- 黒字旅館と赤字旅館で、客室単価(ADR)が逆転しているという事実
- 「単価を上げれば儲かる」が成り立たない理由と、RevPARという物差し
- 値上げが増収につながる条件と、稼働を犠牲にする値上げの危うさ
- 「数を入れれば儲かる」というもう一つの罠
- 黒字と赤字を分ける、もうひとつの軸であるコスト規律
- 自館を点検するための三つの問い
こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。
経営が苦しいとき、多くの方が口にする処方箋は二つに集約されます。ひとつは「単価を上げれば利益が出る」。もうひとつは「とにかくお客様の数を増やせばいい」。どちらも、もっともらしく聞こえます。けれども最新の業界データは、この二つの常識を、かなり気まずい形で裏切ります。
今回は、日本旅館協会が公表した最新の統計をもとに、黒字の宿と赤字の宿が実際には何によって分かれているのかを、数字で確かめていきます。結論を先にお伝えすると、勝敗を決めているのは「単価の高さ」でも「集客の量」でもありません。

黒字旅館のほうが、単価は約5,000円安い
まず、衝撃的な事実から見ていきます。日本旅館協会「令和7年度 営業状況等統計調査」(令和6年度の決算実績)では、経常利益が黒字の旅館と赤字の旅館を分けて集計しています。その客室平均単価(ADR)を比べると、こうなっています。
黒字旅館は55,336円、赤字旅館は60,313円。つまり、儲かっている宿のほうが、単価は約5,000円も安いのです。
「単価を上げれば儲かる」という前提が正しければ、黒字旅館のほうが高くなければおかしい。ところが現実は逆でした。主な指標を並べると、両者の違いがはっきり見えてきます。
| 指標(令和6年度実績) | 黒字旅館 | 赤字旅館 |
|---|---|---|
| ADR(客室平均単価) | 55,336円 | 60,313円 |
| 客室稼働率 | 63.6% | 54.1% |
| RevPAR(稼働×単価) | 35,202円 | 32,654円 |
| 売上総原価率 | 21.1% | 24.6% |
| 人件費率 | 28.7% | 34.5% |
| 1室当り就業者数 | 1.00人 | 1.20人 |
| 経常利益率 | +10.6% | ▲6.0% |
| 自己資本比率 | +23.1% | ▲14.5% |
出典:一般社団法人日本旅館協会「令和7年度 営業状況等統計調査」(経常利益ベースで黒字・赤字を区分)
なぜ「単価の高い旅館」が沈むのか

表を見て、単価以外で最も差がついているのが客室稼働率です。黒字旅館は63.6%、赤字旅館は54.1%。9ポイント以上の開きがあります。
ここで効いてくるのが、RevPARという指標です。これは客室稼働率にADRを掛けたもので、販売できる客室1室あたり、実際にいくら稼げたかを表します。単価と稼働を一本化した、いわば客室商売の通信簿です。
単価では負けている黒字旅館が、稼働を掛け合わせたRevPARでは逆転して勝っている。
計算すると、黒字旅館は35,202円、赤字旅館は32,654円。単価では負けている黒字旅館が、RevPARでは逆転して勝っています。
つまり赤字旅館は、高い単価を掲げたまま空室を抱えています。価格が需要と噛み合っておらず、売れ残った客室が単価の高さを帳消しにしているのです。一方の黒字旅館は、単価をやや抑えてでも稼働をしっかり埋め、結果として1室あたりの実入りを多くしています。
旅館・ホテルの業界では、このRevPARという指標がまだあまり浸透していません。多くの経営者がADR、つまり名目上の単価ばかりを気にします。けれども本当に見るべきは、稼働を掛け合わせた後の実額です。単価表の数字が立派でも、空室だらけでは意味がないのです。
値上げが効くのは「条件が揃ったとき」だけ
誤解のないように申し添えますが、値上げそのものを否定しているのではありません。値上げが正しく増収につながるのは、稼働率がすでに高い水準にあるときです。
経験的な目安として、年間の客室稼働率が90%を超えるような宿であれば、料金を引き上げてかまいません。むしろ上げるべきです。稼働が高すぎると、客室の傷みが早まり、変動費もかさみ、繁忙期に高く売る余地を自ら捨てていることになるからです。この場合は、稼働を80%台に落ち着かせながら単価を上げることで、売上をほぼ維持したまま利益を厚くできます。
問題は、稼働がまだ緩いのに値上げをしてしまうことです。空室が残っている状態で単価だけ上げれば、売れ残りがさらに増え、RevPARはかえって下がります。赤字旅館に起きているのは、まさにこれだと考えられます。自館の稼働がどの水準にあるのかを確かめないまま値上げに走るのは、危険な賭けです。
「数を入れれば儲かる」も、もう一つの罠
では逆に、単価を下げてでも数を詰め込めばよいのかというと、そうではありません。これがもう一つの落とし穴です。
単価の低いお客様をいくら大量に集めても、料理、リネン、アメニティ、送客手数料といった費用は、単価の高さとは関係なくほぼ同じだけかかります。安い客層を増やすほど、売上に対して経費の割合が膨らみ、忙しいのに利益が残らない体質になります。実際に損益をシミュレーションすると、この種の薄利多売型は、客室稼働率が100%に達しても収支がプラスにならない場合があります。働けど働けど、という状態です。
「単価を上げる」も「数を入れる」も、片方だけを追えば必ずどこかで破綻します。大切なのは、単価と稼働を掛け合わせたRevPARという一本の物差しで、両者のバランスを最適な点に合わせることです。具体的にどう価格と在庫を動かしてRevPARを高めるかは、レベニューマネジメントの実務として別の記事で詳しく説明しています。あわせて、損益分岐点となる稼働率を押さえておくと、どこまで稼働を埋めれば利益が出るのかが見えてきます。
黒字を分ける、もう一つの軸はコスト規律

ここまでは売上側の話でした。けれども先ほどの表には、もう一つ重要な違いが隠れています。コストの規律です。
売上総原価率は黒字21.1%に対し赤字24.6%、人件費率は黒字28.7%に対し赤字34.5%。1室あたりの就業者数も、黒字1.00人に対し赤字1.20人です。黒字旅館は、同じ売上からより多くを利益として残し、より少ない人数で館を回しています。
人件費率が40%を超えると経常利益はほとんど出ないと言われます。赤字旅館の34.5%は、その危険水域に近づいています。原価も人件費も、削るというより、売上に見合った水準に整えることが大切です。稼働を埋めて売上の分母を太らせ、その上でコストの比率を抑える。黒字旅館はこの両輪が回っています。経費の見直しについては、経費削減の進め方も参考にしてください。
ただし、単価を下げれば黒字になるわけではない
ここで、ひとつ誠実にお断りしておきます。今お見せしたのは黒字・赤字それぞれの平均像であって、「単価を下げれば黒字になる」という因果関係を示すものではありません。数字の読み方を誤ると、危険な結論に飛びついてしまいます。
注意したいのは、赤字旅館のなかに、高単価を狙って大きな設備投資をした新しい施設が相当数含まれている可能性です。実際、赤字旅館の自己資本比率は▲14.5%、つまり平均すると帳簿上は債務超過の状態にあります。借入の返済と減価償却の負担が重く、客室の稼ぎ自体は悪くなくても経常段階で赤字に沈んでいる、という宿も混じっているはずです。高単価それ自体が悪なのではなく、投資規模に見合うだけの稼働と単価を確保できているかが問われているのです。
結局のところ、黒字を成り立たせているのは、単価・稼働・コストの三つが噛み合っているかどうかです。新しく重い投資をした施設なら、その投資を回収できる単価設計が要ります。借入の返済が進んだ古い施設なら、無理な高単価より、稼働とコスト管理で堅実に利益を残せます。自館がどちらの立ち位置にいるのかを見極めることが出発点になります。具体的な進め方は経営改善計画の立て方で整理しています。
自館を診断する三つの問い

最後に、ご自身の宿を点検するための問いを三つ挙げます。
- 値上げが、稼働を犠牲にしていないか。ADRだけでなく、稼働を掛けたRevPARで前年と比べてみる。単価は上がったのにRevPARが下がっていれば、その値上げは利益を減らしています。
- 単価の低いお客様を、経費を顧みずに集めていないか。送客手数料や料理原価まで含めて、その客層が1室あたりいくら利益を残しているかを確かめる。
- 売上に対して、コストが規律されているか。原価率・人件費率を業界の黒字水準(原価21%前後・人件費29%前後)と並べてみる。業態ごとの目安は業態別の利益率が参考になります。
三つの問いに自信を持って答えられないなら、まず手をつけるべきは集客でも値上げでもなく、自館の数字を正しく読むことです。
おわりに
いかがだったでしょうか。「単価を上げれば」「数さえ入れば」という二つの常識は、最新のデータの前ではどちらも単純すぎました。黒字と赤字を分けているのは、単価でも集客量でもなく、稼働と単価を掛け合わせた実額(RevPAR)と、それを支えるコストの規律です。
弊社アルファコンサルティングでは、貴館の予約データと会計数値をもとに、単価・稼働・コストのどこに利益の漏れがあるのかを一緒に診断し、改善の優先順位づけをお手伝いしています。特定のOTAや予約システム、運営会社と利害関係を持たない立場から、数字に基づいて率直に申し上げます。
