旅館・ホテルのM&A・事業承継|仲介に任せきりにせず売り手が損をしないための着眼点
旅館・ホテルのM&Aと事業承継の相談が、いま急増しています。後継者不在、コロナ禍の借入返済、そしてインバウンドによる施設価値の上昇が、同じ時期に重なったためです。
本記事では、買い手・売り手・後継者という三つの立場それぞれの視点から、失敗しないための着眼点を、データと実例にもとづいて整理します。とりわけ仲介会社に任せきりにせず、売り手が損をしないための着眼点に重点を置きます。
こんにちは。ホテル旅館コンサルタントの青木康弘です。私のもとには「仲介会社に勧められるまま話を進めてしまい、後から後悔している」というご相談が少なくありません。M&Aや事業承継は不動産の売買とは違って明確な相場がなく、関わる人それぞれの思惑が異なります。相談する相手を間違えると、本来なら好条件で進められたはずの取引で損をしてしまうことがあるのです。
この記事では、買い手・売り手・後継者という三つの立場それぞれの視点から、失敗しないための着眼点を整理します。特定の金融機関や仲介会社と利害関係を持たない独立した立場から、これまで数多くの現場で見てきた実例をもとに、できるだけやさしくお話ししてまいります。
この記事を読むとわかること
- 1旅館・ホテルでM&Aと事業承継が急増している背景と、いまが「売り時」である理由
- 2後継者・先代・親子の関係から見た、事業承継を円満に進める要点
- 3第三者への売却や海外資本からの打診に、どう向き合えばよいか
- 4仲介会社に任せきりにせず、売り手が損をしないための着眼点
- 5自館の売却価格はどう決まるのか、企業価値の見立て方と相談先の選び方
自館に当てはまるか ― 簡易セルフチェック
以下の項目に2つ以上当てはまる方は、本記事を最後までお読みになることをお勧めします。
□ 後継者が決まっていない、または継ぐ意思を確認できていない
□ コロナ禍の借入の返済が、これから本格化する
□ 仲介会社や金融機関から、売却や買収の打診を受けたことがある
□ 自館がいくらで売れるのか、見当がついていない
□ 「もう辞めたい」と感じることがあるが、廃業以外の道を知らない
▶ 二つ以上当てはまる方は、この記事を最後までお読みいただくことをお勧めします。

売上が戻っても、後継者不在と借入返済の本格化に直面する施設は少なくありません。一方でインバウンドの回復により施設価値は上がっており、廃業を急ぐ前に、売却・承継という選択肢を冷静に比べることで、従業員の雇用と数十年かけて築いた信用を守れる可能性があります。
後継者不在と高齢化という構造的な課題
旅館・ホテルの多くは家業として営まれてきました。しかし、ご子息やご令嬢が別の道を選んだり、家業を継ぐことに前向きになれなかったりするケースは年々増えています。経営者の高齢化も進み、後継者が見つからないまま廃業を選ぶ施設が、全国で静かに増えているのが実情です。
廃業は、選べる道のなかでは最後の手段です。
長年かけて築いてきた施設、地域での信用、そして従業員の雇用は、廃業すれば失われてしまいます。
第三者への売却や承継という選択肢を知らないまま廃業を決めてしまうのは、たいへんもったいないことだと感じています。
国内の中小企業では、経営者の平均年齢が年々上がり続けています。旅館・ホテル業界も例外ではなく、多くの経営者がいずれ承継という課題に直面します。「自分はまだ大丈夫」と思っているうちに準備を始めることが、結果として円満な承継につながります。体力が衰えてからでは、選べる道が狭まってしまうからです。正月など、ご親族が集まる機会に、旅館・ホテルの将来について腹を割って話し合っておくことをお勧めします。
借入返済の本格化とインバウンド回復が重なった意味
コロナ禍の際に多くの旅館・ホテルが借り入れた、いわゆるゼロゼロ融資(実質無利子・無担保融資)の返済が、本格的な時期を迎えています。資金繰りに不安を抱える施設がある一方で、訪日外国人客の急回復によって宿泊単価は上昇し、施設そのものの価値は高まっています。
この二つが同時に起きていることが、いまの市場の特徴です。返済の重さから事業の継続を断念する経営者がいる一方で、資金力のある事業者が、価値の高まった施設を積極的に買い求めている。
つまり、売りたい方にとっては買い手が見つかりやすい、有利な状況が生まれているのです。
いま起きている、もう一つの大きな流れ ― 二極化
インバウンドや富裕層を取り込んで単価を上げ、収益を伸ばす施設がある一方で、設備の更新が追いつかず、価格競争から抜け出せない施設もあります。この差は年々開いています。二極化のどちら側に自館が位置するかによって、取りうる選択肢は変わってきます。価値が高まっているうちに動くのか、体力のあるうちに次の担い手へ託すのか。市場が活発ないまは、判断を先送りにしないことが肝心です。
実際、海外の投資家にとって、日本の旅館・ホテルは魅力的な投資先になっています。立地や仕様が好みに合えば、利回りが低くても即座に買い手がつく状況です。かつては高い利回りでも売れなかった物件が、いまでは数倍の価格で取引される。それほどまでに、買い手の意欲は高まっているのです。この活況は永遠には続きません。だからこそ、売り手にとっては、いまが数十年に一度の好機だと申し上げているのです。
「廃業」と「売却・承継」を比べてみる
ご高齢の経営者から「もう辞めたい」というお気持ちを伺うことは少なくありません。そのとき私は、廃業した場合と、第三者に売却・承継した場合とで、何がどう変わるのかを並べて整理することをお勧めしています。判断材料を揃えてから決めても、決して遅くはありません。
廃業と、売却・承継。何がどう変わるか
従業員の雇用
廃業すれば、長年ともに働いてきた従業員の職は、原則として失われます。売却・承継であれば、その雇用が引き継がれる可能性は高くなります。
施設・建物
廃業の場合は、解体するか手放すことになります。承継できれば、館はこれからも宿として生き続けます。
手元に残るもの
廃業では、資産を売り払った後に残るものが手元に入ります。売却・承継では、条件しだいで譲渡の対価を受け取れます。
借入と個人保証
廃業のときは清算で対応します。売却・承継であれば、借入や個人保証が解消できる場合があります。
地域での信用
廃業すれば、長く親しまれた屋号は消えてしまいます。承継できれば、その屋号が地域に残ることもあります。
もちろん、どちらが良いかは状況によって異なります。大切なのは、感情だけで決めずに、それぞれの結果を冷静に見比べることです。
→ まずは、家業を引き継ぐ側――後継者や先代、そして親子の関係から、事業承継を円満に進める要点を見ていきましょう。
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親族内承継でつまずく原因の多くは、後継者の力不足ではなく、数字への向き合い方と親子の関係にあります。後継者が経営数字に強くなり、先代が一歩引く覚悟を持ち、株式分散と個人保証に早めに備えることが、円満な承継の三つの鍵です。
後継者に必要な三つの力 ― 決断力・数字・人脈
家業を継ぐ後継者、いわゆる若旦那や若女将が、必ずしも経営の修羅場をくぐってきたとは限りません。やむを得ない事情で跡を継ぐことになった方も多いでしょう。そうした方にまず身につけていただきたいのが、決断力、経営数字を読む力、そして人脈を引き継ぐ力の三つです。
景気が低迷した局面でつまずく旅館・ホテルには、共通する特徴があります。投資と回収、銀行返済のバランスを読み違えていること、どんぶり勘定の運営になっていること、そしてマーケティングのデータを十分に理解していないことです。
売り上げが右肩上がりの時代には、こうした弱点は表に出ません。しかし厳しい時代には致命傷になります。後継者が経営数字に強くなり、業績の変化の兆しをいち早く察知できるようになること。これが、何よりの備えになります。
また、後継者は銀行との付き合いに苦手意識を持たないことも大切です。旅館・ホテル経営は銀行との関係と切り離せませんが、面会を避けたがる経営者は少なくありません。リニューアル計画に関わったり、経理を経験したりすれば、銀行との接点は自然にできていきます。そして、現場の仕事を厭わず、従業員から信頼を得ること。従業員の信頼がなければ、会社が苦しいときに後継者の方針へ耳を傾けてもらえなくなります。
事業承継でつまずく典型を、一つご紹介しましょう。
数字に向き合わなかった二代目の例
ある温泉地の旅館では、先代が築いた繁盛を背景に、二代目が対外的な営業活動に専念し、経理は古参の番頭に任せきりにしていました。売り上げが伸びている間は問題が表面化しませんでしたが、景気が陰り客足が鈍ると、投資と返済のバランスが崩れていることに誰も気づけませんでした。二代目が決算書を読めるようになったのは、資金繰りが行き詰まってからでした。早くから数字に向き合い、変化の兆しを察知できていれば、打てる手はもっとあったはずです。
親子の関係パターンと、承継のつまずき方
親族内承継というと、血のつながりがあるぶん意思疎通が円滑だと思われがちですが、実際にはそうとは限りません。むしろ親子だからこそ、感情がぶつかり、話がこじれることもあります。これまで多くのご家族を拝見してきて、親と子の組み合わせには、いくつかの典型的なパターンがあると感じています。
よくある親子の組み合わせと、そのときの心づかい
親は社交的で、子は内向的なとき
対外的な人脈づくりは、急がず段階を踏んで引き継ぎましょう。お子さまの強みである分析や管理の力を活かす役割分担を考えると、無理がありません。
親は挑戦的で、子は慎重なとき
新しい投資をめぐって、意見がぶつかりやすい組み合わせです。利害のない第三者を間に入れ、判断のものさしを一緒に決めておくとよいでしょう。
親は叩き上げ、子は学のあるとき
現場の経験の差が、いつのまにか心の溝になることがあります。お子さまが現場で小さな成功を重ねることが、従業員からの信頼への近道です。
お子さまの配偶者が継ぐとき
遠慮や気兼ねが生じやすいものです。役割と権限をきちんと言葉にして決め、曖昧さを残さないことが、後々の安心につながります。
いずれのパターンでも共通するのは、お互いの違いを欠点ではなく特性として認め合うことです。親子だけで抱え込むと感情論になりがちですが、利害のない第三者が間に入ると、冷静な話し合いができることが多いものです。
先代が幸せに引退するために
事業承継は、後継者の問題であると同時に、先代がどう身を引くかという問題でもあります。長年経営の第一線に立ってきた先代社長や大女将にとって、現場から離れるのは簡単なことではありません。しかし、先代があえて口を出さない覚悟を持つことが、後継者の成長と組織の安定につながります。
過去の成功体験を押し付けないこと、現場での発言を控えること。これは先代にとって寂しさを伴う決断かもしれませんが、二人の経営者が並び立つと、従業員はどちらに従えばよいか分からなくなります。先代の役割は、表に立つことから、後ろで支えることへと移っていくのです。
株式の分散と個人保証への備え
親族内承継で見落とされがちなのが、株式の分散と個人保証の問題です。たとえば現社長が長男に承継させたいと考えていても、ほかの相続人には遺留分という最低限の相続を受ける権利があり、会社の株式が分散してしまうおそれがあります。こうした場合には、「遺留分に関する民法の特例」を活用することで、株式を分散させずに承継できる場合があります。一定の条件はありますが、相続人全員の合意を得て手続きを進めれば、後継者に経営権を集中させることができます。
個人保証についても、早めに手を打っておきたいところです。先代が差し入れた個人保証を後継者がそのまま引き継ぐと、潜在的なリスクを抱え続けることになります。近年は「経営者保証に関するガイドライン」によって、一定の条件を満たせば保証を求められないケースが増えています。銀行から何の説明もなく保証契約の引き継ぎを求められた場合には、その必要性や金額の妥当性を、納得できるまで確認することをお勧めします。
→ 身内や社内での承継が難しい場合には、第三者への売却・M&Aという選択肢が視野に入ります。次の章で詳しく見ていきましょう。
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身内や社内での承継が難しければ、地元・県外・海外資本へと候補は段階的に広がります。大切なのは、地元での体面よりも従業員と一族の生活基盤を守る視点を持つこと、そして海外資本の打診を価格の高さだけで判断しないことです。
承継先を探す順序
第三者への承継を考えるとき、候補は段階的に広がっていきます。まず候補に挙がりやすいのは、近隣の旅館・ホテル、地元の名士や資産家、地元企業です。地元での承継は、取引業者や金融機関の理解も得やすく、波風が立ちにくいという利点があります。
地元で見つからなければ、県外資本、さらには海外資本へと候補が広がります。ここで悩ましいのが、承継先が地元の経済界に受け入れられるかという点です。旅館・ホテルは地域との協調のなかで発展してきた歴史があり、その背景は県外・海外の資本には理解しづらい面があります。可能な限り、お互いの考え方を丁寧に共有しておくことが望ましいでしょう。
地元の体面より、生活基盤を守るという視点
財務に余力があるうちは、じっくりと承継先を選ぶことができます。しかし、銀行への返済や業者への支払いが滞り始めると、条件交渉の余裕がなくなります。資金繰りに窮するようになると、相手も足元を見てきます。
守るべきは、地元での体面よりも、人の暮らしです。
地元で波風を立てたくない、後ろ指を差されたくないという思いが強すぎるあまり、肝心の仕事と生活の基盤を失ってしまっては本末転倒です。
早めに動くほど、守れるものは多くなります。
承継先の資金力を必ず確かめる
承継先を選ぶときに見落とされがちなのが、相手の資金力の確認です。自己資金で賄える相手なら問題は起きにくいのですが、銀行から承継資金を調達する場合には注意が要ります。本業の財務体力や担保余力が乏しかったり、旅館・ホテルの運営経験がなかったりすると、資金調達はきわめて難しくなります。当事者どうしが合意しても、買い手の資金調達ができずに破談になることは、決して珍しくありません。早い段階で、相手がどのように資金を用意するのかを確かめておきましょう。
海外資本・ファンドからの打診にどう向き合うか
ここ数年、海外資本による日本の旅館・ホテルへの投資が活発になっています。立地や施設の状態が投資家の好みに合えば、かつてでは考えられなかったような高値で取引が成立することもあります。後継者不在に悩む経営者にとって、こうした打診は魅力的に映るでしょう。
しかし、価格の高さだけで判断するのは危険です。実際に、こういう例があります。
地方の老舗旅館に持ち込まれた買収提案
後継者不在に悩む地方の老舗旅館に、ある新興の運営会社から買収の提案がありました。「地域に密着した再生計画で経済を活性化させる」という説明に、経営者は期待を寄せました。ところが契約が成立すると、約束したリニューアルは先延ばしを繰り返され、地元業者との取引も事前の説明なく打ち切られました。最終的にこの買い手は、施設を良くするどころか、状態を悪化させたまま別の投資家へ短期で転売してしまったのです。
これは極端な例ですが、「提案のときの話と、実際の対応がまるで違った」という苦情は、決して珍しくありません。魅力的な提案ほど、慎重に進める。これが鉄則です。中小企業庁も、M&Aの専門業者による不適切な営業活動や、売り手の個人保証を引き受けないまま資産を移してしまうような買い手の存在について、注意を呼びかけています。

青木康弘(ホテル旅館コンサルタント)
私のところにも「最初はあれほど熱心に地域貢献を語っていたのに」というご相談が、実際に届きます。買い手の言葉そのものより、これまでどんな施設をどう扱ってきたかという実績を確かめるほうが、ずっと確かです。
→ では、こうした失敗を避けるために、売り手として何に気をつければよいのか。この記事の核心となる着眼点を、次の章でお話しします。
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検索で見つかるM&A記事の多くは、取引を成立させる側が書いたものです。同じ仲介会社が売り手と買い手の双方を代理すれば利益相反が生じ、提示される譲渡価格が妥当とは限りません。中立の立場で点検する目を持つことが、売り手が損をしないための要になります。
ここからが、この記事で最もお伝えしたい部分です。検索すると、M&Aに関する記事は数多く見つかりますが、その多くは「買い手を探して取引を成立させる仲介会社」が書いたものです。仲介会社は取引が成立して初めて報酬を得るため、どうしても「成立させること」が優先されがちです。売り手の利益を最大化するという視点が、必ずしも前面に出てこないのです。
私は特定の仲介会社や金融機関と利害関係を持たない立場から、売り手であるオーナーが損をしないための着眼点を、率直にお話しします。
その仲介会社は、本当にあなたの味方でしょうか。
双方代理(両手取引)の利益相反を理解する
まず知っておいていただきたいのが、同一の仲介会社が、売り手と買い手の両方の代理を務める「双方代理(両手取引)」という構造です。この場合、仲介会社にとっては価格の妥当性よりも、取引が成立することが優先されます。
たとえば、相場より高くても売れると見れば、買い手に不利な条件でも取引させようとする力が働きます。反対に、買い手が「値下げするなら即決する」と言えば、売り手に不利な条件でも、売るよう説得しようとするでしょう。
どちらの当事者にとっても、自分の代理人が本当に自分の味方なのか、一度立ち止まって考える必要があるのです。





青木康弘(ホテル旅館コンサルタント)
仲介会社が悪いと申し上げているのではありません。立場上どうしても「まとめる」方向に力が働く、という構造の話です。だからこそ、その構造を知ったうえで、別の目で確かめておくと安心なのです。
譲渡価格を鵜呑みにしない
M&A取引でもっとも重要な論点が譲渡価格です。不動産取引と違って明確な相場がなく、価格を左右する要素が非常に多いため、立場によって「適正」と考える価格が異なります。売り手、取引銀行、仲介会社が主張する価格が、そのまま妥当だとは限りません。
売り手は土地建物の簿価を目安にすることが多く、不動産投資家であれば収益還元の考え方から割高な希望価格を示すこともあります。取引銀行は、借り入れを完済できる水準を目安にします。それぞれに思惑があるため、価格の妥当性は買い手が独自に検証することが欠かせません。検証の着眼点は、建物・設備の状態、将来の期待キャッシュフロー、更新投資の必要額、期待利回り、投資回収年数、そして買収資金の銀行返済年数です。これらを踏まえて事業計画を組めば、譲渡価格はいくら以下でなければ成り立たないかが、自ずと見えてきます。
案件の持ち込みルートを見抜く
M&Aに関わるのは、まっとうな会社ばかりではありません。高額の報酬を狙ってブローカーが介在することもあり、特に厄介なのが複数のブローカーが関与するケースです。口伝えの持ち込み情報では、検討に必要な情報が欠けていたり、情報そのものの真偽が疑わしかったりします。実在しない案件が持ち込まれることさえあります。
こうしたブローカーに振り回されないために、ルートの確認をしっかり行いましょう。接触してきた仲介会社が、売り手と直接つながっているかを聞き取りで確かめるのです。間に複数のブローカーが挟まっていると、売却に至った経緯、希望条件、スケジュール、施設の現況といった情報がすぐに出てきません。その反応の遅さで、ルートの怪しさを察知できます。
銀行・仲介の「熱心な勧め」と距離を取る
「親しい銀行の支店長の話だから」「信頼している仲介業者の紹介だから」という理由で、提案を鵜呑みにするのは危険です。M&Aは多額の資金が動くだけに、常に冷静な判断が求められます。専門家の提案だからといって、それが適正な価格・条件であるとは限りません。相手が誰であっても、内容そのものを自分の目で確かめる姿勢を持ちたいものです。
代金の支払い方法と契約条件にも目を配る
売り手として有利に進めるには、価格だけでなく契約条件にも注意を払いたいところです。譲渡代金は引き渡し時に一括というのが一般的ですが、買い手の立場からは一部を留保して数か月後に支払う形が望まれることがあります。立場によって望ましい条件は異なります。また、譲渡後の従業員の処遇、退職金をどちらが負担するか、地元業者との取引を続けるかどうかなど、曖昧にしたまま契約すると、後でトラブルになりやすい論点が数多くあります。分厚い契約書をすべて一人で読み解くのは難しいものです。だからこそ、契約条件の点検にも、利害関係のない専門家の目を入れる価値があります。
セカンドオピニオンと独立した専門家の使い方
こうした落とし穴を避ける有効な手立てが、取引の当事者ではない、独立した専門家のセカンドオピニオンを得ることです。すでに仲介会社から提案を受けている場合でも、その提案が妥当かどうかを、利害関係のない第三者の目で点検することができます。
私自身は、売り手と買い手のどちらか一方の利益に偏ることなく、また取引の成立そのもので報酬を得る立場でもありません。だからこそ、価格や条件が依頼者にとって本当に適切かを、率直に申し上げることができます。
いま受けているM&A・売却の提案が妥当かどうか、中立の立場で診断いたします。
提案の妥当性を相談する→ ここまでは売り手の視点でした。次は、買い手として失敗しないための着眼点を整理します。
進捗:第4章/全7章 ■■■■■■□□□□ 57%
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魅力的に見える物件ほど、即断即決は禁物です。譲渡契約の諸条件や運営権の賃貸借条件を確認し、資金準備と引き継ぎ後の改革プランを契約前から練っておくこと。詳細な実務は別記事で解説しています。
買い手として旅館・ホテルを取得する場合にも、押さえておくべき要点があります。ここでは考え方の骨子をお伝えし、契約条件や運営権など実務の詳細は、別記事「失敗しないM&Aのポイント(後編)」で詳しく解説しています。あわせてお読みください。
一目惚れしない ― 即断即決のリスク
リゾート地の旅館・ホテルは、ハイシーズンに訪れると実に魅力的に映ります。美しい砂浜、活況な海水浴客――そうした光景に心を動かされ、いわば一目惚れで買収を決めたオーナーが、後になって苦しむ例を実際に見てきました。買収後に設備の老朽化が判明して多額の更新投資が必要になり、オフシーズンの落ち込みが想像以上で資金繰りに窮し、数年で手放さざるを得なくなったのです。
一目惚れで宿を買ってはいけません。
事業拡大には直感も大切ですが、即断即決にはリスクが伴います。信頼できる幹部や、利害関係のない専門家を同行させて、冷静に判断することをお勧めします。
オフシーズンに現地を訪れ、自分の目で確かめることも欠かせません。





青木康弘(ホテル旅館コンサルタント)
夏の海辺の旅館を真冬に訪ねて、その落差に愕然とされたオーナーを何人も見てきました。いちばん良い季節ではなく、いちばん厳しい季節の姿こそ、買う前に見ておきたいものです。
譲渡契約の諸条件と運営権に注意する
不動産取引と違い、M&A取引にはさまざまな条件が付きます。分厚い契約書をすべて読みこなすのは大変ですが、譲受後の従業員の地位、業者との取引、売上債権の精算、譲渡代金の支払い方法は、最低限よく確認しておきましょう。とりわけ従業員の雇用は、人手不足が深刻ないま、原則として継続する前提で考えるのが賢明です。選別されると知れ渡れば、優秀なスタッフが引き渡し前に辞めてしまいます。
また、他社が開業してすぐ手放した物件の運営権を引き継ぐ場合は、賃貸借条件に注意が必要です。家賃や敷金が高すぎたり、短期の定期借家だったりと、運営者に不利な条件が残っていることがあります。契約書の内容を早い段階で開示してもらい、詳細を確認しておきましょう。
資金準備と引き継ぎ後の改革プラン
業績の芳しくない物件では、譲渡代金を金融機関から調達するのが難しいことがあります。意向を表明する前に、取引銀行へ融資の可能性を相談しておきましょう。旧耐震や借地上の建物などは担保評価が低く、代金の一部しか融資されないこともあるため、自己資金の準備も視野に入れておきたいところです。
そして、引き継ぎ後の改革プランは、契約前から練っておくことが肝心です。赤字の原因を突き止め、主力部門から人を集めた統合推進チームで大胆に改革していく。売り手に配慮して既存の体制をそのまま残すと、かえって業績改善の妨げになります。さらに、本館との相乗効果――本部機能や食材、広告、人材育成、システムの共通化が可能か――も、買収先の選定段階で検証しておくとよいでしょう。
→ 買い手・売り手それぞれの着眼点を押さえたところで、もっとも気になる「価格」の話に移ります。
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自館の価値は、収益力(GOP)から見る方法と、時価純資産に営業権を加える方法の二つで見立てます。築年数・業態・立地・OTA依存度・人材が価格を左右し、売却前のひと手間で評価が変わることもあります。
価値評価の基本的な考え方
「うちはいくらで売れるのか」――これは、ご相談で必ずといってよいほど出る問いです。旅館・ホテルの価値評価には、大きく二つの見方があります。一つは、施設がどれだけ利益を生むかという収益力に着目する方法です。指標としてはGOP(償却前の営業利益に近い概念)がよく使われ、このGOPに一定の倍率を掛けて価値を見積もります。もう一つは、土地・建物などの時価純資産に、のれん(営業権)を加える方法です。
参考までに、GOPの水準は業態によって幅があります。日本の実態として、シティホテルでおおむね総売上の二割五分から三割五分、ビジネスホテルで三割から五割五分、温泉旅館で二割から三割といったところです。
自館のGOPが業態の標準からどれだけ離れているかを見るだけでも、収益力の現在地が把握できます。
価格を上げる要因・下げる要因
同じ規模の施設でも、評価額には大きな差が生まれます。価格を左右する主な要因を整理しておきましょう。
自館の価格を高める点・下げる点
築年数と設備
新しい、あるいは手を入れて更新されている館は、高く評価されます。老朽化が進み、大きな更新投資が必要な館は、その分だけ評価が下がります。
業態と立地
一年を通して需要の安定した好立地は強みです。季節による波が大きかったり、集客に苦労する立地は、評価を下げる要因になります。
ネット予約への依存
自館で直接いただく予約の割合が高いほど、評価は高まります。旅行サイトへの手数料負担が重いと、その分だけ収益が削られていると見られます。
人と組織
誰か一人が欠けても運営が回る体制は、買い手に安心を与えます。特定の方に頼りきりであったり、人手が足りていない館は、評価が下がりがちです。
これまでの収益
黒字が安定している館は、高く評価されます。赤字が続いている館は、たとえ見た目が良くても慎重に見られます。
とりわけ、赤字が常態化している物件は慎重に見られます。立地や見た目が良くても、収益が伴わなければ評価は伸びません。逆に言えば、これらの要因は売却前の工夫で改善できる余地があるということです。
買い手は「返済できるか」で価格を見る
売り手が自館の価格を考えるうえで、買い手がどんな目線で価格を見ているかを知っておくと役に立ちます。買い手、とりわけ銀行融資を使う買い手は、取得後の収益で借入をきちんと返済できるかという一点を重視します。どれほど立地や見た目が良くても、取得価格が高すぎて返済の見込みが立たなければ、買い手は手を出せません。
具体的には、将来の期待キャッシュフロー、更新投資の必要額、期待する利回り、投資の回収年数、そして買収資金の銀行返済年数。これらから逆算して、買い手は「この価格以下でなければ成り立たない」という上限を導きます。売り手としても、この発想で自館を眺めてみると、希望価格が現実的かどうかが見えてきます。買い手が返済可能な価格帯を理解しておくことが、交渉を前に進める助けになります。
売却前にやっておくと価値が上がる準備
売却を決めてから慌てるのではなく、少し前から準備しておくことで、評価が変わることがあります。たとえば、収益構造の見える化、不採算部門の整理、過剰な在庫債権の清算、キーパーソンに依存しない運営体制づくりなどです。これらは一朝一夕にはできませんが、早く動き始めるほど、打てる手が増えます。事業計画を整え、自館の魅力と将来性を数字で語れるようにしておくことが、好条件での売却につながります。





青木康弘(ホテル旅館コンサルタント)
「うちのような小さな宿に値などつくのか」とおっしゃる方ほど、整理してみると思いのほか良い評価が出ることがあります。まずは現在地を知るところから、と私はいつもお伝えしています。
→ 最後に、実際に検討を始めてから成約までの流れと、相談先の選び方を整理します。
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検討は早く始めるほど、選べる相手と条件の幅が広がります。相談先には仲介・FA・金融機関・公的機関があり、それぞれ立場が異なります。国のM&A支援機関登録制度への登録を、信頼できる相手を見極める一つの目安にできます。
検討開始から成約までの流れ
売却・承継のおおまかな流れ
①現状の整理と方針決定
廃業・承継・売却を比べ、自館の財務と希望条件を整理する
②相談先の選定
利害関係のない立場で、信頼できる相談先を選ぶ
③企業価値の見立て
収益力と純資産から、現実的な価格帯を把握する
④候補先の探索・打診
条件に合う相手を探し、情報を慎重に開示する
⑤条件の調整と契約
価格・雇用・支払い方法など諸条件を確認して契約する
⑥引き継ぎ
従業員・取引先・地域への配慮を保ちながら移行する
早く動くほど、選べる道は広がります。
資金繰りが厳しくなってからでは、足元を見られて不利な交渉になりがちです。だからこそ、余力のあるうちに動き始めることをお勧めします。
相談先の種類と特徴
相談先にはいくつかの種類があり、それぞれ立場と得意分野が異なります。仲介会社は買い手・売り手の双方をつなぎますが、前述のとおり双方代理には注意が必要です。FA(フィナンシャル・アドバイザー)は一方の当事者に立って助言します。金融機関は資金面に強い一方、自行の融資方針が背景にあることも理解しておきましょう。公的機関は中立的ですが、対応に時間がかかる場合があります。
公的な相談窓口を利用するときの注意点
事業再生や承継を扱う公的な協議会は、中立的な立場の機関です。ただし、地域によっては金融機関出身の職員が多く、結果として銀行寄りの方向に話が進むことがあります。どの窓口に相談するにせよ、まずは利害関係のない立場で、自館にとってどの相談先が適切かを見極める事前の診断を受けておくと安心です。
「売り手市場」だからこそ、相手は慎重に選ぶ
いまの旅館・ホテルのM&A市場は、売り手に対して買い手の数が圧倒的に多い、たいへんアンバランスな状況にあります。国内外のホテルチェーンや不動産投資家、新規参入を狙う事業者が、買い手として数多く登録している一方で、その希望に合う売り手は限られています。つまり、良い施設を持つ売り手は、相手を選べる立場にあるのです。
だからこそ、最初に声をかけてきた相手にすぐ決めてしまう必要はありません。価格の高さだけでなく、従業員の雇用を守ってくれるか、地域との関係を大切にしてくれるか、約束を実行する誠実さがあるか――こうした点も含めて、複数の選択肢を比べながら、納得のいく相手を見極めることが大切です。中小企業庁も、契約の意思がないのに営業を続けたり、成立可能性について誤解を招く説明をしたりする業者の存在に注意を促しています。売り手市場であることを、ご自身の交渉力として活かしていただきたいと思います。
M&A支援機関登録制度を一つの目安に
信頼できる相手かどうかを見極める一つの目安が、国のM&A支援機関登録制度への登録の有無です。中小企業庁は、M&A仲介をめぐる不適切な行為について繰り返し注意を促しており、この登録制度は、一定の基準を満たした支援機関を確認するための仕組みです。相談先を選ぶ際には、登録の有無を確かめてみるとよいでしょう。なお、弊社アルファコンサルティングもこの制度に登録しています。
よくあるご質問
Qまだ赤字ではありませんが、売却を考えてもよいのでしょうか
Aむしろ、黒字で余力があるうちに検討するほうが、好条件で進めやすくなります。収益が安定している施設は評価が高く、選べる相手も多くなります。困ってから動くより、元気なうちに選択肢を整理しておくことをお勧めします。
Q従業員に知られずに進めることはできますか
A検討の初期段階では、情報を限られた範囲にとどめて進めるのが一般的です。ただし、引き継ぎの段階では従業員への配慮が欠かせません。雇用の継続を前提に、適切な時期に丁寧に説明することが、円満な移行につながります。
Q仲介会社から受けている提案が妥当か、見てもらえますか
Aはい。すでに受けている提案について、価格や条件が妥当かを、取引の当事者ではない中立の立場で点検することができます。セカンドオピニオンとしてご活用いただけます。
Q自館がいくらで売れるか、先に知りたいのですが
A収益力と純資産の両面から、現実的な価格帯を試算することができます。正式な売却活動に入る前に、おおよその水準を把握しておくと、その後の判断がしやすくなります。
Q海外資本に売ることに抵抗があります
Aそのお気持ちはもっともです。承継先は海外資本だけではありません。地元や国内の事業者を含めて段階的に候補を探すことができますし、価格の高さだけで相手を決める必要はありません。施設や地域の将来を見据えて、納得できる相手を選ぶことが大切です。
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さいごに
いかがだったでしょうか。旅館・ホテルのM&Aと事業承継について、買い手・売り手・後継者それぞれの立場から、失敗しないための着眼点をお話ししてまいりました。共通して言えるのは、相談する相手の立場を理解し、提案を自分の目で確かめること、そして少しでも早く動き始めることの二つです。
先代から託された館を、次の世代へ、あるいは信頼できる相手へ。どのような道を選ばれるにせよ、ご自身が納得できる形で、大切に育ててこられたものを未来へつないでいただきたいと願っています。その道のりを、ともに考えるお手伝いをいたします。
弊社アルファコンサルティングでは、特定の金融機関や仲介会社と利害関係を持たない独立した立場から、旅館・ホテルのM&Aと事業承継を支援しています。売却や承継の可否とタイミングの診断、企業価値の試算、承継計画の策定や必要資料の作成支援、そして信頼できる相談先の選定まで、依頼者の利益を最優先にお手伝いいたします。すでに受けている提案の妥当性についてのセカンドオピニオンもお引き受けします。


M&Aや事業承継でもっとも難しいのは、出てきた数字や条件を、ご家族・従業員・取引先のいずれが見ても納得できる形に整えることです。誰か一者に都合のよい話ではなく、関わる人みなが同じ前提で考えられる土台をつくる。それが、大切な館を次へつなぐ最初の一歩になります。
株式会社アルファコンサルティング 代表 青木康弘読了後の3ステップ ― 今日からできること
ステップ1:現状の整理(所要時間:30分)
直近の決算書と借入れの一覧を手元に用意し、自館の純資産と直近の利益水準を確認してみてください。売却・承継いずれを考えるにも、ここが出発点になります。
ステップ2:選択肢の棚卸し(所要時間:1時間)
親族内・社内・第三者という三つの承継先のうち、自館にとって現実的なのはどれかを書き出してみましょう。複数にまたがっていても構いません。
ステップ3:いま受けている提案の点検(所要時間:随時)
仲介会社や金融機関から提案を受けている場合は、価格と条件をメモにまとめ、第4章の着眼点と照らし合わせてみてください。違和感が残るなら、立ち止まって確認する価値があります。
上記をやってみて「専門家の目で確かめたい」と思われたら、弊社の初回無料相談をご活用ください。
その宿の、次の一手を。
初回相談(60〜90分・無料・オンライン可)では、お手元の状況やお悩みを整理し、弊社がどうお手伝いできるかを、その場でご一緒に考えます。売り手・買い手・後継者のいずれの立場でも、次のような論点を扱うことができます。
- 現状の経営状況・財務の整理(売却・承継・買収いずれの検討でも構いません)
- いま受けている提案の妥当性についてのセカンドオピニオン
- 自館の企業価値のおおよその試算と、現実的な価格帯の把握
- 承継計画・必要資料の作成支援と、信頼できる相談先の選定
- 次のアクションへ進むうえでの優先順位の整理
お手元に決算書・借入の一覧・これまでの提案資料などがあれば、初回相談の密度が高まります。まだ何も決まっていない段階でのご相談も歓迎しております。初回相談は無料です。
無料で相談する描いた構想を、
ともに、かたちに。
こうしたい、こう変えたい——経営者が描いた構想を、ともにかたちにしていくのが弊社の役割です。数多くの経営に寄り添ってきた立場から、依頼者の望むかたちを、いちばんに考えます。
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