外国語の低評価が怖くてカスハラに踏み込めない|インバウンドと口コミの板挟みを解く

こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。

インバウンドを日常的に受け入れている宿ほど、よく口にされる悩みがあります。「理不尽な要求には毅然と対応したい。けれども、断った腹いせに外国語で悪い口コミを書かれるのが怖くて、つい飲んでしまう」というものです。

はじめにお断りしておくと、外国人のお客様の戸惑うような言動の多くは、悪意のあるカスタマーハラスメント(顧客等による著しい迷惑行為。以下、カスハラ)ではなく、文化や習慣の違いから生じるものです。土足で客室に上がる、湯船にタオルを入れるといった行動は、説明すれば収まります。文化の違いと、本当のカスハラを切り分けることが出発点になるのは、言うまでもありません。

しかし、日々インバウンドと向き合う宿の本当の悩みは、その先にあります。明らかに度を越した要求であっても、海外の予約サイトや多言語の口コミ評価に売上を握られているために、毅然と対応できない。この板挟みこそが、インバウンド時代のホテル・旅館が抱える、最も根の深い問題です。この記事では、その構造を解きほぐし、どう向き合えばよいのかを考えていきましょう。

外国人のお客様を案内する女性スタッフ
外国人のお客様を案内する女性スタッフ

なぜ、インバウンドに強い宿ほど踏み込めないのか

国内のお客様が中心の宿に比べて、インバウンド比率の高い宿は、報復的な低評価をより恐れる構造に置かれています。理由は三つあります。

一つは、評価が予約に直結していることです。海外からのお客様の多くは、現地から予約サイトの評価だけを頼りに宿を選びます。実際に足を運んで確かめることができないぶん、点数や口コミの比重が、国内客以上に大きくなります。私がさまざまな宿を見てきた実感として、口コミ点数はいまや単なる評判ではありません。検索結果での表示順位や予約のされやすさに直結し、わずか〇・二ポイントの上下でも、クリック率や予約の成約率が目に見えて変わります。しかも、点数が下がってから売上が落ち込むまでには、一〜二か月ほどの時間差があります。低評価の影響は、すぐには数字に表れず、忘れたころに効いてくるのです。口コミは、過去の評価であると同時に、将来の売上を映す指標でもあります。だからこそ、宿は報復的な低評価を、過度に恐れてしまいます。

二つは、言語圏ごとに市場が分かれていることです。英語の低評価は世界中の英語話者に、中国語の低評価は中国語圏の旅行者に届きます。一つの報復的な書き込みが、その言語圏の予約者全体に影響を及ぼす。国内客向けの一件の低評価よりも、射程がはるかに広いのです。

三つは、宿の側が反論しにくいことです。外国語で書かれた事実と異なる低評価に対して、その言語で即座に、かつ的確に事情を説明できる宿は多くありません。内容を確かめることにも、返信することにも時間がかかり、その間に書き込みは広がっていきます。この非対称性が、宿を萎縮させます。

インバウンドに力を入れてきた宿ほど、海外OTAや多言語の口コミに依存する度合いが高くなります。集客を支えてきたその評価が、いざカスハラに対応しようとするときには、宿の足かせに変わる。インバウンド対応の成功が、そのまま板挟みの深さにつながるという、皮肉な構造がここにあります。次の図は、この悪循環を整理したものです。

図表1:インバウンドに強い宿ほど陥る「板挟みの悪循環」

① インバウンドに注力 海外OTA・多言語口コミでの評価が、集客の生命線になる
② 評価への依存が高まる 外国語の低評価は、その言語圏の予約者全体に広く響く
③ 報復の低評価が怖くなる 度を越した要求にも、毅然と対応できなくなる
④ 理不尽な要求を飲む その場の評価は守られるが、要求は前例化していく
⑤ 従業員が疲弊し、辞める 得がたい語学人材が失われ、現場がさらに弱くなる
↑ ①へ戻り、板挟みが深まっていく(悪循環)
この循環を断つ一手脅しを伴う要求や違法行為には、報復の低評価を判断材料にせず毅然と対応する。低評価のリスクは「対応を決めたあとに」別途、淡々と備える。評価を守ることより、従業員を守ることを宿の方針として先に置く。

「飲み続ける」ことの、見えないコスト

報復の低評価を恐れて要求を飲み続けると、その場の評価は守られます。しかし、見えないところで、宿はより大きな代償を払っています。

まず、一度飲んだ要求は前例になります。「あの宿は強く言えば通る」という評判は、口コミとは別の経路でも広がります。同じ手口の要求が繰り返され、対応のたびに現場はすり減っていきます。

そして何より、対応した従業員が傷つきます。言葉の通じない相手から理不尽な要求を浴び、それでも宿から守ってもらえない。この経験が重なれば、人は静かに辞めていきます。インバウンド対応ができる語学力のある人材は、ただでさえ得がたい存在です。評価を守るために要求を飲んだ結果、最も貴重な人材を失う。これは、低評価一件とは比べものにならない損失です。

つまり、本当に問うべきは「低評価が怖いかどうか」ではありません。一件の報復低評価と、従業員が壊れ人が辞けていくことと、どちらが宿にとって高くつくのか。この比較で考えたとき、毅然と対応しないことのほうが、長い目で見れば高い買い物になることが少なくないのです。

報復の低評価を、過度に恐れなくてよい理由

加えて、報復的な低評価そのものについても、冷静に捉え直しておく価値があります。恐れは、実態以上に膨らみがちだからです。

第一に、閲覧者は思いのほか賢明です。一件の極端に攻撃的な低評価は、多くの読み手にとって、かえって投稿者の側に問題があると映ります。とりわけ、宿が冷静で誠実な返信を添えていれば、その対比は際立ちます。低評価そのものより、それにどう返したかを、人は見ています。

第二に、事実と異なる悪質な書き込みは、手をこまねくしかないものではありません。プラットフォームの規約に違反していれば削除を申請できますし、名誉毀損や業務妨害にあたるなら、専門家の力を借りて法的な対応を検討することもできます。報復の口コミへの具体的な対処は別の記事(生成AIの返信と海外OTAへの削除依頼)で詳しく扱っていますので、あわせてご覧ください。

第三に、一件の低評価が全体に与える影響は、評価の母数が大きいほど薄まります。口コミ点数は将来の売上を映す先行指標ですから、日頃から正当なお客様の声を地道に積み重ねている宿は、その土台が厚いぶん、報復的な一件で簡単には揺らぎません。良い評価の蓄積そのものが、報復への最も確実な備えになるのです。

毅然と対応するか、応じるか――判断の物差し

とはいえ、すべてのケースで一律に「毅然と対応せよ」と言いたいわけではありません。大切なのは、感情や恐れではなく、一定の物差しで判断することです。要求の内容と、報復で書かれうる内容の性質によって、宿のとるべき構えは変わります。

図表2:毅然と対応するか、応じるか――対応判断の物差し

場面考え方宿の構え
宿に落ち度がある不満(言い方が強くても)正当なクレーム誠実に対応し改善する。低評価でも誠実な返信を
文化の違いによる行き違い説明で解決する誤解丁寧に伝える。多言語の案内で先回りする
低評価をちらつかせた、軽度で一回限りの要求対応コストの範囲なら判断の余地記録のうえ、宿の基準で可否を判断する
「悪い口コミを書く」と脅しての過大要求脅迫的言動・カスハラ屈しない。記録し、責任者・組織で対応する
暴言・暴力を伴う要求違法行為国籍を問わず毅然と。必要なら警察・専門家へ

※青=応じるべき正当な声、橙=宿の基準で判断する域、赤=低評価を恐れず毅然と対応すべき領域。赤では報復の低評価を判断材料にしない。

ここで肝心なのは、赤の領域、つまり脅しを伴う過大要求や違法行為に対しては、報復の低評価を判断材料にしないということです。脅しに屈して要求を飲めば、その事実こそが次の脅しを呼びます。低評価のリスクは、対応を決めたあとに、別途、淡々と備えるべきものなのです。

板挟みから抜け出すために、宿ができること

では、この板挟みから抜け出すために、具体的に何ができるでしょうか。日頃の備えと、起きたあとの対応に分けて整理します。

良い評価を、日頃から積み上げる

報復の一件に揺るがない最大の備えは、正当なお客様の満足を地道に評価へと積み重ねておくことです。滞在に満足されたお客様に、さりげなく口コミ投稿をお願いする。多言語で良い体験を発信する。母数の大きな評価は、報復的な一件を相対的に小さくします。

外国語での返信を、準備しておく

低評価がついたとき、その言語で冷静かつ誠実な返信を返せるよう、あらかじめ備えておきます。よくある不満への返信の型を、主要な言語で用意しておけば、いざというとき素早く、的確に対応できます。返信は、書いた本人にではなく、それを読む将来のお客様に向けたものだという意識が大切です。次に、返信の型を示します。

図表3:低評価への「誠実な返信」の型 ※返信は投稿者本人でなく、それを読む将来のお客様に向けて書く

事実にもとづく低評価への返信(例)
この度はご滞在にご満足いただけず、誠に申し訳ございませんでした。ご指摘の点は真摯に受け止め、改善に取り組んでまいります。貴重なご意見に感謝申し上げます。
EN:Thank you for your feedback. We are very sorry that your stay did not meet your expectations. We take your comments seriously and are working to improve. We appreciate you taking the time to share them.
事実と異なる・攻撃的な低評価への返信(例)
ご意見をいただきありがとうございます。当館では、いただいたお声をもとに事実を確認いたしました。認識の相違がございましたが、すべてのお客様に気持ちよくお過ごしいただけるよう努めております。ご不明な点はフロントへお問い合わせくださいませ。
EN:Thank you for your comment. We have reviewed what happened based on your review. While our understanding of the situation differs, we remain committed to a comfortable stay for all our guests. Please feel free to contact our front desk with any concerns.
返信のコツ:感情的に反論しない。事実と異なる点は「認識の相違」と冷静に示すにとどめる。謝るべき点と、譲れない点を分けて書く。読み手は投稿者ではなく、これから予約を検討する人だと意識する。
※多言語の文面は、公開前にネイティブや翻訳サービスで一度確認すると確実です。

削除と法的対応の道筋を、知っておく

事実と異なる悪質な書き込みについては、プラットフォームごとの削除申請の方法や、専門家に相談する道筋を、平時に把握しておきます。いざ書かれてから慌てるのではなく、手順を知っているだけで、過度に恐れずに対応できます。そのためにも、カスハラを受けた時点からの記録が欠かせません。

従業員を守る方針を、明確にする

そして、最も大切なのが、評価よりも従業員を守ることを、宿の方針としてはっきりさせることです。「報復の口コミを恐れて理不尽な要求を飲むことはしない」と経営者が明言し、現場がそれを知っている。この一点があるだけで、従業員は安心して、毅然とした対応に踏み出せます。

さいごに

いかがだったでしょうか。インバウンドを日常的に受け入れる宿が抱える本当の悩みは、文化の違いの見分け方そのものよりも、外国語の報復的な低評価を恐れて、カスハラに毅然と対応できないという板挟みにあります。けれども、要求を飲み続けることには、従業員の離職という、低評価一件をはるかに上回るコストが隠れています。脅しを伴う要求や違法行為には、報復を判断材料にせず毅然と対応する。そのうえで、良い評価の蓄積、多言語での誠実な返信、削除と法的対応の道筋という備えで、低評価のリスクには淡々と対処する。この構えが、板挟みから宿を解き放ちます。

弊社アルファコンサルティングでは、ホテル・旅館の経営に特化し、特定の業者と利害関係を持たない独立した第三者の立場から、宿の課題に専門的な視点を添えてきました。インバウンド対応とカスハラの線引き、口コミ評価への向き合い方、従業員を守る方針づくりなど、それぞれの宿の実情に応じたお手伝いが可能です。なお、悪質な書き込みへの法的な対応については、弁護士など専門家と連携して進めることをお勧めします。

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