こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。
訪日客の増加が続く一方で、地方のホテル・旅館からよく聞くのが、「英語が話せるスタッフがいないから、外国のお客様は正直こわい」という声です。受け入れたい気持ちはあるのに、言葉の壁の前で立ち止まっている施設が少なくありません。
先に申し上げると、生成AIの登場で、この壁はずいぶん低くなりました。話せるスタッフを雇わなくても、外部の翻訳会社に都度頼まなくても、受け入れの土台は自館で作れます。今回は、何が具体的にできるのか、どういう手順で進めるのかを、順を追ってご紹介します。なお、メニューやアレルゲンの多言語化は料飲の記事で、口コミの外国語返信は口コミの記事で扱っているので、本稿は「案内と接客」に絞ります。
- まず棚卸し ── 多言語化できるものは、こんなにある。安全・お金・習慣・便利の4分類。→ ポイント①へ
- 館内案内の多言語化 ── 5つの手順。「説明する翻訳」と逆翻訳。→ ポイント②へ
- 事例 ── 館内図・案内文・宿泊約款を、丸ごと仕上げる。画像生成AI「ナノバナナ」で印刷物まで。→ ポイント③へ
- 接客の現場 ── 想定問答集を作る4つの手順。→ ポイント④へ
- 英文の問い合わせに、24時間以内で返す。文化と食の心配りも。→ ポイント⑤へ
気になるポイントだけ、つまみ読みでも役立つように作っています。
ポイント① まず棚卸し ── 多言語化「できるもの」は、こんなにある
最初にやるべきは、館内を一周して、文字で伝えているものをすべてスマホで撮ることです。撮ってみると、多言語化の対象が想像以上に多いことに気づきます。優先順位とあわせて整理すると、次のようになります。
事故と金銭トラブルを防ぐものから着手し、体験を高めるものへ。撮った写真をAIに見せて文字を起こさせれば、棚卸しのリストづくり自体もAIに任せられます。
ポイント② 館内案内の多言語化 ── 5つの手順
あいまいな表現・社内用語・長すぎる文を、誰が読んでも一つの意味になる日本語に直す原文の質が、翻訳の質の上限を決める
直訳ではなく、「なぜそうするのか」の背景説明を添えた翻訳に。トーンは「丁寧で、歓迎の気持ちが伝わる表現」と指定禁止の羅列は、翻訳すると思った以上に冷たく響く
出来上がった外国語を、別の依頼で日本語へ訳し戻させる外国語が読めなくても、意味のずれを日本語で点検できる。翻訳実務で昔から使われてきた確認法
避難経路・料金・キャンセル規定は、英語の分かる人やプロの翻訳者の確認を追加すべてをプロに頼む必要はない。重さに応じて確認の段階を分ける
主要な案内は紙、詳しい説明は二次元コードから多言語ページへ掲示物が増えすぎず、後の更新も楽になる
手順2と3が、生成AIならではの工程です。実際の依頼と結果は、次の例をご覧ください。
(趣旨:日本の大浴場は湯を共有します。皆様のために清潔に保てるよう、湯船に入る前に体を流してください。伝統を守るご協力に感謝します。)直訳の「Please pour hot water on yourself(お湯を自分にかけてください)」では伝わらない「理由」が、案内文の中に組み込まれています。
自館の受け入れ体制、どこから作るか。棚卸しからご一緒します。
インバウンド対応を相談するポイント③ 事例 ── 館内図・案内文・宿泊約款を、丸ごと仕上げる
ここまでの手順で翻訳はできます。けれども現場からは、こういう声が出ます。「翻訳まではできた。でも、それを掲示物や冊子の形にするのが大変」。デザイン会社に頼めば費用と日数がかかり、自分で作ればワープロの素朴な紙になる。ここで、文章のAIに画像生成AIをつなぎます。
使うのは、Googleの画像生成AI「ナノバナナ」(Geminiの画像生成機能の通称)です。少し前まで、画像生成AIは画像の中に正確な文字を描くのが苦手でした。それがいまは、案内物に使える水準で多言語の文字を描けるようになり、しかも、既存の画像を渡して一部だけを差し替える編集が得意です。これで、翻訳から印刷物までを自館でひとつながりに仕上げられます。
いまの館内図を渡し、「日本語の表記を英語に。レイアウト・配色・イラストはそのまま」と依頼。デザインを作り直さず、英語版・中国語版・韓国語版が揃う
説明する翻訳で英訳し、「ピクトグラムとイラストを添えたA4縦の案内に」と依頼。大浴場の入り方は、かけ湯・体を洗う・湯船に浸かるの3コマに絵は、言葉の壁のいちばん外側を越えてくれる
長い約款も丸ごと翻訳できる。ただし契約文書なので、「解釈に相違がある場合は、日本語の正文が優先します」の一文を添えた参考訳とし、イラスト化せず文字で正確にキャンセル料・賠償の条項は、プロの翻訳者の確認を
生成された画像の中の文字は、一字ずつ人が確かめてから印刷してください。画像の中の誤字は、いまでも起こり得ます。
ポイント④ 接客の現場 ── 想定問答集を作る4つの手順
接客の場面では、リアルタイムの翻訳アプリも役立ちますが、その場しのぎには限界があります。お勧めは事前準備型です。
チェックインの手続き/大浴場の場所と時間/夕食の時間/近くのコンビニ/タクシーの呼び方/荷物の預かり/両替/雨の日の過ごし方実際の質問は、それほど多くない
質問・回答をAIに渡して対訳化。ここまで半日仕事
対訳が並んでいれば、指差しと笑顔で会話が成立するスタッフ用の英語ひとこと集(読み方の仮名付き)も用意すると、心理的な壁が下がる
新しく聞かれた質問を足す。問答集は作って終わりではなく、現場と一緒に育てる道具

ポイント⑤ 問い合わせと予約 ── 英文メールに24時間以内で返す
海外からの問い合わせは、メールやサイトのフォームで届きます。英語の文面を前に後回しにしているうちに、お客様は返信の早い施設を予約してしまう。返信の速さが決め手になるのは採用の記事でお話ししたとおりですが、海外のお客様でも事情は同じです。
全文を訳すより速く、見落としも減る
型は4つ用意:空室あり/満室(代替日の提案)/質問への回答/キャンセル規定の案内
日付・料金・人数・キャンセル条件。取り違えは紛争のもと
時差を超えた速さが、そのまま予約につながる
あわせて「英語対応可」の情報を外に出すこと。支援先の施設では、Googleビジネスプロフィールの対応言語が未登録のままでした。体制を作っても、検索やAIに見えていなければ届きません。
文化と食の心配り ── 下調べはAI、確認は人
国や宗教によって、食べられないもの、慣習、配慮すべき点は異なります。予約時に国籍が分かっていれば、「この国のお客様を迎えるにあたっての配慮点を整理して」とAIに下調べをさせ、朝礼で共有しておくと、現場の心構えがまったく変わります。
ただし、ここに重い線引きがあります。ベジタリアンやハラールなど宗教・信条にかかわる食の対応と、アレルギーの確認は、AIの下調べを参考にとどめ、必ずお客様本人に直接確かめてください。「この国の人はこうだろう」という思い込みは、善意でも失礼や事故につながります。型どおりの知識はAIが、目の前のお客様への確認は人が。この分担を崩さないことです。
インバウンドの線引き ── そして、経営の視点をひとつ
誤訳が事故や紛争につながる場面では、プロの翻訳者の確認を入れる判断も必要です。
最後に、経営の視点を一つ添えます。インバウンドの需要は、為替や国際情勢で急変します。だからこそ、専属の通訳人材や高額なシステムといった固定費をかけずに、生成AIで受け入れ体制を作っておくことに意味があります。波が来れば受け入れられ、引いても重荷にならない。身軽な多言語対応は、それ自体がリスクに強い経営です。
青木康弘為替が振れた途端に海外からの予約がぱたりと止まる――そういう局面を、コロナ前から何度か経験しました。固定費をかけない受け入れ体制は、攻めというより守りの設計です。言葉の壁はAIで低く。
安全と食と礼節は、人が守る。
よくある質問
Q. 翻訳の品質は、信頼してよいですか。
A. 案内文の水準なら、実用に足ります。ただし固有名詞や数字の誤り、不自然な表現は残り得ます。逆翻訳での点検を習慣にし、安全・契約にかかわるものはプロの確認を入れる、と段階を分けてください。
Q. 何語まで用意すべきですか。
A. 自館の客層次第ですが、まず英語。次に、実際に来ているお客様の言語を予約データで確かめて足してください。AIなら追加の言語は数時間で揃います。全部を一度に作る必要はありません。
Q. リアルタイムの翻訳アプリだけでは、だめですか。
A. 補助には有効です。ただ、その場の翻訳頼みは会話が途切れがちで、スタッフの不安も消えません。想定問答集とひとこと集という「準備」があってこそ、アプリは活きます。
Q. 何から始めればよいですか。
A. 館内掲示の棚卸し(スマホで撮るだけ)と、大浴場の入り方の「説明する翻訳」からです。どちらも半日で形になり、現場の安心感が目に見えて変わります。
さいごに
いかがだったでしょうか。言葉の壁を理由に、外国のお客様を諦める時代は終わりました。館内を棚卸しし、説明する翻訳で案内を作り、想定問答で現場を支え、時差を超えて速く返す。固定費をかけない受け入れ体制は、需要の波にも強い。そして、宗教食とアレルギーと安全の確認は、これからも人の仕事です。
弊社アルファコンサルティングでは、特定の翻訳会社やシステム会社と利害関係を持たない中立の立場から、インバウンド受け入れ体制づくりを、ホテル・旅館それぞれの施設に合わせてお手伝いしています。
初回相談無料です。外国のお客様の受け入れに迷われている方は、どうぞお気軽にご相談ください。
