット、チェックイン時の案内、口コミ返信など、お客様とのあらゆる接点で表れます。電話は、それが最も生々しく表れる窓にすぎません。
用語集 ― 本記事の主な用語
本記事に登場した用語を、業界経験の浅い方にも分かるようにまとめました。
| 用語・略称 | 意味 |
|---|---|
| セールスポイント(売り) | お客様が「ここに泊まる理由」と感じる、自館ならではの魅力。誰に向けた魅力かを定めて初めて言葉として力を持つ |
| 事実+意味の翻訳 | 「露天風呂がある」という事実に「夜は星を見ながら入れる」という、その人にとっての意味を足す話し方。予約につながる言葉の型 |
| 覆面調査(ミステリーショッパー) | お客様のふりをして応対やサービスの実態を確認する調査。自館の点検にも、他館と比べた強みの把握にも使う |
| OTA・送客手数料 | OTA=Online Travel Agent(ネット予約サイト)。経由予約に宿泊料金の10〜15%程度の手数料がかかり、利益を圧迫する |
| 直接予約(直販) | 電話や自社サイトなど、予約サイトを介さずに受ける予約。手数料がかからず、お客様との縁も直接保てる |
| 客単価 | お客様一人(または一室)あたりの平均的な支払額。電話で問い合わせるお客様は客単価が高い傾向がある |
さいごに ― 「特にありません」を変えられるのは誰か


いかがだったでしょうか。同じ宿、同じ料理、同じ料金。それでも予約につながる人がいるのは、才能ではなく、「事実+その人にとっての意味」を、自館の魅力で語れるからでした。そして、わざわざ電話をかけてくるお客様は、いまや単価が高く、失敗できない事情を抱えた大切な一本です。
現場の方には、まず一つだけ持ち帰っていただきたい言葉があります。「おすすめは?」と聞かれたら、答える前に「どなたと、どんな日に?」。そして魅力を伝えるときは、事実のあとに「という意味です」を一言。これだけで、あなたの電話は変わり始めます。
そして経営者・支配人の方へ。「特にありません」という一言は、現場の怠慢ではなく、誇りを持てる材料を渡せていないことの表れでした。応対のうまい人の言葉を一部の人の特技で終わらせず、全員の共有財産に変える。それができるのは、経営の側だけです。一本の電話には、その館が現場とどう向き合っているかが、そのまま映ります。
アルファコンサルティングは、自館の「売り」の言語化、応対のうまい人の言葉の型の抽出、現場への落とし込み(よくある質問への返しづくり・ロールプレイ・覆面調査の設計)、予約チャネル別の収益構造の整理まで、現場と経営の両側からお引き受けしています。メンバーは全員が宿泊施設の役員を経験しており、相談から実行まで担当が変わらないチーム制で進めます。これまでお引き受けした案件は通算四百六十件を超えます。
私たちの立ち位置は、特定の予約サイトや運営会社と利害関係を持たない、独立した立場です。だからこそ、どのチャネルに誘導すれば誰が得をするかではなく、依頼者である施設にとって何が得かを基準に、予約チャネルと現場の応対を組み立てられます。青木は観光経済新聞で2009年から17年にわたってコラムを連載し、業界の構造変化と現場の実態の両方を見てきました。
相談の前に ― まず自分の館に電話をかけてみる
ステップ1:お客様のふりをして電話する(10分)
「売りは何ですか」と尋ねてみてください。返ってきた答えが、いまの現場の本音です。
ステップ2:電話客とネット客の単価を比べる(1時間)
直近の予約を、客単価・同行人数・リピート率で比べます。電話客の単価が際立って高いことに気づくはずです。
ステップ3:できる人の言葉を、紙一枚に出す(30分)
本記事7章のシートを、現場のみんなで埋めてみてください。それ自体が共有の第一歩になります。
この三つをやってみると、相談の中身が一段と具体的になります。言葉づくりでつまずいたところからご相談いただいて構いません。
「現場が自信を持って応対できるようにしたい」「自館の売りを言葉にしたい」「予約チャネルごとの収益構造を整理したい」——こうしたご相談をお受けしています。ご相談は無料です。
ご相談は無料/相談から実行まで同じ担当者が対応/全国対応