カスハラで最初に辞めるのは、一番優秀な人である|人材を守る組織のつくり方
こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。
カスタマーハラスメント(顧客等による著しい迷惑行為。以下、カスハラ)で従業員が辞めていく。そう聞くと、多くの方は、打たれ弱い人や、経験の浅い人から離れていくのだろうと想像されるかもしれません。けれども、長年さまざまな宿を見てきた私の実感は、まるで逆です。
カスハラで最初に辞めていくのは、たいてい、現場で一番能力とやる気があり、その場を仕切っている人です。フロントの主任、レストランのフロアリーダー。若くして頭角を現し、周囲から頼りにされている、まさにこれからの宿を背負うはずの人材から、静かに姿を消していきます。
なぜ、よりにもよって一番優秀な人が辞めてしまうのか。この記事では、その皮肉な構造を解き明かしながら、ホテル・旅館がカスハラから大切な人材を守るために、何をすべきかを考えていきます。まず、次の図でその全体像をご覧ください。

図表1:カスハラが「一番優秀な人」を奪っていく連鎖
なぜ、カスハラは優秀な人を狙い撃つのか
これは、現場の力関係を追っていくと、はっきりと見えてきます。
横柄な態度のお客様、理不尽な要求をするお客様が現れたとき、最初に対応するのは現場の一般スタッフです。けれども、経験の浅いスタッフでは、そうした強い態度に対処しきれません。そこで、上の人間が呼ばれます。フロントであれば主任クラス、ときには支配人に近い人。レストランであればフロアのリーダー。つまり、接客対応の能力が高いと見込まれた人が、火消し役として前に出ることになります。
ここに、見落とされがちな事実があります。こうしたリーダー格の多くは、比較的若く、能力を買われて立場を与えられたものの、実際には大きな権限を持っているわけではありません。お客様の要求を、その場の判断ではねつける力までは与えられていない。だから、たとえ相手が乱暴なお客様であっても、まずは話を聞き、なんとか穏便に収めようとします。
そして、無難に収めようとすればするほど、自らが矢面に立ち、自らを犠牲にする方向に働きます。一時間に及ぶ電話、フロントで延々と声を荒げられる対応。こうした場面で、最も有能なはずの人が、最も深く傷つく役回りを担わされていきます。
カスハラのターゲットにされやすいのは、現場で一番頼れるリーダー格である。これは偶然ではなく、力関係の必然です。能力が高いがゆえに前に出され、権限が小さいがゆえに抱え込む。将来有望な人材ほど、カスハラの矢面に立たされやすいという、皮肉な構造があります。
経営者が「聞きたがらない」ことが、抱え込みを生む
リーダー格が一人で抱え込んでしまう背景には、もう一つの要因があります。経営者の側の問題です。
正直に申し上げて、経営者というものは、嫌な報告を聞きたがりません。クレームやトラブルの報告は、できれば耳に入れたくない。その空気を、現場は敏感に感じ取ります。すると、中間管理職であるリーダー格は、「これくらいは自分のところで収めておこう」と、ますます問題を抱え込むようになります。経営者が無意識に発する「聞きたくない」という空気が、現場の口を閉ざし、抱え込みを深めていきます。
ホテル・旅館という業態は、この問題が起きやすい条件をいくつも抱えています。お酒が入ったお客様が、他の業種に比べて格段に多い。とりわけビジネスホテルでは、男性のお客様、それも年齢層の高い方が多く、ささいなことで急に強い態度に転じる場面も起こり得ます。さらに、経営者や責任者がいない夜間帯には、ナイト勤務の担当者が一人でこうした対応を背負うことになります。夜に問題が起きやすいことは、経営者や責任者の多くが、すでに身をもって体験されているはずです。
こうして、本来なら組織全体で受け止めるべきカスハラが、現場のリーダー格一人の肩に乗せられたまま、経営者の目の届かないところで進行していきます。
我慢には限界がある――そして若い世代は、もっと脆い
では、抱え込んだリーダー格は、いつまで我慢しきれるのでしょうか。答えは、長くは続かない、です。
理不尽な対応が積み重なれば、どれほど有能で責任感の強い人でも、心身はすり減っていきます。そして、限界を超えたとき、その人は静かに退職を選びます。宿にとっては、最も育てたかった人材を、最も避けたい形で失うことになります。
この問題は、これからさらに深刻になっていくと、私は見ています。理由は、世代の変化です。少し古い言い方に聞こえるかもしれませんが、いまの若い世代は、学校でも互いに敬語を使い、さん付けで呼び合うような環境で育ってきました。乱暴な物言いや横柄な態度に、ほとんど免疫がありません。年長の世代が「これくらいは」と受け流せたことが、若い世代にはそのまま深い傷になります。
その結果、起きるのは退職だけではありません。出勤しようとすると体調を崩してしまう、職場のことを考えるだけで気分が悪くなる。そうした、適応障害に近い状態に追い込まれてしまう人もいます。実際に、体調を崩して出勤できなくなった従業員の話を、私自身、耳にすることがあります。カスハラによる従業員側の被害は、放置すればするほど、静かに、しかし確実に深刻化していきます。
「これくらい我慢できないのか」という発想は、もはや通用しません。横柄な態度への免疫を持たない世代にとって、カスハラは退職どころか、心身の健康を損なうほどの打撃になり得ます。受け流せて当然という前提を、まず手放す必要があります。
義務化は、人材を守るための後ろ盾になる
ここまで、カスハラが有望な人材を奪っていく構造を見てきました。では、経営者は何をすればよいのでしょうか。
大きな後ろ盾が、すでに用意されています。2026年10月から、カスハラ対策が事業主の義務になりました。事業主には、カスハラから従業員を守る措置を講じる義務が課されます。これは、経営者にとって新たな負担というよりも、これまで現場のリーダー格一人に背負わせてきたものを、組織として引き受け直すための、確かなきっかけになります。次の三つが、その柱です。
図表2:現場のリーダーを守る、三つの打ち手
※いずれもお金をかけずに始められる。「一番優秀な人が辞めない宿」は、こうした日々の姿勢の積み重ねでつくられる。
第一に、経営者が「嫌な報告ほど歓迎する」という姿勢を、はっきりと示すことです。カスハラを受けたら、収めようとせず、すぐに上に上げてよい。上げた人を責めない。この一点を経営者が体現するだけで、現場の抱え込みは大きく減ります。
第二に、カスハラには一人で対応させない、という原則を組織のルールにすることです。リーダー格が前に出ざるを得ない場面でも、必ずもう一人がつく、責任者や経営者が代わる。対応の打ち切りや、お客様へのお引き取りのお願いを、現場個人の判断ではなく、宿の方針として行える状態にしておきます。
第三に、対応にあたった従業員の傷を、放置しないことです。つらい対応のあとには、ねぎらいの言葉をかけ、必要であれば休む配慮をする。心身の不調の兆しに、早めに気づく。守られているという実感こそが、有望な人材を宿につなぎとめます。
さいごに
いかがだったでしょうか。カスハラで最初に辞めていくのは、現場で一番能力とやる気のある人材である。これは、能力が高いがゆえに前に出され、権限が小さいがゆえに抱え込むという、力関係の必然でした。経営者が嫌な報告を聞きたがらないことが、それを深めます。そして、横柄な態度への免疫を持たない若い世代にとって、その被害は退職や心身の不調にまで及びます。これからの宿にとって、カスハラ対策は、おもてなしの問題である以前に、人材を守る経営の問題です。義務化を後ろ盾に、現場のリーダー一人に背負わせてきたものを、組織として引き受け直していただきたいと思います。
弊社アルファコンサルティングでは、ホテル・旅館の経営に特化し、特定の業者と利害関係を持たない独立した第三者の立場から、宿の課題に専門的な視点を添えてきました。カスハラから従業員を守る体制づくり、有望な人材が定着する組織づくり、義務化への対応など、それぞれの宿の実情に応じたお手伝いが可能です。大切な人材を失う前に、外の視点をご活用いただければと思います。
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ともに、かたちに。
こうしたい、こう変えたい——経営者が描いた構想を、ともにかたちにしていくのが弊社の役割です。数多くの経営に寄り添ってきた立場から、依頼者の望むかたちを、いちばんに考えます。
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