ホテル旅館コンサルタント・青木康弘が、泊食分離の向き不向きの見極めから料金の決め方、落とし穴の避け方までを実務に即して解説します。
「夕食も朝食も付けないなんて、旅館の良さを捨てるようなものだ」。
こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。
泊食分離の話をすると、賛否は大きく分かれます。旅館業界で最も意見が割れるテーマの一つと言ってよいでしょう。
どちらの言い分にも一理あります。実際、泊食分離で業績を一変させた施設もあれば、拙速に進めて評価を落とした施設もあります。私がご相談を受けた、ある地方の温泉旅館の例を見てください。
ただし、これはすべての旅館に当てはまる話ではありません。泊食分離には「向いている施設」と「向かない施設」がはっきりあるのです。本記事では、自館がどちらかを見極める方法から、料金の決め方、落とし穴の避け方、段階的な進め方までを順に整理します。
泊食分離は人手不足とインバウンドの時代に有力な選択肢ですが、向き不向きがあります。本記事では、自館に合った進め方を判断できるよう、実務に即して整理します。
- ✓泊食分離とは何か、なぜ今あらためて注目されているのか
- ✓自館が泊食分離に向いているかを見極める診断の視点
- ✓客室料金と夕朝食料金の具体的な決め方(二つの計算方式)
- ✓導入時に起こりがちな落とし穴と、その避け方
- ✓今すぐ完全な分離が難しい場合に、将来へ向けて打てる布石

泊食分離は「目的」ではなく「手段」である
泊食分離はゴールではなく、稼働率や収益を改善するための手段。自館に必要かを見極めることから始める。
泊食分離の話に入る前に、一つだけ前提を共有させてください。泊食分離は、稼働率や収益を改善するための手段であって、それ自体がゴールではありません。
国が泊食分離を推進し、近隣の旅館が導入したからといって、すべての施設が一様に取り組むべきかというと、決してそうではありません。料飲部門が大きな強みになっている施設であれば、無理に分離せず、一泊二食のプランを磨き続けたほうが高い収益を維持できることもあります。逆に、料理人の確保が難しく、夕食の評価も伸び悩んでいる施設にとっては、泊食分離が収益改善の突破口になり得ます。
つまり、答えは施設ごとに異なります。まずは自館の実情に照らして、導入が向いているかどうかを冷静に判断することから始めましょう。本記事は、その判断と実行を支えるための実務的な手引きです。
→ では、そもそも泊食分離とはどういう仕組みなのか。次の章で基本から確認しましょう。
泊食分離とは何か
- ●泊食分離の基本的な仕組みと、一泊二食との違い
- ●なぜ今あらためて注目されているのか
- ●期待できる効果と、混同されやすい誤解
宿泊料金と食事料金を分けるという考え方
泊食分離とは、その名のとおり、宿泊料金と食事料金を別建てにすることです。日本旅館の多くは、夕食と朝食が宿泊料金に含まれた「一泊二食」を基本商品としてきました。これに対して泊食分離では、客室料金(ルームチャージ)を基本としながら、夕食・朝食を利用するかどうかをお客様が選べるようにします。
これにより、お客様は「素泊まり」「一泊朝食付き」「一泊二食付き」といった選択ができるようになります。料金の内訳が明確になり、宿泊と食事のそれぞれについて、施設側も損益を把握しやすくなります。
なぜ今あらためて注目されているのか
泊食分離という考え方自体は以前からありましたが、ここ数年で関心が一気に高まりました。背景には大きく二つの流れがあります。
- ・インバウンドと個人旅行の増加 ― 長期滞在の外国人旅行者や個人客は、毎晩同じ施設で同じような会席料理を取ることを必ずしも望みません。土地の食文化を自由に楽しみたいというニーズが強く、食事の付かない宿泊を好む傾向があります。
- ・料飲部門の人手不足とコスト上昇 ― 調理人の採用が難しくなり、給与水準も上昇しています。食材費の値上がりも続いています。料理に力を入れるほど忙しくなる一方で、利益が残らないという施設が増えています。
こうした環境の変化が、一泊二食という伝統的な形を見直す動きにつながっています。とりわけ、料飲部門が重荷になっている施設にとって、泊食分離は検討に値する選択肢となっています。
期待できる効果と、混同されやすい誤解
泊食分離によって期待できるのは、第一に客室稼働率の向上です。食事の付かない宿泊を求める層を新たに取り込めるためです。第二に、料飲部門の負担軽減です。提供する食事数をコントロールしやすくなり、人手や食材のやりくりに余裕が生まれます。
ただし、ここで一つ誤解を解いておきたいことがあります。泊食分離は「食事をやめること」ではありません。あくまで、食事を選択制にするという話です。食事を強みにしている施設が、その強みを捨てる必要はまったくありません。泊食分離はすべての施設に当てはまる万能策ではなく、向き不向きがあるのです。だからこそ、次の章の「適否の見極め」が最も重要になります。
ご相談の現場では、「近隣の旅館が始めたから、うちも素泊まりを売らないと取り残される」という焦りの声をよく聞きます。しかし、その施設の食事が本当に評価されているなら、慌てて分離する必要はありません。まずは落ち着いて、自館の立ち位置を確かめることをお勧めします。
→ それでは、自館が泊食分離に向いているかどうか。本記事で最も大切な見極めに進みましょう。
自館は泊食分離に向いているか ― 導入適否の見極め
泊食分離は向いている施設とそうでない施設がはっきり分かれる。入口条件を確認し、三つの視点で導入の是非を判断する。
- ●泊食分離に取り組みやすい施設かどうかの入口チェック
- ●そもそも導入すべきかを判断する三つの視点
- ●分離しないほうがよい施設の特徴
ここが本記事で最も大切な章です。泊食分離は、向いている施設とそうでない施設がはっきり分かれます。まず入口の条件を確認し、そのうえで「そもそも導入すべきか」という一段深い判断に進みましょう。
料金体系を作りやすいかどうかの入口チェック
泊食分離では、宿泊人数にかかわらず原則として同一の客室料金を設定します。この仕組みが無理なく成り立つかどうかを、まず次の四つの観点で確認します。
- 一室あたりの宿泊人数が二名程度である(二名利用が中心なら客室料金を一本化しても不公平感が出にくい)
- 客室料金として正当な対価を得られている(一泊二食が地域水準に対して著しく低いと、分離後に客室料金が割安に見える)
- 一室四名以上の団体受け入れが少ない(大人数利用が多いと人数比例でない客室料金と相性が悪い)
- 小人(子ども)の売上構成が低い(泊食分離では小人から宿泊料金を取りにくく、減収リスクとなる)
そもそも導入すべきか ― 三つの判断の視点
入口の条件をクリアしていても、「導入すべきか否か」はまた別の問題です。私は次の三つの視点で見極めることをお勧めしています。
| 判断の視点 | 分離しなくてよい場合 | 分離を検討すべき場合 |
|---|---|---|
| 料飲部門が強みか | 夕朝食の口コミ評価が地域平均より高く、料飲部門のFL比率が適正水準(目安として65%未満)に収まっている | 夕朝食の評価が低い、または料飲部門のFL比率が高く(目安として65%以上)、人手不足や原価高騰が課題 |
| 客室稼働率は十分か | 年平均でおおむね70%以上の稼働を維持できている | 稼働率が低く、その一因が多様な宿泊ニーズに応えられていないことにある |
| 日帰り宴会客が多いか | 日帰り宴会や観光バスの立ち寄りが多く、料飲が地元や代理店から高く評価されている | 日帰り宴会の需要が乏しく、料飲を館内で完結させる必然性が薄い |
一点目の「料飲部門が強みか」が、最も重要な軸です。ここで出てくるFL比率という考え方を補足しておきましょう。
FL比率とは、料飲の売上に対して、料飲原価(Food)と料飲にかかる人件費(Labor)の合計がどれだけの割合を占めるかを示すものです。ここでいう料飲原価には、料理の食材費だけでなく、飲料の原価も含みます。一般的な飲食店では55%から60%程度が適正とされます。客室や大浴場といった設備を備える旅館が、飲食店並みのFL比率になっているとすれば、食事に対して十分な対価を頂けていないことを意味します。この状態が続くと、設備投資の原資が確保できず、じわじわと競争力を失っていきます。
料飲部門のFL比率が65%未満に収まり、口コミ評価も高いのであれば、その施設にとって食事は明確な強みです。無理に分離せず、一泊二食を磨き続けるほうが賢明でしょう。逆に、FL比率が高止まりし、評価も伸び悩んでいるなら、泊食分離が収益改善の有力な手段になります。
稼働率の低さには、立地・価格・商品力など様々な原因があります。原因が「多様な宿泊ニーズに応えられていない」ことにあるなら泊食分離は有効ですが、そもそもの集客力に課題がある場合は、分離だけでは解決しません。稼働が低いという理由だけで飛びつかず、低稼働の真の原因を見極めることが先決です。
→ 導入が向いていると判断できたら、次は料金設計です。ここが成否を分けます。
料金の決め方 ― 客室料金と夕朝食料金をどう設計するか
夕朝食は料飲原価率25〜35%・一泊二食の四割が目安。客室料金は一泊二食から夕朝食を引いた平均で決める。
- ●夕朝食料金と客室料金の基本的な算出方法
- ●料金を決める二つの方式(決め打ち方式・逆算方式)
- ●料金体系を複雑にしないための原則
導入を決めたら、次は料金設計です。泊食分離が成功するかどうかは、この料金の決め方にかかっていると言っても過言ではありません。具体的な数字を使いながら整理しましょう。
夕朝食料金の決め方
夕朝食料金は、料飲原価率がおおむね25%から35%程度になるように設定するのが一つの目安です。ここでいう料飲原価には、料理の食材費だけでなく飲料の原価も含みます。たとえば夕朝食にかかる料飲原価が一名あたり3,500円であれば、料飲原価率三割で逆算すると、夕朝食料金はおよそ12,000円ということになります。
また、夕朝食料金は一泊二食料金のおよそ40%を占める水準が一つの目安になります。たとえば一泊二食が30,000円で、そのうち夕朝食が12,000円であれば、夕朝食の占める割合は四割ということです。
客室料金の決め方
客室料金は、もともとの一泊二食料金から夕朝食料金を差し引いた金額の平均を目安にします。下の図のように、宿泊人数ごとに「夕朝食を引いた客室相当分」を出し、その平均を取ります。
| 利用人数 | 一泊二食料金(一名) | 夕朝食を引いた客室相当分 | 宿泊人数分の客室相当分 |
|---|---|---|---|
| 大人一名 | 33,000円 | 21,000円 | 21,000円 |
| 大人二名 | 30,000円 | 18,000円 | 36,000円 |
| 大人三名 | 27,000円 | 15,000円 | 45,000円 |
この例では、客室料金は一室あたり34,000円程度が目安となります。布団の追加料金などを除けば、宿泊人数にかかわらず同一の客室料金とするのが基本です。
料金を決める二つの方式
宿泊料金と食事料金をどう切り分けるかには、実務上、大きく二つの方式があります。
- ・決め打ち方式 ― 最初に「宿泊と料理の比率」を決めてしまう方法です。たとえば総額に対して宿泊と料理を一対一、あるいは二対二対一といった比率で按分します。計算が単純で導入しやすい反面、算出された料理代が実態に見合っているかという点には注意が必要です。
- ・逆算方式 ― 料飲原価から料理代を逆算する方法です。一定期間の料飲原価を宿泊客数で割って一名あたりの料飲原価を求め、これを料飲原価率(一般に30%程度)で割り戻して一名あたりの夕朝食料金を算出します。残りが宿泊費です。実態に沿った金額を出せますが、料飲原価が30%程度に管理されていることが前提になります。
逆算方式は少し分かりにくいので、具体的な数字で二段階に分けて追ってみましょう。
このプランの総額が30,000円であれば、宿泊費は約18,000円という計算になります。どちらの方式を採るにしても、大切なのは、同じ計算方式で一貫して料理代を算出し、そこから料飲原価をきちんと管理していくことです。一円単位の正確さよりも、ぶれない基準を持つことのほうが重要です。
料金体系は複雑にしすぎない
料金設計でありがちな失敗が、欲張って複雑にしてしまうことです。たとえば「客室基本料金1万円に、一名宿泊するごとに2千円を加算する」といった、人数連動の仕組みを取り入れたくなることがあります。宿泊人数と変動費を連動させられるため一見合理的に見えますが、料金体系が一気に複雑になります。
大人・小人・乳幼児で加算額を分け、添い寝の線引きを定め、さらにシーズンごとに変動させると、お客様にもスタッフにも分かりにくいものになってしまいます。
良い料金体系かどうかの判断基準は、シンプルです。スタッフが電話越しにお客様へ容易に説明でき、お客様の理解がすぐに得られるかどうか。説明に十分以上かかったり、チェックイン時に質問が相次いだりするようなら、その料金体系は複雑すぎます。正式に移行する前に、必ず確かめておきましょう。
→ 料金が決まったら、次は導入時に必ず直面する「落とし穴」への備えです。
導入の落とし穴と対策
泊食分離には四つの典型的な落とし穴がある。いずれも事前に知っておけば対策できる。
- ●泊食分離で起こりがちな四つの問題
- ●それぞれの問題への具体的な対策
泊食分離を進めると、いくつかの典型的な問題が生じます。あらかじめ知っておけば、いずれも対策が可能です。
| 起こりがちな問題 | 対策 |
|---|---|
| 一名利用が割高になる(人数によらず同一の客室料金のため) | 一名利用向けの割安な客室をあらかじめ決めておく。満室時は料金を変えずにアップグレードで対応する |
| 小人の分だけ減収となる(布団追加のない小人から宿泊料金を取りにくい) | 小人の夕朝食を別料金にする、付帯施設の料金を見直す、大人の宿泊料金をわずかに調整する |
| 特別室利用者の満足度が下がる(露天風呂付き客室の客に低ランクの料理が出る) | 一定ランク以上の客室の利用者には、相応のランク以上の料理から選んでもらう |
| 料飲部門の売上が落ち込む(素泊まり客ばかりになる) | 当初は素泊まり・朝食付きプランの販売数を限定し、様子を見ながら少しずつ広げる |
特に四つ目の「料飲部門の売上減」は、館の周辺に飲食店が多い立地ほど注意が必要です。お客様が外で食事を済ませてしまい、館内の食事売上が想定以上に落ち込むことがあります。だからこそ、最初から全面的に切り替えるのではなく、素泊まりや朝食付きの販売数を絞ったうえで、影響を見ながら段階的に広げていくのが安全です。
ある地方の温泉旅館では、泊食分離に踏み切った当初、想定以上に素泊まり予約が集中し、夕食会場ががら空きになってしまったことがありました。原因は、人気の素泊まりプランに販売数の上限を設けていなかったことです。翌月から販売数を調整したところ、客室稼働と食事売上のバランスが取れるようになりました。最初の数か月は、思い切って販売数を絞るくらいでちょうどよいのです。

→ 落とし穴への備えができたら、季節変動(シーズナリティ)の設計に進みましょう。
シーズナリティの設計 ― 何を動かし、何を固定するか
客室料金は需要に応じて動かし、夕朝食料金は年間同一に固定する。これが収益管理上の大きな利点になる。
- ●客室料金と夕朝食料金で、変動させる対象を分ける考え方
- ●客室料金の上限・下限を導く方法
基本的な料金体系が決まったら、季節や曜日による変動(シーズナリティ)を設計します。ここには、泊食分離ならではの大切な原則があります。
客室料金は動かし、夕朝食料金は固定する
結論から言えば、客室料金はシーズナリティに応じて柔軟に変動させ、夕朝食料金は年間を通じて同一にするのが基本です。
夕朝食料金を時期によって変えてしまうと、料飲原価のコントロールがうまくいかなくなります。料理の内容や原価は季節でそれほど大きく変わるものではないため、価格だけを動かすと原価率が安定しなくなるのです。一方、客室は需要によって価値が変動するため、繁忙期は高く、閑散期は抑えるという調整が理にかなっています。
この「宿泊は動かし、食事は固定する」という切り分けこそ、泊食分離が収益管理にもたらす大きな利点の一つです。宿泊部門は需要に応じて価格を動かし、料飲部門は原価を安定させる。それぞれの部門が、それぞれに最適な運営をしやすくなります。
客室料金の上限・下限を導く
すでに営業している施設であれば、過去二年程度の、毎日の部屋タイプ別の客室稼働率と宿泊単価のデータから、客室料金の上限と下限を導き出せます。月別・週別・曜日別の稼働のばらつき、休前日や祝祭日の稼働の高さなどを分析することで、妥当な客室料金の幅が見えてきます。
高稼働が見込める休前日や繁忙期には客室料金を上げ、稼働が落ち込む平日や閑散期には抑える。この調整を、夕朝食料金は据え置いたまま、客室料金だけで行うのが泊食分離後の価格運用の基本形です。
→ ここまでの内容を、実際に進める順序に沿って整理しましょう。
段階的な移行ステップ
泊食分離は一度に全部を切り替えない。適否診断から限定販売まで、五つの段階を踏むのが成功の鍵。
- ●泊食分離を無理なく進めるための順序
- ●一度に切り替えないことの重要性
ここまでの内容を、実際に進める順序に沿って整理しましょう。泊食分離は、一度にすべてを切り替えるのではなく、段階を踏むことが成功の鍵です。
特に四つ目の「限定販売で試す」段階を省かないことが大切です。いきなり全面的に切り替えると、料飲売上の急減や、お客様の混乱を招きかねません。まずは小さく始めて、自館への影響を確かめながら広げていく。この慎重さが、結果的に成功への近道になります。
→ もし、今すぐの完全な分離が難しい場合はどうすればよいか。次の章で布石となる打ち手を見ましょう。
今すぐ完全な分離が難しい場合の布石
料飲の体制が整っていなくても、出前・テナント誘致・外部飲食店という三つの布石を打てる。
- ●料飲の体制が整っていなくても打てる三つの手
- ●地域と連携して食の選択肢を広げる方法
泊食分離を進めたくても、料飲部門に十分な対応力がなかったり、周辺の飲食店の協力が得られなかったりして、今すぐには実現できないことがあります。そうした場合でも、将来に向けて打てる布石があります。
- ・出前・ケータリングを可とする ― 周辺に出前対応してくれる飲食店が複数あれば、夕食の代わりに出前を取ってもらう選択肢を用意します。連泊客は毎日同じ館内の食事だと飽きやすいため、歓迎されます。飲食店から紹介料を得られれば、素泊まりで販売するより利益率が高くなることもあります。追加投資がかからず、導入は容易です。
- ・飲食店をテナント誘致する ― 館内にスペースがあれば、飲食店をテナントとして誘致する方法があります。直営の食事会場と料理のジャンルが重ならないようにすれば、相乗効果が期待できます。投資は必要ですが、立地が良ければ保証金や家賃収入も見込めます。
- ・施設の外で飲食店を運営する ― フリー客や日帰り宴会の需要が見込めるなら、旅館とは別に飲食店を運営することも考えられます。宿泊客の食事の受け皿になると同時に、地域客からの売上も期待できます。
これらは、いずれも「館内で豪華な会席を出し続ける」という前提を一度外して考える発想です。食事の提供そのものを地域に開いていくことで、無理なく食の選択肢を広げられます。
食事提供のあり方そのものを見直す
もう一歩進んで、食事の提供方法そのものを見直す選択肢もあります。たとえば、客室の一角にミニキッチンを設け、下ごしらえ済みの食材を提供する形です。お客様自身が仕上げることで、サービススタッフを大きく減らせます。一見手抜きのようでいて、宿泊客同士のコミュニケーションが生まれるなど、評価が高いことも少なくありません。
あるいは、パブリックスペースを改装して、外来も受け入れられるレストランやマルシェを設ける形もあります。豪華な会席やブッフェを提供しなければならないという思い込みを外すと、自館に合った、より持続可能な食事提供の形が見えてくるはずです。
→ 最後に、泊食分離は導入してからの数値管理で成果が大きく変わります。その勘所を押さえましょう。
導入後の数値管理 ― 分離してからが本番
宿泊と料飲を分けて管理し、喫食率を高める工夫を重ねることで、泊食分離の効果は大きく変わる。
- ●泊食分離後に見るべき数値
- ●食事の利用率(喫食率)を高める打ち手
泊食分離は、導入して終わりではありません。むしろ、分離してからの数値管理によって、その効果が大きく変わります。
宿泊と料飲を分けて管理する
泊食分離の最大の利点は、宿泊と料飲のそれぞれの損益が見えるようになることです。これまで一泊二食の中に溶け込んでいた食事の採算が、独立した数字として把握できるようになります。
ポイントは、宿泊売上と料飲売上を明確に分けて管理することです。プランによって両者がパッケージになっている場合は、按分のルールをあらかじめ決めておきます。こうしておけば、料飲原価率や料飲部門のFL比率を継続的にモニタリングでき、料理の値付けやメニュー構成の見直しに活かせます。近年は、予約サイト(OTA)の側でも泊食分離に対応する動きが出てきており、より細やかな売上管理がしやすくなっています。
食事の利用率(喫食率)を高める
泊食分離をすると、食事を取らないお客様が一定数生まれます。料飲売上を確保するには、館内で食事をしてもらう割合、すなわち喫食率を高める工夫が欠かせません。素泊まりで予約したお客様にも、館内のレストランを使ってもらう仕掛けを用意しましょう。
私がご提案してきた中で、効果が出やすかった打ち手をいくつか挙げます。
- ①チェックイン時に夕食を予約すると割引になる「前日・当日予約特典」を用意する
- ②ドリンクや一品料理を付けた特典付きの宿泊プランを設ける
- ③フロントスタッフが、素泊まり客に館内レストランを積極的に案内する(フロントを実質的なレストランの営業窓口と位置づける)
- ④客室にレストランやバーの案内を分かりやすく掲示する
- ⑤「おつまみと一杯」のような気軽なセットを用意し、部屋からレストランへ足を運ぶきっかけをつくる
- ⑥ブッフェの一部を制限した軽めのプランを設け、たくさん食べたくない層の需要に応える
- ⑦館内の他施設と組み合わせたセットチケットを販売する
たとえば、ある施設では、フロントでの声かけと特典付きプランの導入によって、素泊まり客の夕食利用率を一割弱から一割五分程度まで引き上げることができました。小さな工夫の積み重ねですが、年間を通せば無視できない売上の差になります。
客室料金を需要に応じて下げているのに、レストランの料金が高いままだと、お客様は「滞在費用」の感覚から食事の利用をためらいます。低稼働の時期だけ朝食料金を少し下げてみるなど、宿泊料金の動きに食事の値ごろ感を合わせる工夫も、喫食率を保つうえで有効です。
→ ここまでが泊食分離の基本です。最後に、連泊・長期滞在の取り込みへの発展を見ておきましょう。
発展編 ― 連泊・長期滞在の取り込みにつなげる
泊食分離は連泊客の取り込みと相性がよい。素泊まりで受けて朝食を磨き、滞在価値の設計へ広げる。
泊食分離は、連泊や長期滞在のお客様を取り込むうえでも力を発揮します。これまで日本旅館は、連泊客の対応を苦手としてきました。しかし旅の過ごし方が大きく変わる中で、一泊二食の形に固執しすぎると、選ばれにくくなる可能性があります。
連泊するお客様は、離島のリゾートでもない限り、毎晩の夕食を館に期待しているわけではありません。一泊目は館で夕食を取っても、二泊目以降は外のレストランを選ぶのが自然です。素泊まりや朝食付きで受けて、二泊目以降の食事は現地で予約してもらう形が歓迎されます。泊食分離は、こうした柔軟な受け方を可能にします。
一方で、連泊客に向けてこそ力を入れたいのが朝食です。夕食は外で取っても、朝食は館で取るお客様が多いためです。既製品中心の手を抜いた朝食は、旅慣れた連泊客にすぐ見抜かれます。朝食を充実させることは、泊食分離と相性のよい投資です。
さらに進んだ形として、滞在中の飲食やアクティビティを料金に含める「オールインクルーシブ」という考え方もあります。事前精算によってフロントやレストランの業務を省力化でき、地域の酒蔵やワイナリーと連携すれば、土地ならではの体験価値も高められます。これは、かつての囲い込み型の経営とは異なり、地域とともに滞在価値を高めていく発想です。泊食分離を入り口に、自館の滞在価値をどう設計するかという、より大きなテーマへとつながっていきます。

よくあるご質問
いいえ、泊食分離は食事を選択制にする取り組みであって、料理の質を落とすこととは別物です。むしろ、提供する食事数をコントロールしやすくなるため、一食あたりに手をかけられるようになる面もあります。食事を強みにしている施設は、その強みを保ったまま、食事を希望するお客様にしっかり提供すればよいのです。
焦って追随する必要はありません。本記事の適否診断で見たとおり、料飲部門が強みで、稼働率も十分に高い施設であれば、無理に分離しないほうが高収益を保てることもあります。まずは自館の料飲部門の評価とFL比率、稼働率を確認することをお勧めします。
おっしゃるとおり、一名利用は割高に感じられがちです。対策として、一名利用向けの割安な客室をあらかじめ決めておくとよいでしょう。満室時には、料金を変えずに上位客室へアップグレードして対応する方法もあります。
客室料金は需要に応じて変動させるべきですが、夕朝食料金は年間同一が基本です。食事の価格を季節で動かすと、料飲原価のコントロールが難しくなるためです。「宿泊は動かし、食事は固定する」と覚えておくとよいでしょう。
完全な分離が難しい場合でも、出前やケータリングを可とする、飲食店をテナント誘致する、施設外で飲食店を運営するといった布石を打てます。これらは食の選択肢を地域に開く第一歩になり、将来の本格的な分離につながります。
施設の状況によりますが、稼働率への効果は比較的早く表れる一方、料飲売上のバランスが整うまでには数か月かかることが多いです。最初は素泊まりプランの販売数を絞り、宿泊と食事のバランスを見ながら調整していくことが、安定した成果につながります。
さいごに
いかがだったでしょうか。泊食分離は、人手不足とインバウンドの時代に有力な選択肢である一方、すべての施設に当てはまる万能策ではありません。大切なのは、自館にとって本当に必要かを見極め、必要であれば落とし穴を避けながら段階的に進めることです。
特に、料飲部門が自館の強みかどうか、客室料金として正当な対価を得られているか、料金体系をシンプルに保てるか。この三点を冷静に確認することが、成否を分けます。拙速な導入は業績悪化を招きますが、自館の実情に合った形で慎重に進めれば、泊食分離は収益構造を大きく改善する力を持っています。
弊社アルファコンサルティングでは、特定の金融機関や業者と利害関係を持たない独立した立場から、依頼者であるオーナー様の利益を最優先に、泊食分離の導入をご支援しています。観光経済新聞でのコラム連載を十七年続けてきた中で蓄積した知見をもとに、自館に合った進め方を一緒に考えます。
- ・導入適否の診断 ― 料飲部門のFL比率・稼働率・客層の実態から、泊食分離が向いているかを客観的に診断します
- ・料金設計・収支シミュレーション ― 客室料金と夕朝食料金の設計、導入後の収支見通しの作成を支援します
- ・段階的な移行計画の策定 ― 限定販売から本格導入までのステップを、自館の状況に合わせて設計します
「自館がいまどの段階にいるのか分からない」「何から手をつければよいか整理したい」という段階でも構いません。早めにご相談いただくほど、選べる選択肢は多くなります。
初回相談は無料です。
- ・レベニューマネジメント完全ガイド ― 客室料金の変動運用を体系的に解説
- ・業態別の利益率 ― FL比率・料飲原価の業態別の水準
- ・ホテル・旅館の経費削減 ― 料飲原価のコントロール手法
- ・ホテル・旅館のコンセプト設計 ― 料飲を強みにするかの判断
