旅館・ホテルの親族内承継|後継者の力・親子の関係・株式分散と個人保証の実務

こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。

旅館やホテルを、お子さまや親族へ引き継ぐ。古くから選ばれてきた、最も自然な承継のかたちです。屋号が残り、従業員の雇用が続き、地域に長く親しまれた宿がこれからも宿であり続ける。第三者への売却や廃業と比べたとき、親族内承継にはほかにない価値があります

ただ、「継いでくれる人がいる」というだけで、承継がうまくいくわけではありません。先代と後継者のあいだには、世代の違いから生まれる見えない壁があります。株式の分散や個人保証といった、表からは見えにくい論点も控えています。準備をしないまま時が過ぎ、いざというときに慌てる。そうした宿を、私はいくつも見てきました。

この記事では、旅館・ホテルの親族内承継を円満に進めるために知っておきたいことを、後継者に必要な力、親子の関係づくり、先代の引き際、そして株式分散と個人保証という財務の論点まで、順を追って整理していきます。経営の判断は、身内だからこそ相談しにくいものです。外部の専門的な視点を添えることで、見通しが立てやすくなる場面は少なくありません。

この記事を読むとわかること

  • 1親族内承継が持つ価値と、準備を始めるべき時期
  • 2後継者に必要な三つの力(数字・銀行・現場)の育て方
  • 3親子だからこその対立を避け、段階的に権限を移す進め方
  • 4株式の分散を防ぐ「遺留分に関する民法の特例」の使いどころ
  • 5後継者・先代の個人保証をどう扱うか(経営者保証ガイドライン)

こんなお悩みはありませんか

以下の項目に2つ以上当てはまる方は、本記事を最後までお読みになることをお勧めします。

□ 後継者は決まっているが、経営数字を任せられるか不安がある

□ 後継者が銀行との付き合いに苦手意識を持っている

□ 株式が複数の親族に分かれており、集約できていない

□ 借入に個人保証がついており、承継後の扱いが分からない

□ 先代がいつ、どこまで権限を譲るのか決まっていない

□ 宿の将来について、親子で腹を割って話せていない

▶ 本記事で、承継の準備として押さえるべき点を整理しましょう。

第1章
なぜ親族内承継が最優先の選択肢になりうるか
長く地域に親しまれてきた老舗旅館
長く地域に親しまれてきた老舗旅館
要点

親族内承継は、屋号・雇用・取引先・地域の信用がそのまま残りやすい、宿を未来へつなぐ最も自然なかたちです。ただし「継ぐ人がいる」だけでは成功せず、早めの準備が欠かせません。

事業の引き継ぎには、大きく三つの道があります。お子さまや親族へ継ぐ親族内承継、役員や従業員へ継ぐ社内承継、そして第三者へ売却する形のM&A(合併・買収)です。このうち親族内承継は、伝統的に最も多く選ばれてきた手段です。

なぜ親族内承継に価値があるのか。それは、宿が宿のまま残りやすいからです。第三者へ売却すれば、買い手の経営方針によっては屋号が変わることも、客室の使い方が変わることもあります。廃業すれば、建物は手放すか取り壊すことになり、長く親しまれた屋号は地域から消えてしまいます。これに対し、お子さまや親族が継いでくれれば、屋号も、従業員の雇用も、取引先との関係も、地域での信用も、そのまま引き継がれていきます。

もっとも、ここで冷静になっておきたいことがあります。継いでくれる人がいることと、承継が成功することは、別の話です。後継者が経営の準備を整えないまま代を継ぎ、数年で立ち行かなくなる。そうした例は、決して珍しくありません。

ホテル旅館コンサルタント 青木康弘

青木康弘(ホテル旅館コンサルタント)

私がよく経営者の方にお伝えしているのは、承継の準備は早すぎるということはない、ということです。先代の立場からすると「言わなくても息子や娘は分かってくれるはず」と思いがちですが、はっきり依頼されなければ、後継者本人は継ぐ覚悟を固められないものです。正月やお盆など、親族が集まる機会は、宿の将来を腹を割って話し合う良いきっかけになります。

国内の中小企業では、社長の平均年齢が六十歳前後に達しており、旅館・ホテル業界も例外ではありません。先代の体力が衰え、病気がちになってからでは遅いのです。承継は、ある日突然始めるものではなく、長い時間をかけて準備していくものだと考えておくとよいでしょう。

→ 次の章では、その準備の中心となる「後継者に必要な力」を見ていきます。

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ここまで読了:約1分 / 残り約12分

第2章
後継者に必要な三つの力 ― 数字・銀行・現場
宿の現場に立つ若女将
宿の現場に立つ若女将
要点

後継者に育ててほしい力は、経営数字を読む力・銀行と向き合う力・現場で信頼を得る力の三つです。いずれも一朝一夕には身につかないため、先代が現役のうちから時間をかけて育てます。

旅館・ホテルを取り巻く環境は、この三十年で大きく変わりました。先代の時代の常識が、そのまま通用しないことも増えています。私は、後継者に身につけていただきたい力を、三つに整理してお伝えしています。

後継者に必要な三つの力

STEP 1

経営数字を読む力

投資と回収・銀行返済のバランスを読み、どんぶり勘定を脱し、業績変化の予兆をつかむ。

STEP 2

銀行と向き合う力

面会を避けず、リニューアルや経理を通じて金融機関との接点を自然につくる。

STEP 3

現場で信頼を得る力

現場仕事を嫌がらず、従業員の貢献を忘れず、地道に信頼を積み重ねる。

経営数字を読む力

一つめは、経営数字を読む力です。後継者というと、外交活動や営業のやり方を学ぶことに意識が向きがちですが、それと同じくらい、経営数字の読み方を勉強し、強みにしていただきたいのです。

景気が低迷したときに失敗する旅館・ホテルには、共通した特徴があります。投資と回収、そして銀行返済のバランスを読み違えていること。どんぶり勘定で運営していること。マーケティングのデータを十分に理解できていないこと。この三つです。売り上げが伸びていた時代には、こうした問題は利益が覆い隠してしまいます。しかし、需要が読みにくくなる局面では、後継者が経営数字に強くなり、業績の変化の予兆を早めにつかめるようになっておく必要があります。

銀行と向き合う力

二つめは、銀行と向き合う力です。旅館・ホテルの経営は、銀行との付き合いと切っても切り離せません。それにもかかわらず、銀行との面会を避けようとする経営者や役員は、実は少なくありません。

後継者には、銀行との付き合いに苦手意識を持たないでいただきたいと思います。とはいえ、いきなり銀行と渡り合えるわけではありません。銀行借入を前提とするリニューアルのプロジェクトに関わってみる。経理部に所属して、数字を通じて金融機関と接する経験を積む。そうした機会をつくっていけば、銀行との接点は自然とできていきます。先代がまだ現役のうちに、後継者がこうした場に同席し、関係を少しずつ引き継いでいくとよいでしょう。

現場で信頼を得る力

三つめは、現場で信頼を得る力です。次の世代の経営者の中には、インターネット販売ばかりに力を入れ、現場の仕事にはあまり関わらない方もいます。もちろんネット集客は重要です。しかし、リアルなエージェントとの関係を築いたり、お客さまへのサービスのために長く働いてくれている従業員の貢献を、忘れてはいけません。

従業員からの信頼がなければ、会社が厳しい局面を迎えたときに、後継者の経営方針に耳を傾けてもらえなくなります。小さな成功で構いません。現場の仕事を嫌がらずに取り組み、地道に信頼を積み重ねていくことが、いざというときに後継者を支える土台になります。

→ 力を育てると同時に整えたいのが、先代と後継者の関係です。次章で見ていきます。

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第3章
親子の関係をどう整えるか ― 承継を阻む見えない壁
先代から後継者へ受け継がれる宿
先代から後継者へ受け継がれる宿
要点

親族内承継には、親子だからこその難しさがあります。「言わなくても分かるはず」という思い込みを捨て、役割を明確にし、段階的に権限を移していくことが円満な承継の鍵です。

先代の常識が通用しない時代

旅館・ホテルを取り巻く環境は、この三十年で激変しました。インターネットによる予約が当たり前になり、インバウンドの需要が大きく動き、人手不足が深刻になり、お客さまの求めるものも変わりました。先代が成功を収めてきたやり方が、いまも同じように通用するとは限りません。

ここで起きやすいのが、先代と後継者の対立です。先代は自分の成功体験を信じています。後継者は新しい時代のやり方を取り入れようとします。どちらにも理があるからこそ、衝突します。この対立は、親子だからこそ感情的になりやすく、こじれると承継そのものを危うくします。

「言わなくても分かるはず」という思い込み

親子のあいだには、「言わなくても分かってくれているはずだ」という思い込みが生まれがちです。しかし、経営の引き継ぎは、言葉にしなければ伝わりません。いつ代を継ぐのか。どの範囲を任せるのか。財務の状況はどうなっているのか。こうしたことを、節目ごとに言葉にして確認し合うことが、思っている以上に大切です。身内だからこそ、改まって話す機会を意識的につくる必要があるのです。

役割を明確にし、段階的に権限を移す

承継は、ある日いきなり社長の座を譲るものではありません。後継者を、各部署の仕事を経験させたうえで、しかるべき年齢になったときに、全体を俯瞰できる立場へと段階的に昇格させていく。これが望ましい進め方です。

「立場が人を作る」という言葉があります。責任のある立場に就くことで、人は経営者として成長していきます。逆に言えば、いつまでも権限を渡さず、後継者を補佐的な役割にとどめておくと、経営者としての力は育ちません。先代には、適切な時期に、思い切って権限を移していく覚悟が求められます。

役割を明確にすることも重要です。先代と後継者の担当範囲が曖昧なままだと、従業員はどちらの指示に従えばよいのか分からなくなり、現場が混乱します。誰が何を決めるのかをはっきりさせ、後継者の決定を先代が現場の前で覆さないようにする。こうした配慮が、後継者の求心力を育てます。

→ 権限を移すうえで、先代自身の引き際も大きな論点になります。次章で扱います。

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ここまで読了:約5分 / 残り約7分

第4章
先代が幸せにリタイアするために
宿を見守ってきた先代の女将
宿を見守ってきた先代の女将
要点

承継の成否は、先代の引き際が左右します。口出しを控え、成功体験を押し付けず、金融問題は自分の代で道筋をつける。そして、実権を残し続けると個人保証が外れにくくなる点に注意が必要です。

承継は、後継者だけの課題ではありません。先代が、どう経営から退いていくか。この引き際が、承継の成否を大きく左右します。

先代に意識していただきたいのは、権限を移したあとは、口出しを控えるということです。これは、想像以上に難しいことです。長年、自分の判断で宿を切り盛りしてきた方ほど、後継者のやり方が気になり、つい手を出したくなります。しかし、先代が現場の前で後継者の決定を覆してしまうと、従業員は後継者を経営者として見なくなります。後継者が失敗から学ぶ機会も奪われます。見守る勇気を持つことが、先代の最後の大きな仕事だと言ってもよいでしょう。

成功体験を押し付けないことも大切です。先代の時代に通用したやり方を後継者に強いると、新しい時代への対応が遅れます。助言を求められたら経験を伝える。しかし、最終的な判断は後継者に委ねる。この距離感が、円満な承継には欠かせません。

もう一つ、先代の代で片を付けておきたいのが、金融面の問題です。借入の整理や、財務体質の改善は、できることなら先代が現役のうちに道筋をつけておきたいものです。重い負債や、不利な借入条件をそのまま後継者に引き継がせると、後継者は経営の自由を奪われた状態で代を継ぐことになります。

「実権だけ残す」が招くこと

先代が引退後も実質的な経営権を握り続けていると、先代の個人保証が外れにくくなります。「会長として実権は残す」といった形をとると、かえって先代自身が保証から解放されない事態を招きかねません。引き際を考えるときには、この点も併せて見ておく必要があります。

→ ここからは、承継の財務面――まず株式の分散を防ぐ方法を見ていきます。

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ここまで読了:約7分 / 残り約5分

第5章
株式を分散させない ― 遺留分と民法の特例
株式と相続の関係を確認する
株式と相続の関係を確認する
要点

後継者に議決権を集中させたくても、遺留分により株式が分散するおそれがあります。これを防ぐ「遺留分に関する民法の特例」には要件と手続きがあり、債務整理は特例利用の前に済ませるのが実務の順序です。

ここからは、親族内承継の財務面の論点に入ります。まず、株式の分散です。旅館・ホテルを営む会社の株式は、承継において非常に重要な意味を持ちます。株式は会社の議決権そのものであり、これが分散すると、後継者が安定した経営を行えなくなるからです。

遺留分による株式分散のリスク

たとえば、現社長が長男に事業を承継させたいと考えているとします。ところが、推定相続人には「遺留分」という、最低限の相続財産を受け取る権利があります。これは法律で保障された権利で、会社の株式も当然この対象になります。

何が起きるか。長男にすべての株式を継がせようとしても、ほかのご兄弟など別の推定相続人から財産の返還を求められた場合に、株式が分散してしまう可能性があるのです。後継者が過半の議決権を確保できなければ、重要な経営判断のたびに、ほかの株主の同意を取り付けなければならなくなります。これは経営の大きな足かせになります。

「遺留分に関する民法の特例」の活用

こうした課題を解決するために、「遺留分に関する民法の特例」という制度があります。これは経営承継円滑化法に基づくもので、一定の手続きを踏むことで、後継者に集中させた株式を、遺留分の計算から除外したり、評価額を固定したりすることができる制度です。

民法特例を活用するための主な手続き

STEP 1

要件を満たす

後継者がすでに会社の代表者で、議決権の過半を持っていることなどが条件。

STEP 2

全員の合意

推定相続人全員の合意を得て、合意書を作成する。

STEP 3

大臣の確認

経済産業大臣の確認を受ける。

STEP 4

裁判所の許可

家庭裁判所の許可を得て、株式分散を防ぐ効果が確定する。

順序に注意 ― 債務整理は特例の前に

この特例は、後継者が会社の代表者であることを条件とします。代表者になれば金融機関から個人保証や担保提供を求められます。つまり、必要な債務の整理は、この特例を利用する前に済ませておいたほうがよいのです。順序を誤ると、整理されていない債務を抱えたまま代表者になり、そこに個人保証が乗ってくる事態になりかねません。

なお、株式の承継には、相続税・贈与税の負担という問題も伴います。これを軽減する事業承継税制という制度もありますが、適用には専門的な判断が必要です。遺留分の特例にせよ税制にせよ、こうした制度の活用は、弁護士や税理士といった専門家と相談しながら、計画的に進めることをお勧めします。

→ 株式と並ぶ財務の論点が、個人保証です。次章で扱います。

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第6章
個人保証をどう引き継ぐか ― 経営者保証ガイドライン
契約内容を確認する場面
契約内容を確認する場面
要点

承継では、後継者へ新たに求められる保証と、前経営者の保証を解除できるかの二つが論点です。経営者保証ガイドラインを知り、無条件に署名せず内容を確認する姿勢が大切です。

親族内承継において、株式と並んで見落とせないのが、個人保証の問題です。旅館・ホテルの借入には、経営者個人が連帯保証人になっているケースが多くあります。後継者の立場からすれば、保証の中身もよく分からないまま署名を求められ、気づけば多額の保証債務を背負っていた、という事態は避けたいところです。

経営者保証に関するガイドライン

ここで知っておきたいのが、「経営者保証に関するガイドライン」です。これは、中小企業庁と金融庁の関与のもと、日本商工会議所と全国銀行協会が共同で設けた研究会によって策定されたもので、オーナー経営の多い旅館・ホテル業界にとって有用な指針です。

このガイドラインでは、経営者保証なしで融資を受けるために努力すべき項目として、法人と経営者個人の関係を明確に区分・分離すること、財務基盤を強化すること、そして財務状況を正確に把握し、適時適切な情報開示によって経営の透明性を確保することが挙げられています。これらを満たしていけば、保証に頼らない資金調達の道が開けていきます。

後継者への保証、前経営者の保証解除

承継の場面では、二つの論点があります。一つは、後継者へ新たに保証を求められる場面です。ガイドラインでは、後継者へ保証契約を依頼する際に、金融機関が適切な保証金額の設定に努めることが求められています。後継者の側としては、保証が本当に必要なのか、金額は妥当なのか、説明を求める姿勢を持つことが大切です。

もう一つは、前経営者、つまり先代の保証を解除できるかという論点です。ガイドラインでは、前経営者の保証契約を解除できる条件として、前経営者が引き続き実質的な経営権・支配権を持っていないか、当該保証契約以外の手段による既存債権の保全の状況、法人の資産・収益力による返済能力などを総合的に考慮するとされています。

ここで、第4章で触れた点が効いてきます。先代が引退後も実質的な経営権を握り続けていると、保証が外れにくくなるのです。先代が本当に経営から退くことが、先代自身を保証から解放することにもつながる。この関係を理解しておくとよいでしょう。

第三者へ売る場合の注意

なお、親族内での承継ではなく、第三者へ売却する場合には、個人保証をめぐって別の注意が必要です。近年、経営者保証を外さないまま、売り手企業から資金を持ち去り、負債を残したまま連絡を絶つ、という不適切な買い手の事案が報じられました。国も、こうした事案を受けて注意喚起や市場の改革を進めています。親族内承継が難しく、第三者への売却を検討する段階になったときには、この点を踏まえて慎重に進める必要があります。詳しくは、海外資本の買収提案への向き合い方で整理しています。

→ 最後に、親族内承継が難しいときに取りうる道を整理します。

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ここまで読了:約11分 / 残り約2分

第7章
親族内承継が難しいときの次の一手
専門家とオーナーが計画を確認する様子
専門家とオーナーが計画を確認する様子
要点

親族内が難しくても、所有と経営の分離(運営委託・EBO)や第三者承継という道があります。外部からの打診は即断せず、中立的な立場のセカンドオピニオンを活用しましょう。

ここまで、親族内承継を円満に進めるための論点を見てきました。とはいえ、すべての宿で親族内承継が実現できるわけではありません。お子さまが宿を継ぐ意思を持てない場合や、後継者にふさわしい親族がいない場合もあります。そうしたときに、どのような道があるのかを、最後に整理しておきます。

一つは、所有と経営を分けるという考え方です。たとえば、宿の所有はご家族が持ち続けたまま、経営は外部の専門経営者や運営会社に委ねる。あるいは、役員や従業員が株式を買い取って経営を引き継ぐ、いわゆるEBO(従業員による買収)という方法もあります。これなら、宿を手放すことなく、経営を続けてもらうことができます。後継者の選択肢の全体像は、誰が継ぐのがよいかで整理していますので、あわせてご覧ください。

それも難しい場合には、第三者への承継、すなわちM&Aという選択肢が出てきます。これは決して後ろ向きな選択ではありません。屋号や雇用を残しながら、宿を未来へつなぐための、前向きな手段になりえます。第三者への売却についてはM&Aと事業承継の総合ガイドで、自館の価値の見立て方は企業価値評価の記事で、廃業と比べた損得は廃業と売却の比較で、それぞれ解説していますので、あわせて参考にしてください。

ここで、中立的な立場から一つ、お伝えしておきたいことがあります。承継の準備を進めている最中に、外部から「いい買い手がいる」といった打診が来ることがあります。こうした話に、即断は禁物です。また、第三者へ宿を託す場合も、仲介会社に任せきりにするのではなく、複数の相談先を比較することが大切です。

その際の目安として、中小企業庁の「M&A支援機関登録制度」があります。これは、適切なM&Aのための指針を遵守すると宣言した支援機関を登録する制度で、登録機関は専用のデータベース(ma-shienkikan.go.jp)で検索できます。利益相反のない中立的な立場から、セカンドオピニオンを受けることも、ご自身の宿を守るうえで有効です。弊社アルファコンサルティングも、この制度の登録機関です。特定の金融機関やオペレーター、仲介会社と利害関係を持たない立場から、ご相談に応じています。

よくあるご質問

Q親族内承継の準備は、いつから始めるべきですか。

A早すぎるということはありません。後継者に数字・銀行・現場の三つの力を育てるには数年単位の時間がかかります。先代が現役で、体力も判断力も十分なうちに始めるのが理想です。まずは宿の将来を親子で話し合う場を持つことから始めるとよいでしょう。

Q後継者が経営数字に弱いのですが、どうすればよいですか。

A数字の力は後から育てられます。経理部門での実務経験を積ませる、銀行借入を伴うリニューアルに関与させるなど、数字と向き合う機会を意図的につくることが有効です。先代が現役のうちに、一緒に決算書を読む習慣をつけるのもよい方法です。

Qきょうだいがいる場合、株式はどう分ければよいですか。

A経営を安定させるには、後継者に議決権の過半を集中させることが望ましいです。ただしほかのご兄弟にも遺留分があり、株式が分散するリスクがあります。「遺留分に関する民法の特例」などを活用できる場合がありますので、弁護士・税理士と相談しながら計画的に進めることをお勧めします。

Q先代の個人保証は、承継後に外れますか。

A条件次第です。経営者保証ガイドラインでは、前経営者が実質的な経営権を持っていないこと、ほかの手段で債権が保全されていること、法人の返済能力などを総合的に考慮するとされています。先代が実権を握り続けていると外れにくくなるため、本当に経営から退くことが保証解除の前提になります。

Q子に継ぐ意思が固まらないのですが、どう接すればよいですか。

A無理に決断を迫るより、まず宿の現状と将来を率直に共有することが大切です。財務の状況や継いだ場合の見通しが分からないままでは、後継者も覚悟を固められません。あわせて、親族内承継が難しい場合の選択肢も知っておくと、冷静に判断できます。身内では話しにくい場合は、外部の専門家を交えて整理するのも一つの方法です。

用語の整理

この記事で出てきた主な用語

遺留分

法律で保障された、推定相続人が最低限受け取れる相続財産の割合。会社の株式も対象となり、後継者に集中させようとしてもほかの相続人から返還を求められると株式が分散するおそれがあります。

遺留分に関する民法の特例

経営承継円滑化法に基づく制度。一定の要件と手続きのもとで、後継者に集中させた株式を遺留分の計算から除外するなどして、株式の分散を防げます。

経営者保証に関するガイドライン

経営者の個人保証について、保証なしで融資を受ける条件や、保証を解除する条件などを示した指針。後継者・前経営者の保証責任の軽減が期待されます。

EBO

Employee Buyout の略。役員や従業員が株式を買い取って経営を引き継ぐ方法。親族に後継者がいない場合の選択肢の一つです。

M&A支援機関登録制度

中小企業庁が、適切なM&Aの指針を遵守すると宣言した支援機関を登録する制度。登録機関は専用データベースで検索でき、相談先を選ぶ目安になります。

さいごに

旅館・ホテルの親族内承継について、後継者の力、親子の関係、先代の引き際、そして株式と個人保証という財務の論点まで、整理してきました。いかがだったでしょうか。

親族内承継は、宿を未来へつなぐ最も自然なかたちであると同時に、準備を怠ると思わぬところでつまずく、奥行きのある営みです。

読了後の3ステップ ― 今日からできること

1. 現状の棚卸し

株式の保有状況、借入と個人保証の状態、後継者の経験と力量を、いちど整理してみましょう。

2. 親子で将来を話す

改まった席でなくとも構いません。宿のこれからを言葉にして共有することから、承継は動き出します。

3. 専門家への相談

株式や保証、税の論点は身内だけで判断するには複雑です。外部の専門的な視点を添えると見通しが立てやすくなります。

どこから手をつければよいか分からないときは、現状の棚卸しからご一緒できます。

青木康弘

弊社アルファコンサルティングでは、特定の金融機関・オペレーター・仲介会社と利害関係を持たない独立した立場から、旅館・ホテルの事業承継をご支援しています。承継計画の策定支援、株式や保証の整理に向けた事前の診断、弁護士・税理士など専門家のご紹介まで、依頼者の利益を最優先にお手伝いします。

株式会社アルファコンサルティング 代表 青木康弘

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  • 株式・個人保証の整理に向けた事前診断
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