こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。
たとえば、客室数が同じくらいで、立地も近く、建てた時期もそれほど変わらない二つの旅館があったとします。数年も経つと、その経営状態にはっきりと差がつくことがあります。一方は客室単価を上げながら利益を出しているのに、もう一方は値下げ競争から抜け出せず、返済に追われている。こうした光景を、私はこれまで何度も見てきました。
この差は、設備の新しさや立地の良し悪しだけで説明できるものではありません。もっと根本のところ、つまりその施設がどんなコンセプトを掲げているかで、もうかる施設になるかどうかは、開業前あるいは投資を決める段階で、かなりの部分が決まってしまうのです。
本記事では、平均的な規模の旅館を例にとりながら、なぜコンセプトの選び方で利益がこれほど変わるのかを、具体的な収支とあわせて整理していきます。あわせて、立地との相性、すでに営業している施設が路線を見直すときの進め方、そしてコスト高騰が続く2026年にどの路線を選ぶとよいのかまで、順に見ていきましょう。
この記事を読むとわかること
- 1コンセプトが客層・客単価・客数・経費を決め、利益を左右する仕組み
- 2格安高稼働路線・高単価路線・バランス型路線の収支比較
- 3高単価路線が成立するかどうかを分ける「立地と人材採用力」の条件
- 4既存施設が客層・路線を転換するときに直面する壁と進め方
- 5コスト高騰と単価重視が進む2026年に、どの路線を選ぶべきか
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コンセプトというと、内装の雰囲気やキャッチコピーのことだと思われがちです。けれども経営の現場では、その捉え方では足りません。コンセプトを決めることは、その施設の客層・客単価・客数・経費の大枠を決めることと同じだからです。
たとえば客単価2万円の路線を選べば、それにふさわしい設備投資や人員体制、料理の原価が必要になります。見込める客数や稼働率も、そこからおのずと定まってきます。逆に客単価1万円の格安路線を選べば、まったく違う収支の組み立てになります。コンセプトを一つ決めた時点で、その施設の損益のかたちは、もうおおよそ描かれているのです。
コンセプトを「内装の雰囲気」のことだと思っていると、ここでつまずきます。誰に来てほしいかを決めることが、そのまま収支を決めている。まずはそう捉え直してみてください。
図表1 コンセプトが収支を決める流れ
コンセプトを決める
誰のための施設か(ターゲット客層)と、提供する価値の方向性を定める。
客単価が決まる
客層の支払い意欲に応じて、1泊あたりの料金水準が定まる。
必要な投資・体制・原価が決まる
その単価を実現するための設備投資、人員体制、料理原価が決まる。
客数・稼働率が決まる
立地と商品力に応じて、見込める客数と稼働率が定まる。
利益が決まる
以上の組み合わせで、もうかる施設になるかどうかがおおよそ決まる。
このことは、実際に予想収支を作って比べてみるとよく分かります。次の章で詳しく見ますが、同じ50室の旅館でも、高単価路線なら稼働率6割でも返済して利益が残り、格安路線では稼働率を9割まで上げても赤字が膨らむ、ということが起こります。同じ建物、同じ立地でも、選んだコンセプト次第で結果がこれほど変わるわけです。コンセプトが「雰囲気の問題」では済まないことが、おわかりいただけると思います。
ご相談を受けてきた中での私の所感ですが、コンセプト設計でうまくいかない施設には、共通する点があります。それは、「誰のための施設か」がはっきりしないまま、設備や料理、サービスを決めてしまっていることです。
内装のデザインも、客室の備品も、料理のメニューも、経営者の好みだけで選んでしまう。流行っているからという理由で、ワーケーション向けのブースを置いてみる。一つひとつは大きな間違いには見えないのですが、ターゲットが定まらないまま投資だけが進んでいきます。その結果、誰にとっても可もなく不可もない施設ができあがってしまうのです。
注意同じサービスでも、客層で評価は割れる
口コミ評価を分析すると、同じ施設でも客層によって点数が大きく分かれることがあります。若いカップルやファミリーから高い評価を得ている施設が、旅慣れた客や年配の客からは厳しい評価を受ける、ということは珍しくありません。同じサービスでも、受け取る客層によって満足度はかなり違ってくるのです。
ですから、あらゆる客層から売上を得たいという欲は、いったん手放したほうがよいと考えています。誰のための施設かを絞り込むこと。これがコンセプト設計の出発点になります。次の章では、その絞り込みを、代表的な3つの路線の収支を比べながら具体的に見ていきましょう。
→次の章では、格安・高単価・バランス型の3つの路線で、収支が実際にどう変わるのかを数字で見ていきます。
ここでは、平均的な中規模旅館を例に、代表的な3つの路線で収支がどう変わるかを見ていきます。はじめに押さえておきたいのは、黒字化に最も苦労するのは40〜80室ほどの中規模施設だということです。立地に恵まれていたり、経営者や女将、番頭役が際立った商才を持っていたりすれば高収益化も可能ですが、平均的な努力で投資回収に足る収益を上げるのは、現実にはそう簡単ではありません。このことは数字にも表れていて、黒字旅館の割合は、中規模が63.2%と大規模(85.7%)や小規模(72.7%)に比べて最も低い水準です(日本旅館協会 令和7年度営業状況等統計調査)。
例として、総投資25億円(土地代を含む)で50室の旅館を新設する場合を考えます。1泊2食料金2万円、1室あたり宿泊者数3人、客室稼働率60%と置きます。この稼働率60%という前提は、決して低く見積もったものではありません。日本旅館協会の調査でも、中規模旅館の客室稼働率は62.4%(令和7年度営業状況等統計調査)で、おおむね6割前後がひとつの目安になっています。ここに平均的な人件費、水道光熱費、送客手数料、固定資産税、消耗品費、修繕費などを織り込むと、償却前利益は1億円に届かず、利息や元金の返済が難しいことが分かります。これが、特徴のないバランス型路線のおおよその姿です。この施設をもとに、路線を変えると収支がどう動くかを見ていきましょう。
1泊2食料金を1万4千円まで下げる代わりに、稼働率90%を目指す路線です。競争の激しい温泉街では、各館が値引き合戦を重ねた末に、こうした格安路線の館ばかりになることがあります。ところが、この路線をとると、稼働率が60%から90%に上がっても、赤字幅はかえって広がり、銀行返済はさらに遠のきます。
理由はそれほど複雑ではありません。お客様が支払う料金は安くなりますが、清掃費・水道光熱費・アメニティ費・送客手数料といった、お客様の数に応じてかかる経費は安くなりません。お客様が増えるほど、こうした変動費も増えていくからです。値下げで埋めた稼働は、利益をほとんど生まないどころか、むしろ持ち出しになりかねないのです。格安路線で生き残れるのは、中古物件のリノベーションで初期投資を抑えた格安チェーンか、スケールメリットを活かせる大型施設に限られます。
ハードとソフトの商品力を高め、1泊2食料金を3万5千円まで引き上げる路線です。この場合は、1室あたり宿泊者数2人、稼働率60%でも、利息や元金を返済して利益を残すことができます。同じ施設規模でも、単価を引き上げるほうが、稼働率を追うよりはるかに収支が安定するのです。追加投資をしてでも商品力を高め、高単価路線をとるほうが賢明だといえます。
団体客から個人客まで幅広く受け入れる、昔ながらの典型的な旅館の姿です。もともと団体向けだった施設が、団体の減少を補おうとして個人客も取り込んだ結果、二兎を追う形になったというケースが多く見られます。団体旅行の全盛期に十分な利益を上げ、借入金の返済が進んでいる施設なら、経費のやりくりで成り立たせることもできます。しかし、新たにバランス型を選んで施設を作ると、すぐに収支が成り立たなくなることが、収支予想から見て取れます。
3つの路線を並べてみると、収支を分けている要因がはっきりします。同じ建物、同じ立地、同じ規模でも、選んだ単価帯によって、返済後に手元へ残るお金がまるで違ってくるのです。


「安売りで埋めた稼働は、ほとんど利益を生みません。大事なのは、何室売るかより、一部屋いくらで売るか。まずそこを決めましょう。」
図表2 3つの路線の収支イメージ(50室・総投資25億円の旅館の場合)
注意数値はモデルケースです
上記は平均的な経費構造を前提としたモデルケースであり、実際の収支は立地・規模・経費構造・借入条件によって変わります。自社の数値で収支予想を作成し、検証することをお勧めします。
→なぜバランス型は、平均的な努力では赤字に陥りやすいのでしょうか。その構造を次の章で掘り下げます。
バランス型路線が平均的な努力では利益を上げにくいのは、設備もオペレーションも、どの客層に対しても中途半端になりやすいからです。団体客に最適化すれば大宴会場と大量配膳の体制が要りますが、個人客はそうした施設に魅力を感じにくい。逆に個人客向けに作り込めば、団体の受け入れ効率が落ちます。両方を狙うことで、どちらの客層にも刺さりきらない施設になってしまうのです。
客室数が多く、単一のターゲットだけでは安定稼働が難しい大型施設では、棟やフロアごとに客層を分ける方法もあります。ただし、複数の客層を同時に受け入れる運営は、人手も経費もかかり、非効率になりやすいのが実情です。私がお勧めしているのは、老朽化した棟から段階的に取り壊しや用途転換を行い、客層を絞り込んでいく方法です。
ここで一つ注意したいのが、料飲部門のアウトソーシングです。利益が出ないからと、人員と原価の負担が大きい夕食提供を外注に切り替える施設がありますが、これだけで赤字体質から抜け出せるわけではありません。
先ほどの50室・1泊2食2万円・稼働率60%の旅館で、夕食を外注した場合(夕食単価1万円の2割を販売手数料として受け取ると仮定)の収支を試算すると、償却前利益は9千万円弱、借入返済後はおよそ3千万円のマイナスになります。夕食に加えて朝食も外注しても、結果はほとんど変わりません。料飲を外注するだけでは、収支は改善しないのです。
もちろん、料飲の外注をきっかけに、客室単価や稼働率の向上へ経営資源を集中できれば、黒字化は不可能ではありません。問題は外注そのものではなく、「外注して終わり」にしてしまうことにあります。同じ理屈で、システム導入やwebマーケティングを表面的に行うだけで、収支構造を抜本的に見直さないまま安売りを続ける施設も、なかなか浮上できません。
ここまでの内容を業態戦略ごとに整理すると、次のようになります。同じ施設・同じ立地でも、選ぶ戦略によって返済後の収支がこれほど変わります。
図表3 業態戦略別の収支イメージ(50室・総投資25億円の旅館)
| 業態戦略 | 主な前提 | 返済後収支の傾向 |
|---|---|---|
| 格安・高稼働 | 1泊2食1万4千円/稼働率90% | 赤字が拡大しやすい |
| 高単価 | 1泊2食3万5千円/稼働率60% | 黒字を確保しやすい |
| 夕食アウトソーシング | 夕食を外注/朝食は自社 | 返済後は赤字傾向 |
| 朝夕食アウトソーシング | 朝夕食とも外注 | 夕食外注とほぼ同水準 |
| 客室減・高級化 | 50室→25室に減室し高級化 | 黒字転換の可能性 |
※ 数値前提はモデルケース。実際の収支は経費構造・借入条件により変動する。
表の最下段にある客室減・高級化戦略は、近年のトレンドにも合う有力な選択肢です。たとえば現状50室ある客室を25室まで減らし、1室あたり2千5百万円(追加投資総額6億2千5百万円)をかけて高級客室にリニューアルする場合を考えます。高級化とリニューアル効果で1泊2食料金4万5千円、1室あたり宿泊者数2人、稼働率75%に変わると見込むと、償却前利益は1億6千万円、借入返済後の収支は2千万円程度のプラスに転じます。減室は勇気のいる判断ですが、追加投資を抑えながら想定どおりの単価アップが実現すれば、得られる果実は大きいといえます。
注意旅館のGOPは、思うほど高くない
宿泊業の収益力を測る指標にGOP(償却前営業利益)があります。日本旅館協会の調査によれば、総売上に対するGOP率は全体平均で12.5%、中規模旅館では10.8%にとどまります(令和7年度営業状況等統計調査)。さらに黒字旅館が14.6%なのに対し、赤字旅館は3.1%と大きく開きます。つまり、わずか1割前後のGOPをどう確保するかが、返済と再投資の余力を左右します。コンセプトの選択で単価と収支構造を整えることが、この限られた利益を守るうえで効いてくるのです。
ここで、一つ補足しておきたいことがあります。これまで「単価を上げるほうが収支は安定する」と述べてきましたが、日本旅館協会のデータを見ると、黒字旅館の客単価はむしろ低めなのです。宿泊客1人当りの総単価は、黒字旅館が22,678円、赤字旅館が23,857円と、単価だけを比べれば赤字旅館のほうが高い、という逆転が起きています(令和7年度営業状況等統計調査)。
これは矛盾ではありません。両者は前提が違うのです。黒字旅館で目立つのは、客室稼働率の高さ(黒字63.6%・赤字54.1%)と、原価率・人件費率を律していることです。加えて、黒字旅館は減価償却費率が中規模で4.3%と低く、赤字旅館の13.2%と大きく違います。これは、借入の返済と設備の償却が進み、投資負担が軽くなった既存施設が、黒字旅館に多く含まれることを示しています。償却の進んだ施設なら、単価がそれほど高くなくても、稼働とコスト管理で利益を出せるのです。
一方、本記事のモデルケースは総投資25億円の新設旅館で、重い借入の返済が前提になっています。新たに大きな投資をする施設では、返済原資を確保するために単価を引き上げる必要がある、というのが本記事の趣旨です。つまり、すでに償却が進んだ既存施設は稼働とコスト管理で黒字を保てる一方、これから投資する施設は単価設計がより重要になる、と整理するとよいでしょう。いずれにせよ、単価・稼働・コスト構造の三つをそろえて初めて黒字が成り立つことに変わりはありません。
→では、収支が安定しやすい高単価路線は、どんな施設でも選べるのでしょうか。実は、立地が大きく関わってきます。


高単価路線のほうが収支は安定しやすい。それなら全施設が高単価を目指せばよい、とはなりません。鍵を握るのは立地です。ご相談を受けてきた中での実感として、立地と経営戦略の整合がとれていない施設は、どれほど立派に改修しても苦戦します。
サービスの行き届いた高単価施設を目指すなら、その施設が立地するエリアで、一定水準以上の人材を比較的容易に採用できることが前提条件になります。大都市圏へのアクセスがよく若者が地元から流出している地域や、有力な工業団地が近くにある地域は、採用に苦戦しやすく、上質なサービスを売りにする施設の運営には向きません。立派な施設に改修しても、サービスが行き届かず口コミ評価が伸び悩むおそれがあります。
採用に苦戦する地域で、それでも高単価路線を目指したいのであれば、貸別荘のように客室での滞在時間が長く、スタッフとの接点が少なくなるコンセプトが向いています。顧客接点を増やすと、接遇レベルの高くないスタッフに対して、旅慣れた高単価客が不満を持つ原因を作ってしまうからです。料理の質を担保できる調理体制が組めるなら、併設レストラン形式での食事提供も一案です。逆に、料理や接遇のレベルが低いまま客室だけを豪華にすると、ちぐはぐさから低評価を受けることになります。
立地が経営戦略を決めるという点では、高単価かどうかという話に限りません。たとえば弊社が基本構想から関わった埼玉県の森林ホテルは、駅から徒歩1分という立地と、近隣に国営公園を抱える環境を起点に、路線を組み立てた施設です。高単価の温泉旅館を目指すのではなく、ビジネス利用と観光利用の両方を取り込む路線を選び、好立地という強みを最大限に活かしています。立地条件をどう読み、それに合った路線を選ぶか。その具体的な進め方は、記事の最後で改めて取り上げます。
一方で、低単価路線にも「良い低単価」と「悪い低単価」があります。良い低単価とは、質の良いサービスを求める大量の消費者層をターゲットに、安価な料金を設定することです。顧客満足度の高い低単価施設はリピート客の支持を得やすく、業歴を重ねるほど安定感を増します。ただし、単に安くするのではなく、利益を出せるコスト構造を整えること、つまり抜本的な省力化・省人化が実現の条件になります。
悪い低単価とは、運営コストすら賄えず、再投資の資金も確保できない無計画な安売りです。運営体制や手法が旧態依然のままで、システム導入やwebマーケティングを表面的に行っているだけで、収支構造の抜本的な見直しができていないケースが多く見られます。閑散期に料金相場が極端に下がる温泉地が、これに当たります。
図表4 立地(商圏)と単価路線の整合性
整合する
適切な料金設定で価値を訴求できる。地域全体で単価を高める意識が重要。
ミスマッチ
安易な低価格は地域の価値を損なう。価値あるサービスで適正料金を。
要・採用力
一定水準の人材を採用できる立地が前提。難しければ接点の少ないコンセプトを。
有効
高所得エリアとの間に競合温泉地がある場合などに有効。良い低単価を目指す。
低価格路線が有効かどうかは、商圏(後背地)によって変わります。大都市圏の所得水準が高いエリアを商圏とするなら、安易な低価格路線は避けるべきです。逆に、商圏に高所得エリアがない、あるいは自館と高所得エリアの間に競争力のある温泉地がある場合は、低単価路線が有効に働きます。私がよくお伝えするのは、真の競争相手は近隣の施設ではなく、ほかの温泉地だということです。地元同士で戦略なきダンピング合戦をするのではなく、地域全体で立地と単価設定の方針をすり合わせることをお勧めします。




「高単価がいい・低単価が悪い」という話ではありません。自館の立地と商圏に合っているかが、すべての分かれ目です。隣の館ではなく、ほかの温泉地を競争相手として見てみてください。
→ここまでは新規開業を念頭に置いてきましたが、多くの経営者にとって現実的な課題は「既存施設の路線をどう見直すか」です。次の章で扱います。
ここまでは新規開業を前提に話を進めてきましたが、実際にこの問題に向き合う経営者の多くは、すでに営業している施設をお持ちです。長年営業してきた施設は、客層に合わせて設備も社内オペレーションも最適化されています。だからこそ、メインの客層が減少傾向にあるからといって、路線を転換するのは容易ではありません。
客層転換の最大の壁となるのは、既存の幹部や従業員の既成概念です。施設の発展を支えてきた幹部ほど、過去の成功体験にとらわれがちです。たとえば修学旅行をメインにやってきた叩き上げの営業部長は、これまでの実績に自負があり、減収傾向にあっても修学旅行のテコ入れで売上を回復させようと考えるものです。少子化が進むことを考えれば修学旅行以外の客層も取りに行く必要がありますが、これまでの取り組みを頭ごなしに否定するのは得策ではありません。否定しても、社内で長年築かれた序列や仕事の流れはそう簡単には変わらず、幹部が頑なになれば、ほかの従業員も遠慮して、転換はかえって進みにくくなります。
経営者の立場としては、これまでの貢献を評価したうえで、今後どのような客層構成にしたいかを具体的な目標として示し、協力を得るのが望ましい進め方です。たとえば、毎月の客層ごとの宿泊者数をデータで示し、各月で特定の客層を何人増やしたいのか、目標値を明示します。専門性のある人材を採用したり、社内から若手を抜擢したりする対策も必要でしょう。客室提供の優先順位は営業部内の確執の原因になりやすいので、経営者自身が客層の構成と優先順位を示すと、現場は動きやすくなります。
図表5 客層転換の進め方
貢献を評価
既存幹部・従業員のこれまでの実績を認める。
目標を数値化
客層構成の目標を、月別・客層別の人数で示す。
体制を整える
専門人材の採用や若手の抜擢で推進力を作る。
施策を実行
営業先を見直し、新たな客層への反応を確認する。
経過を見て調整
短期の成否で判断せず、追加施策を重ねる。
客層転換でもう一つ大切なのは、施策の成否を短期で判断しないことです。打ち出した施策が当たったかどうかは、一年やそこらでは見極めきれません。当初は成功と思えたことが、後になって重荷に変わることもあります。
たとえば、閑散期の客足を埋めようと、客単価を大きく下げたプランを出すとします。ふたを開けてみると、確かに新しい客層は呼び込めました。ここだけを見れば成功です。ところが時間が経つと、下げた単価のわりに館内での飲食や売店の消費が伸びず、客数は増えたのに利益率はかえって悪化していた、ということが起こります。つまり、短期では成功に見えた施策が、少し長い目で見ると見直しを迫られる、というわけです。
こうしたとき、社内から「転換などしないほうがよかったのでは」という声が出ることもあります。けれども、ここで施策そのものを諦めてしまうのは早計です。大切なのは、結果を見ながら次の一手で軌道修正していくことです。
先ほどの例で言えば、安く呼び込んだお客様に対して、料理やサービスをランクアップしたプランを追加料金で用意し、来館後の単価アップを図ることができます。接客係をトレーニングして、別注の料理やドリンク、館内売店の販売に力を入れるのも有効です。今年度の閑散期に1万円で販売して稼働が好調だったなら、来年度は内容を少し見直して1万2千円で売り出してみる、という調整も考えられます。このように、一度の施策で完成と考えず、途中経過を見ながら手を重ねていくことで、客層転換は少しずつ形になっていきます。




転換は、一年で結果が出るものではありません。最初の施策がうまくいかなくても、そこで止めず、結果を見ながら次の一手を重ねていく。これがいちばんの近道です。
→最後に、コスト高騰と単価重視が進む2026年の市場環境の中で、どの路線を選ぶべきかを考えましょう。
ここまでの議論は、コスト高騰が続く2026年の市場環境では、いっそう重みを増しています。インバウンドの回復で宿泊需要は過去最高水準に達した一方、最低賃金の引き上げによる人件費の上昇、水道光熱費の高止まり、食材費の高騰により、「売上は戻ったのに利益は減った」という逆転現象が、多くの施設で起きています。お客様の数を増やすほど経費も増える格安・高稼働路線が苦しくなる構造は、コストが上がるほど鮮明になります。
業界全体でも、稼働率の上下に一喜一憂するのではなく、客室単価(ADR=平均客室単価)や、稼働率と単価をかけ合わせたRevPAR(販売可能客室1室あたりの収益)をどれだけ維持できるかで利益を守る、という発想が主流になっています。これは本記事で繰り返し述べてきた「稼働を追うより単価を守る」という考え方と一致します。日本旅館協会も、「人件費や諸物価が高騰するなかで単価アップは重要」と指摘しています(令和7年度営業状況等統計調査)。実際、宿泊客1人当りの総単価は全体平均で23,926円と、コロナ前の令和元年度から約4,860円上昇しました。値下げで稼働を埋めても、トータルの売上が減れば投資利回りは下がります。高品質なサービスと顧客満足度の向上を通じて、単価を守ることを意識したいところです。
近年は政府の支援制度を追い風に、全国で高付加価値化に向けたリニューアルが相次ぎました。しかし、期待したほど客室単価や稼働率が上がらないという声も聞きます。原因の一つは、改装した客室が、これまでとは異なる客層をターゲットにしているのに、施設全体のコンセプトやプロモーションが追いついていないことです。中価格帯のファミリーや団体を主力としてきた施設が露天風呂付き客室を新設すると、こうした事態に陥りやすくなります。
改善策としては、新規客室のコンセプトを施設全体に浸透させ、イメージアップを図ることが挙げられます。予算が許すなら、一般客室も新規客室のコンセプトに合わせて改装するのが理想です。予算の制約で一般客室の改装が難しい場合は、新規客室を過度な高単価路線にせず、地域のほかの館より利用しやすい料金にするか、宿泊定員を増やして4名以上のグループ向け客室として販売する方法が有効です。せっかく投資した客室を低稼働で持て余すくらいなら、定員を増やして客室単価と稼働の両立を図るほうが、結果として当初計画以上の実績につながることもあります。
結局のところ、どの路線を選ぶにせよ、立地・市場・自社の体制と整合したコンセプトを、開業前あるいは投資前に収支で検証しておくことが、もうかる施設とそうでない施設を分けます。流行や競合への対抗心で安易に方針を決めるのではなく、数字に基づいて自社に合った路線を選ぶことをお勧めします。
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よくある質問
Q小規模な施設でも、コンセプトを絞り込むべきでしょうか。
Aむしろ小規模施設こそ、コンセプトを絞り込む効果が大きいといえます。客室数が限られる施設が複数の客層を狙うと、設備もサービスも中途半端になり、どの層にも刺さらなくなります。ターゲットを明確に絞れば、限られた投資と人員を一点に集中でき、口コミ評価も安定しやすくなります。
Q今は格安路線ですが、高単価路線に転換できますか。
A可能ですが、立地と人材採用力が前提条件になります。一定水準以上の人材を採用できる立地でなければ、施設を高級化してもサービスが追いつかず、口コミ評価が伸び悩むおそれがあります。採用が難しい立地であれば、顧客接点の少ない滞在型のコンセプトを選ぶなど、立地に合った高単価化の方法を検討することをお勧めします。
Q団体客が減ってきたので、個人客向けに切り替えるべきでしょうか。
A団体と個人の両方を中途半端に追うバランス型は、収支が成り立ちにくい構造です。ただし、転換は既存幹部・従業員の既成概念という壁を伴うため、客層構成の目標を数値で示し、過去の貢献を評価したうえで段階的に進めることが大切です。短期の成否で判断せず、途中経過を見ながら施策を重ねてください。
Q料飲部門を外注すれば、利益は改善しますか。
A料飲の外注だけでは、赤字体質からの脱却にはつながりにくいというのが実務上の実感です。外注をきっかけに、客室単価や稼働率の向上に経営資源を集中できれば黒字化は可能ですが、「外注して終わり」では収支はほとんど変わりません。コスト構造全体の見直しとセットで考える必要があります。
Q高付加価値化のためにリニューアルしましたが、思ったほど単価が上がりません。
A改装した客室だけが浮いてしまい、施設全体のコンセプトやプロモーションが追いついていない可能性があります。新規客室のコンセプトを施設全体に浸透させること、予算が許せば一般客室も同じ方向性で改装することが有効です。難しい場合は、新規客室の定員を増やしてグループ向けに販売する方法も検討してください。
Qコンセプト設計は、開業前でないと手遅れですか。
A手遅れではありません。既存施設でも、客層転換やリニューアルのタイミングでコンセプトを設計し直すことができます。重要なのは、感覚で決めるのではなく、複数の路線について収支を試算し、自社の立地・規模・市場に合った方向性を数字で検証することです。
事例
立地を起点に路線を設計した宿 ― 森林ホテル(埼玉県滑川町)
本記事で述べてきた「立地に合った路線を選ぶ」という考え方を形にした一例として、埼玉県滑川町の「森林ホテル」が挙げられます。弊社が基本構想から開業まで関わった施設の一つです。
この宿は、東武東上線・森林公園駅の南口から徒歩1分という好立地に、2020年に開業しました。注目したいのは、この立地条件をどう読み解いて路線を組み立てたか、という点です。高単価の温泉旅館を目指すのではなく、駅前の利便性を活かしてビジネス利用と観光利用の両方を取り込む路線を選びました。全室を一定以上の広さで揃え、寝具や大型テレビなど客室の質を高めつつ、天然温泉の大浴場や無料の朝食ビュッフェ、無料駐車場で滞在価値を整える。本記事でいう「良い低単価」、つまり質を保ちながら利用しやすい料金で支持を集める路線です。
さらにこの宿は、隣接する国営武蔵丘陵森林公園との連携プランや、地元球団とのコラボ客室、地域イベントなど、立地まわりの資源と結びついた取り組みでファンを育てています。これは本記事で述べた「真の競争相手は近隣施設ではなく、地域全体の魅力で選ばれること」という考え方とも重なります。高単価か低単価かという二択ではなく、立地を冷静に読み、それに整合する路線を選んで磨き込む。森林ホテルは、その進め方を示す一例だといえます。
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さいごに
いかがだったでしょうか。コンセプトの選択は、もうかる施設になるか、もうからない施設になるかを、開業前あるいは投資前の段階で大きく左右します。格安高稼働・高単価・バランス型のいずれを選ぶにせよ、立地・市場・自社の体制と整合しているか、そして収支が成り立つかを、数字で検証しておくことが何より大切です。
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