こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。

人手不足というと、つい「どう新しい人を採るか」に目が向きます。けれど、少し立ち止まって、いまの現場を見回してみてください。客室や清掃、調理補助を支えているのは、たいてい女性やパート、そして元気なシニアの方々です。観光庁の調査でも、宿を辞めた人の年齢は四十代・五十代が約半数でした。宿の戦力は、すでに多様な人材で成り立っているのです。

ところが、シフトや休暇、昇進の仕組みは、いまだに「若い人が朝から晩まで働く」前提の、古いままのところが少なくありません。後継ぎの若旦那や若女将が、祖父母に子を預けて身を粉にして働く。その基準を、家庭のあるスタッフにまで求めてしまう。このすれ違いが、採用難と離職を招く、見えにくい原因になっています。

この記事でお伝えしたいのは、一つの逆説です。いちばん制約の多い人に合わせて職場を整えると、かえって全員が働きやすくなる。多様な人材を戦力にする進め方を、四つの発見に分けてお話しします。なお、人手不足の全体像は「人手不足対策」、採用と定着の実務は「採用と定着の完全ガイド」、外国人材は「育成就労・特定技能ガイド」をご覧ください。

多様な人材を戦力にしたい宿の方へ この記事の発見
  1. 「女性向け」の工夫は、全員に効く。整え方の順番が変わります。→ 発見①へ
  2. 休みは日数より「合わせられるか」。離職を防ぐ休暇の決め方。→ 発見②へ
  3. 「辞めさせない」より「戻れる」。復職と多能工で戦力に。→ 発見③へ
  4. 制度は「作る」より「使える」。法改正で待ったなしになりました。→ 発見④へ

気になる発見だけ、つまみ読みでも役立つように作っています。

幅広い世代のスタッフ
宿の現場は、すでに多様な人材が支えている

発見① 「女性向け」の工夫は、実は全員に効く

「女性が働きやすい職場に」と言うと、女性だけの話に聞こえるかもしれません。けれど、現場は違います。いまは親の介護で辞める男性も増え、短い時間なら力を貸せるシニアも大勢います。子育て中の女性に合わせた工夫は、その人たちにも、そのまま役立ちます。

まず、シフト体制を見直します。日中だけの勤務が組めれば理想ですが、難しければ早出(六時〜十三時)と遅出(十六時〜二十二時)の短縮勤務を組み合わせます。毎日では負担でも、週に一、二回なら家族の協力でこなせます。

土日祝にシフトを入れるかは、地域の保育園や学童の受け入れを調べてから決めましょう。土曜は預かるが日曜は不可、という地域もあり、それを知らずに優秀な人を手放すことがあります。あわせて、短縮勤務でも担える仕事を切り出します。

短縮勤務でも担える、こんな仕事
宿泊プランの企画料金の調整ホームページの更新経理・労務マニュアルづくり
内容によっては在宅でも。企画力や専門知識のある人ほど、やりがいを持って取り組んでくれます。

一つだけ、戒めを。後継ぎが身を粉にして働く、その基準を、家庭のあるスタッフに当てはめてはいけません。自分たちの価値観を押しつけず、経営の目で労働環境を見直すことです。なお、国は七十歳までの就業機会を確保するよう企業に求めています。経験を積んだシニアに、短い時間でも長く力を貸してもらう環境づくりは、これからの宿に欠かせません。

図表1 「女性が働きやすい」工夫は、みんなに効く
子育て中の女性に合わせた働き方の工夫
短縮シフト/在宅でできる業務/復職プログラム/年間休暇カレンダー
↓ 同じ工夫が、こんな人たちにも効く
男性
親の介護と仕事を両立できる
シニア
短い時間で経験を活かせる
若者
将来に不安なく働ける

いちばん制約の多い人に合わせて職場を整えると、結果として全員が働きやすくなります。

発見② 休みは「日数」より「家族と合わせられるか」

休日を増やせば辞めない、と思われがちですが、そう単純ではありません。既婚の女性にとって深刻なのは、休みの「日数」より、家族と「合わせられるか」です。

シフト制では、夫や子どもの休みと、自分の休みがずれます。家族そろって出かけられない日が続くと、家庭に不満がたまり、応援も得られなくなって、辞めていく。本人のやる気とは別のところで起きる離職です。

そこで取り入れたいのが、年間休暇カレンダーです。連続して休める日を年の初めに決めておけば、家族も予定を合わせやすくなります。休みをその都度やりくりするのではなく、先に固定してしまう。この一手で、定着はだいぶ変わります。

図表2 休みは「日数」より「家族と合わせられるか」
× これまで(取れたら取る)
休みがばらばらで、家族の休みと合わない
◯ 年間休暇カレンダー
連続休暇を先に決め、家族と合わせられる

連続して休める日をあらかじめ決めておくと、家族の応援も得やすくなります。シフト制の宿でこそ効く工夫です。

発見③ 「辞めさせない」より「戻ってこられる」

引きとめることばかり考えがちですが、「一度離れても、戻ってこられる」職場にするほうが、よほど効きます。

育児や介護で長く休んだあと、復職には勇気がいります。古い職場だと戻りづらく、戻っても居場所がなくて辞めてしまう。その空気を察して、出産や介護を機にあきらめる人もいます。だから職場復帰プログラムを用意します。受け入れの手順を決め、周囲に伝えておけば、「いつでも戻れる」という安心が生まれます。

戻ってきた人や時短の人を戦力にするには、多能工化が役立ちます。フロントに加えて総務や企画もこなせれば、短い勤務でも十分に働けます。急な欠勤のヘルプも頼みやすくなります。半年に一度のキャリア面談で希望を確かめながら、ジョブローテーションを回しましょう。そしてもう一つ、人員にほんの少し余白を持たせることです。

人員に少し余白を持たせると、生まれる三つのこと
定着率が上がり、数十万円単位の採用コストが減る
ベテランが教える時間ができ、若手が早く戦力になる
予算管理や部下指導を学び、次のリーダーが育つ

一見、経費が増えるようで、長い目で見ればそのほうが安くつきます。これは「人材育成・教育」でお話しした、人を増やすほど育つという話と、そのまま重なります。

自館のシフトや休暇は、いまの戦力に合った形になっていますか。

働きやすい職場づくりを相談する

発見④ 制度は「作る」より「使える」。そして、もう待ったなし

制度は、作るだけでは動きません。「使える」かどうかが肝心です。そしていまは、その制度を整えること自体が、法律でも求められるようになりました。

二〇二五年の育児・介護休業法の改正で、子育て中の社員への配慮が、はっきりと事業主の義務になりました。子の看護休暇は対象が広がり(小学校三年生まで、学級閉鎖や入園式なども対象)、残業の免除も小学校就学前まで使えるようになっています。そして同じ年の十月からは、三歳から就学前の子を持つ社員に、次の五つの中から二つ以上の支えを用意することが義務づけられました。

2025年10月〜 義務「柔軟な働き方」の措置 ― 次の5つから2つ以上
始業時刻の変更(時差出勤・フレックス)テレワーク(月10日以上)保育施設・ベビーシッター費用の補助養育両立支援休暇(年10日以上)短時間勤務(1日6時間)
対象は3歳から小学校就学前の子を持つ社員です。お気づきでしょうか。この5つは、ここまで挙げてきた工夫と、ほとんど同じです。よい職場づくりと法への対応は、同じ方を向いています。

介護についても、離職を防ぐための周知や相談体制づくりが義務になりました。これらは全ての会社が対象で、対応を怠れば是正勧告を受け、従わなければ会社名が公表されることもあります。裏を返せば、ここまでお話ししてきた働きやすさの工夫は、いまや先んじて整えるほど、採用でも一歩リードできるものになったということです。

とくに分かれ目になるのが、男性が実際に制度を使えるかどうかです。共働きが当たり前のいま、育児も介護も男性が関わらなければ、家庭は回りません。規程はあるのに誰も手を挙げられない、では意味がありません。

制度を「使える」ものにするコツ
経営者が「遠慮なく使ってよい」と、はっきり言葉にする
実際に使った人が、評価で不利にならないようにする
完璧を目指さず、自館でできるものから一つずつ始める

二十代後半から三十代の男性の採用・定着に苦戦しているなら、なおさら取り組む価値があります。自館でできるものから、一つずつ始めればよいのです。

三年がかりで、職場を整えていく

ここまでの工夫を、思いつきでばらばらに進めても続きません。おすすめは、HR計画(人材マネジメント向上計画)を立てることです。

難しく考える必要はありません。給与、休暇、育児・介護、職場環境、研修といった項目を書き出し、業界平均や自館の現状をまとめ、三年間の施策と予算を整理する。たとえば有給休暇なら、業界平均より低ければ三年後に消化率八割を目標に、一年目は取得を勧める日を決め、二年目に休暇カレンダーを入れる、と段階を追います。

その前に、ぜひ従業員満足度の調査を行いましょう。匿名で、答えやすい形で。中抜けや夜勤の負担、お客さま対応のストレスなど、宿ならではの項目も入れ、グーグルフォームで集めます。現場が本当に困っていることを知って、はじめて手の打ちようが分かります。

図表3 人材マネジメント向上計画(HR計画)の3ヶ年ロードマップ(例)
STEP0 現状把握
  • 従業員満足度調査で困りごとを知る
  • 業界平均・地域相場と比べる
1年目 整える
  • 短縮シフトを導入
  • 有給の優先取得日を設定
  • 男性も使える育児支援
2年目 広げる
  • 年間休暇カレンダー
  • 復職プログラム
  • 在宅でできる業務を切り出す
3年目 根づかせる
  • 有給消化率80%
  • 時短でも戦力に
  • ヘルプし合える体制

給与・休暇・育児介護・職場環境などの項目を書き出し、現状と3年間の施策・予算を整理します。一度に全部ではなく、一つずつ進めます。

よくある質問

Q. 子育て中の人を雇うと、シフトが回らないのでは。

A. 一人で抱えようとすると回りませんが、短縮勤務の組み合わせと多能工化、少しの人員の余白で十分に回せます。むしろ、いちばん制約の多い人に合わせて組み直すと、ほかのスタッフのシフトも楽になります。

Q. 法改正には、何から対応すればよいですか。

A. まず、三歳から就学前の子を持つ社員に向けて、「柔軟な働き方」の五つの選択肢から二つ以上を用意することです(時差出勤、テレワーク、短時間勤務など)。多くは、この記事で挙げた工夫と重なります。

Q. 男性向けの育児制度なんて、使う人がいますか。

A. 「使える」空気があれば、使われます。共働きが当たり前のいま、育児も介護も男性が関わる時代です。経営者が遠慮なく使ってよいと言葉にし、使った人が不利にならないようにする。これが二十代後半〜三十代の男性の定着に効きます。

Q. 人を増やすと、人件費が重くなりませんか。

A. 目先は増えますが、定着率の向上と早期の戦力化で回収できます。ぎりぎりの人数は、急な休みに対応できず、教える時間も生まれません。一、二名の余白が、結果として現場を楽にします。

Q. 小さな宿で、立派な計画なんて作れません。

A. HR計画は、項目を書き出して整理するだけです。一度に全部ではなく、三年かけて一つずつ。まず一つ、シフトか休暇から手をつければ十分です。

さいごに

いかがだったでしょうか。宿の現場は、もう多様な人材が支えています。新しい人を追いかける前に、いま働いてくれている人が長く働ける職場に整えること。その近道が、いちばん制約の多い人に合わせることです。子育て中の女性が働きやすい宿は、介護を抱える男性にとっても、シニアや若者にとっても、働きやすい宿です。法改正で、その整備は待ったなしになりました。早く動いた宿ほど、人材の面で先を行けます。

弊社アルファコンサルティングでは、ホテル・旅館の経営に特化し、特定の業者と利害関係を持たない独立した第三者の立場から、多様な人材が活きる職場づくりをお手伝いしてきました。シフトや休暇の組み直し、復職や多能工化の仕組み、男性も使える育児・介護支援、そしてHR計画の策定まで、それぞれの宿の実情に応じた支援が可能です。

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いまの戦力が、長く活きる宿へ。多様な人材が働きやすい職場を、ともに。

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